表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/58

■11.国土防衛の覚悟と、緊急事態大臣会合。

【任務】韓国軍の航空機、飛翔体を使用した砲爆撃から国民の生命と財産を防衛する。

【部隊】陸上自衛隊第2高射特科団

    海上自衛隊第5護衛隊『こんごう』『あきづき』

    航空自衛隊第5航空団・第305飛行隊

         第2高射群

【備考】武器使用の法的根拠

■自衛隊法第82条3・弾道ミサイル等に対する破壊措置

■自衛隊法第84条・領空侵犯に対する処置

■自衛隊法第95条・通常時のおける武器等の警護(※1)

■自衛隊法第95条2・通常時における施設の警護(※2)

(※1・2)自衛隊の武器や施設の警護において、正当防衛・緊急避難に限り武器使用を認める法律である。相手に先制して武器使用することは出来ないが、飛来する巡航ミサイルを迎撃したり、攻撃してきた相手に同程度の武器を使用して反撃したりすることは可能と考えられる。




【任務】日本海上および対馬諸島周辺における情報収集を実施し、韓国軍の更なる武力行使に備える。

【部隊】海上自衛隊第1潜水隊『じんりゅう』

         第1航空隊

    航空自衛隊第602飛行隊(E767)




「いま現在出来ることはこの程度のものか」


 湯河原陸将は嘆息した。現状では正当防衛の範囲内での武器使用しか許されないため、対馬奪還どころか九州防衛がやっとである。臥薪嘗胆。防衛出動命令が下るまでは、迎撃態勢を整えつつ、対馬奪還のための準備を着々と進めるほかはない。他の幕僚らも悔しそうな表情を浮かべている。それに対して、進行役の錫村幕僚長は「防衛出動命令は2、3日の内に下るのではないでしょうか」と投げかけた。


「マスメディアの報道によれば、福岡県内でも500名以上の死傷者が出たそうです。現在、韓国政府は日本政府に突きつけた要求の返答待ち、ということで攻撃を停止していますが……対馬島を取られたままでの交渉と停戦など、世論が許すはずがありません」


「確かにその通りです」と統合幕僚監部から派遣されている幕僚が頷いた。「小谷防衛相は防衛出動の発令に向けて積極的に動いているようです。他の閣僚のスタンスは不明ですが、財務相の赤河一郎あこういちろうも黙っている性質たちだとは到底思えません。このまま無条件に日本政府が相手方の要求を呑むことはない、と思います」


「韓国政府の要求をこちらが呑まなかった場合、韓国軍は当然ながら更なる武力行使に打って出るだろう。それから国民を守るのが我々の職責だが……」


 湯河原陸将はいったん言葉を切り、周囲の幕僚達を見回した。


「どうだろう。韓国軍は九州北部にヘリボーンや強襲上陸を仕掛けて来るかな」


 日本政府を屈服させるのに対馬島の占拠、九州北部への攻撃では足りぬとなれば、韓国軍が軍事行動をエスカレートさせる可能性は十分にあり得る。韓国陸軍や海兵隊の部隊が九州北部に上陸し、市民を戦闘に巻き込む可能性は皆無とは言えなかった。


「さすがにそれは……九州島の我が2個師団と対戦する愚は避けるのでは」今度は陸上総隊司令部の幕僚が声を上げた。「その前に壱岐群島があります。海上自衛隊の壱岐警備所が攻撃対象となり、韓国軍がヘリボーンで島全体の占拠を試みる可能性があるかと」


「なるほど。壱岐か――」


 人口約2万5000名の長崎県壱岐市、壱岐本島を中心とする壱岐群島は対馬島と九州島の合間に浮かんでいる。成程、韓国軍が更に勝利の果実を欲するとすれば、陸自2個師団が駐屯する九州島に上陸するよりも、その前にこの壱岐群島をりに来るであろう。壱岐群島の守りは対馬島のそれよりも薄い。海上自衛隊壱岐警備所が壱岐本島の北側に存在する若宮島に置かれているだけであり、あとは地方協力本部の事務所が壱岐本島にあるくらいだ。陸自部隊は配置されていないため、韓国軍の上陸を許せばひとたまりもない。


「西部方面総監部として壱岐群島への増援をぜひ実施したいところですが、統合幕僚監部や陸上総隊司令部ではすでに検討されていますか?」


 西部方面総監部幕僚長の錫村は統合幕僚監部や陸上総隊司令部の人間に話を振った。錫村としては、すぐにでも普通科部隊を送り込むと同時に地対空誘導弾や地対艦誘導弾を展開したいくらいであったが、独立独歩の気風が強い方面隊も一応はつい数年前に新設された陸上総隊の指揮下にある。

