28.マリアと過ごす夜
母の長い説教に終始にこにこご機嫌なマリアと違い、私は時間が経つごとに憔悴し解放されたころにはへとへとになった。
「母様ったら、終わったことまでもあれやこれや」
ようやく解放され湯浴みを済ませ少しばかり気分は浮上したが、うむむぅっと口を尖らせベッドに腰掛け足をぷらぷらさせる。
そうそう。王子たちとの話の内容だが、それなりにいろいろ話すことができた。
昨夜のことがあったから無駄に過保護になった彼らに構われながら、互いに知りたいことを知れたと思う。
まず、双子とともにいた動物たちは予想通りキュウとリンリンで合っていた。
なぜ急成長したかは、私がパールとフリンと名前を付けてしまったから聖獣へと進化したのではとの見解だった。
急にファンタジー要素が降ってきて驚いたが、この世界の生き物たちはホクロウのことといい、いまだに私もよくわかっていない。
なので、言われたらそうなのかという感じではあったが、やってしまった感はあった。
思わずそろそろと窺い見たルイの表情が、またかと呆れたように目を細めて笑っていたので、私はへらっと苦笑で返すしかできなかった。
でも、知っていても名付けは避けようがなかったと思う。
拗ねてるとわかる態度は丸っこいフォルムと相まって可愛かったが、あの日はそばから離れないのに何度名前を呼んでもぷいっと二匹ともにそっぽを向かれ困っていた。
機嫌を取るようにあれこれ試み、彼らは生物名であって個体名ではないことを思い出し、なんとなく彼らにふさわしい名前はと思って軽い気持ちで呼んだだけなのだ。
その後の喜びようからほんわかするなと和んでいたのだが、名付けがそんな重大だったとは知らなかった。
もふもふと聖獣。一気にファンタジー感が増えた。
いや、あんなに小さかったのに人が乗れるほど大きくなるとか誰も想像つかないだろう。やっぱりファンタジーだ。
あとは、後始末の話。
結界の掛け直しと強化。捕まえた者は洗脳されていることがわかり、逃げた二人の正体や行方は分からずじまい。敵はどうやら洗脳魔法が使えることがわかった。
洗脳がどこまでのレベルなのか、今後調べる必要がある。縛りもなく誰彼構わずできてしまうのなら、かなり脅威だ。
しっかり調べ対策を立てていくとともに、洗脳を弾き返した私の持っているらしき力も同時に調べていくことになった。
いざという時に役に立たないとかありえないし、自分の力がどこまでのものか把握するのは大事なことだ。
それについては王妃様から話があるのだとか。
規模が大きくなってきて不安だが、出来ることがあるなら今からしておくべきなので近々王城に参上することになった。
いろいろ思い出し目を伏せて思考に入り込もうとしていると、それに待ったをかけるように来訪者がやってきた。
「マリア姉様、どうされたんですか?」
目の前には大きな枕を抱えたマリア。
状況が指し示すことは一つなのだけど、姉に対して諾々と受け入れる体制は危険なので一応問いかけた。
「もちろんエリーと一緒に寝るためよ」
「やっぱり」
呆れた表情を隠さない私を前に、マリアは意気揚々と語り出す。
「当たり前じゃない! エリーが不足して、不足して、せっかく屋敷に帰ってきているのだから離れ離れとか考えられないわ。学園に入ってから悲しみの涙で毎夜ベッドが濡れるくらいエリーとの時間が減ったのですから、ここにいるときくらいはいいでしょう? 昨日からいろんなことがあって疲れているかもしれないけれど、もう少し私とお話ししましょう」
すでに昼間に随分とくっついていたと思うが、ルイに馬車での時間を譲ったり、王子たちと話す際はそっとしてくれていたりと、配慮してくれていたことを考えると拒めない。
「そうですね。私も久しぶりなので姉様とゆっくり過ごしたいです」
