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剣鬼 巷間にあり  作者: 鷹樹烏介
勢源の章
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それぞれの陣容

 侵入は意外と簡単だった。

 江戸の留守居の治安を守る先手組と江戸城と町の建設を担当する普請奉行は、危機管理能力に欠けると、水丸は思っていた。

 まず、人事採用のための口入れ屋が固定になっているのが、いかにもマズい。

 官僚や武士の採用は、江戸家老という上位の官僚とその幕僚で行っているので、厳密だが、土木労働者である人足にんそくや飯場を運用する賄方まかないかたは、普請奉行と先手組の担当であり、身元確認などの役割は、先手組が行わなければならない。

 それが、ズボラなので、水丸のような敵対勢力の侵入を許してしまうのだ。

 水丸が入り込んだのは、賄方。

 労働者の食事などを担当する部署で、ここで働いている十人のうち三人が行方不明になるという事態があり、補充人員に紛れてまんまと入り込んだのだった。

 行方不明の三人は、江戸湾のどこかに沈んでいる。

 いつか、浮かんでくるだろうが、その頃にはぶよぶよに膨れ上がって、誰か判別はつかないだろう。

 念のため、顔などは潰しておいた。刺青等の特徴ある部位は、切りとって燃やした。

 そう、三人が行方不明になったのは偶然ではない。水丸が捕え殺したのだ。

 賄方に欠員を出させるために。

 こうした手段で密偵を入り込ませないために、複数の口入屋を抱え、順不同に選ぶのが、常識だ。

 だが、普請奉行 澤田さわだ 貞宗さだむね と、先手組組長 千葉ちば 照正てるまさ は、それを怠った。

 理由は、何ということはない、口入れ屋との癒着だ。

 大普請事業である。人が多く動く。人を紹介することで、その手数料を稼ぐ口入れ屋は、巨大普請事業では、かなりの利ザヤを得る。

 その一部を、元請に還流させるだけで、その損失を補って余りある利益を生み出す。

 澤田や千葉は、いわゆる『山吹色の菓子』を受け取っていたのである。

 人脈の流れを掴めば、入り込むのはさほど難しくない。

 口入れ屋を脅迫して、紹介する人材の帳簿の上位に入れてもらえればいいのだ。

 『欠員』が出るのは確定事項。狙った職場に入ることが出来る。


「十郎左さん。明日の仕込みかい?」

 賄方の同僚が帰り支度をしながら、米を研ぐ水丸に話しかけてくる。

 十郎左は、水丸がここに潜入する際に使っている偽名。新入りなので、こうした重労働は彼の役目だった。

「へい。研いだ後、暫く乾燥させると、明日焚くときに、ふんわりいきやすので」

 にこやかに笑いながら答える。

「そんな、料亭みたいなことしなくていいんだよ。どうせ、ガエンや人足の飯だぜ」

 合図があれば、ガエンの飯に毒を仕込む。

 そのために、この大量に飯を炊く重労働を引き受けているのだ。

「旨い飯を食うと、笑顔になりますからね。あっしは、それが嬉しいんで」

 しれっと、嘘をつく。

 だが、同僚は感心したような顔になった。

「偉いねぇ。いい料理人になるよ、お前さん」

 ここで、銭を稼ぎつつ料理の腕を磨いて、いつか自分の店を持つ希望を持っている青年。

 それが、ここでの水丸演じる十郎左の設定だった。

「何事も、勉強です。あとは、あっしが引き受けますから、どうか先輩はお上がりください」


「ここだな」

 二人の男が、江戸を見下ろす丘に立っていた。

 荒川の流域。

 権太と杢兵衛が探り出した渡河地点から半里(約二キロ)地点にある、鎮守の森となっている丘の上だった。

 一人は、甲州忍の頭目代行 喰代ほおじろ 左兵衛さへえ 、もう一人は、江戸先手組副長 飯笹いいざさ 長蔵ちょうぞう であった。

 顔に矢傷・刀傷が無数に走り、左足は義足。ただし、背中には傷がない。

 全部敵陣に突っ込み撤退などしない、そんな荒武者の傷のつき方。これが、実質の先手組の指揮官 飯笹 という男だった。

 千葉という愚将はお飾り。有力官僚に泣きついて、やっとつかんだ役職が、臨時の江戸留守居の警備担当、先手組組長なのだった。

 さすがに、千葉の馬鹿さ加減は知れ渡っているので、実質の指揮官をその下に置いたわけである。

「わしが、指揮所を置くなら、ここだ」

 がらがら声で、飯笹が言う。江戸を見渡せる。渡河地点も近い。

ここから、荒川に走り、どこかに船を隠しておけば、万が一の撤退も楽だ。

 荒川は荒れるから『荒川』という名前なのだ。

 水害も多い。

 このあたりは、水をかぶる事が多いので、人気は無い。

 そこにぽつんと浮かぶ小島のような場所なのである。

「では、ここに刺客を伏せておきましょう」

 曽呂利衆を討つべく、蕪 九兵衛 が見出した、草深 甚吾 という浪人がいる。

 噂によると、かなり腕が立つらしい。

 曽呂利衆にこの男をぶつけ、共倒れなら上出来。

 どっちが死んでも、江戸の治安に益あることなのだ。

「遠巻きに、甲州忍を伏せさせます。浪人を猟犬代わりにして、追い立てます。鹿狩りみたいなものですよ」

 上空には夜鷹。

 これは、佐兵衛が仕込んだ夜間警戒装置。

 熟練の忍も、この夜鷹が彼の目になっていることには気が付かない。

「うむ。曽呂利衆は、任せる。わしは、中洲に集結した浪人衆に集中する」

 飯笹は話が早い。粗野な外見に騙されがちだが、頭も切れる。

 浪人対応を完全に任せることが出来、甲州忍は曽呂利衆に傾注することが出来る。

 二正面作戦は下策。戦支度の浪人と忍の相性もわるい。

 飯笹は、瞬時に適材適所を申し出てくれた。

 千葉の馬鹿の副官がこの人で良かったと、左兵衛は胸をなでおろしていた。


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