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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第五章 これから

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閑話 公爵家の魔法の鍋 後編


 カーン、カーン、カーン、カーンと、金属がぶつかる音が響き渡る。

 私には自分を追い立てるような音に聞こえて仕方がない。


 火事を知らせるかのように、屋敷中に響いているのではないだろうか。

 走っても走っても、聞こえる音量が変わらないって恐ろしい以外のなにものでもない。


「ひゃー。もうなんなのー」


 途中、カンカンカンカンッと拍子を変えてくる。


「いやいやいや。めっちゃ意志表示してくるし」


 こそっと抜け出してきたことなど忘れて、恐怖で私は声を上げ続けた。

 黙っていると取り憑かれそうで、口を閉ざすという選択はない。


「うううぅぅぅぅ~、怖いよ~」


 ぶわっと涙が溢れてくる。何回も転生を繰り返しても、精神年齢も逆行するのか、感情的になると年相応になってコントロールができない。

 よくよく考えるとただの音で、もの(それ)自体が追いかけてくるとかでもないのだけれど、未知のものはやはり怖い。


「ファンタジー世界のホラーって、どこまでが魔法なのか怪奇なのかわからないから本当イヤっ!」


 不思議なことが起こったとして、それがどこまでがこの世界の普通なのかわからない。

 今生きている国は生活補助レベルの魔法が一般的だが、一般の上に位置する人は普通に当てはめてはいけない。


 魔法レベルも人それぞれで、できることも人それぞれ。その上、どこにでも変人というものはいて、妙な物と作り上げたり成し遂げたりしている。

 ただでさえ、私の知らないことや理解ができないことはまだまだたくさんあるというのに、今回は変人よりの人が関わっていそうって思うと予測不可能。


「どこかだらどこまでが魔法なのーっ!?!?」


 予想を超えることをされると、ちょっぴり、ほんのちょっぴりそっち方面が怖い私は不意に遭遇すると本気でビビる。

 好奇心もあるから気にはなるけど、不意打ちは無理すぎる。


 カーン カンカン カーン カンカン


「ぎゃー、しつこい。もしかして戻るまで鳴り止まないつもり? もうなんのためにこそっと出てきたかわからないじゃない」


 私は溢れた涙を裾でごしごし拭いながら、明かりが漏れている部屋を見つけて扉を蹴破った。

 お行儀? そんなのは知らない。とにかく、誰か人と合流したかった。

 うりゃぁぁぁーっとなりふり構わず足を上げ蹴ったかに見えたが、実際は私に気づいた騎士が予想していたかのように足の動きに合わせてゆっくりと扉を開けた。


「ふぅーっ」


 そんなことなど知らない私ははぁはぁと荒い息とともに満足気な息を吐き出し、とにかく自力で明かりのところまで来れたことに安堵していた。

 斜めになって不安定な体勢もそこにいた使用人にそっと後ろから抱き上げられ、何事もなかったかのようにそっと降ろされる。

 公爵家の使用人たちは主人の意図も汲み自然な補助もする、できる者たちばかりである。


「エリー!!」


 息を整えていると名前を呼ばれて、そこに姉とメイドや護衛たちの姿を認めて、私は一目散にマリアのもとへと飛び込んだ。


「姉様」


 安心から、ぐずっ、ぐずっと嗚咽がこみ上げてぐりぐりと最近ふっくらとしだした姉さまの胸に顔を擦り付ける。


 ――うう~、怖かった。ホラーだよ。ホラー。


 マリアの温もりがこんなに安心するなんて。

 私はぎゅむぅっとくっついて、ようやくもう一人でないことを実感した。

 マリアはぽんぽんっと優しく私の背を叩き、抱きつかれて緩みそうになる頬をきゅっと引き結んでゆっくりと問いかけた。


「こんな夜中にどこに行っていたのかしら? エリーが寝室にいないと知って、どれだけ心配したか」

「うっ、ごめんなさい。その、……ちょっと用事?」


 私はきょろきょろと不自然に視線をうろつかせる。

 わかりやすい反応に、使用人たちは苦笑を隠せない者もいた。


「こんな夜中にお供も付けずに用事ねぇ。それで、この音の正体は?」

 