「ふふっ。エリーからもそう言ってくれるなんて嬉しいわ。まだ誰のものにもならないでね」
「先に姉様なのでは?」
「あら、やだ。お母様も言ってたでしょう? 私は私が認める相手とエリーの縁談が決まってからでしか自分のことは考えられないわ」
「いえ。姉様の幸せのためでもあるのですから是非とも積極的に考えてください」
いくらシスコンでも、結婚相手とそれは別だと割り切ってほしい。
なぜ、当然のようにそこも私ありきなのだろうか。
「だって、ねえ。私たちのどちらかが婿を迎えて公爵家を継ぐことになるのでしょう? そしたらどちらかは嫁ぐことになるもの。それってお相手によって重要なことよ」
「わかっております。まだ具体的には想像つきませんが、ここ数年で具体的に話が進められることは理解はしています」
年齢順でいくと姉からのはずなのだが母も諦めたし、公爵令嬢の自覚を促されたばかりでこれからはそちらのほうも意識して動いていかなければならないようだ。
恋とかまだよくわからないしそれだけで成り立つ世界ではないのだけれど、そう考えられるようになったのは今までになく未来を信じている、信じたいと思う気持ちの表れのようで少しだけ心が浮きだった。
マリアが小さく笑って、私の髪をくるくると指で弄ぶ。
お揃いの色の髪をマリアはとても気に入っていて、ことあるごとによくいじってくるのはいつものことだ。
「だからね、私はエリーには心の望むままに選んでほしいの。ルイ殿下を始めエリーは殿下たちと仲が良いから、例えば、殿下たちの中だけでも誰になるかでどうなるか変わってくるでしょう?」
「…………」
「あら。ここで否定しないのね。いつもなら何も気づかず一刀両断でそんなことありえないって言うところだったのに。すっかり王族に絆されてしまって。昔はあんなに避けていたのに」
姉様が怖い。ちょっとの間で、私の心情の変化を読まないでほしい。
「母様に喝を入れられたところですから」
「ふーん。まあ、いいわ。たとえ殿下といえどそう簡単には認めないけれど、エリーの意識を変えただけでもよしとしましょう」
ちらりと流し目までされて、まさか馬車の中で何があったとか気づかれてる? ……まさかね。
「ちょ、どうしてそんな上から目線? 確かに私は王子殿下たちと仲が良いですし、身分的にもこの先そういった話がないわけではないことはわかっています。ですが、それは姉様も同じですよね? 知ってますよ。様々な権力者が姉様を取り巻いているのを」
「そうねえ。確かに心強い方たちばかりよ。それでも、エリー以上に惹かれる人がいないわ。だったら、やっぱりエリーがしっかり将来の旦那様を見極めてからのほうが私自身も目が向けれると思うのよね」
ほぅっと艶っぽく息を吐きながら、顎に手を当てる。
指で遊んでいた私の髪をマリアはひとまとめにして右肩に垂らすようにかけ、自身もお揃いに流すと満足とばかりにふふふっと笑う。
「このまま、私たち二人ともこの家に残って一生独身っていうのも魅力的なのだけど」
「それはさすがに無理ですよね。もし行き遅れて養子を迎えたとしても、お荷物になるようなことはしたくないですし。姉様もそうでしょう?」
「私はエリーがいるだけで幸せだから、どう転ぼうがいいわ。でも、お父様たちを悲しませたくはないので、やっぱりエリーからっていう話なのよねー」
ねーじゃないですよ! 結局話が元に戻ってきた。
いつもと同じようなシスコン発言だけど、今夜はやけに真面目というか具体的で、私は混ぜ返す気分でもなく小さく苦笑した。
マリアの性格や重度のシスコン具合を考えると、確かにって納得させられる。
それよりも今はそこはかとなく漂う重苦しさ? 簡単に冗談にしてしまえない空気のほうが気にかかった。
言葉に迷い姉を見つめると、がばりと抱きしめられ押し倒された。──いや、だからどうして?
