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■14.激突、壱岐攻防戦!(前)

■自衛隊法第76条(防衛出動)

“内閣総理大臣は、次に掲げる事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(平成15年法律第79号)第9条の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。”

“一 我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態”


(以下略)


 陸海空自衛隊が日本国を防衛するために必要な武力を行使するためには、自衛隊法第76条で定められているとおり、国会の承認が必要とされる。だが国会で協議するいとまがない場合には内閣総理大臣が防衛出動を命じることを認めており、今回は国会に出席中の古川首相が決断を下した。

 いわゆる事後承認が必要になるため、国会において不承認の議決がなされた場合には防衛出動した自衛隊に対して、内閣総理大臣は撤収命令を下さなければならないことになっている。

 が、国会内の勢力はもとより政権与党が大勢を占めている。

 さらに平時では古川内閣の安全保障政策に反対を表明することが多い最大野党、民主党さえもが防衛出動に賛成する側に回ったため、防衛出動が不承認という事態が発生することは起こり得ない。


(俺達の政権運営は失敗だっただろう。過去の失敗は取り戻せず、国民の信頼を再び勝ち得るのは難しい。いま出来ることは過去の失敗を反省し、次に活かすことだけだ)


 民主党が賛成に傾いたのには、幹事長の酒井茜ら現実主義者の運動もあったが、福岡県議会を初めとする九州地方の民主党・野党系地方議員が「政争よりも県民の安全を第一に考えて欲しい」「いま防衛出動を承認しなければ、民主党は永久に九州地方では勝てなくなる」と訴えたせいもあった。日本国は健全な民主主義国家であるから、国民から選出された議員達は票の動向に敏感にならざるをえない。


“NO WAR・NO Furukawa”


“自民党って感じ悪いよね”


 脊髄反射的に戦争反対を唱え、プラカードを持ち込み、牛歩戦術を敢行する腹積もりでいた泡沫野党議員達はその存在を完全に無視される格好になった。当然ながら彼らは怒り狂ったが、現実を直視せず自分達の都合のいい理想の世界に引き篭もっている人間に用はない。国民の自然的権利すら守ろうとしない彼らの政党は、次の西日本を中心とする地方選で大敗するだろうが本章では関係ない。


 古川首相が防衛出動を自衛隊に対して命じたことは、国内外のメディアで大々的に報道された。韓国国内においても同様だ。韓国軍関係者も即座に自衛隊の防衛出動を知った。

 ここで韓国軍の前線部隊将兵にとって不幸であったのは、大韓民国国防部の職員と任合同参謀本部議長をはじめとする韓国軍高級将官が、真剣に壱岐群島攻略作戦の実施を再検討しなかったことにある。

 日本国防衛省の背広組と同様、大韓民国国防部の高官達も政治面・事務面で辣腕らつわんを振るうオフィスワーカーであり、軍事的な知識には乏しい。であるから自衛隊が防衛出動する、と報じられても危機感はなかった。「李善夏国防部長官はやる気満々だし、武官連中が中止を言い出さないんだから大丈夫だろう」と、どこか他人事に捉えている節があった。


 一方、制服組(武官組)のトップとなる任合同参謀本部議長は、白大統領や李国防部長官に忖度そんたくし、壱岐攻略作戦の中止を口にすることはなかった。韓国はいわゆる“儒教社会”で年長者・上長を尊敬する文化が根付いているとされるが、それが重要な局面でデメリットに作用することもあるのかもしれない。『大韓航空8509便墜落事故』(※1)がひとつの例と言えるだろうか。


(※1)高圧的な機長が操縦ミスを犯したが、それに対して副操縦士が意見出来なかった上、危機を察知した機関士のアドバイスは無視されて墜落に至った航空機事故。儒教社会との関係性以外にも、元軍人上がりの機長の人間性が事故原因として挙げられる。


 だが現実的・純軍事的問題として、壱岐攻略に差し向けた韓国海軍の水上艦隊は自衛隊の反撃を真剣には想定していない。とりあえず壱岐方面に進出して韓国空軍を支援しつつ、小島に艦砲射撃を実施して帰ってくるくらいの感覚で、壱岐攻略連合艦隊は組織されている。

