表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣鬼 巷間にあり  作者: 鷹樹烏介
浮月の章
18/97

彦造の策

 襲撃は翌日の深夜に決まった。

 いかにも急な話だが、思ったより早く篠屋の内部の絵図面が手に入ったらしい。

 計画は、彦造が組んだ。

 彼は、もともとが海賊である。

 こうした『夜襲』や『焼き討ち』はお手の物であった。

 計画は単純に組む。緻密に組みすぎた作戦は、柔軟性に欠ける。それを経験上知っていた。

 陽動部隊を正面からぶつけ、その混乱に乗じて別働隊を内部に侵入させるというのが、作戦の骨子だ。

 篠屋が使っていた『裏の口入れ屋』を、箱詰めにして店先に置いた。

 当然、篠屋は襲撃に備えている。

 陽動部隊の生還は難しいだろう。だから、いつかこんな日が来ると踏んで、彦造は浪人を飼っていた。

 生まれてから今まで、戦しか知らない男たち。

 天下分け目の決戦と言われた、関ケ原の戦い以降、こうした男たちが大量に世間に出回った。

 彼らのうち、幸運な少数は、新しく仕官した。

 抜け目ない少数は、職業を変えた。

 どうしていいか分からない大多数の愚者は、巷間にあって朽ち果てて行くのを待っている。

 そして、戦にだけ打ちこんできた、大くの不器用者は、死に場所をを求めるだけの亡者になってしまった。

 彦造は、どうせ死ぬならひと暴れして死にたいと願う、そんな捨て鉢な浪人を集めていたのだった。

 その数二十人。

 死に支度のための屋敷も用意した。

 酒はたっぷり支給している。

 食料は好きなだけ好きなものを用意した。

 極端な女日照りの江戸では貴重な、商売女もあてがった。

 そうやって、彼らの忠誠心を買い、彦造のために死ねと洗脳してきたのである。

 浪人は、もともと武士。

 武士は忠誠と死を対価に禄を食む習性だ。洗脳は、容易だった。


 篠屋内部の絵図面が簡単に手に入ったのは、『箱詰めの死体』という無言の伝言を受けて、篠屋が護衛の浪人を増強したから。

 主だった『口入れ屋』全てに、食い詰め浪人に偽装した密偵を、彦造は登録させていたのである。

 そのうちの一人が、まんまと篠屋に入り込むことに成功したのだ。

 篠屋はただの商家ではない。

 豊臣の息がかかった、諜報組織『曽呂利衆』の出先機関だ。

 本来は、採用に当たっての身元調査は厳しい。

 だが、『箱詰めの死体』というあからさまな恫喝に慌てたのだ。

 彦造の過度な残虐さは、こうした効果を狙っての事だったのだが、想像以上に上手くいった。

 篠屋からの救援要請を受けて、『曽呂利衆』の増援が江戸に向かっているだろう。

 しかし、彼らの本拠地は上方だ。増援到着まで多少の時間はある。

 彦造としては、数々の闘争を生き残った古参の諜報機関からの増援が来る前に、ケリをつけたいところだったのだ。

 急襲は、時間との勝負という側面があった。


 彦造が抱えている浪人衆が、真っ向から襲撃をかける。

 捨て鉢で獰猛な者たちだ。闘争の中で死にたいと願い、その闘争の場を与えられた。最期の一兵まで暴れまわるだろう。

 そのために、今日まで飼ってきたのだ。

 浪人衆の陽動を受けて、裏口から彦造と直属の部下が侵入する。

 彼らは彦造の郎党『淡輪たんのわ水軍』の残党だ。

 月之介は、この組に同行する。

 彼らは、篠屋の従業員すべてを殺害し、焼き払う役目。

 おそらく、従業員は『曽呂利衆』の工作員だろう。皆殺しにする。

 大きな騒ぎになる。

 通常だと、江戸の留守居役が鎮圧のための兵を出す。

 しかし、今回に限ってはその心配はない。

 それどころか、篠屋に通じる主要な道路は、留守居役の戦闘部隊である『先手組』が、逃亡するかもしれない『曽呂利衆』を捉えるべく、展開する手はずになっているのだ。

 駿河屋は、徳川の政商。

 つまり、非公式な諜報機関だ。

 

 『豊臣の諜報組織の出先機関を討つ』

 『江戸の不穏分子である浪人同士を戦わせて、その数を減らす』

 『駿河屋の私兵を使うので、徳川の懐は痛まない』


 こうした利点があるので、駿河屋の行動を黙認するという密約が出来ているのだった。



 猫足の三郎の住んでいる長屋は、建具の職人が集まる長屋の中にあった。

 襖や障子や畳などの需要が多く、全国から職人が集まってきているのである。

 猫足の三郎は畳職人に偽装していた。

 今は、肝心な腕を負傷しているということで、一時休業ということにしている。

 い草の香りがする長屋の井戸端で、塩を指に塗って歯を磨き、口を漱いで朝早くから職場に向かってゆく。

 猫足の三郎は、包帯で腕を吊って、片手で器用に根菜を刻んでいるところだった。

 飯は焚いてある。

 あとは味噌汁をつくるだけだった。

「三郎さん、いるかい?」

 長屋の外から声がかかる。

 三郎は吊った腕の中に、畳針を握りこみ、細目に引き戸を開けた。

 外には、朝日を浴びて 月之介 が立っていた。 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