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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第五章 これから

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閑話 sideマリア 愛しのエリー 後編


   * * *


「ぷぎゃ」


 なんとも可愛らしいそれでいて珍妙な声がして、マリアは声のするほうへ顔を上げて見知ったドレスの生地色を確認した瞬間、叫んだ。


「キャーッ、エリー!? なんてところにいるのぉー」


 十数分前、講義の時間を終え、マリアは意気揚々と愛しのエリザベスの部屋に向かいもぬけの殻で意気消沈した。

 半開きになった窓にかかるカーテンがひらひらと揺れ、マリアがエリザベスのために選んだうさぎのぬいぐるみがソファーの上でこてりと横に倒れている。


「もう、エリーったら」


 さっきまで遊んでいたとわかる様子を目の前に、マリアはあっさりと気分を浮上させるとるんるんと部屋を出た。

 よく動くようになったエリザベスは、周囲の隙を突くのがうまかった。

 さっきまでそこにいたのにとメイドたちが慌てふためくことも多々あったので、また何かに気を取られて外に飛び出したのだろうとマリアは庭園へと出た。


 予想通りというか、エリザベス付きメイドや護衛たちが「エリザベスお嬢様~」と大きな声を出し、きょろきょろとしているではないか。

 みんなの憧れの騎士様が、草陰に首を突っ込んでお尻をこちらに向けている間抜けな姿は、ここでは日常茶飯事で誰も指摘しない。


 そんなことを気にしていたら、ここの姉妹の護衛は務まらない。

 顔で選んでいるのかというくらい男前ばかりなのだが、心根も素晴らしい騎士たちばかりである。


 これはまた何かをしでかしているに違いないと、全く一つの所にじっとしていない妹を思いマリアはくすりと笑い、メイドに状況の説明を求めた。


「どうしたの?」

「マリアお嬢様! エリザベス様がかくれんぼしようと走っていかれたのですが、あまりにも早くて見失ってしまいました。呼んでもきっとかくれんぼの最中だと思ってお返事もなさってくれなくて」