 壱岐攻略連合艦隊の艦艇数はわずか4隻。

 整備と補給に手こずってしまい、戦闘態勢の整っている手持ちの艦艇の数が限られていたために仕方ないと言えば仕方がなかったが、あまりにも規模が小さい。また4隻の内2隻は80年代に就役を開始した旧式艦、蔚山級フリゲート艦だ。この蔚山級フリゲート艦は韓国海軍で初めて艦対艦ミサイルを備えた水上艦艇で攻撃力はある一方、艦対空ミサイルを装備していない。そのため敵の対艦ミサイルを迎撃することは難しく、今日こんにちでは戦力としてカウントするのは厳しかった。


 しかし趙海軍参謀総長も「作戦を中止しましょう」、とは切り出せなかった。前述の通り、日本・中国を仮想敵として予算を獲得してきた海軍には面子がある。韓国国内も(一部では冷静な意見もあるものの)大部分は緒戦の勝利に湧いている。この状況で韓国海軍は自信がないと言い出すことは出来ない。


「こりゃ作戦機を増強するしかない」


 米国帰りの金空軍参謀総長は航空自衛隊を舐めてかかってはいたが、日本政府の意図を正確に読み取っていた。このタイミングで古川が防衛出動の発令を決断したのは、壱岐に向かう韓国軍部隊を迎撃させるためだ。このまま手を打たなければ、壱岐攻略艦隊は出動した自衛隊による激しい対艦攻撃に晒される。

 すぐに韓国空軍では手持ちの稼働機を総動員し、部隊のローテーションを組み直して艦隊防空を強化した。また金空軍参謀総長は虎の子のB737早期警戒管制機も出動させ、対水上・航空索敵にあてた。B737早期警戒管制機は最大約400から500㎞までの範囲内に存在する航空機と、約250㎞先の水上艦艇を捕捉することが可能であるから、自衛隊側が韓国軍側の動きを捕捉出来たように、韓国軍側も自衛隊側の出動を察知することが出来る。

 金空軍参謀総長からすると予算食いの韓国海軍を援護してやるのは不愉快なことであったが、それでも何もしなければ前線将兵の生命が危機に晒されることになる。さすがに海軍と空軍の対立で死傷者を増やす愚を冒すつもりはさらさらなかった。


 ……。


 迎撃する側の日本国自衛隊からすると、韓国空軍の戦闘機部隊と韓国海軍の小艦隊は厄介な存在であった。韓国空軍のKF-16戦闘機、F-15K戦闘攻撃機は旧西側諸国最強クラスの中距離ミサイルAIM-120を装備出来るため、容易く打ち破れる相手ではない。この手強い戦闘機部隊の展開に加えて、先の戦闘から韓国海軍が対馬方面に世宗大王級ミサイル駆逐艦(いわゆるイージス艦)を配備していることが判明しているため、不用意にP-3C・P-1哨戒機を近づけたり、F-2戦闘機による空対艦攻撃を実施したりすることは難しかった。


 さて、6月3日14時のことである。

 壱岐攻防戦は韓国軍機の攻撃から始まった。韓国空軍第11戦闘航空団のF-15K戦闘攻撃機4機が洋上を翔ける。翼下には誘導爆弾。当初の作戦計画通り、彼らが狙う攻撃目標は海上自衛隊壱岐警備所であった。


(正気じゃない……)


 F-15Kはそれを駆る操縦士自身が不安に襲われるほどの超低空を往く。攻撃小隊が今回採用した戦術は、所謂ホップアップ攻撃である。地対空誘導弾による迎撃を避けるために超低空飛行で接近し、標的の間際で一気に急上昇。高度を稼ぐとともに標的を照準し、今度は急降下しながら攻撃する、という戦術だ。

 F-15Kを操るイーグルドライバー達は宿敵・北韓との戦争を想定し、対地攻撃の訓練を重ねているために練度は高い。だが、実戦は訓練とは違う。彼らが不安視しているのは、壱岐諸島における自衛隊の防空態勢がよく分かっていないことであった。北韓の防空網は長年に渡って構築された情報網や人工衛星を使用した偵察活動、ヒューミント(※人間による諜報活動)である程度把握出来ているし、配備されている地対空ミサイル・対空機関砲の性能は低い。

 しかし他方、自衛隊は北韓よりも練度が高く、装備も質が良いと考えるのが自然である。そう一筋縄ではいかないだろう。壱岐諸島に自衛隊の地対空誘導弾が配備されている可能性があったが、こちらは未だに存在を確認出来ていなかった。

 仮に自衛隊の地対空誘導弾が索敵・捕捉用のレーダー波を垂れ流してくれていれば、こちらもレーダー波を追跡するAGM-88対レーダーミサイルで制圧出来るのだが、壱岐諸島からそれらしきレーダー波は出ていなかった。


(やはり自衛隊は壱岐諸島に地対空誘導弾を配備していないのか?)


