■10.合戦用意。
防衛出動命令どころか防衛出動待機命令さえ発令されていないが、6月1日午前の時点で陸海空自衛隊は九州北部の守りを固めていた。
陸上自衛隊においては西部方面総監部の指揮の下、九州補給処(佐賀県吉野ヶ里町)の弾薬支処・燃料支処から武器弾薬、燃料の搬出が始まり、西部方面隊諸部隊に対する補給が実施された。各駐屯地に保管されている平時の弾薬量では、到底有事には対応できないからである。ただ都道府県知事の要請に基づき、韓国軍の攻撃に巻き込まれた人々の救助活動にリソースを食われているため、西部方面隊の全戦闘職種部隊にすぐさま補給を施すのは難しかった。優先順位をつけなければならない。
まず九州北部の防衛を担当する第4師団第40普通科連隊(福岡県北九州市)と、105㎜ライフル砲装備の16式機動戦闘車を有する第8師団第42即応機動連隊(熊本県熊本市)に、弾薬の補給が優先的に行われた。また第3高射特科群(福岡県飯塚市)と第7高射特科群(長崎県大村市)は補給完了後、西部方面隊諸駐屯地に向けて出動している。
(第8師団・16式機動戦闘車)
(これで俺の首は飛ぶかもしれんが……死ぬわけじゃあない。だが次のミサイルが迎撃できなければ人は死ぬ)
この高射特科部隊の出動は西部方面総監、湯河原一翔陸将の独断によるものである。韓国軍によるミサイル攻撃がこれで終わるとは到底思えない以上、彼は巡航ミサイルを迎撃可能な陸自高射特科部隊の出動をとにかく急がせた。
防衛出動が発令されていない以上、民間の土地に陣地を築くことは出来ないが、駐屯地の敷地内であれば高射特科部隊の展開は違法ではない。グレーである(内閣総理大臣から警護出動の命令が出ていないため)。
もちろん西部方面総監の独断では、陸上自衛隊駐屯地の敷地内にしか高射特科部隊は展開出来ない。しかしながら彼らが装備する03式中距離地対空誘導弾(中SAM)は射程約50㎞以上あるため、駐屯地は勿論のこと、九州北部の人口密集地や海自・空自の基地も守ることが可能である。
航空自衛隊も同様であった。基地機能の復旧を急ぎつつ、第2高射群(福岡県春日市)の地対空誘導弾を展開して臨戦態勢をとる。彼らの装備する地対空誘導弾は対航空機用のPAC2と、対弾道弾用のPAC3である。
では戦闘機部隊はどうかと言えば、築城基地とともにF-2戦闘機を装備する第6・8飛行隊が壊滅的打撃を被る一方で、第5航空団(宮崎県新富町)は無事であった。この航空団はF-15J/DJから成る1個飛行隊しか所属していないため、単独で対馬諸島や日本海の航空優勢を確保するのは難しい。だがしかし、他職種の援護を受けられる九州上空であれば、航空優勢を確実なものにしてくれるであろう。
現時点では防衛出動が発令されていないため、陸自・空自ともに対馬島を占領した韓国軍を攻撃することは出来ないが、九州地方に飛来する巡航ミサイルに対しては正当防衛・緊急避難を建前にして迎撃する腹積もりである。
続けて6月1日午後15時30分、陸上自衛隊健軍駐屯地に存在する西部方面総監部において、同じく九州地方の防衛を担当する航空自衛隊西部航空方面隊、海上自衛隊佐世保・呉地方隊を加え、さらに海上自衛隊自衛艦隊司令部や陸上総隊司令部、統合幕僚監部の幕僚を交えた緊急会議が開かれた。
「まず大韓民国国軍の奇襲攻撃による我が方の被害状況を確認いたします。それでは陸上自衛隊第四師団司令部、佐々木良風幕僚長、お願いいたします」
進行を務めるのは他者に怜悧な印象を与える長身痩躯の男、陸上自衛隊西部方面総監部幕僚長の錫村治。その彼にまず話を振られたのは、第4師団司令部幕僚長である。第4師団と言えば、対馬警備隊の上級部隊。当然ながらその表情は穏やかではない。
「お手元の資料をご覧ください。大韓民国国軍の先制攻撃で、まず対馬駐屯地の施設と装備品、そのほとんどは破壊されたものと考えられます。資料6ページ目の画像は、対馬警備隊の隊員が〇六五五時に携帯電話で撮影したものです」
資料に載せられている画像は、鉄屑と化した対馬駐屯地の配備車輛を映したものである。
「また対馬駐屯地は〇七三〇時には韓国軍に占拠された模様。対馬駐屯地を占領した部隊の規模は不明。対馬警備隊の一部は対馬駐屯地より厳原町市街に転進し、現在は情報収集にあたっています。同隊の隊長、大谷勝義一等陸佐以下幹部と第四師団司令部との連絡は携帯電話、固定電話で確保されている状態です」
陸上自衛隊西部方面隊の損害は以上である。前述の通り、韓国軍は航空自衛隊に対する攻撃を重視したため、九州本島に駐屯する陸上自衛隊諸部隊はほとんど攻撃を受けていない。
ここで陸上総隊司令部(東京都練馬区)の幕僚が質問した。
「駐屯地のみならず、対馬警備隊の隊員と家族たちが住む営外の官舎にも攻撃が及んだと聞いています。その詳細な被害状況と救命・救助活動について教えていただきたい」
