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■12.壱岐攻略作戦計画と、自衛隊防衛出動へ。

 6月1日18時、大韓民国ソウル特別市大統領官邸(青瓦台)。

 白武栄大統領は国務委員達を集めて、対日戦に関する話し合いをもった。口火を切ったのは自ら進行役を務める白大統領である。彼はご満悦といった様子で「まず先制攻撃は成功した! これは歴史に残る朝鮮民族の大々的勝利である!」と最初に言い放ち、周囲の国務委員と高級官僚の拍手喝采を集めた。


「だが」白大統領の言に、周囲がぴたりと動きを止めて沈黙した。「愚かな彼らはまだ痛い目に遭いたいとみえる」


「大統領の仰る通りだ」と李善夏国防部長官が相槌を打った。深く考えての肯定では決してない。イエスマンである彼はたとえこの場で白大統領が「休戦しよう」と言ったとしても、大統領の仰る通りだ、と頷いたであろう。


「我が朝鮮民族の正当性を敗戦国の負け犬どもは、容易に理解出来ないらしいですな」


「うむ。さすが李長官は我が意を理解してくれているな。さて、では任義求合同参謀本部議長――みなに本日の華々しい戦果と、今後の軍事行動の計画を説明してくれたまえ」


「はっ……」


 起立した任義求合同参謀本部議長は韓国軍制服組(武官組)のトップである。ただし青白い横顔と痩せ細った体躯に武官らしさはない。断固たる意志と決断力で成り上がったというよりは、周囲に迎合し、政治的にうまく立ち回っている内に玉突きで出世した、という人間である。もちろん制服組トップに就任するだけの政治力がある、ということは間違いないのだが、戦時に活躍するような将星ではない。


「まず本日の戦果より、ご報告申し上げます。本日早朝より始まった我が軍の攻撃は、想像を超える戦果を挙げました。九州地方北部の日本国自衛隊関連施設は壊滅。対馬諸島とその周囲の制空権・制海権は、我が軍が完全に掌握いたしました」


 任義求合同参謀本部議長の報告に国務委員達は満足げに頷いたが、任の背後に控える軍関係者は無表情を貫いていた。これは任の戦果報告に問題があるからに他ならない。国務委員の誰もが気づいていないが、任の報告はあまりにも抽象的に過ぎ、どの自衛隊関連施設にどれくらいのダメージを与えたのかという具体的情報はなかった。

 実を言うと、韓国軍の将官は自分達が自衛隊に対して、どの程度の打撃を与えたのかよく理解していなかった。現時点で対日戦に従事させられる韓国軍の偵察衛星はないため、玄武巡航・弾道ミサイルによる攻撃で自衛隊基地にどの程度の被害が出たのか、戦果を確認する方法がないのである。お粗末であるが韓国軍はミサイル攻撃の成否を、日本国内の報道を通して知った。それも正確かどうかは分からない。

 戦果を直接確認するとなれば戦術偵察機を飛ばす必要があるが、韓国空軍は航空偵察の実施を拒否した。日本側の防空態勢も分からない場所に老朽化著しい旧式機、RF-4Cを飛ばしても、偵察成功の可能性は薄いからである(韓国軍の名誉のために記しておくと、航空自衛隊の戦術偵察機もRF-4Eだからこのあたりの事情は変わらない)。


「現在、対馬島には海龍師団――第1海兵師団が上陸、防備を固めています。主力戦車や各種誘導弾の揚陸、展開も進んでいます。我々の勝利は間違いありません。しかしながら日本政府はそれを認めようとせず、こちらの正当な要求を呑もうとしません。そこで白大統領閣下の御指示の下、我々合同参謀本部は次なる作戦を立案いたしました」


 韓国軍の次の一手は、玄武巡航・弾道弾による第二次攻撃と壱岐群島攻略作戦である。前者はともかく後者は当初から計画されていたものではなく、半ば思いつきの作戦だ。対馬諸島を手中に収め、九州北部の自衛隊関連施設を攻撃しても日本政府が要求を呑まないなら、呑むまで攻撃を続けようという白大統領の短絡的な思考の下に、急遽立案された。


(これは……まずくないか?)


