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剣鬼 巷間にあり  作者: 鷹樹烏介
慈恩の章
96/97

掃き溜め

 権太が定期的に上げる黒煙を目印に、甚吾と露木が廃屋街を行く。

 人が住んでいようが、壁があろうが、構わずに直線的な移動をしている。

 ずけずけと土足のまま家に上がりこまれて「なんだてめぇ」と凄もうとする者もいたが、甚吾が一瞥しただけで黙り込んでしまうのが常だった。

 そもそも彼らも、不法に建てられた長屋に勝手に住み着いているだけで、居住権もくそもないのだが。

「生臭ぁい、汗臭ぁい、獣臭ぁい」

 泣きごとを言っているのは、露木だった。甚吾はそれを全く無視し、権太の痕跡を追尾している。

 慌てる事無く、ひたすら甚吾は進む。

 キンという鍔鳴りを響かせ、抜く手も見せぬ抜刀で板塀を斬り、蹴倒して進んでゆく。

 得体の知れぬ悪臭を放つ汚泥が、露木の伊達な雪駄にはねて、「ひぃ」という悲鳴が上がる。

「煩いぞ、露木。帰れ」

「弟子は師匠についてゆくものです」

「では、口をつぐめ」

「……はい」

 いつの間にか、権太が後ろについて来ていた。

 屋根から、飛び降りてきたのだろう。

「標的は、この先に居ます。ここに住む、無法者にとっつかまってますぜ」

 手の甲をさすりながら、甚吾に言う。鼠じみた仕草だが、それが権太の癖だ。

「承知した」

 甚吾が、板塀を蹴り倒しながら進む。

 げんなり顔の露木が続く。

 権太は、報告を終えるとまた屋根にひらりと飛び移ってしまった。

 荒事に出番はないと、自分で理解しているのだ。


 じめじめと湿った地面に、ボロ布のように転がっているのは、安二郎と美濃吉だった。

 身ぐるみは剥がされ、下帯一つという姿である。

 髪はざんばらに解け、顔面は殴打されて腫れ上がっていた。

 この二人を囲むようにして立っているのは、十人ほどの無法者たちだった。

 逃散した百姓、食い詰めた河原者、何らかの理由で陽の下を歩けなくなった浪人、そういった連中だ。

「もう、死んでる。任務完了でいいんじゃないかしら?」

 香を焚き込んだ手拭いで、鼻と口を覆った露木が言う。

「いや、まだ生きてる。コイツを殺さないと、我々の仕事は終わらんよ」

 無法者は、これだけではない。

 あちこちの暗がりから、掬い上げる様な眼で、闖入者である甚吾と露木を睨みつけている。

 ここは、彼らの縄張りだ。治安の手は届かない。そして、彼らが法だった。

「そいつを、渡して欲しいんだがね」

 面倒くさそうに甚吾が言う。

 ぞわっと殺気が漏れる。

 人殺しなど、なんとも思っていない凶悪な連中だ。

 棍棒や匕首、錆刀を手に、長屋と長屋の間にぽっかりと出来た三間四方の空間に、無法者が押し寄せてくる。

「こいつは、髪や歯に至るまで、俺たちのものだ」

 天秤棒を担ぎ、元の色が分からないほど汚れた着流しを、だらしなく着た男が言う。

 ぼりぼりと搔いた髪からは、雪の様にフケが降る。

 小さな悲鳴を露木が飲み込む。

「大人しく渡せば、誰も死ななくて済む」

 左手で鍔元ろ掴み、一刀を寛がせながら、甚吾が言う。

 露木も、肩の刀を帯に手挟み、下げ緒をさばいて帯に巻きつけた。

「ここは、俺たちが法だ。他所モンが、デカい口叩きやがって。帰れサンピン」

 居並ぶ無法者の誰かが凄む。

 甚吾が失笑した。

「救いがたい馬鹿だな。地の利と数を恃んで、目が曇っている」

 本来、河原者や無法者は粛清を恐れて、暴れ回らない。

 小さな犯罪ばかりを繰り返す。

 だが、この場では全員が味方だ。気も大きくなる。

 甚吾が、途方に暮れたように、俯いて地面を見た。

 表情が抜け落ちてゆく。

 それを、弱気と見たか、包囲の輪は狭まった。

 だが、違う。

 深甚流唯一の構え『うつろ』だった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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