「攻撃を受けた官舎に関しては、資料4ページをご覧ください。初動の救助活動は非番の警備隊員が、その後は出動した対馬市消防本部が主となって実施しています。現時点で対馬市消防本部の発表によると、死者・行方不明者は50名を超えており、負傷者数に関する情報は未だありません。今後、対馬市消防本部からさらに正確な数字が出されるものと思われます。以上です。他に質問は」
「なし」
続いて海上自衛隊の状況報告に移る。報告に立ったのは対馬島の海上自衛隊対馬防備隊を指揮下に置く、佐世保地方総監防衛部の幕僚であった。海上自衛隊は三隊の中で最も被害が少なかったが、それでも対馬島に置かれている上対馬警備所・下対馬警備所は、韓国軍の執拗な攻撃の対象とされた。
まず上対馬警備所は早々に激しい砲爆撃を受け、壊滅の憂き目に遭った。早い段階でこの上対馬警備所が潰されたのは、対岸の韓国領を覗き見ることが可能な高性能望遠鏡が配備されていたためであろう。
防備隊本部と下対馬警備所は韓国空軍の航空攻撃を受けた後、前者は対馬空港方面から飛来したヘリボーン部隊に占拠され、後者はつい2時間前に主力戦車を先頭とした韓国軍部隊の攻撃を受け、やむを得ず降伏したという。
「戦車――K1戦車か」
佐世保の防衛部幕僚の話の途中にもかかわらず、陸上自衛隊西部方面総監の湯河原陸将はぼそりと呟いた。小柄だが筋肉の塊のような体つきの彼は、ぎらりと眼光を放ち、質問代わりに海自の幕僚を注視する。陸上戦が専門である彼にとっては、聞き捨てならない情報だった。
「はい、こちらをご覧ください」
彼はスマートフォンを取り出すと湯河原陸将の目の前で操作して、幾つかの画像を見せた。
(※1 韓国軍K1戦車)
どれにも「戦車やべえ!」「戦車はじめて見た!」といったキャプションが付いている。画面に映っているのは湯河原陸将の予想通り、重量約53トンの怪物K1A1――120㎜戦車砲と複合装甲を有する第3世代主力戦車であった。
「真偽は不明ですが、現在インターネット上にアップされている画像です。おそらく対馬市民が携帯電話で撮影したものを直接、あるいはパソコンに移してからアップしたものだと思われます」
「所属は韓国陸軍か、海兵隊か。さて、主力戦車(MBT)が揚陸されているとは厄介だな」と湯河原陸将はぼやくと顎に手をやった。日本国内においてK1A1戦車が評価されることは少ないが、いまはその性能が問題なのではなく、他の装甲車輛を隔絶する攻撃力と防御力を有する陸戦の王・主力戦車がそこに存在することが問題である。
(万が一、韓国軍海兵隊の第1戦車大隊が投入されていれば、こちらも西部方面戦車隊を送り込まなければならないかもしれぬ)
対戦車火器を潤沢に持たせたとしても、普通科部隊が敵機甲部隊を攻撃するのは現実的ではない。韓国軍が2、3輌の主力戦車を持ち込んでいるくらいならば問題はないが、大隊規模でまとまった数を投入しているならば、こちらも戦闘ヘリ部隊か戦車部隊を送り込まなければならないだろう。戦闘ヘリではなく地上部隊を対戦車戦に使うのであれば、16式機動戦闘車を装備する第42即応機動連隊では荷が重い。10式戦車の2個中隊から成る西部方面戦車隊を投入すべきか。
その後、海上自衛隊航空集団第1航空群司令部首席幕僚の神夏見一等海佐が、P-3Cで哨戒任務にあたっていた第1航空隊(鹿児島県鹿屋市)から被撃墜機が出ていることを報告した。
最後は航空自衛隊である。航空自衛隊西部方面隊司令部の幕僚は、西部方面隊司令部が置かれている春日基地は基地機能を喪失していること、九州地方の防空に関係するレーダーサイトは脊振山分屯基地しか生残していないこと、そして戦闘機部隊は(前述の通り)第305飛行隊と、新田原基地に退避したF-2戦闘機少数のみが要撃態勢にあることを報告した。
「航空自衛隊西部方面隊司令部からは以上です。質問は」
「なし」
航空自衛隊の状況報告が終わると、それを引き継いで錫村幕僚長が「それでは」と会を進行させる。
「こちらの損害――否、現有戦力が明確になったところで、我々に何が出来るか。防衛出動命令が下る前に絞って検討をしていきたいと思います」
出典・陸上自衛隊第8師団ホームページ(https://www.mod.go.jp/gsdf/wae/8d/butai/42rdr/shikiten/6.jpg)
(※1 韓国陸軍公式ホームページから引用。http://www.army.mil.kr/webapp/user/army/k2board/446/2448_1_1418899235682.jpg)
拙著2巻が6月5日に発売されますが内容はWEB原作と乖離しているため、こちらで宣伝することはないと思います。