 任義求合同参謀本部議長の背後に座る金大学空軍参謀総長は表情こそ平静を保っているが、内心では冷や汗をかいている。

 金大学は開戦前に解任された韓志龍とは対照的な人物であり、端的に言えば陸海空自衛隊を過小評価しているきらいがあった。韓志龍が航空自衛隊への留学経験があるのに対して、金大学は米空軍大学を卒業している。「航空自衛隊はアジア1、2を争う空軍力」と考えていた韓志龍とは違い、金大学には(韓国空軍を棚に上げておいて)「米空軍に比較すれば、航空自衛隊など三流空軍だ」という意識が強い。……だがその彼であっても現状の流れが戦略的にまずいのではないか、という感覚を抱いていた。


(日本に我々の歴史観が正当であることを認めさせ、対馬諸島と莫大な賠償金を差し出させようという狙いは間違ってはいない、と思う。しかし、だな。じゃあ壱岐を陥落させて日本政府が要求を呑まなかったらどうする? 次は九州島でも奪りにいくつもりか? それでも日本政府は要求を呑むかどうか。……際限なく戦争が続くじゃないか)


 戦争目標が対馬諸島の確保のみであれば、韓国軍は対馬諸島周辺の防備を固め、実効支配の体制を確立し、外交交渉がまとまるまで陸海空自衛隊の反撃を凌ぐだけでいい。

 ところが日本政府に(相手側からすれば)無理難題に思える要求を呑ませ、屈服させるとなると大変だ。政治家の思いつきのままに、対馬諸島・壱岐群島・九州本島・東海と戦線が際限なく拡大していけば、精強と金が信じる韓国軍もいずれ限界を迎える。


(それに壱岐群島の攻略自体も、あんまり自信が持てないんだよな)


 対馬攻略は用意周到に行われたし、「まさか韓国が日本を攻撃するまい」という意外性を衝いたから上手くいった。上手くいく公算があった。

 他方、今度の壱岐攻略は違う。まず政治家の思いつきからスタートしているから、陸海空軍は大慌てで作戦計画を立案し、統合攻略部隊を組織中だ。加えていくらアメリカ軍に比べれば劣弱な自衛隊とはいえども、対馬海峡方面・東海方面の警戒は厳としているであろう。日本政府が有する情報収集衛星がどの程度の能力なのかは知らないが、航空自衛隊は早期警戒機を多数有しているため、こちらの出方は筒抜けになっていると考えた方が良い。


(壱岐群島の敵部隊はほぼ皆無とはいえ、2万人以上が住む有人島を占領するのだ。ヘリボーン部隊で数個小隊を送り込んでそれで終わり、とはいかない。それに日本政府は海上警備行動、防衛出動準備を出したらしい。反撃の可能性も考えられる。準備には丸1日、2日――もしかしたら3、4日はかかるかもな)


 それだけの時間があれば、自衛隊は当然ながらこちらの意図を悟るであろう。




……。




 ほぼ同時刻、東京都内某所。自由民権党(自民党)・公民明大党(公明党)・民主共和党(民主党)・令和維新の会(維新)・共産日本党(共産党)・社会民政党(社民党)、以下泡沫野党の幹事長らが集い、貸し切った会議室で非公式の会談が行われていた。

 主催したのは政権与党・自民党である。目的は単純明快。対処基本方針と防衛出動命令の国会承認をスムーズにクリアするため、その根回しだ。だが――。


(時間の浪費だな)


 民主党幹事長の酒井茜は内心、溜息をついた。

「早ければ明日、遅くとも3日以内には国会において防衛出動の承認を求める」、と報告した自民党幹事長・浜幸作はまこうさくに対し、共産党・社民党、その他の野党が真っ向から反対。酒井茜も民主党からは「最初は断固反対の姿勢を見せ、状況に応じて譲歩し、好条件を引き出す」という基本方針を示されていた。


(馬鹿が。普段から延々と戦争反対、戦争反対。政権与党に対してどーのこーのと言ってきたツケか? 票田を失うことを恐れて、この期に及んでも戦争反対か。まあ民主党ウチも人のことは言えんが……)


