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■13.生起、壱岐攻防戦!

「初めに言っておく。手段は選ぶな」


 6月1日夜。日本国外務省アジア大洋州局長の丸信之介まるしんのすけは、自身の部下をオフィスに集めて訓示した。木下正外相に張りつく友人の鬼頭から、内閣うえは防衛出動ありきで動いているという話を彼は聞いていた。戦争だ。では、外務省は、外交は無力なのか――否。そんなことはないと丸は思う。


「必要ならば媚びろ。彼らが土下座しろというのならば土下座しろ。相手が我が国をなじっても、それに賛同しろ。そして奴らに“錯覚”させるんだ。日本政府は屈服した、日本政府は負けを認めた、日本政府は終始弱腰のまま対馬を差し出すだろう、と。そして――」


 ここで丸は言葉を切り、居並ぶ職員達ひとりひとりを見据えて言った。


「――なんとしても防衛出動が承認されるまでの時間を稼ぎ出せ。再び自衛隊員が無抵抗のままに殺傷され、国民から死者が出ることだけは絶対に避けなければならない。韓国政府に対して弱腰に出る我々のことを国賊とそしる者もいるだろう、反日と糾弾する者もいるだろう。だが、それがどうした?」


 緊張した面持ちを崩さない職員達であったが、次第に彼らの感情は高揚した。国民と国益を守るための外交戦。いいだろう、やってやる。相手がどんな出方をしてこようと、国内からいかなる批判を受けようとも、可能な限り時間を稼ぐ。

「世間では我々は外交が下手、ということになっている」と、丸は自分自身に言い聞かせるように、そして自信と勇気を奮い立たせるために言い放った。「それは間違いではないだろう。だがしかし、冷戦構造の最中を西側諸国の最前線として生き延び、冷戦終結に伴う世界規模の政情不安を乗り切るだけの才覚はある。我々にも出来るはずだ。外交で現状を打破することは出来ずとも、交渉を引き延ばすことくらいは!」


 丸信之介の演説の通り、この後外務省は一丸となって韓国軍による再度の攻撃開始を引き延ばしにかかった。韓国政府と直接、あるいは調停を名乗り出ている複数の他国政府を経由して、「韓国政府の要求を一部呑む用意がある」姿勢を見せた。国内外のマスメディアにも省内の動きを意図的にリークした。当然、国内からは批判が殺到し、ネット上では“炎上騒ぎ”となったが、丸はそれを見て「うまくいった」と笑った。

 もちろん外務省とて最初から韓国政府との外交交渉による決着を諦めていたわけではなかったが、なにぶん相手は緒戦で勝利を収めているため、対馬からの無条件撤退を認めさせるのは難しかった。では対馬諸島を相手に差し出すか――そんな無法は、当然ながら認めるわけにはいかない。内閣の方針も「防衛出動を発令し、自衛隊の武力行使で対馬諸島を奪還してから講和する」方向で固まったため、外務省の活動は「戦争を終わらせるための外交交渉」から「戦争に勝つための外交交渉」に切り替わっていた。

 とにかく外務省がこの局面ですべきことは、時間を稼ぐことであった。古川内閣は防衛出動の発令に向けて邁進しているが、それでも対処基本方針と防衛出動が国会で承認されるまで、あと2日はかかる見込みであった。


 日本国外務省の(見かけ上の)弱腰外交は、韓国政府にとっては渡りに船であった。韓国政府の官僚の多くは戦争に対して幾ばくかの不安を覚えていたところであったし、せっかく壱岐攻略を夢想していた白大統領も水を差された思いを多少はしただろうが、それでも日本政府が屈服しようとしているのだから、喜ばしくないわけがなかった。


(日本政府との外交交渉がうまくいくか否か。どちらにしても我が軍は壱岐群島攻略作戦の準備に、丸1日はかかる)


 6月2日の早朝、韓国陸軍参謀本部――朴陸軍参謀総長は目の前で行われている部下の報告も聞かず、思いを巡らせていた。

 韓国軍の三軍に共通して言える弱点と言えば、稼働率が決して高くはない点だ。整備・管理に関するノウハウの不足で、性能的には良好な装備品でも、機械的な信頼性が低くなってしまっているものもある。大規模な作戦を発動するとなれば、その前に投入部隊の固定翼機・回転翼機を入念に整備して、稼働機を確保する必要があった。


(私ならこのタイミングで、こちらの要求の回答待ちなどしない)


 朴はそう思う。陸海空自衛隊が正当防衛の名の下に反撃を実施し、我が方に大きな損害が出る可能性は十分にあるが、それでもここは交渉と整備になど時間を割かず、現状で使える手持ちの兵力で一気に壱岐群島を奪いに行く方が正解ではあるまいか。

