月夜行路
江戸には『口入れ屋』という商売があった。
人材を募集している組織や団体に、最適な人物を紹介するという、言わば『人材派遣業者』である。
腕のいい大工などの職人は、口入れ屋に登録することで、需要があれば効率よく供給される仕組みだった。
口入れ屋は、仲介料で利ザヤを稼ぐ。
つまり、どれだけ『人の目利き』が出来るかで、大きく稼ぎが変わるのである。
職人や労働者を派遣しても、そいつが使い物にならないと信用を無くす。
需要者の満足がないと、商売は成立しないのだ。
需要者に便宜を図るうちに、親密になる。
親密になると、裏の部分にまで便宜を図らざるを得なくなる時もある。
例えば……
「商売仇を消してくれないか?」
……と、いった類のことだ。
江戸はまだ建設の途中。
最有力者とはいえ、徳川はまだ一地方行政官に過ぎない。
大きな戦が終わったばかりであり、江戸の治安ばかりに力を入れていられないという事情もある。
だから、『正義』や『治安』は、そこに暮らす者たちの自治に頼ることになり、殺風景で荒い江戸の気風はそうして醸成されていると言っていい。
それゆえ、口入屋が抱える人材は、職人や労働者ばかりではない。
腕に覚えの剣法者も多く存在したのだ。
生まれてから殺し合いしか知らない者が浪人として、大量に出た時期でもある。
供給は十分だった。無論、『自称』剣法者も多くいたのだろうが、月之介が戦った義経神明流の剣士といった本物もいる。
月之介のように口入れ屋を通さずに、特定の需要者に雇われている者は少数派だ。なぜなら、専属だと縁が深くなってしまうから。
商売の闇の部分に係ることが多い者と縁を深くするのは、危機管理としては良手ではない。
口入れ屋を介して、後腐れない剣士を雇った方がいいのだが、駿河屋の場合、裏側を取り仕切る彦造が、月之介を気に入っていたのだった。
「彦さん。ひとつ聞きたいのだけど、その口入屋は、裏稼業に詳しいのかね?」
月之介が、こうした事に興味を持つのは珍しい。
人斬りに特化して、少々浮世離れしているのが 山田 月之介 という人物であり、彦造はそこが気に入っているのだから。
「まともな口入れ稼業より、裏の方が儲かりますからね。そっちにどっぷりってやつは多いですよ」
それを聞いた月之介が、ぐっと身を乗り出す。
「是非、その人物から話をききたい。まだ、処分していないのだろう? 頼むよ、彦さん」
彦造は渋い顔をした。もちろん、演技である。
月之介が口入れ屋と何を話すのか、興味があった。
「わたしの立ち会いで良ければ、合わせますよ」
「構わん、構わん。恩に着るよ」
料理屋を辞した月之介と彦造は、ぶらぶらと浅草寺方面に向かって歩いていた。
夜間の往来を監視する『辻番所』が出来るのはずっと後年のことで、この頃は何時であろうと往来自由だった。
ただし、治安は悪い。屋号付の羽織を着用しているなど、襲ってくださいと言っているのと同じだ。
月之介がいるので、むざむざと斬り殺されることはないだろうが、彦造は羽織を脱いで風呂敷にしまっている。
余計な危険をわざわざ招く必要はない。
往来の灯火は消え、灯りと言えば月之介と彦造が持つ提灯ばかりだが、月が玲瓏と光っていて、暗夜という感じはない。
どこかでびやぅびやぅと野犬が鳴き、夜鷹が月を横切って黒い影を引いた。
月之介の草履と、彦造の雪駄が地面を摺る音がやけに大きく感じる。
「今日は、あの『飛虎』を持っているのかい?」
不意に月之介が口を開く。
『飛虎』は、縄を遠くに飛ばすための道具で、本来は海難救助に使う。彦造は、それを武器に使っているのだった。
「いえ、あの道具は、広い場所じゃないと意味がないんでね」
その代り、帆布を縫うための太く長い針を懐に忍ばせていた。
彦造はこれを棒手裏剣のように使う。
「でも、彦さんのことだ、代替品は持っているのでしょう?」
「まぁね」




