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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第五章 これから

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sideルイ 意識


 密着していたエリザベスの肩の力が本当の意味で抜けたことを確認し、ルイは安堵した。

 ついでに、頬をひと撫でしてみる。そちらは完全にルイの欲望だ。


 ()れたいから触れる。(さわ)れる時だから触る。

 今は二人きり。邪魔するものがないのに、心の内をさらけ出したルイはエリザベスが本気で嫌がらない限り我慢する気もなかった。


 一度伝えた思いはそれで満足することもなく、次から次へと溢れ出る。

 よく今まで我慢していたなと思うほど、(とど)めることができない。


 止める気も起きないくらい伝えることが嬉しい、知ってもらえることが幸せだとルイの中で彩る。

 ルイにとってエリザベスはかけがえのない存在。それを改めて実感する。


 意識的に深呼吸をして、痛がるエリザベスの額にごめんねとキスを落とす。

 あっ、また赤くなった。可愛いな。

 今まででは考えられない反応に、堪えようとしても、視線が、神経がエリザベスへと向かい、口元が緩む。


 意識してもらえることが嬉しすぎて調子に乗ってしまったが、ようやく話をしてくれるこの機会をむざむざ逃したくはない。

 エリザベスの信頼に応えたい。その気持ちを強くする。


 ルイにとって、エリザベスがエリザベスらしくいてくれること、笑ってくれること、それが一番だ。

 今まではもどかしいながらも見守るだけで良かった。

 だけど、それではもう足りないのだと知った。

 今回のことで、そこに危険が伴う可能性があるのならだけ(・・)ではもう無理なのだ。


 それに、うかうかしていたら他の者に取られてしまう。

 年頃になるにつれて、綺麗になっていくエリザベスの魅力に気づく者が増えてきた。


 入学当初は優雅な公爵令嬢から、たまに想像つかないほど活動的な姿に周囲が若干引いていたが、そんなもの日々過ごしていく中で慣れていく。

 慣れると、それは個性として受け入れられむしろ公爵令嬢であるお嬢様から出るとは思えない発想力や言動は頼もしくさえ映る。


 ほとんどの者が、エリザベスの身分より下になる。

 身分のため、彼女の父であるテレゼア公爵が怖くて諦めが先に立ち恋愛感情を持って見ている者は少ないだろう。

 しかも、周囲を王子が固めてしまっているので高嶺の花だ。淡い恋心を抱いたとしても、そっと仕舞い込む者が多いだろうことは簡単に予想できる。


 クラスメイトにとって、一度は彼女の行動に驚き何かしらの好意を抱いたそんな高嶺の花だが、うっかりが多くてフォローが必要なこともわかってきた。

 それはいまだに試行錯誤中の変な詠唱のせいだ。そのせいで、親しみが増してしまうのだろう。


 なので、概ねクラスの者は男女関係なくエリザベス警備隊として動いている。

 主な仕事は、エリザベスが怪しい動きをしたら周知。これは、たまにトンデモナイ事に巻き込まれることもあるので、自主防衛のためでもある。


 あとは、エリザベスに良からぬ動きをする者がいたら、エリザベスに気づかれる前に排除。

 本気でやばいと思ったら、ルイたちに報告が入る。それまでにこちらも把握しているが、情報は多いにこしたことがないので聞いている。

 そんなことを繰り返すうちに、報連相のシステムがいつの間にかできていた。


 これはドリアーヌ・ノヴァック公爵令嬢を初っ端にやり込め心酔させ、その後もうっかり自重を忘れたエリザベスが原因だ。

 反省しても、どうしてもうっかりが多いエリザベスは開き直りも早いので、すべてを止めることはできない。

 すっかりエリザベスに心を奪われた令嬢たち、ドリアーヌとサラ・モンタルティ男爵令嬢やほかの令嬢たちもそれなりの身分や伝が広い者も多く、結託してエリザベスの心のままにと動いている。


 その中で、やはり一番影響力があるのはドリアーヌ。彼女の父であるノヴァック公爵は財務省のトップだ。

 彼を怒らせて予算を削られたくない部門はどこも一緒であり、公爵自身品行方正とまではいかないが、厳格な事で知られているので賄賂などは通じない。ただ、一人娘に対しては非常に甘い。


 なので、それらの職についている両親から、心象を悪くさせるな、できるなら仲良くなるようにと、口すっぱく言われていることだろう。

 当然、テレゼア公爵も怖いが、こちらは良くも悪くも外相。よほどのことがない限り、己の仕事に変わりはないので下手なことはするだけだろう。


 そんなわけで親からのプレッシャーという忖度をドリアーヌにと思うと、その先にはエリザベスがいる。なので、自然とエリザベスの行動は尊重されるという図式ができる。

 現在、エリザベスを囲う周囲の令嬢のおかげで、クラスは一致団結。

 国の王子たちよりも、もしかしてエリザベスへの関心のほうが強いのではないかというくらい、エリザベス関連での動きは早かった。


 王子の一人である自分も思うところはあるし、シモンやサミュエル、側近たちもだが、皆諦めの境地だ。

 なにせ、どこで何をしでかすかわからないので、周囲が勝手に動いてくれるならそのほうが安心だ。


 ──これが、エリーなんだよね。


 昔からそうだ。まっすぐな彼女は意図せずして周囲を巻き込んでいく。

 彼女を気にかける相手がいることは誇らしく、同時にどこか飛んでいきそうになるエリザベスの見張り……いや、守りにもなるので良いことなのだが、一定数のライバルの存在に男としての焦りはどうしても出てしまう。


