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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第五章 これから

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エピローグ ステージ開放


 路地裏に転移した男たちは、そこから無言で隠れ家を目指した。

 周囲を警戒しつつドアの内側に入ると、ぐるぐると巻いていた認識阻害を施していた黒い包帯を解く。


 細身の男はイライラと包帯を投げ捨て、ぐらぐらと気持ち悪く揺れる脳に耐えきれず壁に手を当てた。

 一つひとつ繋がっていたものが無理矢理剥がされいく感覚に、慌てて引き出しの中のものを確かめる。


 クッションが引かれたその上に乱雑に置かれた、小さなカケラの鉱石の大半が割れていた。

 これらはもともと一つのものを割り相手に飲ませそれを媒体に支配下に置くもので、割れるということは問題が起きたことを示す。


「洗脳が解けた」


 エリザベスたちが聞いていたものとは全く違い、声のトーンは若干高い。


「あのお嬢ちゃんがやったのか?」

「いや、多分違う」

「へぇー。さすがこの国一番の学園ってとこか」

「…………」

「手間暇かけて洗脳した者がやられたわけだけど、こっちの情報が漏れている可能性は?」

「それは大丈夫だ」

「で、このあとはどうする?」


 大きい男の問いかけに、細身の男はマリアに看破されていたシークレットシューズを脱ぐ。

 さらに目線が低くなった彼は、くしゃくしゃと髪を掻き混ぜた。


「しばらくは大人しくして様子を見ることになるだろう」

「まあ、そうなるだろうな」

「今回のことは失敗したが、これはただの計画のうちの一つでしかない」


 黒包帯に隠されていた顔は若く皮肉げに唇を上げる姿は、言葉通りには受け取れない表情をしていた。

 鬱々とした憤り、今しがたコマが減ったことへの失望。

 何より、自分が役に立てなかったどころか、失敗したことにより相手に警戒心を覚えさせてしまった。はっきり言って最悪。


 それでも己のこの能力がある限り、簡単に切られることはないと自負している。

 しばらく潜っていたら、またそれなりの役割を与えられることになるだろう。


「向こうもまさかあんたが学生だとは思ってないだろうしな」

「灯台下暗しだよ。それにきっと学園に潜入しているのは俺だけじゃない」

「ま、俺は俺のために与えられた仕事をするだけだからな。あんたも無理はするな。なんだろな、失敗のこともそうだけど、あの嬢ちゃんたちの相手すっごい疲れたわ。帰って速攻寝る。またな」

「…………ああ」


 用事は済んだとばかりに己の住処へ帰っていく男の後ろ姿を、青年は無意識に左腕を押さえながら無言のまま見送った。



   * * *



 ソフィアは妙にそわそわする気持ちで、寮の窓から外を眺めていた。

 ここから見上げると、木々の上にぽっかりと月が浮いているのが見える。

 まさに、ぽっかりとそこにあった。


「異様なほど澄んだ夜空にぺたっと貼り付けたみたい」


 異質に移るそれは、自分の気持ちが反映されているようで小さく息をついた。

 今日もやたらと敵視してくる貴族の令嬢と、庇うように自分の周囲に現れる男子生徒のおかげでごっそりと気力が持っていかれてひどく疲れてしまった。

 どちらもただの押し付け。敵意も善意もどこか上から目線のそれはソフィアの心には何も響かない。


 それでも、この学園で頑張っていくと決めている。

 『あの方』のことを思うと、そんなことは些細なことだと気にならなくなる。


 ソフィアの日課は、ピンクゴールドの髪を探すことだった。

 珍しいピンクの髪、太陽の光を浴びるときらきらと透き通りうっとりする髪色は忘れようにも忘れられない。

 一日一度でも見ることができるとその日はソフィアの気分は上がり、思わず両手を合わせて拝みそうになるくらい心が晴れやかになった。


「エリザベス様」


 妙にざわざわする気持ちのまま、そっと名前を口にする。

 交わした会話、声、姿を思い浮かべ、ソフィアはぎゅっと胸の間で手を組んだ。



   ◇ ◇ ◇



 乙女ゲームとは、多くの乙女たちが(ファンタジー)のようなゲームの世界で、美形ばかりの男性たちに囲まれ思慕を向けられ楽しむものだ。

 だが、ランカスター王立学園という乙女ゲームはすんなり乙女を喜ばせてくれなかった。


「なんでっ!?」


 相川(あいかわ)早希(さき)は何回もやり直し、様々なことを試し、そして放り投げた。


「何このゲーム。めっちゃストレスたまるんですけど。王子は? 隠れキャラは?」


 乙女ゲームがキュンキュンしないとかありえない!

 ぼすぼすとクッションを殴り続け、しばらくしてからこんなはずはないだろうと情報を集めようとネットを検索する。

 早希と同じく苦情や怒りを発信している者も多かったが、その中に素晴らしき情報が入っていた。


 なんと、今までしていたのは本ステージではなかったということだ。

 いやいやいや、何それ? すぐにキュンってさせてよね!