 延々と意見開陳の続くこの場を、酒井茜は立ち去りたい思いでいる。

 彼は民主党政権時代、防衛副大臣を務めた経験がある。激甚災害への対応、北朝鮮に関する諸問題の解決にも努めた。最新鋭ステルス戦闘機F-35Aの導入を決定したのも、酒井が防衛副大臣を務めていた頃の話だ。安全保障問題に関しては、自衛官には及ばないがそれなりに理解がある、と彼は自負していた。彼個人の自衛隊に対する信頼も厚い。彼らは旧軍とは違う。無際限に戦争を拡大するような愚は犯さないと断言出来る。


(真に党利を思うならば、絶対に防衛出動に賛成すべきではないか)


 民主党の方針を無視して構わないのであれば、酒井茜は迷いもなく防衛出動の発令に賛成するであろう。なにせ自衛隊員どころか、国民から死者が出ている。これを無視して防衛出動の承認に抵抗すれば、民主党は自衛隊員と隊員の家族、被害者の遺族、その知人から未来永劫に票を得られなくなる。いや、大多数の国民からそっぽを向かれてしまうかもしれない。


(が、首相を経験したことのある“長老クラス”にもなると、そうは考えられないらしいな)


 だがしかし、これまで自民党の安全保障政策に対しては、反対の姿勢をとることが多かった民主党のことだ。党の重鎮の中にはいまさら方針転換して、「戦争賛成」と叫ぶのには抵抗があるらしい。確かにここで防衛出動に賛成すれば、これまでの支持者を裏切ることになるのではないか、と言われればそうかもしれなかった。

 故に酒井茜は沈黙した。最初に他党の意見を聞いておきたかった。

 まず驚いたのは政権与党・公明党と、一般的には保守主義と考えられている維新の会が、慎重な意見を述べたことであった。おそらく後から賛成に回り、自民党に恩を売る腹積もりなのであろう。


(こいつらは韓国軍の武力攻撃を政争の具にしか考えていないのか)


 思わずしかめ面をした酒井茜だが、続いて共産党・社民党らの発言が始まると今度は天を仰いだ。

 共産党党首の司馬和己しばかずみは「韓国軍が理由なく九州地方を攻撃するとは思えない。こちらに何か原因があったのではないか。まずその原因を究明すべきだ。歴史問題が原因であれば、謝罪と然るべき賠償が不足していたということではないか」と反対、社民党副党首の女性議員、水元志摩子みずもとしまこに至っては「自衛隊が武力を行使することがあれば、より大勢の人が傷つきます」と述べた。その後の泡沫野党『山中太一とゆかいな仲間たち』の代表、山中太一の長々とした弁説に関しては、酒井茜はもはや聞いてすらいなかった。


(日本側に原因があるだの、自衛隊が反撃すれば大勢の人が傷つくだの。同じことを被害者の前で言えるのか、こいつらは)


 酒井茜は視線を遣る。その先には、自民党幹事長の浜幸造がいる。彼は瞼を閉じたまま、沈黙を保ち、ただ野党側の意見を聞いているだけである。そうなると飛び交う暴論を前に酒井茜の方が黙っていられなくなって、山中太一の発言をきりのいいところで遮り、「確かに韓国側にも言い分があるかもしれないがね」と口を挟んだ。


「だが現実問題として韓国軍がミサイルを発射し、多くの国民が傷ついているんですよ。領土問題を抱えていた場所ならともかく、対馬も攻撃され、いまも不法に占拠されてします。海上保安庁の職員が殺傷されたという発表もあります。防衛出動の承認に抵抗してゴネている間に、韓国軍がさらなる攻撃を仕掛け――」


「ですからまずは韓国政府と話し合い、韓国軍が攻撃を仕掛けてきた原因を突き止めなければならないんですよ」社民党の水元志摩子が語気を強めて言った。「それにもしかしたら自衛隊側に非があるのかもしれません。それに国民が韓国軍の攻撃に巻き込まれたのは、自衛隊の基地が原因でしょう?」