 重要な通信を聞き洩らすとまずいため、F-15Kの操縦士達は沈黙を保っている。計器や外界を睨みつけながら、ある操縦士はブリーフィングを思い出していた。事前の話では「壱岐諸島には地対空誘導弾は配備されていないだろう」、ということであった。“だろう”とは不明であるということと同義である。

 第11戦闘航空団の団長は、敵の脅威が不明な場所に攻撃を仕掛けるのであれば、射程200㎞を超える対地ミサイルSLAM-ERを使わせて欲しいと上に掛け合ったようだが、これは拒否された。SLAM-ERの電波周波数と携帯電話の電波周波数が被っており、SLAM-ERを使用するためには携帯電話の電波を止めなければならないからだ。


 しかしイーグルドライバー達の心配は杞憂に終わった。

 約50mの海面直上から一挙に高度1500mまで翔け上がり、誘導爆弾全6発を投下したF-15Kはレーダー照射さえ浴びることなく攻撃を終えて帰投した。誘導爆弾は1発を除いて、海上自衛隊壱岐警備所の“無人の”庁舎を直撃した。


「攻撃成功!」


 戦果を肉眼で確認した編隊長機の報告に、韓国軍関係者は安堵した。特に趙海軍参謀総長は「防衛出動に踏み切ったというから自衛隊の反撃があるのでは、と怯えていたのが阿呆らしかったな」と発言するほどであった。

 続いて趙は金空軍参謀総長に対し、「友軍誤射を避けるために空軍機は壱岐攻略連合艦隊よりも南に展開するのを避けてほしい」と要求した。対する金はエアカバーが不十分になるのではないかと危惧したが、艦対空戦闘に関しては専門外であるからそういうものかと思ってそれを了承した。背後から友軍に撃たれてはたまらない。

 そして韓国海軍の壱岐攻略連合艦隊は命令を受け、大胆に壱岐群島北方沖にまで進出した。これで壱岐群島上空は、イージス艦の世宗大王級『西崖柳成龍せいがいりゅうせいりゅう』が有するスタンダードミサイルの射程内に収まった。韓国空軍の援護もあるため、航空優勢は握ることが出来た形だ。航空優勢があれば、すなわち海上優勢も得られたも同じであろう。


「作戦は上手くいっている。ヘリボーン部隊を投入しよう。海兵隊もだ。白大統領と李善夏国防部長官への報告の準備も怠るな」


 気をよくした任合同参謀本部議長は、壱岐群島を占領するためのヘリボーン部隊の投入と対馬諸島付近に待機させていた輸送艦の出撃を命じた。

 だが任合同参謀本部議長が命令を発したわずか15分後、事態は急転した。


「?」


 突如として『西崖柳成龍せいがいりゅうせいりゅう』ら韓国軍水上艦艇が装備するレーダーに、飛翔体の反応があった。数は全8発。真南と南西の2方向から各4発ずつが向かって来る。距離は約30㎞。そして飛翔体の速度は時速1100㎞――。


「なんだこれは」


『西崖柳成龍』にて指揮を執る艦隊司令がまごついている内に、彼我の距離は詰まる。高速飛翔体は瞬く間に約25kmの距離にまで迫ってきた。


「対空戦闘!」


 各艦長は現実を理解すると同時に、可能な限り素早く号令をかけた。

 空対艦ミサイルか、艦対艦ミサイルかは不明であるが、とにかく敵の攻撃である。敵ミサイルは残る約25㎞という距離を亜音速で突っ込んでくるのだから、戸惑っている時間的な余裕などない。防空戦闘に特化したイージス艦『西崖柳成龍』のSM-2による艦隊防空が間に合いそうにない以上、個艦で生き残りをかけた防空戦闘を行うしかなかった。