 攻略していく喜びが少なすぎて、やっぱりううぅーって頭を抱えたくなるから!


 その情報に驚きで唖然とし、今までの時間を返してと誰もが思った。

 だけど、人とは不思議なもので、つぎ込んだ時間が長ければ長いほどやめてしまうのが惜しくなる。

 ここまでしたのだからなんとしても王子と結ばれるまでやってやると懲りずに意気込み、さらなる時間を注ぎ込む。


 相川早希も同じだった。

 その情報に歓喜し、さて萌えるわよーと意気込んだ。

 あまりにも興奮しすぎたので親友に熱い思いを語り聞かせ、事前調査でさらなる情報を収集し、さてやりこみますかとゲームの電源をつけたところで、親友の訃報を知った。


 好きな作家の本を帰宅途中に購入し、急いで帰る最中に事故にあったようだ。

 しばらくは何が起こったのかわからなかった。

 嘘でしょ。ドッキリだよねと。

 昨日、今自分が座っているところに彼女は笑って話を聞いていた。


 半信半疑でお通夜に出て、彼女の両親が泣いているのを見てようやく本当だったのだと知った。

 よくわからないままその夜を過ごし、お葬式にも出て、彼女の棺に彼女が読みたかった本が入れられているのを見て、もう会えないのだと、話すことができないのだと悲しくなった。

