表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣鬼 巷間にあり  作者: 鷹樹烏介
浮月の章
12/97

月夜行路

 江戸には『口入れ屋』という商売があった。

 人材を募集している組織や団体に、最適な人物を紹介するという、言わば『人材派遣業者』である。

 腕のいい大工などの職人は、口入れ屋に登録することで、需要があれば効率よく供給される仕組みだった。

 口入れ屋は、仲介料で利ザヤを稼ぐ。

 つまり、どれだけ『人の目利き』が出来るかで、大きく稼ぎが変わるのである。

 職人や労働者を派遣しても、そいつが使い物にならないと信用を無くす。

 需要者の満足がないと、商売は成立しないのだ。


 需要者に便宜を図るうちに、親密になる。

 親密になると、裏の部分にまで便宜を図らざるを得なくなる時もある。

 例えば……


「商売仇を消してくれないか?」


 ……と、いった類のことだ。

 江戸はまだ建設の途中。

 最有力者とはいえ、徳川はまだ一地方行政官に過ぎない。

 大きな戦が終わったばかりであり、江戸の治安ばかりに力を入れていられないという事情もある。

 だから、『正義』や『治安』は、そこに暮らす者たちの自治に頼ることになり、殺風景で荒い江戸の気風はそうして醸成されていると言っていい。

 それゆえ、口入屋が抱える人材は、職人や労働者ばかりではない。

 腕に覚えの剣法者も多く存在したのだ。

 生まれてから殺し合いしか知らない者が浪人として、大量に出た時期でもある。

 供給は十分だった。無論、『自称』剣法者も多くいたのだろうが、月之介が戦った義経神明流の剣士といった本物もいる。

 月之介のように口入れ屋を通さずに、特定の需要者に雇われている者は少数派だ。なぜなら、専属だと縁が深くなってしまうから。

 商売の闇の部分に係ることが多い者と縁を深くするのは、危機管理としては良手ではない。

 口入れ屋を介して、後腐れない剣士を雇った方がいいのだが、駿河屋の場合、裏側を取り仕切る彦造が、月之介を気に入っていたのだった。


「彦さん。ひとつ聞きたいのだけど、その口入屋は、裏稼業に詳しいのかね?」

 月之介が、こうした事に興味を持つのは珍しい。

 人斬りに特化して、少々浮世離れしているのが 山田 月之介 という人物であり、彦造はそこが気に入っているのだから。

「まともな口入れ稼業より、裏の方が儲かりますからね。そっちにどっぷりってやつは多いですよ」

 それを聞いた月之介が、ぐっと身を乗り出す。

「是非、その人物から話をききたい。まだ、処分していないのだろう? 頼むよ、彦さん」

 彦造は渋い顔をした。もちろん、演技である。

 月之介が口入れ屋と何を話すのか、興味があった。

「わたしの立ち会いで良ければ、合わせますよ」

「構わん、構わん。恩に着るよ」


 料理屋を辞した月之介と彦造は、ぶらぶらと浅草寺方面に向かって歩いていた。

 夜間の往来を監視する『辻番所』が出来るのはずっと後年のことで、この頃は何時であろうと往来自由だった。

 ただし、治安は悪い。屋号付の羽織を着用しているなど、襲ってくださいと言っているのと同じだ。

 月之介がいるので、むざむざと斬り殺されることはないだろうが、彦造は羽織を脱いで風呂敷にしまっている。

 余計な危険をわざわざ招く必要はない。

 

 往来の灯火は消え、灯りと言えば月之介と彦造が持つ提灯ばかりだが、月が玲瓏と光っていて、暗夜という感じはない。

 どこかでびやぅびやぅと野犬が鳴き、夜鷹が月を横切って黒い影を引いた。

 月之介の草履と、彦造の雪駄が地面を摺る音がやけに大きく感じる。

「今日は、あの『飛虎』を持っているのかい?」

 不意に月之介が口を開く。

 『飛虎』は、縄を遠くに飛ばすための道具で、本来は海難救助に使う。彦造は、それを武器に使っているのだった。

「いえ、あの道具は、広い場所じゃないと意味がないんでね」

 その代り、帆布を縫うための太く長い針を懐に忍ばせていた。

 彦造はこれを棒手裏剣のように使う。

「でも、彦さんのことだ、代替品は持っているのでしょう?」

「まぁね」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