エピローグ2
墓地へ行く途中で、白い花を一輪買った。名前は知らない花だったが、香りが弱く小ぶりな咲き方が健気であったので、墓前に供えるにはちょうどいいかと思ったのだ。アウルの懐は決して豊かではないので、花束までは用意できないが、特に記念日というわけでもないのだからこれで充分だろう。
蒸気自動車のバスに乗れば、王都の中ならどこへでも容易く行ける。ナイトオウルが飛べば速いが、彼は地面を歩いたりバスに揺られるというのを気に入っているらしくて、アウルはそれに付き合った。
カリタス神父の教会から近い場所に墓地があるので、その辺りまで座席から外の景色を眺めていた。アウルたちが降りる頃には、他の乗客はほとんどいなくなっていた。少し物寂しい気もするが、そんなものだろうと思い直す。墓場というものはそもそもが騒がしい場所ではないものなのだから、人の賑やかさなど不要である。
沢山の墓石が並ぶ中で、クラフトの墓もまたひっそりと佇んでいる。そこに、二人分の人影があった――否、それは人ではなく、人形である。
特徴的な鋼の翼は、ハーピストルのものである。その隣の青は、コバルトブルームだった。
「おや、アウルくん、それにナイトオウルも。彼のお墓参りかい」
「ハーピストルたちは……」
「墓地の管理も教会の仕事というやつだよ。カリタス神父一人ではここは広すぎる――けれど、誰かがときどき世話してやらないと。コバルトブルームはわたくしを手伝ってくれている」
「人との関わり方は、生きている方の手伝いをするだけではないと学びました。これまで壊れていった人形の同胞のためにも、弔うことを覚えようと思いまして」
「弔い、か」
「我が兄たるナルシスイセンには、それはなかった。自らの欲のために、他者を傷つけるような悪逆の道を歩んだのですから、それは仕方のないことです。けれど、誰も祈ってくれないのは、寂しいことなのではないかと思いました」
コバルトブルームが言った。
祈られないということは、即ち孤独であるということだ。誰からも必要とされず惜しまれず、誰の記憶にも残らない。誰からも忘れられたときこそ存在が死ぬという――それはあまりにも寂しく、虚しい。
「滅んでゆく人形たちの中には、優しい人形もいます。善良な人形もいます。人と同じように心を持つのなら、人と同じように魂が宿っているのかもしれない。手厚く葬られなければ、壊れて朽ちたあとも冥府が迎え入れてくれないかもしれない」
元々コバルトブルームが教会に通っていたのは下心からだが、それでも熱心に活動している辺り、本当の信仰心というものも充分育ってきているようである。
「そっか、コバルトブルームにもやりたいことができたんだね」
「人は人が弔ってくれるが、廃棄されるだけの人形はそうとは限りませんから。私は人形にも死後の安らぎを祈りたいのです。神は寛大な方であるそうなので、きっと人形の祈りも受け付けてくれる。勿論、私の本分はマスターの手伝いですから、それを疎かにするつもりはありませんが……出来る範囲ででも」
アウルはあまり熱心な宗教家ではないけれど、コバルトブルームの決意は何か尊いもののように思えた。ハーピストルの傍で神の教えを学び、その果てには、もしかしたら短い命の彼女を弔うこともあるのかもしれない。
「私の祈りもクラフト様に……クラフト様を受け入れる冥府の世界に届くだろうか」
ナイトオウルがぽつりと零した言葉に、コバルトブルームは「きっと届きます」と答えを寄越した。
ハーピストルはアウルの持ってきた一輪の花を見て、笑顔を見せた。
「早く飾って差し上げよう。何もないのでは寂しいから」
「って言っても一輪しかないけどね……みすぼらしいかな……」
「気持ちが籠っているなら、一輪だからと怒るような人ではないさ、彼は」
ハーピストルが言った。確かにアウルたちの知るクラフトは、そんなことを気に留めるような人物ではなかった。
クラフトの墓は、流石に貴族の墓らしく繊細な彫刻が施されてはいるものの、それだけだ。相変わらず彼の家族は墓参りにも来ていないようだが、葬儀にすら来させなかった親族たちが止めているのかもしれなかった。何とも面倒なことだ。飾るのがアウルの花一輪ではやはり寂しさは拭いきれないものの、何もないよりはましというところだろう。
「わたくしにとっては、彼もまた、わたくしの命を繋いでくれた人だった。安らかに」
