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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第四章 忍び寄る影

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21.次々と


 私はあまりのことに驚き、くわっ目を見開いて男を見た。

 男は、なおも睨みつけるように私を見ている。


 ──犯人はお前だって何?


 犯人? なんの?

 何が目的かはわからないが、悪いことをしようとしている犯人はそっちだよね?


 私が悪いことをしているとばかりの台詞が腹立たしい。

 こんな状況じゃなかったら、すぐに抗議している。すごく理不尽だ。


 先ほどの気持ち悪い感覚はなくなったが、男の機嫌がさらに下がっていることはわかる。しかも、相手の不都合は私のせいだとさっき決定したようだ。

 本当、やばい。何がやばいのかもわからないことがやばい。


 猛烈な怒りを込めてじとっと睨まれると、視線に押されるように身を引いてしまう。

 完全な敵意に、さすがに私も身の危険を感じた。少しでも刺激したら、何が起こるかわからない緊張感に包まれる。


 ニコラもマリアまでも固唾を呑んで見守っているのがわかる。

 そこで、先ほどまで話していた大きいほうの男が焦ったように口を開いた。


「おいおいおいおい、どういうことだ?」


 細身の男を見たあと私に問いかけてくるが、わからないので小さく首を振る。


「まじか。急に消えたぞ」


 消えた? 男の言葉に首をかしげながらも、状況の説明を求める言葉に助けられる。


「ああ。消えたな」

「どういうことだ?」

「……見たらわかる」


 そう言って、男が大きい男へと実を差し出した。

 大きい男は恐る恐るそれに触ると、「持てる」と言いながら持ち上げたり下げたり覗きこんだりと観察して、んんっと首を傾げた。


「えっ? どういうことだ?」

「この女に触れた途端こうなった」

「ということは」

「そうだ」

「犯人はやっぱり妹かっ」


 ──だ~か~ら~、犯人って何の?


 こっちは手も動かせない状態なんですけど?

 濡れ衣もいいところだと遠慮がちに相手を見上げていると、はぁぁぁーと大きな溜め息をつかれる。


「何を知らんみたいな顔してるんだ。姉妹そろってなんかとんでもないな」

「…………」

「…………」


 さすがに今の状況ではマリアは黙っているが、こんな時でも妹とお揃いみたいに言われて嬉しそうに私の足元へとすりっと身体を寄せきた。

 姉様、ぶれなさすぎだ。


 男に手を離されたら、袋に入れられた不安定な私はあっという間に姉を下敷きにしてしまう可能性大なので、できたら離れていてほしい。

 あっ、さらにぴとってくっついた。器用だな。


 うん。相手を挑発しなければ、もう好きにしていいよ。

 何かあったらあったで仕方がないというか、今はそれどころではない。


「結局、話を聞くも何も妹が邪魔していたってことか? たまたま拾って、そいつがたまたま効力を消せる力を持っていて、作動しなかったってことか。……たまたまでそんなことあり得るか?」