 ところが統合幕僚監部や陸上総隊司令部の関係者の返答は「これは海自壱岐警備所を陸自部隊が警護するような統合作戦となるため、増援計画の立案・調整は統合幕僚監部でやります。それまでお待ちください」「防衛出動命令が下っていない現状で、壱岐群島防衛を目的とする増援、そして最悪の場合……島内での交戦が法的に可能かどうか検討いたします」と少々歯切れが悪かった。

 成程、確かに防衛出動命令が下っていない現状では、正当防衛・緊急避難の範囲内でしか武器使用は出来ない。韓国軍のヘリ部隊が大挙して押し寄せたとしても相手側から発砲がなければ、こちらが地対空誘導弾や機関砲で迎撃することは出来ない。いや、可能ではあるが、過剰防衛か否か後に法廷で争われることになるのではないか、という危惧がある。


(情勢に応じては刑事罰も覚悟の上で命令を下すほかない)


 西部方面総監は沈黙の内に覚悟を固めた。壱岐群島は九州島から指呼の距離にあり、西部方面航空隊第3対戦車ヘリコプター隊(佐賀県吉野ヶ里市)の攻撃圏内に収まっている。増援が間に合わなかったとしても、ただでは奪らせるつもりはない。

 壱岐本島の対岸、佐賀県側から特科部隊で攻撃することも可能だが、こちらは住民の避難が行えないと攻撃に巻き込む危険性があるので難しかった。現在の法制度ではこちらから攻勢に出ることが出来ない以上、相手の出方次第、せんで制する他はない。が、湯河原陸将からするとなんとも歯がゆかった。




 若干、時間を巻き戻す。総理大臣官邸では国家安全保障会議・緊急事態大臣会合が執り行われていた。参加者は古川誠恵ふるかわまさよし内閣総理大臣以下、同内閣の閣僚と防衛省武官組のトップとなる自衛隊統合幕僚長ら、防衛省関係者。加えて例外的に海上保安庁海上保安監、外務省北米局長・アジア大洋州局長・総合外交政策局長といった、事態対処専門委員会の委員達がアドバイザーとして参加している。閣僚達の中には自分が長を務める省庁に関する知識をほとんど持たない者もいるため、こうした高級官僚せんもんかの助言が必要な局面もあるだろう。


「午前中の記者会見で発表した通り、現在我が国は大韓民国国軍による武力攻撃を受けており、『武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律』に定めるところの武力攻撃事態が発生している、これが我々日本政府の見解です。大韓民国国軍の行動を武力攻撃と認定した根拠となる事実は、大韓民国国軍の対馬諸島不当占拠と、九州地方に対する飛翔体発射であります……」


 緊急事態大臣会合を取りしきるのは、生真面目で知られる神野義春かんのよしはる内閣官房長官である。彼は昔風に言えば、忠臣タイプの閣僚だ。古川首相をよく支え、周囲やマスメディアから「地味」と評されても一向に構わず、表向きは向上心や野心を見せようとはしない。


「皆様のお手元に対処基本方針案を記載したレジュメをお配りしています。端的に言えば、大韓民国国軍の武力攻撃に対して、これを排除するために自衛隊に必要な武力行使をさせようということが、この対処基本方針案です。より具体的に言えば、防衛出動命令、その発令を求めるものです」


 防衛出動命令は自衛隊法88条に基づき、陸海空自衛隊に武力の行使を認めるものである。勿論、戦後から現在に至るまで発令実績はない。故に慎重な政治的決断が必要になる――のだが、彼ら古川内閣の閣僚達は早々に防衛出動命令を下したがっていた。

 領土問題など存在していなかった対馬諸島を奪われた上、自衛隊員どころか福岡県を中心とする国民からの犠牲者が出ている。これで防衛出動命令を発さなければ、古川内閣の支持率は地に墜ちる。幾ら“平和ボケ”と評されている日本国民であっても、隣人に暴行されて黙っている者はいない。いや軟弱な姿勢を見せれば、古川内閣どころか、与党・自由民権党(以下・自民党)は崩壊するであろう。

 だがしかし、早急に過ぎる防衛出動命令もまずい。特に超法規的な防衛出動の発令は許されない。そのため現在の古川内閣のスタンスは、法制度に則った手続き(赤河財務相に言わせれば“儀式”)を踏み、慎重な議論を尽くしたていを作りつつ、最速で自衛隊を出動させようというものであった。

 さて。緊急事態大臣会合の始まりである。最初に神野官房長官は「小谷防衛大臣からお願いいたします」と、小谷防衛相に話を振った。


「はい。防衛出動には国会の承認が必要となり、発令にまでは時間がかかることが予想されます。ですから、次の臨時閣議案件で海上警備行動の発令と、防衛出動待機命令の発令のご決定をお願いいたします」


 海上警備行動は北朝鮮の工作船に対する発令実績がある。海上警備行動とは端的に言えば、海上保安庁の手に負えない相手が現れた際に正当防衛・緊急避難、そして重大犯罪を行おうとしている・行う準備をしているとみられる相手船舶を停船のために必要な武器の使用を、自衛隊に認めるものである。過去には北朝鮮の工作船に対して、海上自衛隊の護衛艦が速射砲を、P-3C対潜哨戒機が爆雷を使用している(ただし威嚇目的である)。