 あなたがしでかしたのよね? とマリアが目を細めて優しく微笑みながらも、追求の手は緩めないとがっちり視線を合わせてきた。

 その視線と周囲の気配に観念して、むしろ聞いてほしくて縋るようにマリアを見る。


「ううっ。鍋が……」

「鍋?」

「鍋がすっごい主張してくるんですぅ~」


 ぅ~、ぅ~、ぅ~っ、と私の声が情けなく響き渡った。



「ということなんです」


 マリアや周囲に宥められながらことの顛末を話して聞かせると、マリアははぁっと小さく溜め息をついた。


「エリーったら、どうしていつも問題事を引っ提げてくるのかしら?」

「……私もどうしてなのか」


 ちょっと気になって行動しているだけなのだが、たまに、…………正直いうとかなりの頻度で今日みたいに大事になることが多かった。

 今日だって物探しをしていただけなのだけど、こうして物事が大きくなっている。

 ちょっと時間帯とか調理場を荒らしてしまったこととかは後ろめたいが、鍋が勝手に騒ぎ出したことは鍋の勝手であって私のせいではない。解せない。


 困ったように眉尻を下げると、怒ってるのよとマリアはぷんぷんと頬を膨らませた。

 それを見て、己の行動を振り返る。


 ああー、やっぱり私が発端、なのよね。反省。全部鍋のせいにしてしまえたらよかったが、怒られて当然だと気づく。

 抜け出して心配させてマリアを含めみんなを起こしてしまった。

 夜中ということで、余計に迷惑度がいつもより増している。そこはきちんと反省はしないといけない。


「姉様。ごめ」

「どうして誘ってくれなかったの?」

「えっ?」

「私も一緒にエリーと冒険したかった」


 むぅっと拗ねたように頬を膨らますマリアに、私は呆気にとられてぽかんと口を開けた。

 怒るところがやはり違う。安定のシスコン発言に、少しだけ身体の力が抜ける。


 だけど、今もなお鍋の主張の音が響いており、不安は消えない。

 鍋の迷惑極まりない行動の原因が私なのだとしたら、間違いなく自分が原因なのだが、一度は戻らないといけない。

 みんなに迷惑をかけて悪いと思いながらも、まだ解決していない状態が気になって、会話も集中しずらく反省にも身が入らない。


 心配してくれる人を目の前に反省しきれていない自分に罪悪感を覚えていたが、姉が気にしていたところがそっちだとは。

 もちろん、心配もしてくれた上でだということはわかっているが、やはりマリアはマリアだ。


「えっと、一緒に姉様も戻ってくれます?」

「ほかの者がもう行っていると思うけど、鳴り止まないということは(それ)はエリー待ち?」

「……多分」


 私待ち? 出待ちじゃないんだからやめてほしい。

 それに行ったとして鳴り止んでくれるのかわからないし、さらに問題が起こったらどうしようかと不安だ。


 なにせ主張がすごい鍋なのだ。

 余計にうるさくなりでもしたらお手上げだ。かといって、いまだに鳴り止まない現状では私が行かないことには始まらない。


「大丈夫よ。エリーを見初めるなんてその鍋は見込みがあるかもしれないし、私がしっかりチェックしてあげるわ」

「……よろしくおねがいします」


 言い回しが気になるが、一人ではないならなんとかなるかなと、もうどうでもいいかと深く考えるのは諦めた。

 私が見つかったと聞いて駆けつけてきたペイズリーやじぃや護衛とともに、マリアにぎゅっと手を繋がれながら来た道を戻る。


 調理場に到着すると、問題の鍋の周りに数人の大人が囲っていた。私が近づくと、カンカンカン、カッカッカッカッと細かな音を立てる。

 明らかな主張に、私はへにょりと顔を歪めた。


「エリザベスお嬢様に触れてほしいのでは?」

「えっ? 触らないといけないの?」


 考えるように顎に手を当てていたじぃに話しかけられ、不安な声を出す。


「先ほどの話では、エリザベスお嬢様の魔力に反応したようですので、料理長にも確認しましたがそこは開かずの扉だったようです。なので、お嬢様に使っていただけないとまたストライキを起こすのではないでしょうか。ほかの者には触るなとばかりに嫌な気配を発していますので」

「あっ、そうなんだ」


 なんで、揃いも揃って大人たちが見てるだけなんだろうとちらっと思ってた。ごめんなさい。


「じゃあ、やってみる」

「エリー、気をつけてね」

「うん」


 マリアに励まされ、気をつけるってどう気をつけるんだろうと思いながら頷き、気合を入れて鍋の前に立った。


 外観はどこから見ても普通の鍋と変わらないけれど、私が前に立つとカンカンカンッと小さく震えて音を鳴らす。

 音量も少し控えめになっているので、相手が考慮するならこちらも歩み寄らなければと屈み込んだ。

 片手では重そうだし、万が一落としたら大変なことになりそうだしと、恐る恐る両手を伸ばす。


「触るね」


 鍋に向かってささやきかけ、えいやっと両手で取っ手を掴み持ち上げる。

 思わず両目を瞑り、何の衝撃もこないことにそろそろっと片目を開けて鍋を盗み見た。


 すると、なんてことでしょう。

 そこら辺のシルバーだったものが、ピンク寄りの茶色に変わっていた。なんか丈夫そうでお高そうな見た目だ。


「かわいい色」


 もう音も出ないし、私はまじまじと鍋を眺め話しかける。


「私が使ってもいい?」


 何も反応がない。これっていいのかな?