 ぶつぶつと独り言のように言っていたが、そこで眉をひそめた、ように見える。

 黒包帯で隠れてわからないけど、そんな感じだ。訝しくて信じられないとばかりに、じぃっと私を見た。


 細身の男の視線はほぼ私に向けられている。憎くて、少しでも目を離したら何をしでかすかわからないとばかりに、(こわ)いほど一点集中だ。

 そのため、私の首筋はずっとちりちりして、ぞわぞわと得体の知れない感覚が背筋を這い回ってくるかのようだ。


「偶然でも起こったことは事実だ。早急に対処する必要がある」

「ああ。あとは、妹が何個拾ったかってことだが」


 そこで言えよと、二人から見下ろされる。


「………五、六個、……あ~う~、もうちょっと十はあったかもしれません」


 反応を見るとそれは少ないってばれていそうなので、数を足してみた。正確な個数は十六であるが、何も素直に言う必要はないだろう。

 すると、大きい男がぎょっと目を見開き、わなわなと震えた。


「はぁぁ? 三分の一も拾ったのか」

「…………」

「信じられない。どんな確率だよ」


 そ、そうなんだ。ということは、実際は半分ほど拾った計算になる。うわっ、これを伝えたら憤怒ものだろう。

 何の思惑があったのかは知らないが、数字通りなら効力を半減させたか遅れさせたか、何かしらの影響は与えているだろう。


 こそっと趣味も兼ねて気晴らしをしているつもりだったのだけど、思わぬものを引き当てていたようだ。これは良いのか悪いのか。

 学園としてはこれから対策できることも増えるだろうからいいのだけど、現在のピンチをどうにかしないと良かったなんて言えない。


「どうする?」


 何、その恐ろしい質問。


「ああ、これは問題だな」

「出直すか」

「ここまでして何も成果がないまま撤退? そんなことは許されない」

「なら、どうするんだ? たまたまというか、わかっていてしたことではないんだろう? 俺にもよく仕組みがわからないが、もう一度立て直す必要があるのは確かだ」

「ああ。こうして暴露たからにはまた一からだ。同じ手が通じるとは思えない。……本当にどうしてやろうか」


 目の前で相談しないでくれますか?

 首のとこずっと掴まれて苦しいし、後ろが擦れて痛くなってきた。


 一度意識すると、ひりひりしてきて注意力が散漫になる。

 そんな私をあざ笑うかのように、細身の男が耳元に唇を寄せた。


「なあ、俺たちに協力する気は?」


 耳たぶに触れるほどの近さに、ぞくっと肌を粟立たせる。

 黒包帯の中で小柄で細身だが私よりは身長も高く骨格はしっかりしているので、声を変えていても男だとわかるものだ。

 そんな怪しげな相手に、急に誘うような声音を耳元でささやかれひぃぃーと私は内心焦っていた。本来の声を潰したようなそれは、違和感しかなくてぞくぞくとする。


「っ、あるわけないでしょう? 何を企んでいるのか知りませんが、こそこそしている時点でやましいことがあることくらいはわかります」

「こんな状況でもそんなこと言うんだ?」

「こんな状況だからこそです」

「命が惜しくないのか?」


 さっきまで睨んでいたのに、今はひどく淡々と会話してくる。

 逆にそれが怖かった。

 その言葉も、男にとっては息を吸うようにさくっと実行してしまえるとばかりで、ここにきて一番の緊張を()いられた。喉が張り付いたように乾く。


「命は惜しいに決まってます。当然です。知ってしまったからにはこのまま見過ごすことはできません。学園を、生徒を守るために動くのは当然のことでしょう」

「へぇー。綺麗事だな。なら、そのまま命を落としてみるか? まず、あんたの姉からとかいいかもな。大事な人が苦痛に悶えて死んでいくのを見ても、そんなことが言えるんなら」


 私はその言葉に、足元にいるマリアへと視線をやりそうになるのをぐっと堪えながら男を見た。

 ここでマリアを見たら、自分は不安な顔をしてしまう。そしたら、余計に姉への危害に意識を向ける可能性が高くなる。


 ──何が目的?


 もし、私が『実みたいなモノ』を拾わなかったら何が起こっていたのだろうか。

 未来のこの国の中枢を担う、守る者たちの集まり。その学園に危害を加えるということは、ランカスター国に喧嘩を売っているのと同義。

 そうしてまで成し遂げたいこととは?


 テレゼア家に噛み付いてもいいと思うほど、重要なこととは何か。そのためには、私たちに危害を加えその結果をも受け入れる、もしくは逃げ切れるほどの用意があるのか。

 どちらにせよ、今この場の支配権は目の前の男。男の思惑次第でどうにでもなる。


 不安が一気に押し寄せ、私はぎゅうっと心が引き絞られる心地がした。

 相手に完全に揺さぶられ、余裕がなくなってくる。


 私はきゅっと口を引き結び、男を見据えた。

 男の目が冷たく光り、口元はゆっくりと弧を描く。


「どうする?」

「そんなに言うならあなたの大義とやらをお聞かせくださいませんか? わざわざ危険を犯してまで何がしたかったのか」

「はっ。笑わせる。あんたのせいでこうなっているんだろう? 危険? 危険なことをさせたのはあんたのせいだな」

「それは高みの見物をする予定だったと?」

「高み?」


 そこで男は、どんっ、と私を突き放した。

 ぐらりと後ろに傾いていくなか、受身も取れずあまりの勢いにこれはやばいと頭を打ち付けることを覚悟し私はぎゅっと目を瞑った。

 その最中、どこかで冷静な部分で、頭? 頭を打ち付け? それは駄目なやつだと焦り出す。


 ──不意打ちすぎるっ! 逃げるだけじゃなくてらしく生きていきたいって思ったばかりなのに、これでまた転生とか嫌だっ!


