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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第五章 これから

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25.意識


 無駄に流れるルイの色香に当てられながら、どこから話そうかと必死で考える。

 考えようとはするけれど、さっきのルイの言葉だとか、『恋愛』は考えられないと言ったそばから、どうしても気になってちらちらとルイの様子をうかがってしまう。


 何よりこの距離。頬に当てられた手。

 大切なものを扱うように優しく撫でられると、思わず頬を同じように寄せてすりっとしてしまいそうになった。


 こうなって今更気づかされる事実。

 ルイに慣らされすぎなのでは? 甘やかされすぎなのでは?


 自分の身体なのに、心なのに、ルイがそばにいるだけで肩の力が抜け、勝手にほわんと和みにいっちゃうのはいかがなものか。

 ほら、今もずっとすりすりされたら、ごろにゃーと身体が甘えそうになっている。


 男女の距離にしては少しおかしいなと思っていたことも、いつの間にかそれが当たり前になっていて境目がルイに対しては曖昧だ。

 あれやこれやと様々な経験とともに一緒に過ごしてきた相手に、ガードが緩くなるのは当然のこと。


「エリー。甘えていいんだよ」

「いえ、ちょっと……」


 この指やめてーっといやいやと首を振ると、ぴたっと動作を止めたルイはじろじろと私を見下ろし、驚いたように目を見張った。


「もしかして、さっきの意識してる?」

「…………」


 言われて、ぶわぁっーとあからさまに顔が熱くなった。

 いや、意識するに決まってるでしょ。さっきの今だよ?

 どれだけそっち方面疎いと思われてるのか。


 好きだと言われて、嬉しいと思うくらいにはルイのことが好きだ。

 それが恋愛かどうかわからないとしても、簡単に誰かに渡したくないというくらいには独占欲はあるつもりだ。


 応えられないうちはそういうことを出す気はないけれど、過ごした年月を甘く見ないでほしい。

 さすがに失礼すぎないかとむすぅっと睨むと、ふふっとルイが笑う。


「そっか。全く異性として認識されていないのかと思ってたから」

「そんなわけないでしょう」


 さすがにそれはないよね。ちゃんとルイが男の人であること、この国の王子であることはわかっている。

 面白くなくて私はますますむすぅっと頬を膨らませた。


 すかさず、膨らませた頬をぶにっと指で押される。

 ぷすぅっと抜ける空気としおれていく頬を見て、ルイが嬉しそうな顔で笑った。


 ふわふわっと柔らかい空気は今までと一緒なのに、男らしく削ぎ落とされていく頬を意識した瞬間、精悍な顔立ちがやたらと格好よく見える。

 おかしいな。ついこの前まで感じていた可愛らしさはどこいった?


 今までの関係を思うと困る気持ちもあるけれど、やっぱり好意の言葉は単純に嬉しい。過ごした時間も短くもなく、その間ずっと見てくれた相手だ。

 自分でもそわそわとする気持ちを持て余し、これ以上押されてなるものかときゅっと頬を窄める。


「ふふっ」

ひょっ(ちょっ)りゅい(ルイ)!?」


 抗議の言葉を上げてみるけれど、それにもかかわらずどこまでも押してくるルイ。

 これは完全に遊ばれてる。こっちはドキドキしているのに、ルイは余裕あるように見える。


 なんだか悔しいなとじとーっとその手を睨みつける。

 手首一つとっても、自分より太い。


 一向に離れる気配がないのでルイを睨みつけようと視線を上げて、私はぱちくりと目を見開いた。

 ルイの緑の瞳は、ハチミツがとろりとかかったように甘く自分を見つめている。ハチミツにまぶされるのではないかというくらい甘い。


 ひゃぁぁぁ~!

 ルイがご乱心。こんなのご乱心のうちに当てはまらないのだろうけれど、自分を見つめる眼差しが甘すぎやしませんか?


 いやいや、これから大事な話をするんだよね? 聞きたいんだよね?

 私もここまできたら話したいんだけど……、きらきら、甘々が眩しすぎる!


