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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第五章 これから

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27.テレゼア公爵家


 屋敷に入るなり公爵家当主である父がつかつかと走り寄り、私の脇下に手を入れ抱き上げた。


「エリー! 無事でよかった」


 小さな子を高い高いするように持ち上げると、冷たいと評判の鋭利な眼差しでじっと見る。整いすぎて滅多に笑わないと言われる父は、家族の前ではそれなりに表情豊かになる。

 ルイもいるが、公認なのかなんなのか私の親しい友人として認められているからこそ、ここが屋敷内ということもあり父も全くといって取り繕わない。


「心配かけてごめんなさい」

「いい。こうして無事に帰ってきたのだから。お誕生日おめでとう」

「ありがとうございます」


 そっと降ろされて、私はドレスの裾を掴みお辞儀をした。

 首元に白のレースを取り入れた紺のデイドレスは、少しばかり肌感が見え隠れする。

 堅苦しくなく柔らかに仕上げ、背面をふっくらと見せる流行りのドレスだ。そこにもたっぷりとレースが使われている。

 いつもに増して気合の入った姿はマリアの趣味全開で、もちろん私に似合うよう仕立てられたものだ。


「とても綺麗だよ」

「ありがとうございます。姉様のお墨付きです」

「ああ、マリアはエリーをよくわかっているからね。いつもに増して輝いて見える」


 ふむ、と頷き全体を眺めていた父が首元のレースに視線を止め苦笑すると、そばにいたマリアがふふふっと笑い、私の腕を再び組み直し横に並んだ。


「お父様、当然ですわ。今日は可愛いエリーの十六歳の誕生日です。エリーに似合うものを揃えましたから、エリーが可愛くないはずはありませんわ」

「そうだね。二人とも私の可愛い娘だよ」


 そうだね、と父は深く頷き眩しそうに私たちを眺める。


「ええ、お父様の愛はしっかり感じております。その上で、とくと私たちを見てください。お父様がお気づきのように、私も色や形は違いますがお揃いのレースを使っております。天使なエリーが白で私は紫。ふふっ。心のメモリーも朝から潤って、アイデアがたくさん浮かびますわ。これからもエリーの可愛い姿はたんと見ていただけること間違いないでしょう」

「ああ、マリアの見立ては間違いないね。そして、抜け目ないところも相変わらずだね」

「ええ。お褒めいただき光栄です」


 うふふっと心底嬉しそうに笑い、そのまま私のほうに顔を寄せてきた。

 こういう仕草は美しい顔立ちの姉は本当に様になる。あと本気で嬉しがっているのが伝わってくるので、我が姉ながら可愛くも思える。


 だが、少し離れたところでマリアお抱えの絵師が一心不乱に絵を描いているのが見えて、私は遠い目をした。

 本当に姉は抜け目ない。


「マリアが嬉しそうで何よりだよ」


 父はもともと気づいていたのか小さく肩を竦め、そこで視線はルイへと移した。


「ルイ殿下もようこそおいでくださいました。昨夜のことで娘が本当に無事であるか確認せずにはいられず、すぐに挨拶せず申し訳ありません。駆け付けていただき、娘を気遣っていただきありがとうございます」

「当然のことです。エリーは僕にとっても大事な人ですから。挨拶も気にしていません。むしろ、彼女を送り届ける大事な役割をいただき感謝しています。そして、大切なご息女の祝いの席に同席を許していただき光栄です」

「ルイ殿下とは付き合いも長いですからね。あと、馬車の件はよくわかってらっしゃる」

「父様!」


 何を言い出すのかと声を上げると、私の瞳よりも濃い紫の瞳が私を見据えた。


「だってね。昨夜から気が気ではなく心配ですぐにでも迎えに行きたかったのに、マリアがルイ殿下に譲ったって言うから我慢したんだよ。エリーも望んでることだって言ってたからね。天地がひっくり返ってでも普段のマリアなら一緒に帰ってくるところなのに、そのマリアがそう言うのだから余程のことだと思ってこうして待っていた」