 実際に朴はそうするべきだと任義求合同参謀本部議長に進言したが、任は拒絶した。白大統領が日本政府との交渉に乗り気になり、彼のイエスマンである李善夏国防部長官がそれに同調している以上、任もそれに従う、というわけだ。


(意志がない連中だ)


 だが、それでいい。


「朴陸軍参謀総長閣下はどう思われますか?」


 思考が途切れたちょうどいいタイミングで、朴は部下から話を振られた。

 ほとんど話を聞いていなかった彼であったが、それをおくびにも出さない。

 そのまま巌のような表情を保ったまま微動だにせず、堂々指示を下した。


「当然ながら我々の主敵は日本国である。が、北韓(※北朝鮮)に対する備えも欠かすことは出来ない。すでに任合同参謀本部議長閣下の承認は得ているが、第3野戦軍(※韓国北西部防衛担当)の配置を変えたい」


 白大統領に追随するしか能のない人間とは異なり、朴陸軍参謀総長には強い意志があった。


 ……。


 弱腰外交。上層部に確認。結論の先送り。

 平時ならば叩かれるべきあらゆる悪癖を総動員した外務省は、結果から言えば十分に時間を稼いだ。日韓と密接な関係にある米国政府はすぐに外務省の意図を見抜き、また「東アジアの安定化のため」、と調停役を買って出ようとした中共政府も、外務省の狙いが見え透いた戦術とそれにはまる韓国政府を見て、いまは調停のタイミングではないとみた。


「韓国政府は思考を停止し、単なる巨大な目覚まし時計となった」


 とは、朱中国共産党中央委員会総書記・兼中国共産党中央軍事委員会主席・兼中華人民共和国中央軍事委員会主席・兼中央国家安全委員会委員長・兼国家主席(以下・朱国家主席)の言である。

 部下にその真意を問われると、朱国家主席は部下に目を合わせることなく虚空を見上げたまま、「眠っていた老龍を叩き起こした」と発言して周囲を沈黙させた。


「近代化を成し遂げ、日々成長を続ける我らからすれば、日本は“相対的に”矮小だ。日々衰退していく小国に過ぎない」朱国家主席はぼそぼそと言葉を続けた。「だがその小国にかつて我々は手酷い目に遭わされた。小粒だがぴりりと辛い連中だ。注意を怠るな」


 さて、6月3日早朝のことである。

 部下に対する朱国家主席の発言と前後して、日本においては国会に対処基本方針が提出された。


「話と違うではないですか!?」


 警視庁機動隊による厳戒態勢の中、駐日韓国大使館(韓国政府は奇襲性を重要視したため、駐日大使らに帰国を命じていなかった)に韓国側の交渉担当者の叫び声が響いた。


「日本政府は武力行使を微塵も考えておらず、対馬諸島の領有権を認めた上で、1兆ドルは無理でも約5000億ドル前後の賠償金ならば払う用意がある、と! 我々に対して嘘を口にしたのですか!?」


 対する外務省高級官僚の鬼頭は破顔一笑すると、「いえいえ」と首を振り、手も振った。


「防衛出動は国内向けのポーズでしてね。さすがにこのままでは内閣も倒れ、我々外務官僚も身が危ない。外務省にいくつ脅迫文が送られているかご存知ですか? 友人の丸なんかはいつ刺されてもおかしくないですよ、本当に。わかっていただけませんか」


「……」


 韓国側の交渉担当者は、憮然とした。憤懣と不安、まさか、という思いが入り混じっている。しかしいまさら本国政府に対して、これまでの交渉は無駄でしたとは報告出来ない。やむをえず彼は鬼頭の主張を、そのまま本国政府へレポートにまとめて送った。


「日本政府にたばかられたかッ!」


 一方、国会に対処基本方針が提出されたことを知った白大統領は激怒し、任義求合同参謀本部議長に対して壱岐攻略作戦の発動を命じた。

 この壱岐攻略作戦に差し向けられる韓国軍三軍の戦力は、先に対馬諸島を攻撃した部隊と似通っている。

 作戦計画ではまず、世宗大王級駆逐艦『西崖柳成龍せいがいりゅうせいりゅう』を中心とする壱岐攻略連合艦隊(他・李舜臣級駆逐艦『王建ワン・ゴン』、蔚山級フリゲート艦2隻)を進出させ、壱岐群島周辺空域を艦対空誘導弾の射程内に収める。