クラフトのために祈る者は決して多くないが、全くいないわけではないというのがせめてもの救いであった。人だけでなく、人形を含んだとしても。
アウルもまた祈った。クラフトとは知り合って長いわけでもなかったし、わけのわからない男だと思っていた。それでも少なからず心に居座る友人だった。受け継いだものは大切にすると誓う。メグたちと共有するような形にはなるが、クラフトの遺産を守っていくためにはそれが一番良い手段であると考えている。責任をもって、彼が遺書に認めたようなことを、果たしていこうと思っている――死霊術のことも、それを極めるかどうかはともかくとしても、アウルは学ぶつもりであった。折角クラフトが遺していったものだ。そんなことを、墓前に報告する。
ナイトオウルもまた、何か祈っていた。クラフトが遺した人形、遺児とも言えるナイトオウルは、両手合わせて八本しかない指を組み合わせて熱心に祈りを捧げていた。クラフトの葬儀のときよりも力が入っていたかもしれない。良い傾向なのだろう、とアウルはぼんやりと思った。
墓地の世話は任せてくれというハーピストルたちに別れを告げて、彼女らに見送られながらアウルたちは帰路に着く。
「……行ってしまったね、もっと早い時間だったらゆっくり話をしたかったけれど」
アウルたちの背が見えなくなった頃、ハーピストルが片付けをしながら呟くように言った。
「その……ハーピストルさんは、思い出を語り合える人のほうがよいですか」
「そう見える?」
「いえ……ただ、私はあなたと共有できるものが少ないな、と」
生前のクラフトは、セイジュローの技術の結晶であるコバルトブルームのことを研究対象の一つと見ていたが、それも決して長い付き合いではなかった。そうなる前にクラフトは逝ったので、語れるほどの思い出が作れなかったのだ。ゆえにコバルトブルームにとっては、セイジュローの技術を取り入れようとしていた一技術者という印象しかない。
彼に思い入れの強いハーピストルにとっては、同じように話ができるアウルやナイトオウルのほうが、慰めになるのではないか――そんな疑問は、彼女自身が打ち払った。
「わたくしが、それだけを理由に、誰かと一緒にいることを決めると思うのかい」
ハーピストルが心外だ、というようなポーズをとってみせるのにコバルトブルームは慌てた。気分を害するつもりではなかったのだ。ただ、自分は話していてつまらないのではないかと思ってしまっただけで、良い言い回しがわからない。
コバルトブルームがすっかり委縮していると、ハーピストルが堪えきれないという様子で笑った。
「怒っていないよコバルトブルーム。わたくし、それほど怖いつもりはないのだけど……威圧してしまったかい」
「いえ、そんな」
「やはり元々兵器だというのがいけないのかな。あまり洗練された装飾もないし、無骨すぎるか」
「まさか!」
コバルトブルームは大袈裟なくらいに首を振って否定する。
「装飾などなくとも、あなたは美しい」
思わず身を乗り出すほど衝動的に口をついたが、本心からの言葉だ。ハーピストルはふいと目線を逸らした。
「……そういうのは、ここではちょっと控えないか」
墓前である、ということを忘れたような軽率さであった。コバルトブルームは己の行動に恥じ入って小さく「すみません」とだけ言った。どうにも上手くいかない。教会へ戻る道を歩くときも、まだ引きずって歩き方がおかしくなっていたことに、コバルトブルームは自覚がない。
隣をいくハーピストルもまたいつもよりも歩みがぎこちなくなっていたが、自らの行いを恥じて俯きがちに歩いていたコバルトブルームは、そのことに気が付いていない。
◆◆◆
ナイトオウルとアウルは、バスに乗って景色を眺めている。行きと帰りでは同じ場所でも違ったふうに見えるから面白いものだ。
「アウル殿、私はやはり、色々と至らないところがあるのだと思います」
語りかける言葉でありながら、ナイトオウルのそれは、独り言のような響きがあった。それはもしかすれば、彼の寂しさであるのかもしれない。ナイトオウルにとってアウルは本来主ではなく、主の友人だったものだ。元々の主たるクラフトは、もう二度と帰らぬ人だ。
「私は、クラフト様にとって、よい人形であれたのでしょうか」
本気で返事を求めているような声色とは思えなかったが、アウルは答えが必要であろうと感じた。
「……クラフトはきみのこと大事にしてたよ」