 二重の意味で私は絶望する。

 スローモーションのように自分の身体が倒れていく。


 ズッ ドスゥッ


「っぅ……」


 数秒後、私の意識はまだあった。

 したたかに打ち付けたが、肩と腕が頭を守ってくれた。

 どうやらまだ大丈夫らしいと安堵の息を吐きながら、手が使えず摩ることもできないので痛みを発散させるべく深呼吸を繰り返す。


 この状況は、もう一つのほうの危惧が的中したようだ。

 べったり張り付いていた姉を踏みつけ足を取られ、後ろからいくところを横に倒れたようで、おかげで変な角度で打ち慣れない場所の痛みに顔をしかめる。

 マリアには申し訳ないことをしたが、助かった。このタイミングで頭を打っていたらと思うとぞっとする。


「エリーっ!?」

「エリザベスちゃん、大丈夫?」

「エリー、頭打ってない? 私が誰かわかる?」

 

 エリー、エリーとマリアが必死に声をかけてくるので、私は安心させるように口を開いた。


「マリア、姉、だま。っ、だいじょう、ぶ」


 ぶつけた時に軽く舌を噛んだようで、ぴりっと痛みに顔をしかめる。

 あっちこっちが痛いけれど、まだちゃんとここにいる。


「よくもエリーに危害を加えましたね」


 私の反応にほっと息を吐き出したマリアは、押し殺したような声で男を咎め静かに怒りを表した。

 ニコラが心配して近寄ってくる音がする。二人が抗議しているが、そんなことなど気にも止めず男は言い放つ。


「話にならない」


 私からは男の顔は見えない。でも、地を這うような厳しい声とともに、霧散したはずの闇が濃くなった。

 ぐんぐんと触手が伸びるように私に向かい、呑み込むように一気に膨らみ私を覆った。


「エリー!?」

「エリザベスちゃん!」


 自分を呼ぶ焦った声が聞こえ、やがてシーンと何も聞こえなくなった。

 まさしく闇。

 どこを見ても、耳を澄ませても、何も見えない、聞こえない。

 深淵を覗き込んでしまったような虚しさと、途方もない不安に押しつぶされる。


 こんなところは嫌だと心底思う。

 暗くて怖くて、そして無性に悲しくなる。


 あと、さっき男は、私だけに聞こえるように私のことを光と言った。

 光とはレアな光属性のことだよね?