行動はいつも通りすぎて、逆にいつものように気軽に返しにくい。
ぼすんと二人分の体重がベッドにかかるが、軽く沈んだだけ。
マリアが、「押し倒しちゃった。一度やってみたかったのよね」と楽しそうに笑う。
妹を押し倒す姉──、構図的にどうかと思うがそのあとぽんぽんと頭を叩かれ気が抜ける。
「さあ、横になりながら話しましょう。神経は興奮状態でまだ眠くはないかもしれないけど、身体は疲れているはずですからね」
いそいそと枕を設置し、ベッドの中央に私を誘導するとマリアはぴとりとくっついてきた。
またか、とこちらも慣れたもので驚きもしない。右側に姉の体温を感じながら、次に姉がどう動くのか何も言わずに待ってみる。
だが、しばらく無言をつらぬく姉が妙に気になって、耐えきれず私は口を開いた。
今日は本当に調子が狂う。
「マリア姉様は大丈夫ですか?」
自分のことばかり心配されているが、マリアも同じように縛られたのだ。
なんともないと聞いているが、姉のおかげで救助がくるまでの時間も稼げたし、あの場でもシスコンぶりを発揮していたからと言って何も考えていないわけがない。
疲れているのはマリアも同じだろう。
「そうねぇ。無事、エリーが十六歳を迎えたことだし、これからのことも考えると話しておいたほうがいいかしら」
「……何を?」
「大丈夫な理由」
「理由?」
望むような返答は返ってこなかったが、マリアの中では繋がっているようなので続く言葉を待つ。
「エリーは私の可愛い妹よ。世界でただ一人。あなたが産まれて小さな手で私の指をきゅっと握ってきた時といったら。その可愛さに電撃が走ったわ。絶対そばで必ず守ると誓ったの」
「理由について話すんですよね?」
「ええそうよ。ね、エリー。私たちは両親のおかげで容姿には恵まれてるわよね」
「……そうですね」
だから、理由についてだよね?
こうなってしまっては誰も姉を止められないと、マリアの好きなようにさせる。
「それから、どうして私の周りにたくさんの人がいると思う?」
「……? それは姉様が美しいからでは」
「ふふっ。ありがとう。見た目はいいに越したことはないものね。視界から入る情報は人を判断させるのに大部分を占めると思うから。初対面の人ならなおさらね。もちろん、エリーの素晴らしさを一番理解しているのはこの私ですよ」
「はあ…」
だから、理由!
大丈夫なのかって聞いたと思うのだけど、今のところどう繋がるかわからない。
マリアはふふっと甘く微笑んだ。
「エリーは私が大きな怪我も病気もしたことがないのに気づいている? 怪我も擦り傷程度だし、私自身が緑の能力を持ってるおかげでそれはないようなものだし」
「ええ。風邪も引かれたことがないですね」
言われれば、姉は健康体である。
私のほうがしょっちゅう熱を出し、擦り傷、切り傷は日常茶飯事であった。
私が寝込むたびに、マリアは勝手に部屋に忍び込んできてそばを離れようとしなかった。
ベッドに潜ってくっついてきたり、起きてみると椅子に腰掛けながら手を繋いでいたりと、どれだけ周囲が移る可能性もあるからと止めても姉のその行動は止まらなかった。
今も変わらない状況だなとつらつらと思い出していると、マリアが身じろぎしこちらに向く気配がする。
自分だけが上を向いているのはどうかと思い、私も同じように姉のほうへ身体の向きを変えた。
マリアがふわりと笑い、目を細める。
「だから、私は大丈夫なの」
綺麗な形をした瞳が、揺るがない意思を持って私を見つめる。
「…………それは今までがそうだったから、今回のことが大丈夫という理由にはならないのでは?」
「いいえ。これは覆されないわ」
「運が良かっただけとも考えられますが」
「そうよ。それよ。さすが私のエリーね」
「どれですか?」
何を褒められているのかわからず私が首を傾げると、浮世離れした愛らしさを持ってマリアがにっこり微笑む。
造形が美しいだけでなく、マリアの持つ独特の雰囲気が人々を魅了してやまないのだろう。
「運よ。私は幸運値が高いの。明確な数値は出せないけれど、そういう加護があるのではと神殿から言われたそうよ。八歳の誕生日に父様たちが秘密だと教えてくれたの。悪用する人もいるから、誰にも言わないようにって。年頃になるにつれて、周囲も騒ついてきたから自衛するようにって」