 防衛出動待機命令は、防衛出動命令が発せられることが予測可能な場合に発することが出来る命令である。これにより陸海空自衛隊は他国の武力攻撃が予想される地域への大々的な増援や、防御陣地を築くことが可能になる。


「海上警備行動は海保から見て妥当なんですか」


 古川首相の問いかけに対して、海上保安庁海上保安監は肯定した。ならば特に口を差し挟む必要はない。次の臨時閣議で承認するのみである。遅きに失した感はあるが、武力攻撃という前代未聞の事態により、防衛省を初めとする関係省庁からの報告が遅れたため仕方がない。


「では次に防衛出動待機命令だ。これもいいんじゃないか? 別に異論はねえだろう」


 進行役の神野官房長官でも小谷防衛相でもなく、赤河財務相が会を進行させる。貧乏ゆすり。苛立っている、というよりは急いている様子である。役目を奪われた格好だが、神野官房長官や小谷防衛相は顔色一つ変えない。赤河節に慣れてしまっているからである。古川首相も動じることなく、冷静に「一応、プロの意見を聞きたい」と言った。


「そうだな。ドラえもん、どうなんだい」


 赤河財務相に話を振られ、「はい」と返事をした“ドラえもん”とは、火野かの俊矢しゅんや統合幕僚長であった。どら焼きを初めとする甘い物が好きな丸顔の好々爺、まさにその外見はドラえもん。……そして無理難題をなんとかしてしまうところも、である。


「防衛出動待機命令が発令されれば、九州地方の防衛と対馬諸島奪還の準備が、よりスムーズに行えます」


 火野統合幕僚長はすでに陸上自衛隊西部方面隊やその他の諸部隊が迎撃態勢を整えていることを知っていたが、そんなことはおくびにも出さない。彼としては現地部隊が必要だと思ってやっていることに口を出すつもりは毛頭なかった。


「しかし防衛出動待機命令は戦後、発令実績のない命令となります」


 ここで口を挟んだのは、外相を務める木下正きのしたただしである。彼は古川内閣の中でもハト派と目される人間であり、そうであると自認もしていた。この場に慎重な意見は相応しくないだろうが、それでも多様な考え方があった方が良い、とも彼は考えている。内閣や国会は言論や精神の自由がある我が国の体現でなくてはならない、と思うからだ。


「防衛出動待機命令は韓国側の態度を更に硬化させ、事態をエスカレートさせることに繋がるでしょう。自衛隊が武力行使をする、というメッセージを韓国と周辺諸国に与えることにもなります」


「上等じゃねえかっ。うちの地元(※福岡8区)からも怪我人が出てるんだ、ここで手打ちに出来るかよ」


「私にも過去には防衛大臣を務めた関係で、見知っている自衛隊員はいます。彼らが傷つけられて悲しくないわけが、悔しくないわけがない。ですが……」


「現在、駐日韓国大使に対する抗議と、武力攻撃に対する謝罪・説明を求めているところです。国際連合安全保障理事会も動いています」ここで木下外相の背後に控える外務省関係者が助け船を出した。「このタイミングでこちらが武力行使の姿勢を見せれば、外交努力はすべて水泡に帰する――そういう考え方もあります」


「だがな、君ィ――」


「鬼頭くん、ありがとう」赤河財務相が話を拗らせる前に、古川首相が結論を出しにかかった。「しかし先制攻撃を仕掛けて来たのは向こうの側だ。いくらこちらが友好を望んでも、向こうが望まなければ、それは無駄になる。先の閣議でも話し合った通り、我々は1兆ドルという巨額の賠償金を支払ったり、対馬諸島の占拠を認めたりするつもりはありません。防衛出動準備を次の臨時閣議で認めることにしましょう」


「はい」


 もとよりこの会合は防衛出動命令の発令ありきの会合であるから、木下外相も背後に控える外務省の高級官僚も素直に引き下がった。だが一応これで「古川内閣の中でも防衛出動に対しては激論が戦わされ、閣僚一同は慎重に判断を下した」という外面の良いエピソードが出来た。

 その後、緊急大臣会合は予定通り進行し、防衛出動命令を盛り込んだ対処基本方針案の検討が行われた。次には対処基本方針案を事態対処専門委員会と細部を詰めた後に閣議決定をして、それからようやく国会に提出するという流れなので、まだ先は長い。だが確実に一歩前進したことは間違いなかった。


 さて。一方で韓国政府側では更なる軍事行動の検討が始まっていた。九州地方への更なるミサイル攻撃と、陸上自衛隊西部方面総監が恐れていた壱岐群島への攻撃の検討がそれである。

次回、壱岐防衛戦(前)に続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