 姉様に対する信頼する基準がおかしい。知っていたけど、やっぱりおかしい。

 あの姉にして父だ。自分のことは棚に上げて思う。

 父の言葉は続く。


「ただ、到着してもなかなか扉が開かなかったから、あと数秒でも遅かったら叩き切っているところだったよ」


 はははと爽やかに笑いながらも真顔でルイを脅す父の冷ややかな双眸に、私は頬を引きつらせる。


「それは申し訳ありません。昨夜からの混乱で少しでも長くエリザベスと二人きり(・・・・)で話したかったもので。テレゼア家の気遣いのおかげでしっかり話すことができました」


 ルイは平然と受け流し、むしろ、若干挑発している気もしないでもないけれど、そこはさすが王子。

 相手が氷の公爵と言われる父でも一歩も引かない。


「……そうですか。娘がこうして元気な姿が証拠ですからね。必要なことだったのでしょう」


 一瞬、すっと目を眇めたが、ふっと目元を和らげ肩を竦めた。

 父も、口にしていたが信頼があるからこそのこの態度なのだろう。昨夜のことで多大な心配をかけさせてしまった身ではあるので、父ばかり責められない。


 多忙な父とこうして会うのは久しぶりである。

 昨夜も部下を血祭りにして娘のもとに駆けつけようとしていたらしいが、命に別状はないということで泣く泣く仕事をしていたらしい。


 事件が事件である。

 情報は新鮮度第一と夜通しで後始末と対策のため父だけでなく各所が動いたが、娘のもとに行けないのなら、娘を危険にさらした者を自らの手で始末してやると、恐ろしいブリザードが吹き荒れていたとか。


 これで一通り、父の洗礼は終わったと見ていいだろう。

 あとは、と意識を向け、私はきゅっと唇を引き結んだ。


「エリー」

「はいっ! お母様」


 父の横でずっと沈黙を貫いている母に名を呼ばれ、びくぅっと背筋を伸ばした。

 扇子で口元を隠した母は一層感情が見えなくて、緊張する。


「今日はあなたの誕生日ですので、母としてはお祝いに専念しようと思っております」

「……それは、ありがとうございます?」

「なぜ疑問系なのでしょうね」

「それはお母様の圧が強いからではないでしょうか?」

「まあっ、圧を感じるということは後ろめたいことがあるということね。あなたの元気な姿を見られたのは嬉しいことですが、今回のことは心配で食事が喉に通りませんでした」


 お祝いに専念すると言いながら言わずにいられないと、琥珀色の瞳で穴が空きそうなほど見られる。

 ちなみに、私の瞳の色は父、髪は母譲りである。


「あなたが生まれてから十六年。それはもう驚かされることばかりでした。私の顔に無駄なしわが増えないかどうか心配だわ。一気に老け込んでしまったらどうしましょうか」


 年齢不詳な母が、ふふっと少女のような軽やかな声で笑う。


「あら、お母様。お母様の玉のような肌にしわなんてあるわけがありません」

「いいえ。あなたが何かするたびに、ほら、こことここよ。昨夜で一気に老け込んだ気がするわ」

「いやだ、お母様ったら。しわとは年月とともに蓄積されるもの。たった一日で増えるわけがありません。しかもそこは眉間じゃないですか。そんな器用なところはいくらお年を召したとしてもずっとしかめっ面していない限りつかないのではないでしょうか」


 意気揚々と告げると、母がぴしりと固まった。

 そして、ほほほほっと笑う。


「年月とともにねぇ……。なら、私はほかの夫人より早くしわくちゃになってしまいそうね。覚えがないとは言わせませんよ」

「あるような、ないような。いえ、ありません! それに昨夜のことは不可抗力です。もし心配で、それが私のせいだというのでしたら、責任持ってお母様のために新たな化粧水をプレゼントします」