 エリザベスと仲が良い異性はルイであると自他とも認識はあるが、それがいつまで続くかわからない。

 それに、今回のように知らない間にエリザベスがいなくなることもあるのだ。

 昨夜のエリザベスの失踪は、ルイの中で抑えていたものが一気に溢れ出てしまった。


 ルイはいまだにエリザベスに触れることを止められない己の行動と、話を優先すべきだという思考のちぐはぐさを感じながら、結局はエリザベスが照れているだけで嫌がっていないから触れるくらいいいかと自分を許す。

 守りたい気持ちと、誰よりも近くにエリザベスを感じていたいという気持ちを分けることはできない。


 今年十六歳になる青年に、高鳴る恋心の入り混じった気持ちを抑えることは難しい。

 ましてや、自分の腕の中にいるのだ。手を出さないでいることができるだろうか。


 なんとか邪なる心は押し殺し、少しでもエリザベスが話しやすいようにいつものようににっこりと微笑む。

 周囲がどのように変わろうとも、ルイにとってエリザベスが一番であることは揺るぎない事実だ。エリザベスがそばにいるだけで、自然と笑みが浮かぶ。


「では、どうぞ」

「どうぞって」

「言っておくけど、何を聞いても驚かないとは言えないけどエリーの味方だからね」

「……うん」


 こくりと頷きエリザベスは笑おうとしたが、小さく口端を上げただけで笑えていなかった。

 それだけ、エリザベスにとって尊厳にも関わる大事なことなのだろう。


「エリー。僕は君が何よりも大事だから」

「ルイ……」


 そう告げると、へにゃりと力なく笑い自分の名を呼ぶ。

 そのことにくすぐったさともどかしさを感じながら、この思いが本気であることを知ってほしくてじっと見据えた。


 自分を見返す菫色の瞳はゆらゆらと揺れながらも、強い意志を見せる。

 ああ、この瞳だ、と心臓がぐっと高鳴った。


 はたから見ておかしな行動でも、いつもエリザベスは真剣だった

 瞳はひたとそこに据え、達成するまでは手を抜かない。


 その瞳にとらわれるたびに、ルイはエリザベスを希求する思いを強くした。

 エリザベスのことを知りたいという欲求が止まらない。


 昨夜、もし間に合っていなければどうなっていたのか。

 それを考えると、胸の痛みなど生ぬるいくらい、暗闇に落とされたような感覚に陥る。


 エリザベスがいなければ、ルイはルイとしていられない。そう思うほど、ルイの中でエリザベスの存在は大きい。

 エリザベスを失えば、息をすることはできてもそれだけになってしまう。


 視線を下げるだけで視界に入るエリザベスの首と手首にうっすらと残った痕をじっと見据え、ルイはエリザベスに気づかれないように眉をしかめた。

 ふつふつと怒りがこみ上げるが、それを悟らせるわけにはいかないとゆっくりと息を吐き出す。

 怖い思い、不安な時間を過ごした彼女をこれ以上つらい目に合わせたくない。


 するりと頬を撫でて、そこにエリザベスがいることを確認する。

 滑らかな頬の感触が、ルイの怒りを煽る。

 彼女を縛り傷つけた奴らを許す気はない。学園を、国を脅かす存在をこの国の王子として放置するわけにはいかない。


 確かめたくて、触れたくて、気持ちのままに少しでも早く良くなってほしいと傷跡をそっと撫でる。

 治癒魔法でほぼ治ったとはいえ、痛々しい。白く細い首は、屈強な男が軽く力を入れただけでぽきっと折れてしまいそうだ。


「エリー。教えて」

 

 今までずっと遠いところにいると思っていたエリザベス。

 どれだけ近くにいても大事な部分は近寄らせてくれなくて、見せてくれなくて、近寄ればもっと遠いところに行ってしまいそうだった。


『ひっそり。ひっそりが幸せへの道なのよ』

 彼女の口癖のようなセリフ。


『こうして野菜作って、たまに木に登って平和な街を眺めて、あんなことやこんなこともあったなって、ああのんびりとしたいい人生だったなっと振り返れるような人生にしたいの』

 野菜の苗を一緒に植えていた時に聞いた言葉。


 何を思って動くのか。何を考えてそんなことを言うのか。

 ずっと不思議だった。心配だった。


 だけど、今は立ち止まって手を取ろうとしてくれている。暴いていいと、そこで待ってくれている。

 そのことが、どれだけ嬉しいことかエリザベスにはわからないだろう。


 エリザベスに告げたように、今すぐこの思いを受け止めてほしいとは思っていない。

 いつかはっきりするその時まで醜い嫉妬にかられようとも、この先苦しい思いが待っているのだとしても、彼女が自分を排除しないでくれるだけでいいのだ。

 エリザベスに降りかかるつらい思いも、自分が肩代わりできるなら喜んでする。


 ルイは切に願う。

 何があっても守るから僕を信じて、そして意識して、と。


 昨夜の悔しさを忘れないように。

 今の思いを忘れないように。

 もう、二度と彼女を傷つけさせない!


 エリザベスと過ごすようになってから、自分でもコントロールのできない感情をいくつももてあましながら、ルイはエリザベスの柔肌に痛々しく残る傷跡を何度も何度もそっと撫でた。




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