「確かに神殿では時おりそういった神託がされることは聞いてましたが、マリア姉様にもあったのですね。すごく納得です」
それはもともと持った緑の魔力と相まって、聖女化されるはずだ。
初めて知ったが、これまでの記憶も込みでそういうことだったのかと目から鱗が落ちた気分だ。
妙な感心と長年の問題が解決したような気分でいると、マリアがそっと目を伏せて再びその瞳に私を映す。
その姿は精緻な人形のように美しく、普段の妹に対する言動さえなければ、清廉な空気を感じれただろう。
「だからかしら、周囲は私のそばが心地よくて離れようとしないのよ。それに一緒にいることで恩恵を感じるようで、運気が向上しているって言われるわ」
ふふふっと笑いながら、私の両手をぎゅっと握ってくる。
私は姉の行動よりも言葉にひっかかりを覚え、ほどなくして目を見開いた。
「まさか、マリア姉様!」
「なぁに、愛しのエリー」
「……やたらとくっついてきてたのは」
「ええ。もちろんそれも理由の一つよ。だって、エリーは幸せになってくれなくちゃ困るもの。でも、まだまだだわ。昨夜も結局エリーは怪我をしてしまったんだもの」
「それは姉様のせいではないですよ」
もしかしたら昨夜姉がくっついていなければ、私はまた頭ぶつけて転生を繰り返していたかもしれない。
動機に不純物はたくさん混ざっているが、私のためを思っての行動だったのだ。
それが作用していようと、していまいと姉の気持ちは受け止めるべきだ。
「証明しようがないから悩ましいところなのよね。昨夜も肝試しだと怖がるエリーがぴったりくっついてくれるから良いと思ったのよ。運気も向上させて、ついでに私の心のオアシスを潤わせたかったのにあんなことになって悔しいわ。まだまだ精進が足りないのね」
まだ、何かを頑張るらしい……。
十分、愛を感じるのでこれくらい、というか減らしてくれてもいいくらいなのだが、この様子ではまだ増していくのだろう。
「マリア姉様は今のままで魅力も力も、そして私への気持ちも十分だと思うのですが」
「いいえ。まだまだ足りないのよ。もっともっとエリーのために考えるわ」
「……その、十分って言ったのですけど聞いてませんね? えっと、そうですね。そこまで思われて私はとても幸せだということだけは伝えておきたいと思います」
「ええ。伝わって嬉しいわ。だから、これからも出来る限りくっつかせてね」
「…………」
そこに持ってくるのがマリアらしいと感心と呆れが混ぜ返りなんとも言えない表情で黙っていると、マリアがにこぉっと念を押してくる。
「エリー。ちゃんと返事しましょうね。ほら、はいって言って」
「──……はい」
「たくさんたーくさんくっつきましょうね。これでわかってくれたと思うのだけど、私は大丈夫だからどれだけ巻き込んでくれてもいいし、むしろ一緒にいることでエリーの危険が減るはずよ。ふふふっ。大手をふるってこれからもエリーを構えるなんて素敵よねぇ」
本音だだ漏れな姉に笑った。
いろいろ知ったけれど、結局は姉がシスコンなことは頑として変わらないことはわかった。
――うーん。これはどういうこと?
初めて知った姉の加護であるが、その加護があるからこそマリアは余計に助長して私に構ってくるのだろうか。それとも関係ないのか。
転生を繰り返すうちに、重度化していくシスコンの理由もわからないままだが、十六歳越えはマリアのその加護も関わっているのかもしれない。
離れていたらその加護が足りなくなって終わり。絡み過ぎだと、今から思えばだが、マリアを独占したい周囲の影響に巻き込まれ終わり。
なるほど。だから、ほどよく姉と絡むと壁を乗り越えられたのか。
結局のところ、わかったところでどうしようもないことがわかったけれど、少し解明できたようですっきりはした。
姉の話から考えると、やはりソフィアにもきっと理由があるはずだ。やはり避けるのではなく、可能ならば絡んでいくのが正解なのだろう。
明確な目標ができると、妙なやる気に満ち溢れる。
今までにないくらい成し遂げた十六歳への壁の成果に、肩の荷がわずかに降りると緩やかに心地よさが身体中を支配する。
私はマリアにぎゅうっと抱きしめられながら、新たな決意とともに睡魔へと身を委ねた。




