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剣鬼 巷間にあり  作者: 鷹樹烏介
浮月の章
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深甚流の剣

 猫足の三郎が雇った男たちは、甚吾の方をあえて見ずに、そっぽをむいて歩いている。

 いかにも不自然だった。

 きっと、甚吾は気が付いている。こいつらが、刺客であることに。

 対して、狙われているとわかっているはずの甚吾はまったく普通の歩き姿だった。

 左手に、魚籠びくと豆腐の入った包みを下げ、右手は愛用の釣り竿を持って肩に寄りかからせている。


 出し抜けに、男たちが走った。

 強盗も辞さない荒んだ男たちだけあって、迷いの見えない走りだった。

 甚吾は、足を止めた。そして、先頭を走ってきた男に、ひょいと釣竿を手渡したのだった。

 男は思わず、それを受け取ってしまう。

 殺気だったこの現場にあって、なんとも自然に釣竿を渡されたからだった。

「え?」

 釣竿を受け取った男は、唖然としている。

 その男を突き飛ばすようにして、二番目の男が甚吾に跳びかかる。

 匕首が、夕日にギラリと光る。


「殺った!」


 その男は思っただろう。見ていた 猫足の三郎 もそう思った。

 甚吾はまるで棒立ちで、なんだか途方に暮れているかのように見えたのだ。

 だが、違和感があった。


 『なんだ?』


 猫足の三郎 は着物の袖で、目を拭う。

 見たモノが信じられなかったから。


「野郎、いつの間に、抜きやがった」


 思わず、猫足の三郎 がつぶやく。

 一人目に釣竿を渡し、二人目に跳びかかられた。

 そこまで、瞬きすらせずに見ていたのだ。

 だが今の甚吾は、右手に刀を下げ、斜め前に向き直っていたのである。

 

 カクンと膝が折れるように、釣竿を渡された男が尻もちをついた。

 匕首を持って飛びかかった男は、着地した前のめりの姿勢から、そのままつんめるようにして倒れる。

 それを見て、三人目の男が匕首の鞘を抜く。

 逃げないのは天晴だが、これを蛮勇と言う。

 だが、猫足の三郎 には、もう一度観察する機が与えられたということ。

 今度こそ見逃すまいと、匕首を低く構え、獲物を狙う猫の様に斜め歩きしている三人目の男と甚吾に眼をこらしていた。

 

 隙を伺い、横へ、横へと動く男に対し、甚吾はだらりと刀を下げ、目線を斜め下の地面に向けたまま動かない。やはり、途方に暮れたような風情だが、さっきはここから二人を斬ったのだ。

 男は甚吾の後ろに回った。

 通常なら、切先を男に向け、男の動きに合わせて姿勢を変えるのだが、甚吾は俯いたまま、全く姿勢を変えない。

 眼すら男に向けていないのだ。

 気味が悪かった。

 匕首を持った男も、同様に思っているらしく、残照に油汗に濡れた額がテカる。

 男は飛びかかる姿勢を見せた。

 殺気も放っただろう。

 だが、甚吾はピクリとも動かない。あたかも、呆けたかの如く。

 

 痺れをきらせたか、男が腰だめに匕首を構えて、体ごと甚吾にぶつかってゆく。

 そして、猫足の三郎 は、見たのだった。

 まるで、刀を持った右手だけが、別の生き物のように動いたことを。

 後ろから襲いかかられたのに、姿勢も変えない。見る事すらしない。

 それでどうやって間合いを掴んだのか理解できないが、後ろ向きにひょいと振っただけの一刀は、正確に男の頸部を断っていたのである。


「かはっ」

 血が気管につまって、男が咽る。

 甚吾は、この時点でくるりと素早く向き直り、同時に袈裟がけに斬り下ろした。

 そして、懐からボロ布を出し、三歩後ろに下がりながら、血刀を拭う。

 謎に包まれた『深甚流』剣法。

 その片鱗を、猫足の三郎 はこの目の見たのだった。


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