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【黒竜編 その3】 したたかな娘達

 

「ねぇ、ヴィー父様。ナシュリィは遠乗りに行きたいの」

「ねぇ、アス父様。ナーミルは城下で演劇が見たいの」


 幼い二人の娘がそれぞれの父親におねだりをしている。その内容は次の休みに家族で何処に行くか。二人の行きたい先がそれぞれ違う為、こうして父親に媚を売っているのだ。

 因みにナシュリィがナルヴィとの長女、ナーミルがナキアスとの次女だ。


「ナシュリィ、ナーミル……」

「「お、お母様!!」」

「アンタ達! マナーの先生の講義を抜け出して来たでしょう!! さっさと戻りなさい!」


 幼い王女達が行方不明になったとマナー講師が仕事中の千紘の所に泣きついてきたのだ。流石ナキアスとナルヴィの血を引いていると言うべきか、二人はかなりの悪戯好きでお転婆だった。

 千紘のお説教にも「えー!」と口を尖らせ、父親の腕に縋りつく。


「お父様だってナシュリィともっとおしゃべりしたいよね?」

「お父様だってナーミルと遊びたいでしょ?」


 父親を懐柔しようとする王女達に千紘は深い溜息を吐いた。ナキアスとナルヴィを味方に付けられたら、それこそ従者達は手の出しようが無くなるではないか。


(仕方ないわね……)


 あんまりこの手は使いたくないんだけど。そう心の中で呟きながら、千紘はソファに座った四人の前に行く。


「ナキアス」

「なぁに? チヒロ」

「ナルヴィ」

「どうしたの? チヒロ」

「そろそろ休憩にしようと思ってるの。美波ちゃんから美味しいお菓子をいただいたから、一緒に食べない?」


 二人の頬に触れながらにっこりと微笑めば、ぱっとナキアスとナルヴィが顔を輝かせる。


「ねぇねぇ、チヒロからあーんしてくれる?」

「ねぇねぇ、お膝の上であーんしてくれる?」

「……い、いいわよ」


 顔が引きつるのを我慢しながら了承すれば、簡単に娘達の腕をすり抜け「やったー!」と大人気なく二人がソファから立ち上がる。おねだりに失敗した娘達はがっくりと肩を落とした。


「ほら、アンタ達も一緒に出るわよ。ちゃんと今日の講義を終えなきゃ、今度の外出は無しですからね」

「はーい……」


(こういう時だけは私を優先してくれるナキアスとナルヴィに感謝だわ)


 家族に気付かれぬようこっそりと、千紘は安堵の息を吐いた。

 

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