 同時に海上自衛隊壱岐警備所をF-15Kから成る攻撃隊で襲撃。不十分であれば、蔚山級フリゲート艦に76㎜速射砲による艦砲射撃を実施させる。海上自衛隊壱岐警備所の無力化に成功し次第、ヘリボーン部隊を壱岐警備所の所在する若宮島と壱岐本島に投入する。作戦案は以上である。

 ただし韓国軍関係者の不安は大きい。対馬諸島攻撃とは異なり、自衛隊は東海(※日本海)方面を相当警戒しているだろうから奇襲効果は望めない。また未だに防衛出動は発令されていないものの、防衛出動準備の命令は下っている。壱岐群島の自衛隊側戦力は、増強されている可能性があった。

 今回は玄武巡航/弾道ミサイルによる攻撃もない。理由は二つ。九州地方北部の一般市民を巻き込んだ攻撃と、その被害の模様は全世界で大々的に報道され、一大バッシングを巻き起こしたから、というのがひとつ。もうひとつの理由としては、朴陸軍参謀総長が渋ったからであった。玄武ミサイルは対日戦用に導入・調達したものというよりは、北韓の火砲やミサイル基地を潰す、あるいは中国に対する抑止力となることを期待して配備してきたものである。「今後は使用数を絞り、切り札的な運用としたい。でなければ陸軍は祖国防衛と滅共義務を遂行することが出来なくなる」というのが、朴陸軍参謀総長の言であった。


 韓国軍関係者とは対照的に、韓国政府高官達は攻略作戦を楽観視していた。壱岐群島に存在する自衛隊の戦力は少数である、と事前に説明レクを受けていたし、実戦をほとんど経験したことのない自衛隊よりも、日々北韓の脅威に晒され、それを撥ね退けている韓国軍の方が精強であると疑わなかったからである。


「こちらメリッサ04――」


 韓国軍関係者の予想通り、韓国海軍の壱岐攻略連合艦隊が釜山を進発すると、すぐさま航空自衛隊第602飛行隊(静岡県浜松市)のE-767早期警戒管制機がこれを察知した。


「警戒航空隊本部からの報告です。第602飛行隊が釜山基地を出撃する韓国海軍艦艇4隻を捕捉いたしました。現在地は対馬諸島北方。南南東方向へ航行中です」


「韓国軍来たる」の一報に、航空自衛隊航空総隊司令部は色めき立った。単なる対馬諸島への増援か。それとも壱岐群島に対する攻撃準備か。後者ならば看過は出来ない。

 航空総隊司令部は防衛大臣と航空幕僚監部に報告を上げると同時に、西部航空方面隊に要撃態勢を整えるように命令を下した。F-15J/DJを装備する第305飛行隊は空対空任務、F-2Aを装備する第6、8飛行隊は空対艦任務に就く。緒戦で大打撃を被った第6、8飛行隊の稼働機数は10機にも満たないが、F-2Aは空対艦誘導弾を4発まで携行可能だ。空対艦誘導弾を各機2本装備した一個小隊ワンフライト4機でも、対馬沖の韓国艦隊にダメージを与えることは可能だろう。


「航空自衛隊航空総隊司令部によると、南下する韓国海軍艦艇4隻を捕捉したとのこと」


 陸海空自衛隊現地部隊は陸上自衛隊西部方面総監部にて、対応策を協議した。以降、現地の統合作戦の指揮・統率は(陸海空自衛隊の幕僚達がつどっていた都合もあり)、陸上自衛隊西部方面総監部で行われることになった。


「韓国海軍艦艇の現在地は対馬諸島北東沖。針路上には壱岐群島があります。また艦隊防空のためか、8機の韓国空軍機が当該艦隊の近辺に展開しているようです」


 報告する陸上自衛隊西部方面総監部幕僚長の錫村は、声色は平静そのものだったが、それとは対照的に三自衛隊の幕僚達は色めき立った。対馬諸島の増援ではなく壱岐群島への侵攻を意図しているのならば、時間的猶予はあと3時間前後ほどしかない。

 錫村幕僚長の状況説明が終わると同時に、西部方面総監の湯河原が口火を切った。


「西部方面総監部は刑事罰を覚悟の上で、所属部隊に対して武器使用・武力行使を厳命、強要するつもりだ。敵に撃たせるつもりはない」


 防衛出動準備の命令はすでに下っているため、壱岐群島の防衛態勢は整っている。だがこの時、未だに防衛出動は発令されていなかった。韓国艦艇に対する先制攻撃は許されない。


「あと3時間で国会が防衛出動を承認しますかね」


「いや……間に合わないのでは。山中太一やらなにやらが牛歩戦術に出たらえらいことになるぞ」


 だがしかし、端的に言えばすべては杞憂に終わった。

 結論から言えば、防衛出動命令は下ったのである。

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