 この先できる母のしわが自分のせいにされてはたまらないと、ふんぬっと提案する。

 薬草をあれこれと研究していく過程で、いくつか化粧水や乳液を作ってあった。


 こちらの世界は商品に何が入っているのか書かれていないので、それなら自分で作った安心のものをと思ったのが始まりだったのだけど、いつしかそれらも商品として売り出し現在順調に利益を上げている。

 なので、商品化したのなら、飽きられないようにさらなる上を目指すのもやぶさかではないので提案してみたのだが、目くじらを立てた母に速攻却下された。


「あなたにもらったものは十分に効能を発揮していますので、それ以上は結構です」

「ええー。とっても良いと思うのですけど」

「眉間にピンポイントなんて世の女性をバカにしているような商品は入りません。あなたは学生なのですから、ほかにもっとすることがあるでしょう。こんなに口も達者になって、そろそろお淑やかになってもいいころですのに、ね。昨夜は探索に勤しんだとか。後ほど、マリアとともにお説教ですからね」

「うっ」


 パチンと扇子を閉じてにっこり笑う姿は、姉様にそっくりです。三十歳を超えているはずなのに、いつまでもその美貌は衰えていない。

 母のこれは、とても心配した上でなのだというのもわかっている。


 母も娘の誕生日に小言を言いたいわけではないだろうが、それだけ心労をかけさせたということなのだ。

 そして、一緒にお説教と言う言葉に、マリアが嬉しそうにしがみついてくる。


「エリーと一緒なら何時間でもいけますよ」

「私は遠慮したいです」

「もう、エリーったら。お母様の小言も愛情のうちなのよ。心配させたのですから、しっかりと愛情を受け止めましょうね。二人で」

「……はい」

「エリーは私が守りますからね」


 嬉しそうに語るが、その瞳は思った以上に真剣だったので私は頷いた。


「マリア姉様、ありがとう」


 昨夜も、今までも、そしてこれからも。

 私は心から姉の存在に感謝していた。


 言動はまあ相変わらずではあるけれど、昨夜のことがあってから、今までのことを振り返って見て、姉なりに何か思うことがあるのかもしれないと感じる場面がいくつかあった。


 重度のシスコンだけど、ただ妹が好きだけではない姉なりの強い思いみたいなのを感じている。

 それが繰り返す生とどう関わっているのか、全く関係のないことなのかわからないけれど、昨夜の危機にそれらは心強く、そして助けられたことは確かだ。


「皆様、そろそろ大広間のほうへ」


 頃合いを見ていた執事が、そこですかさず話に入ってきた。

 先代から勤めている老執事は、よくこの家族のことを理解している。


 一通り家族の儀式を終えたとみなし、いつまでの玄関ホールですることではないと、今日がどんな日であるかを改めて教えてくれる。

 一つタイミングを間違うと、さらに長くなるのでこの見極めは執事ならではだ。


「エリーは最後にルイ殿下と一緒に入ってきてね」

「任せてください」


 マリアの言葉に、ルイが私よりも早く反応する。


「えっ?」

「主役は最後がいいからね」


 姉の言葉に、家族は先に中へと入っていく。

 招待客の出迎えとかはしなくていいのかと戸惑う私をよそに、ルイが手を差し出した。


「お姫様、お手をどうぞ」

「え、ええ」

「大丈夫だよ」


 いつものように穏やかに微笑むルイの手を取ると、騎士が扉を開く。

 問答無用で足を進めて、目の前の光景に目を見張った。


「うそっ」


 思わず声に出すと、ルイがくすりと「サプライズ成功だね」と笑い席へと誘導する。

 サプライズもサプライズ。出迎えするはず来客が先に来ているとはどうなっているのか。


 公爵家令嬢の誕生日。内輪だけといっても誰も呼ばずにはいかないので、数名のクラスメイトに招待状を送っていた。

 目の前にはドリアーヌ、サラ、オリビア、ミアといったよく一緒にいる友人たちはもちろんのこと、シモン、サミュエル、ジャック、エドガーと、王子たち勢ぞろいだ。


 王族の子息が公爵家に揃うのは勢力問題など心配だが、王様じきじき遠慮せず全員招待してもいいよ、むしろ、そのほうが軋轢なくてすむからみたいなことを事前に通達とともにプレゼントも頂いたので、このような豪華なメンバーが揃うことになった。