 そして、悔しかった。


「エリ、なにしてんの? 何が学校で寝ない程度に頑張れよ。あんたがずっと寝てたら意味ないじゃん」


 文句を言いながら、ぶわぁっと涙が溢れた。

 一度流れると、悔しくて、悲しくて、寂しくて、どう止めればいいのかわからない涙が次から次へと流れ出る。

 事故を起こした車も、そしてほんの少しでも落ち着いて行動していたらそんな目に遭わなかったのではないかと思うと、エリのうっかりにも腹が立つ。


 本が好きで腰を落ち着けて読んでいるから大人びて見えるが、エリは結構うっかりなところがあった。

 忘れ物もしょっちゅうだったし、一瞬落ち込むけど、まっ、いっかとすぐ復活するから、いつまでたってもうっかりが治らなかった。


「私の話、エリが聞いてくれなくて誰が聞いてくれるのよ」


 エリとは小学生の時からの友人だ。

 今でこそよくしゃべってうるさいとまで言われる早希だが、小学生の時はいじめられて無口だった。

 オタク気質はその頃からあって、一度集中すると他はどうでもよくなるし、人とどう話していいのかわからなかったからひどく陰気だった。


 どれもこっそりとだったが、気づけばハブられたり、物を隠されたりしていた。

 深く傷付いていたけど、別にって態度でいたから余計に周囲も腹が立ったのか、飽きられはするが次から次へと目をつけられていじめが減ることはなかった。


 そのことをエリが知っていたのかはわからない。

 何も言われなかったけど、多分知っていた。それでも、ある日席が隣になってから、早希ちゃんといると和むと言って一緒にいることを選んでくれたことがとても救いだった。

 エリと過ごすようになって明らかにいじめは減ったし、早希自身も笑うことが増えたので周囲の印象も徐々に変わっていったのだろう。


 中学生になる頃には見た目や物言いに気を遣うようになり、さっぱりそんなことはなくなった。

 いじめられた時にはまりだしたゲームの世界。オタクであることをある程度外では取り繕うことができるようになっても、早希の本質は変わらず大事なものだった。


 気づけば当たり前のようにそばにいたエリ。

 たまに勝手な叫びも聞いてくれて、それでいて変な気を遣わず、むしろ話を聞いてないよねってくらい小説の世界に入り込む姿を見て安心していた。


 はまっているものが違うだけで、表現の仕方が違うだけで、好きなものに一生懸命なのは一緒。

 エリは正義感が強いわけではないけれど、一度気に留めたら放っておけない性格なのだろう。そして、マイペースで目立つのが嫌いで、ほんと興味ないことは気にしない。


「ああー、なんか、幽霊になって出てきてもやっちゃったわーって言いそう。というか、本読めなかったこと気にしそうだよね。ほんと、なにそれ」


 しばらく何もする気も起こらず、好きなゲームも放置したままだった。だけどある日、あの日に置きっ放しのそれがとても気になった。

 エリが亡くなる前に話していたゲーム。

 なんだか縁があるような気がして、放置しすぎて充電がなくなっていたがつけてみる。


「そういえば、エリザベスとエリって名前もそうだけど、ひっそりしようとするところそっくりよね」


 パッケージを改めて見る。

 ランカスター王国っていうゲームなのだが、サブタイトルに、『密やかな彼女の願いを叶え叶えず、がっつり恋の自覚を』って小さめの文字で書いてある。


 正直、タイトルとバランスを見て、意味がわからんってなった。

 ランカスター王国ということは、国がベースの話なのだとはわかる。恋の自覚で恋愛ものってこともわかる。乙女ゲームだし。

 でも、叶え叶えず? というか、恋愛レベルがどれくらいなのかタイトルからはわからなかった。


 ぶっちゃけ、そこの会社の信頼度とイラストが非常に好みだったから購入した。

 やっぱりイラストは大事。そこで世界に入り込めるかどうか変わってくるし。


 あと、ちょっとがっつりというのが気になった。

 がっつり具合はどれくらいのものなのかで、こちらのモチベーションもまた変わってくる。


 それと、パッケージの隅っこに描いてある雲。よくよく見ると、ふわふわと雲が浮いているのはいいのだが、そこにちょろっと何か出ている。

 綿あめをイメージ? それにしては太いし波打ってる?


 いやいや、普通に幻想的に雲浮かべていたらいいのに、なんでそこ変な雲?

 今まで気にならなかったのに、タイトルといい一度気になると視線がいく。


 この妙なもやもやはエリの美術の絵を見たときと同じ感覚だ。

 真剣に描いてるから、笑えるところも笑いにくい。だから余計に尾を引いて忘れられない。


 一度、気になるとあれもこれもと妙にエリのことが思い浮かぶ。

 そうなると、ゲームの中のエリザベスが気になった。


 そして、ちょっとやってみるかと思ってやってみて、見事にまたはまった。

 今のところ萌えはかなり少ない。でも、気になる。

 エリザベスは何回やっても逃げまくるし、戦地に行って薬が爆発して頭を打って終わりって本当に意味わからん。


「その薬、エリザベスが作ったんじゃないの? いや、でもその横にいた青年が悪いのか。ああー、また始めからかぁ」


 頭を打って倒れるエリザベスを見て、こっちもごちって頭を打ちたくなる。

 悔しくて文句が止まらない。


「ちょっ、エリザベスが逃げちゃったじゃない。マリアは愛が重すぎるわぁ。前にゲームしていた時はここまでシスコンなんて思わなかったし。どうしてそんなに重いの?」


 ヒロインと絡ませるのにどちらがいいのか悩み、やっぱり姉妹のほうがいいかとマリアのターンからやりこんで、一生懸命妹であるエリザベスと絡めてみるのだが思った以上に難しかった。

 最初の頃なんて、全く恋愛ゲームではないかったからね。


 マリアは非常にモテるけどどうせ誰ともくっつかないし、今回はエリザベスと絡めると決めているからマリアの恋愛は進展しない。

 つまり現在、姉妹愛育成ゲームかと疑うくらい二人を絡めるのに必死だ。


「あと、エリザベス。ちょっとうっかりすぎない? そして、どうしてあっちこっちいろいろやらかすの。あっ、お母様が怒った」


 文句は出るがやっていくうちに愛着が湧く。

 うっかり具合とか、ひっそりしようとか、意外と能力があるエリザベスにエリの姿も重なるしで、早希はエリザベスの環境を整えるために必死になった。

 次第にマリアの絡め方もわかってきて、最善の形でエリザベスのルートを解放するのに緻密な計算をして、エリザベス自身の能力も底上げることに成功する。


「やったぁー! 王子全員絡みも成功。頑張ったわぁ。マリア、癖ありすぎたしやっぱ愛重いし。でも、あとはエリザベス次第だよねー。やっと、ここから乙女ゲームかぁ。うーん本当に?」


 不安に首を傾げる。

 正直不信感はまだあるけれど、変な形ではまっている自覚がある。

 王子とくっつけることは前提だけど、別に隠しキャラがよければそれでもいいけれど、どっちかというとエリザベスがエリザベスらしくどう進むのか見たい。


 だって、どうしても考えてしまう。

 うっかりとか、ひっそりとか、あと絵心ないところが妙にエリと重なって、最近流行りの転生で、エリザベスの中にエリがいてもおかしくないのではないかと。

 

「ま、非現実的だけど」


 エリがいなくなって悲しいし寂しい。

 けれど、エリは天国でも新たなに生まれ変わっていてもエリらしく過ごしてそうだし、私は私でここで生きていくしかない。


「なんか、エリザベスの幸せを最後まで見ないと落ち着かないんだよね。なんだろうなぁ。もう、私とエリのためにもエリザベス頑張りなさいよー!」


 相川早希は親友の死を悼みつつ、今日も今日とてうっかり虜になってしまったちょっと変わったゲームに勤しむのであった。




  第二部 彼女のこっそり行動はしっかりフラグを踏みしめる 完




ここまでお付き合い、評価にいいねとありがとうございます!


-NEXT 閑話 sideマリア 愛しのエリー。

こちらでなぜそこまで重度のシスコンになったのかも少し見える話です!

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