「まあっ! だったら、私も一緒に参加するわ。エリーのことだもの、変わったところに隠れている可能性も高いわよね。姉である私が愛の力を持って見つけてみせるわ」


 ここは愛を示す機会だとマリアはふんすっと意気込んで、エリザベスが行きそうなところを探すことにした。

 (うまや)に行ってみたり、屋敷の中かもしれないと厨房を確認してみたりと、ありとあらゆる可能性を考えて探してみるが見つからない。


「エリーったら、本当に隠れるのがうまいんだから」


 ちょっとお転婆さんになってきた妹だが、寂しくなったらきゅっと自分の指を掴む癖があって、赤ちゃんの時を思い出されるそれは庇護欲を刺激される。

 見つけるのに時間がかかりすぎると寂しがって泣いているかもしれない。以外とタフなのでそんなことで泣かないとわかってはいても、もしかしたらと思うと焦り出す。


 そんな時だった。池の横にそびえる大きな木の上から間違いようのない愛しのエリザベスの声。

 ぷぎゃ、なんて可愛らしいなんて思いながらも、心配させて悪い子だとマリアは嗜めるため口を開こうとして、ようやくそれが視界に入った。


「エリー」


 器用に幹の間隔を利用してくつろいでいたらしいエリザベスのお腹の上には、黒い何かがいた。

 下にいるマリアからは長い尻尾がゆらゆらと揺れているのが見える。


「マリアねえさまぁー」


 すがるように自分を呼ぶ声に気分を浮上させながら、黒い尻尾が右に左にいくのに視線がいく。

 ええーい。姉妹との逢瀬を邪魔するとは、たとえ獣といえど許さないわとさっさと離れなさいと尻尾を睨みつける。


「まあ、その珍妙な生き物は?」

「にゃんこです、ねえさま。さっき急に飛び乗ってきたの。なんか、いまもゴロゴロと懐いてきていて……、きゃっ、くすぐったい」

「エリー?」


 どうやら、じゃれつかれているようだ。

 もう、私に許可なくエリーに擦り寄るなんて、本当にどこから侵入してきたのかしら。


「ごめんなさい。ねえさま、この子可愛い」

「エリー!」


 動物と戯れるエリザベスもいいけれど、今はこっちに集中してほしいところだ。

 咎めるように名を呼ぶと、カサカサと上で木々の音。どうやら体勢を変えたようだ。


「あっ、それで、えっと、そうそう。ちょっとうとうとしていたところ乗ってきたので、ちょっと焦って落ちるかとびっくりしました」

「寝てたの?」


 ありえない言葉に柳眉が上がる。

 可愛いエリザベスは危機感が足りないというか、ちょっと抜けているところが多いのだ。


 小さな子が木に登ること自体危険なことなのに、そこでうっかり寝てしまうとはどういうことなのか。

 落ちたらどうしようって思考はどこにあるのか。心配する身にもなってほしい。


「はい。ついうとうとと」


 てへっ、とばかりに告げるエリザベスは、マリアの機嫌が悪いことは伝わっているようで、少しまずかったなかなぁと甘えるように笑って告げる。

 ううー、そんなところも可愛い。


 周囲の探す声を子守唄に寝ていたのかと肝の太さにも驚かされるが、そんな豪胆で呑気なところさえも愛おしく感じてしまう。

 でも、とマリアは頭を振る。


「そんなところで?」

「あっ、えっと。気持ちよくて?」

「わかりました。エリーには、よぉーっく本来寝る場所がどういうところかしっかり教えないといけないようですね」

「ううー、ごめんなさい」


 声だけでも怒っていることが伝わったのか、すかさず謝罪の言葉が落ちてくる。

 エリザベスに甘いマリアはそれだけですっかり許したい気分になるが、下手したら本当に落ちていた可能性もあって、ここは厳しくと表情を引き締めた。


「とにかく、危ないから降りていらっしゃい」


 マリアがそう告げると、一緒に探していた護衛の一人が心得たと木の根元でエリザベスに手を差し出す。


「エリザベスお嬢様、ゆっくり降りてきて下さい」

「わかったわ。でも、先にこのにゃんこをどかしてからじゃないと」

「そうですか。では、先にそちらを受け取りましょう。気をつけてくださいね」


 護衛がひょいひょいっと木に登り、黒猫を取り上げようとした時だった。猫が嫌がるように飛び降りて護衛の肩に乗り、そのまま地面に着地する。

 そのはずみで大きく枝が揺れ、それに驚いたエリザベスが体勢を崩した。


「きゃっ」


 慌てて護衛が腕を伸ばすが間に合わず、そのまま落下していく。


「エリー!」

「お嬢様っ!?」


 周囲は阿鼻叫喚。大事なお嬢様の惨事に心臓が止まりそうになった。

 エリザベスはその下にある太枝に頭と体を打ち付けてワンクッション置けたはいいが、結局そのまま池に落下していく。


 気を取り戻した護衛の風使いが池に浸かる前に魔法をかけて落下する勢いを緩和させたが、体重を浮かしキープするまでにはいかず、エリザベスはやけに静かにぽちゃりと水音とを立てて落ちた。

 ふわりとエリザベスのドレスが広がり地味に沈んでいく。

 少しばかりさっきまでの騒ぎに対して、間抜けな結末だと思わないでもない。


「エリーっ!!」


 それでも大事な愛しのエリザベスが落ちたことには変わらず、マリアは池の縁まで急いで駆け寄った。

 すかさず拾い上げられ連れられたエリザベスに声をかける。

 水浸しになってしまったが、すぐに救い上げられたため数秒ほどのはずだ。


「ふぇ、……けほっ。びっくりしたぁー」


 のほほんと驚きの声を上げるエリザベスにほっと息をついたが、その後の、「つぅ」と呻く言葉に護衛に抱き上げられたエリザベスの顔を慌てて覗き込む。


「どこが痛いの?」

「さっき、頭打ったところが」

「ああ、可哀想なエリー。すぐに医師に見せましょう。あと、身体も温めないと」


 水に浸かったのは一瞬だったとはいえ、冬は越したがまだ寒い。冷たい水に浸かると体温は奪われる。

 案の定、エリザベスはその夜から熱が出て一週間ベッドの上の住人となった。


 エリザベスがひどくうなされているのを見るたびに、マリアも苦しくなる。

 その日の夜から、マリアはひどい夢見のせいで寝られなくなった。


 初めてその夢を見た時は、可愛い可愛いエリザベスが出てきてニマニマしていたマリアだが、だんだん夢の中の雲行きが怪しくなり最後にエリザベスが死んでしまうという悲惨な結末に表情は消えた。