 ほかにもクラスメイトと、顔と名前だけ知っている人もちらほら見かける。

 年代が近寄った有力貴族も招待されているので、抜かりなくバランスは取っていると思われた。


 ささやかにとお願いしていたのだが、ざっと見て未成年だけで三十人、そして親や従者、ここの使用人や護衛も含めるとなると百人は超えている。

 ちっともささやかではないが、公爵家令嬢として致しかたない。


「母様」

「エリーも年頃ですからね」


 今回を取り仕切ったであろう母に視線を向けると、ぴしゃりと言われる。私を見る視線はこちらの反応をつぶさに観察し逃さぬとばかり。

 私はダラダラと汗をかき、にこっと微笑み後ろに下がろうとしたけどパチンと扇子の音をさせて動くことを許されない。


「逃げてはダメよ。私はマリアに言い聞かせるのは諦めたの。というよりは、あなたをどうするか決めないとマリアが動かないことを思い知らされました。マリアだけでなくあなた次第の案件はいろいろありますし、そろそろ公爵令嬢との自覚を持って動いてもらいますよ。もう十六歳ですものね。あなたも立派なレディよ」


 社交の場を避けまくってきたのを許してきたのだから、そろそろしっかりこなしなさいとの圧力がかかる。

 あとはやはり娘に甘い両親なので、無理強いはせず選択肢を増やさせるため、この機会に場を整えたのだろう。


 仕方がないので腹をくくる。

 この世界に生きると強く決めたのだから、先々のことからも逃げるつもりはない。

 貴族の子女としての義務は理解しているつもりだ。


「わかりました」


 素直に頷くと、母様は驚いたとばかりに目をまん丸にした。失礼な。


 厳選されたであろう彼らは、これから公爵家と私にとってうまく動けばプラスになる人物たち。

 養子はとっておらずこれからも取るつもりはないと言っていたので、将来は私か姉のどちらかが婿を迎え、どちらかは他家に嫁ぐ。

 どうなるにせよ、いつまでも相手を決めないのも問題なので、姉のこともありまずは私から方向性を決めたいのだろうい。


 というか、両親たちはゲストを放っておいて私のもとに駆けつけていたのか。

 我が家の使用人たちが丁重にもてなしてはいるだろうし、大々的なものではなく内輪のものとしているからいいのか。

 なんとなく、テレゼア公爵家だからでまかり通っている気がするけど。


 我が家のあり方を鑑みながら、つくづく今回の両親のこの動きは今までになく変わっているなと、たくさんの人にお祝いの言葉やプレゼントをもらい、一時間後、ようやく人心地がついた。

 やっと自分のペースで公爵家自慢の食事を堪能していると、待ってましたとばかりにすでに挨拶は終わっていた第四王子、第五王子であるジャックとエドガーに手を取られる。


「ねえ、僕たちだけで話たいのだけど」

「静かなところで話がしたいです」

「では、あちらにでも行きますか?」

「「うん」」


 私も昨夜二人が連れていたあの大きな動物たちが気になっていたので、ここでは話せないこともあるし、バルコニーのほうへと移動する。

 やはり顔を合わせて昨夜のことを一つも触れないのは互いに落ち着かない。


 そこに当たり前のように、ルイ、シモン、サミュエルが続くが、周囲は誰も何も言わない。

 昨夜のことは知られているのか、現在の私たちの関係からかは量りかねるけれど今はありがたい。


 すぐさまテーブルと椅子を用意され、五人の王子が私を囲むように座った。

 そこで王子たちから改めて誕生日の祝いをいただき、びっくりするほどのきらきらを全方向から浴びながら、一通り談話したところで昨夜の話、掴んだ情報の交換を行った。




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