 ルイってば、急かす気はないと男らしく宣言してくれたけど、手加減してくれる気はないみたいだ。

 それだけ今までルイをヤキモキさせていたと思えば、ここは甘んじて受け入れ、……られるかぁー!!!!


 やっぱり、乙女ゲームのメインヒーロー。顔がいい。王子というだけでスペック高い。

 返事は急かされなかったが、そんな相手に好きだと言われた事実は変わらず意識しないわけにはいかない。


「そうみたいだね。このまま意識してね」

「……なんか」

「なんか何?」

「ルイが男の人みたいだ……」


 ずるいって思った。そう思ったけど、どうずるいのかわからなくて、説明出来る気がしなくて、結局、もう一つ思ったことを口にする。

 なんだろう、胸がきゅっとする。やっぱりなんかずるい。


「さっき異性だってわかっていたって言ったのに」

「でも、ちょっと」


 もごもごと口を動かして、言葉が見つからずきゅっと口を尖らせると、親指の腹で唇をするりと撫でられた。最後、端のほうをくいっと押される。

 なんだ? なんだ?

 ルイのやることなすこと、なんか意味深で一向に心休まらない。


「ちょっと、何?」

「胸の奥がなんか苦しい、みたいな」

「へぇー」

「あと、ルイがきらきらして見える」

「…………」

「何か変わったとかではないのに、なんでだろう」


 悔しくて、このもどかしさを解明したくて、じぃーと、むしろ間近だからじろじろとルイの顔を眺める。

 カーテンの隙間から漏れ入る光を通すだけで不思議な色合いを醸し出す緑。まるでおとぎ話の国の森の妖精ではないかというくらい魅力的な髪色に瞳。

 すっと通った鼻筋に、整っているのに柔らかなイメージを持たせる二重の瞼。


 うん。やっぱり美形さんだ。

 まじまじと見つめた結論にうんうんと頷いて、ならこの気持ちはなんなんだと首を傾げていると、ルイが勘弁してとコツンと額をぶつけてきた。


「エリー。ちょっと黙ろうか」

「えっ、急に何で?」

「だって、かわいすぎるんだ」

「……どこが?」


 もごもごしているだけでそんなこと言われても。むしろ、はっきりしたらって苛立つところでは?

 ぐりぐりとこれでもかってくらいに額を擦り付けると、ルイはにっこりと微笑んだ。

 やっと離してくれた。うっ、おでこが痛い。やっぱり怒ってる?


「痛いんだけど」

「エリーが悪いんだよ」


 少し怒ったような笑顔で、その瞳の奥に熱のようなものがくすぶっているのが見え隠れする。

 さっきの甘さもあるのだけど、ハチミツを燃やして焦がしたみたいな甘いけど危険な空気を醸し出され、その視線とじっと合わせていられずわずかに右に視線を逸らした。


 すると、右目の眦を親指でつ、つ、つっと外に向かって意味深に撫でられ、はぁっとつらそうに溜め息をつかれる。

 触れられた場所が妙に熱い。


「意識してもらえるって思ってなかったからね。それだけで僕としては朗報なのに、その反応どうしてくれようか」


 ――どうして、くれようか?


 思わず、頬が引きつる。すっごい嫌な予感がする。


 やっぱりルイご乱心?

 昨夜のことまだ怒ってる?


「言っておくけど、怒ってるとかではないからね」

「あっ、はい」


 すっかり思考を読まれている。

 何かを思い出すように、ルイがふと微笑んだ。閉められた窓を見て、小さく頷く。


「うーん。ずっとこうしてイチャイチャしてたいけど、時間もないしね。そろそろ話をしようか? 二人きりってなかなかないし、今度、いつそういった話ができるかわからないし、少しでも早く知っておきたいから」

「……そうだね」


 イチャイチャ? まあ、この状態を考えたら、でも、うーん……。もう、深くは考えるまい。

 ルイが言うように、私たちには優先すべき大事な話がある。


 さっきのやり取りで、だいぶ緊張が解れている

 その分、また考えることが増えたけれど、やっぱりルイといると落ち着くなと、私は眦を下げてルイに向かってふふっと笑った。




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