 その通りだ、と共産党の司馬が頷いて眼鏡を直すと、「軍備があるから攻撃を受けるんです」と口にした。


「自衛隊基地も米軍基地も、存在するから攻撃される。だから我々も防衛出動ではなく、非戦の構えを以て韓国政府との話し合いに就くべきなのです」


「自衛隊の基地がなければ韓国軍の攻撃はなかった、国民が傷つくことはなかったとでも言うのですか」


 反駁した酒井茜に、今度は山中太一が応じた。


「対馬の自衛隊は増強されていますからね、それを脅威に思ったのかも。対馬に限らず、自衛隊はオスプレイとかF-35とかアメリカの兵器を爆買いしてますから。それに古川内閣は好戦的なことで向こうには知られていますし」


「……?」


 酒井茜には、彼らの発言が理解出来なかった。


(こんなやつらと同じ“野党議員”と括られてはたまらない……)


 論理が違う。文化が違う。思想が違う。

 百歩譲ってこちらの防衛力強化が周辺諸国に対して脅威になっていたとしても、それが他国から攻撃を受ける理由になっていいはずがない。だいたい何があっても民間人を巻き込むような先制攻撃を繰り出してくる側が、ほぼほぼ――それこそ自国と相手で比較したときに、1:9、0:10くらいで――相手が悪いのではないか、と酒井茜は思う。


「だいたい」と社民党の水元が言う。「酒井さんは野党でしょ。野党は政権与党を監視し、その暴走を止めるのが仕事なんだから。ここはオール野党で反対しないと」


「はぁ!?」


 ここで酒井茜はキレた。

 が、怒りのあまり言葉が出てこなかった。「お前らみたいに国益も、国民の生命も無視して、反対一辺倒でいる連中と一緒にされてたまるか」、と叫びたかったし、叫ぼうとした。

 が、その前に怒号が飛んだ。


「国会議員はッ!」


 ッ、と眼を見開いた浜幸造が吼えた。


「勘違いするな、国会議員は!


 断っとくけどな、国会議員はな!


 国民の生命とかわいい子供達の明日を守るためにいるんだ!


 国民はな、“この人に任せれば大丈夫そうだ”と期待して投票をするんだ!


 いまミサイルが飛んで来てるじゃないか!


 いま銃を持った連中が来てるじゃないか!


 いま大勢の国民が傷ついてるじゃないか!


 なのに話し合いがどうだ、人殺しはイヤだ、法律がなんだ!


 国会議員だったらな、国民を守るためなら自衛隊に“あいつらを殺してこい!”、“法律は無視してもいい、ケジメつけさせてこい!”と命令するだけの覚悟が必要なんだ!


 それが国民から選ばれた国会議員の覚悟なんだ!


 その覚悟がないなら! てめーら全員、国会議員辞めちまえェ!」


 ……沈黙。千葉県出身、元暴力団の下っ端だった浜らしいストレートな物言いに、司馬や水元は怯んだ。酒井茜も同様だ。年季と、それこそ覚悟が違った。国会議員の覚悟。防衛出動を発令するということは、それはすなわち本格的な戦争を始めるということに他ならない。人殺しの命令、それを承認するということである。人に、人を、殺させるのだ。重い選択だ。

 だが。酒井は、口を開いた。


「韓国側の要求は到底呑めるものではない以上、韓国軍が攻撃を重ねてくる可能性は十分に考えられます。民主党は……いや、私は国民を守るために防衛出動の承認に、賛成、したいと思います」


 司馬や水元ら、泡沫野党の関係者に衝撃が走った。自民党に対抗し得る議席を有する民主党が賛成に回れば、“暴走する政権与党vs平和を愛するオール野党”という構図が崩れる。勿論、酒井茜個人が賛成に翻ったとしても、民主党全体が賛成に回るとは限らない。だが民主党は右派、左派、多種多様な人間がいる。一枚岩ではない。右派が分裂して自民党につく可能性も考えられる。


「な、酒井さん、それは……」


 オール野党でやるからこそ泡沫野党も存在感を発揮出来るのであって、そうでなければメディア映えもしない。愕然とする彼らに対して、酒井茜は冷たい声色で言い放った。


「政治的立場云々で、国民を守ることを放棄したくはない」


 ……この会談で防衛出動への道筋はついたと言ってよかった。

皆様のブクマ、評価のおかげでジャンル別月間1位になりました。ありがとうございます。これからも応援のほどよろしくお願いいたします。

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