 ありえない。転生を繰り返してきた今までそんなこと言われたことはない。


 だけど、今生は今までと違う。

 それにゲームの世界設定で、主人公である自分が光の魔力を持っている設定があってもおかしくない。そう納得している自分もいた。


 男の力は闇だろうか。そのような設定があるのは知らなかったが、光があれば闇があってもおかしくない。

 軽めなファンタジー乙女ゲームだと思っていたのだけど、もしかして私が出てくると魔力が主張して濃いめの物語になるのだろうか。


 どの世界も、闇と対抗するのは光。

 男たちの野望を砕いたのは、実に何かしたのは私の持つ光の力だというのなら辻褄が合う。


 だから、男は怒っている。男の持っている闇の力の野望を、簡単に砕いた光の力に。私に。そしてこの世界に。

 不平等であることを嘆いている。

 そうこの闇は嘆き怒りを告げていた。


 だから、高みという言葉にあんなに怒ったのだ。

 生まれ持った貴族という身分と魔力で、悠々自適に生活している私たちに言われたくないと。


 綿密に計画してきたことを、貴族子女の趣味で拾われ簡単になかったことにされたことにも、理不尽さを覚えたのだろう。

 男からしたら高みにいる者に、そんなことを言われたくなかったのだろう。


 軽率だった。

 己の境遇が恵まれていることは自覚しているし、困っている人がこの国にたくさんいることも知っている。環境に嘆き、奮起したいと望んでいる人も多いだろう。

 少しでも多くの人が笑っていられる世界になったらとは思うけれど、それは夢物語にすぎない。すべてに目は行き届かないし、手も届かない。


 他国より安定し平和だと言っても、国が、貴族がすべてをわかっているわけではない。できるわけではない。権力だけを振りかざす者もいるのも事実。

 そのため、私はこの世界に過度に期待もしないが、嘆きもしない。

 身近な家族や、領地の人たちからと手を伸ばせるところから大切にしている。抱えられるもの以上は、結局最後まで面倒は見きれない。中途半端に手を出すことはできない。


 だから、男がどれだけ辛酸をなめさせられていたとしても同情も同調もしない。

 世の中、どれだけ平等をうたっても不平等なことは当たり前なのだ。上を見ればどこまでも、下を見てもどこまでも。

 自分との違いに妬み、憐れんでいく生き物はどこまでいっても平等にはなれない。


 この闇の力も不平等の一部。ただの力。ただし、巨大すぎる、がつくけれど、決して太刀打ちできないものではないはずだ。

 そう思うと、少し息を吸うのが楽になった。


 私はまだ生きたい。この(・・)世界で。

 それぞれ個性的な王子たちといるのも結構楽しいし、溺愛が増している姉は扱いにくいがそれはそれで退屈しないし、以前よりずっとこの世界が好きだ。


 王子たち、姉や家族、そして使用人たち、知り合った人々、学園の友だちを思い浮かべると、真っ暗だった暗闇にぽっと光が灯った。

 途端、意識が浮上する。

 落ちていたつもりはなかったが、意識の糸が切れていたようだ。


「はっ、はぁ、はぁ──」


 それと同時に息も止まっていたようで、あまりにも苦しくて不揃いな息を吐き出す。


「エリー!!!!!」


 マリアの泣きそうな声に、必死で酸素を取り入れながら自分がやばかったことを知る。


「はぁ、はぁ、はーっ、ん、もう、だいじょうぶです」


 こちらの様子を見ていたらしいも男も肩で息をしている。

 打ち勝ったとは言えないかもしれないが、悔しそうな顔をしていることから、私が持つらしい光のおかげで戻ってこれたのかもしれない。


「ちょっと、エリーに何かするなんて許しませんよ」

「許さない、ね。本当、どこまでも貴族は傲慢だ。ムカつく」


 男は息を整え姉に言い放つと、燃えるような目で私を睨みつけた。

 今までは、環境だとか不満だとか、男の持つ事情込みで貴族の、計画を邪魔した一人として私を見ていたが、今は私個人にひどく怒っているようだった。


「やはり、あの方のいう通りだった。どこまでも邪魔をする。ここで殺しておかないと」


 あの方?


「おいっ。殺しはやめてくれよ」

「うるさいっ」

「ああー、ちょっと落ち着け。落ち着いてください。まだ、すべてが失敗したわけではない。ここは出直すべきだ。妹に変わった能力があるのがわかったし、今わかっていて良かったと思えることもあるだろうし。思ったより時間食ったから、そろそろ撤退しないと、」


 細身の男に睨まれて、大きい男は敬語に言い変え説得を始めだしたその時、


 ドーン バラバラバラッ

 ガコッ

 バンッ


 ドシンッ


 様々な破壊音とともに天井が崩れ、横壁が壊され、扉が勢いよく倒れ落ち、最後は振動とともに降ってきた。


 ──今度は何?


 あまりの騒音に、どこを見ていいのかわからずとりあえず現状把握だと、ころりと転がり天井を見上げた。

 ストンッ、と見慣れた人物が飛び込んでくる。

 部屋の外では、やはり男の仲間がいたようで数人が取り押さえられている声がする。取り押さえている者は、きっとテレゼア家の隠密部隊。姉や私は話を伸ばしてこれを待っていた。

 だが、彼らが来ることまでは想定外。


「「「エリーっ!?」」」


 一斉に私を呼ぶ声。もとからそう呼んでいるルイと、最近愛称呼びをするシモンにサミュエル。


「大丈夫? 何もされてない?」

「怪我はしてませんか?」

「無事か?」


 続いて、どすんと言う音とともに先ほどより大きな範囲で壁が崩れ、見たこともない二匹の大きな生物の上に乗ったジャックとエドガーが現れる。


「「エリザベスっ」」

「わー、本当にいたっ」

「本当に? えー、どうなってるの」


 王子が五人も揃い、神々しいほどの光を放つ動物もいて一気に賑やかになった。視覚的にも。


 助けに来てくれた。それはすごく嬉しい。

 だけど、一国の王子がこんなところに勢ぞろいっていいのかな?

 その大きすぎる動物は?


 私はあまりに驚きすぎて口を半開きのまま、彼らをぽかーんと見つめた。




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