 魔道具だから変わったこともあるとは思ったけど、魔道具もやっぱり道具だから無反応(これ)が普通なのだ。


 あれだけ主張していたのに、今は何もないということは了承とみなしてその鍋は私が使うことにした。

 すごく怖い思いもしたけれど、超便利な魔道具ゲットはテンションが上がる。

 私を呼ぶようなうるさい音と触ると色を変えたことに、私が主人になるのに周囲も異議を唱える者はいなかった。


 ただ、マリアなんかは魔道具鍋に向かって、「エリーに怪我させたら、二度と使えなくなるよう潰すからね」と、私が持っている鍋を指でコンコンと叩いて脅していた。

 それに追い打ちをかけるようにじぃも、「その際はわたしが責任を持って粉々にしてみせます。なぁに、この老いぼれ、オイタをした魔道具くらい軽く潰す力は残っておりますから。ふぉっふぉっふぉ」と、白いひげを撫でながら笑ってた。


 こうして私は強い味方を得て、その夜屋敷にいた者すべてを巻き込んで、妙にチートな鍋をゲットした。

 あとの問題は、この件をどう両親に話すかということだ。

 私はその話題が出た瞬間、速攻両手を合わせた。


「取り上げられたくない~」


 最近、私はお転婆具合すぎると目を光らせている母に取り上げられては鍋も自分も困ると、みんなにはこの夜のことを黙ってもらうようにお願いした。

 マリアは「エリーと秘密の共有ハート、うふふっ」と喜んでいたので、嬉々として協力してくれそうだ。


 じぃには、さすがに屋敷の管理を預かるものとして当主に報告しないわけにはいかないと言われ、父だけには知らせることになった。

 初代当主のご友人から頂いた魔道具だし、私は仕方がないと頷いたが、くれぐれも母にだけはバレない方向で話を進めてほしいと懇願した。


 後日帰宅した父には夜の騒動についてはお叱りを受けたが、仕舞われていた魔道具が見つかったことは単純に喜んでいたので、これからは何をするにも一人で動かないようにと注意だけですんだ。

 あとは、その鍋で何を作ったのか記録を残しておくことも言明された。


 母には敢えては話さないと言ってくれたので、使用人たちもそれに習って今回の騒動は内緒となった。

 自分でヘマをしない限りはなんとかなりそうでほっとする。怒られる時は一蓮托生だ。


 そこから、私の薬草作りは進歩する。

 ある時は、母の口紅を溶かして食事をしても取れないようにと改良したのだが、一日経っても取れないと逆に怒られた。


 ある時は、じぃの育毛剤の成分調べて強化を図って思ったよりも成果が現れ非常に喜ばれ、薄毛同盟とか言った人たちから商品化の嘆願書がこっそり届けられるようになったので、この頃知り合ったライルとともに商品化。

 ある時は、父のコロンに虫除け剤を混ぜて、帰って来たお父様に呼び出されバレたと焦って白状したら、効くのは小さな虫だけでなく害虫もだったよと満足そうに口の端を上げて頭を撫でられ、それはもう鍋様々だった。


 万能な鍋は、材料さえ入れれば思う形に持っていってくれるのですっごく楽だ。

 おかげで、アイデアを出すのも作るのも楽しい。手間をかければかけるほど、良い物ができる。

 使っても使ってもツヤツヤの鍋は、私が見た時よりもさらに磨きがかかっていて、なんだが機嫌がよさそうだ。


 今のところ、その鍋がストライキを起こす気配もない。

 いったい何を入れられてストライキを起こしたのか、逆に気になるところだ。


 母にも今のところバレていないので、結果オーライである。

 やらない後悔より、やる後悔。

 今日も私は気持ちの赴くまま行動するのであった。




ここまでお付き合いをありがとうございました!

次回更新までしばらくお時間いただきますが、皆様とまた第三部でお会いできますように……

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