 信じられないと夢に向かって怒っていたが、起きてまた寝ては似たような夢の繰り返し。


 しかも、毎回エリザベスがほぼ十六歳になる前に亡くなるのだ。

 しかもバリエーションが豊かで、そんな豊富さいらないと憤るがどれもこれもリアルで見るたびにマリアは憔悴した。

 夢の中の自分の悲しみも嘆きも、胸が痛すぎて。

 マリアの顔色は日に日に悪くなっていった。


「どういうこと……」


 それらを繰り返し見ているうちに、徐々に怒りの方向も変わる。

 何度繰り返しても結末が変わらないことに嘆くが、それまでに自分に対してちょっと冷たかったりするエリザベスへの嘆きのほうが強くなる。


 もっと私に構ってくれたらそんな結末にはさせないのに、私が守るのにと夢なのに本気であれこれ対策を考え、腹が立ってそしてとっても悲しかった。

 めちゃめっちゃ寂しいし悲しい。

 夢であっても、たとえエリザベス本人が避けていたとしても、私の愛しのエリーとの時間を減らそうとするなんて許すまじっ! 


 独り立ちするにしても早すぎるし、十年後も二十年後もエリザベスの近くにいたい。

 いつまでも、『ねえさまぁ』と甘えにきてほしい。


「エリーったら、ツンなの? ツンツンなの? そんなツレないところも可愛いけれど、これはちょっといただけないわ」


 始めの頃は夢を見るたびに何としてでも倒れていくのを止めたくて、抑えきれない気持ちが溢れて、「エリー!」と必至で名を叫んでいた。

 毎回、頭に何かぶつけるとかもうちょっと注意できないのかと思わないでもないが、どれもこれも難しそうだった。


 だが、ここ最近は夢を見ると、「エリーが相手してくれない~」と悲しみ叫びながら起きることもしばしば。

 やっぱり、もう少し側にいれたらもっとできることがあるのにという怒りにも似た気持ちが止まらない。


 繰り返す夢はしんどくて怖くて、寝ないといけないとわかっていても眠らないように頑張るがいつの間にか眠ってしまって。

 最後にはエリザベスが死んでいくのを助けることもできずに、悔しくて泣き叫ぶ。

 そんなことを繰り返し、マリアは気が狂いそうになった。


 朝起きて心配で様子を見に行くと、熱がなかなか引かず苦しそうにエリザベスが顔を歪めている。

 もしかしてエリザベスも夢見が悪いのではないだろうかと一度でもそう考えると、もし同じ夢だったらと思うと、ぎゅうぎゅう胸が締め付けられた。

 可愛い顔が苦しそうに歪んでいる姿を見ると、あれは本当に夢だったのかとわからなくなった。


 やけに具体的な出来事が見え、自分も周囲も十年後くらいはそうなるよねとリアルな成長の仕方だった。

 もちろん、成長したエリザベスはぎゅうぅっとしたくなるほど可愛かった。


「わたしが守らないと」


 少なくとも、十七歳を超えるまではしっかり見守らないといけない。

 それが繰り返し見る夢のお告げ、使命のように思えた。


 夢であってほしいけれど、あれだけ見るのなら何か意味があるのかもしれない。夢で済ますには、あまりにも非情すぎた。

 歳の差でずっとべったりできないことがわかっているが、その時期は学園にマリアも在席しているのでしっかり見張ればうまくすれば助けることもできるはず。


「今度こそ、わたしが守るからね」


 エリザベスの額に手を当てて、マリアは誓う。

 話しかけてもエリザベスには全く反応もなく、マリアは毛布の下に隠されている手をぎゅっと掴み祈るように目を瞑った。


 八歳になったマリアは幸運の加護持ちであることを知り、絶対エリザベスと離れるもんかとさらに気持ちを固くした。

 この力は、エリザベスを守るためにあるのだとマリアは思った。


 五歳の池に落ちたあの日から、エリザベスが時おり少し年相応ではない仕草をするようにはなった。

 小さな愛しの妹が、まるで年上の大人のようにはぁっと溜め息とつく姿とか、すっごくちぐはぐででも可愛い。