少なくとも、アウルはそう感じていた。何せクラフトは、エストレ家の、墜落しかけている飛空船の中で彼を完成させたのだ。それこそ自分の命よりも大切なことだと言わんばかりの執着を見せていたほどで、大切にしていないはずもなかった。その頃から命を軽視しているような傾向はあったが、それでも、ナイトオウルを自らの傑作として愛していたのは間違いないだろう。クラフトの表情は人形よりずっとわかりづらかったが、あれはあれで、感情は行動として現れていたのだ。
「大事だから、きみをずっと連れ歩いて、研究を進めていたんじゃないか。軍に置いていかないで、僕に預けたのだって、きみをただの兵器にしたくなかったからじゃないのかな」
「そう、なのでしょうか。ご期待に沿えていたのでしょうか……そうであれば、良いのですが……私は、何をできているというわけでもありません」
「……クラフトは自分の魔術に関連して人形の研究を始めたはずだ。きみが納得いかないのなら、僕たちでもっと研究を進めていくって手もあるよ」
ナイトオウルは既にアウルに譲られ、アウルの持ち物となった。それならば、ナイトオウルを導くのは持ち主であるアウルの役目だ。
「僕はもっと魔術を勉強するよ。クラフトの死霊術も……その、正直あまり向いてる気はしないけど、学ぶつもりだ。きみの兄弟機たちも動かせるようにしてやりたいし……」
「アウル殿」
「ええと、その、僕はきみの親ほど魔術師らしくなれるかどうかわからないけど――きみに恥ずかしくないような魔術師になってみせる。きみと一緒に何かできるような魔術師にさ……だから、僕がちゃんとやっていけるよう、ナイトオウルが見ていてくれよ」
そうしたら、いつかは死んだクラフトの声を聞くことだってできるかもしれないし。アウルが言うと、ナイトオウルはか細い声で「はい」と返事をした。彼が表情を持つ人形であったなら、何かいつもと違った顔をしていただろう。
もうすぐ、バスはエルド大通りへ着く。フェアファクス探偵事務所はすぐそこだ。そこはアウルと、そしてナイトオウルが帰るべき場所だ。家主のアーロンが待っている。
――もっと真剣に、本格的に魔術を学ぼう。自分に向いた応用の段階は先のことでも、最低限基本らしいことはできるようにならなければ。アウルには教師になってくれる人が、そこにいるのだから。
あ~~~~~楽しかった~~~~~~~!
自分の性癖をもろに反映したようなお話を書くのはとっても気分がいいぜ。ハーッハッハッハ!
数ある作品の中から拙作を最後まで読んでいただいた皆様、ありがとうございます。各方面から何かと影響を受けつつ完全に自分の性癖の闇鍋で殴りかかるみたいな作品になりましたが、根拠もなく自作にはどこかしらに需要があると信じて完結を迎えました。今も信じています、自分の宣伝の仕方が拙いだけで適切な宣伝をすれば読んでくださる方は必ずいらっしゃると。根拠もなく。
読んでいただいた方はお察しかと思いますが、ファンタジーが好きです。ロボが好きです。ロボは意思ある系のロボだともっと好きです。浪漫。最後まで見捨てずお付き合いいただいた皆様は、少なからず私と性癖が被っているのではないかと思いますがどうでしょうか。お楽しみいただけていれば幸いでございます。
そういえば、読んでくださった方の中ではクラフトについて悲しんでくださった方もいらっしゃったようです。初期設定ではクラフトは遺書を残さず「お別れ言ってないなあ」と思いながら死に、主人公アウルもクラフトの死亡を知らないまま借金返し終わった帰り道で車に轢かれて死ぬはずだったのですが、流石に救いがなさすぎるかと思ってやめました。そもそもアウルの借金はそんなに簡単に返せる額なのかという。まあその辺りはアーロン先生が手を回してくれているので、アウルは夜ぐっすり眠れますね。
さて、今作について続編を望んでくださる方がいらっしゃることもあり、現在次回作の構想を練っている最中でございます。そのときはまたよろしくお願いいたします。
それにしても私このお話書くのにどれだけ時間かけているんだろう。仕事とかしてなくて小説だけに集中できるって環境があるなら二、三か月もあれば充分書ききれたよなこれ……一か月十万字とかその気になれば普通にイケそう……と思いつつ、実際には仕事に追われて時間がない。悔しい……早く脱サラしたいなあ……。
追記:続編はこちらです→http://book1.adouzi.eu.org/n1838dq/