 韓国海軍艦艇4隻の対空火器が迫る敵ミサイルに対し、一斉に指向された。

 世宗大王級『西崖柳成龍』と忠武公李舜臣級駆逐艦『王建』の艦対空装備は充実している。長射程のSM-2以外にも、127㎜速射砲・近距離防空ミサイル・高性能30㎜機関砲ゴールキーパーを備えており、二重三重の防御手段を持っている。自艦に向けて飛来する対艦ミサイル2、3発の迎撃に成功する可能性は高い。

 だが前述の通り、残る2隻の蔚山級フリゲート『慶北』と『釜山』は艦対空ミサイルを持たない。対空火器と言えば76㎜速射砲と40㎜機関砲しか装備していないため、先に紹介した2隻よりも亜音速の飛翔体を撃破するのは困難であった。


「撃ち方はじめ」


 全力対空射撃。しかし敵ミサイルは2方向から飛来するため、弾幕は自然と分散することになった。それでも『西崖柳成龍』・『王建』の127㎜速射砲、艦対空ミサイルが敵ミサイルを次々と撃墜していく――が、約1分後。海面を轟ッ、と衝撃が走った。


「『釜山』が――!」


『王建』の艦橋から、『慶北』・『釜山』が炎上するのが見えた。両艦とも排水量約2000トン弱の小艦艇である。『慶北』はどてっ腹に1発の直撃弾を受け、艦長が退艦命令を下す前に艦体が真っ二つになり、爆炎と黒煙を噴き上げながら150個の生命とともに海中へ沈んでいった。轟沈である。一方の『釜山』は轟沈こそしなかったが艦体後部に直撃弾を受け、被弾炎上――漂流を始めていた。

 非情な言い方になるが『慶北』・『釜山』は老朽の旧式艦であるから、韓国海軍としてはこれを喪失したとしても構わない(勿論、乗員合わせて300名の生命を無視すれば、だが)。しかしながらこの時、『西崖柳成龍』も少なからずダメージを被っていた。

『西崖柳成龍』は艦対空ミサイルの迎撃を掻い潜った1発のミサイルをCIWSで迎撃し、残り数百メートルの距離でこれを撃破することに成功したものの、亜音速の飛翔体の運動エネルギーを殺しきれるはずがなく、火焔と破片と部品が一緒くたになった塊を浴びた。致命的な被害には当然ならない。が、レーダー類が並ぶデリケートな艦上構造物は別だ。アンテナ類が折れ曲がり、三次元対空レーダーのSPY-1も傷ついた。


「やられた!?」


 壱岐攻略連合艦隊の悲鳴混じりの報告に、趙海軍参謀総長は動転した。遠距離の航空機を捕捉可能なイージス艦『西崖柳成龍』が付いているから、ミサイル攻撃ではやられないと思っていただけに彼のショックは大きかった。


「作戦を中止しよう。『西崖柳成龍』の小破はまずい。『王建』もやられる」


 合同参謀本部でそう提案したのは金空軍参謀総長であった。彼はあまり面子にこだわりはない。

 だが趙海軍参謀総長は違った。金空軍参謀総長の言葉を嘲りと捉えたのか、机を叩くと激昂して「だいたい空軍は何をやっていたッ、なんのための早期警戒機だ!」と怒鳴り散らした。


(いやウチの落ち度ではないでしょ)


 金空軍参謀総長は内心そう思ったが、火に油を注ぐ馬鹿はいないので黙った。ちなみに早期警戒管制機は出来る範囲で仕事をしていた。護衛艦とみられる艦影は壱岐群島の周辺には存在せず、少し離れた海域に確認されていた。航空自衛隊機も同様、九州北部に空中哨戒中とみられる機が飛び回っているだけである。


「この無能があッ!」


 掴みかからんとする勢いの趙海軍参謀総長に対して、金は溜息混じりに言った。


「趙閣下――早期警戒管制機では捕捉し難い潜水艦か、あるいはミサイル艇の攻撃を受けたのではないですか」


 彼の言に特別な根拠はない。


 ……が、実際それは当たっていた。レーダー波の届かない水平線の向こう側から、壱岐攻略連合艦隊にミサイル攻撃を仕掛けたのは、佐世保地方隊に所属する第3ミサイル艇隊の『おおたか』・『しらたか』であった。




次話は自衛隊サイドを予定しています。

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