 思わずぐりぐりしたくなったが我慢していると、どうしたのっとくりくりした瞳が心配で覗き込んでくるものだから、マリアは堪らず鼻血が出てしまった。

 今日も我が妹は可愛いと日々のたうち回る。


 だが、うっかりいろいろやらかすのは変わらないので、マリアは心配でエリザベスのそばからできるだけ離れないようにするのに躍起になった。

 夢の中では構い過ぎて、逆に去っていく姿もあったので程よくとは心がけているが、可愛らしいエリザベスの姿についつい手も足も、ついでに頬へのキッスも止められない。


 ますます可愛らしいエリザベスに夢中なマリアは、今日もいそいそとエリザベスのところに向かった。

 バーンといつものように扉を豪快に開けて、エリザベスのもとに駆け寄る。


「エリー」

「マリアねえさま、マナー講座の時間だったのではなかったのですか?」

「もう終わったわ」


 すりすりとほっぺに顔を寄せ、離れていた時間は苦痛だったわとはぁっと溜め息をつくと、嫌そうに手で肩を押していたエリザベスは心配そうにマリアを見上げる。

 エリーの上目遣い、尊い!! とマリアはちゅっちゅとぷにぷにほっぺにキスをする。


「ねえさま。いい加減にやめてください」

「だってぇ、とっても気持ちいいんだもの」

「なら、ケーキのスポンジにでもしていてください」


 頬にキスされるのはもう大きくなって恥ずかしいから嫌だと言われているが、止められない。

 それでもやってくるマリアに対して、ただ嫌だと頭ごなしに言うだけでなくて提案してくれるところなんて天使だ。


 私のエリーは可愛くて優しいんだからと感激しながら、マリアはまた頬にキスをした。

 そこで提案するものもなんだか可愛らしいもので、もうマリアはエリザベスにメロメロだった。


「どうしてスポンジ?」

「だって、甘い匂いもして気持ちよさそうでしょう?」


 マリアは大興奮した。


 ――ああ~、可愛いっ!!!!!

 

 そこに私への愛がある。

 匂いまで気にしてくれるなんて、なんて優しくて可愛いエリーなんでしょう。


「そうね。でもエリーのほうが癒やされる~。エリーは私のオアシスなのよ。だからダメよ。たとえエリー本人が言おうとも、エリーを取り上げられたら頑張れないわ」

「わたしが言ったら、聞き入れてほしいです」

「無理よ。わたしの99、9パーセントはエリーでできてるから」

「残りの0、01パーセントは?」

「それは人間にある食欲とか、普段の生活に必要な活動よ」


 何を当たり前のことをと告げると、エリザベスががくりと肩を落とした。


「割合がおかしすぎる……」

「そう? 当たり前のことよ。私にとってそれだけ何をするにもエリーがいてこそだから」

「……いつにも増して言動がおかしい。これはお疲れですね」

「ええ。だから、エリーに癒やされにきたの」

「そうですか」


 ふっ、と小さく苦笑をこぼすエリザベスに、マリアはにこにこと微笑む。

 こういう笑い方が少し以前と変わったけれど、困ったなと思いながらも話を聞いて愛情を受け止めてくれるエリザベスはやはり私のマイスイート。

 年頃になったからか、最近ちょっと避けられている気がしないでもないけれど、嫌われていないことはわかっているから、おっせっせとエリザベスに絡みにいく。


「愛しているわ」

「はい。わたしも姉様が大好きです」


 伝えると、ちょっと照れたようにふにゃりと笑うエリザベスが可愛らしい。

 夢のこととエリザベスの態度を見てマリアはいつも自重はしようとはちらりと思うのだが、思うだけでエリザベスへの愛は止まらなかった。



 エリザベスが大好きで、そこに心配と加護のことで余計にべったり過保護こみでマリアのシスコンが増したというお話。




-NEXT 閑話 公爵家の魔法の鍋事件(←マリアがルイがいる時に言いかけてやめた、三年前の珍事件のお話)

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