19.ぶれない姉
ふぅっと息を吐き出し、できるだけ冷静を装う。
「なんのことですか?」
「わかってるだろ?」
丁寧な言葉遣いは慣れていないのか、すぐに乱雑になった語尾とともに恫喝される。
まさかたまたま拾った『実みたいなモノ』がこんな事態を招くとは考えもしなかったが、私は知らぬ存ぜぬを通そうと首を振った。
「……わかりません」
黒包帯の男は三人。
外にまだいるのかもしれないが、ドアの前に警戒するように立つ男と、隅の壁に体を預けて腕を組みこちら全体を眺めている男。そして、私に話しかける男。
というか、なぜ、包帯なんだろうか?
顔バレしたくなかったら仮面とかじゃだめだったの? 何か意味がある? ……不気味さでいうと、どっちもどっちだろうとは思うけど。
なんとなく、油断のない目つきでこちらを観察している壁の男がリーダーのような気がする。
なるべくこちらが男を意識していることを悟られないように、目の前の男に集中する。
「こっちは調べがついてるんだよ。あんたが拾ったって。その実をどこにやった?」
「実ですか? 普段からいろいろ拾うのでどれのことをおっしゃっているのかわからないのですが、本当に私ですか?」
どうやって調べたのかは知らないが、相手は私が拾ったことは確信しているようなので作戦変更。
個体を認識していることがばれないように答えを返した。
ころりと転がされた状態で相手を見上げている図というのはご愛嬌だ。
そもそも相手がこの状況を作っているのだから、それが間抜けに見えても腹が立つ構図であってもこちらに非はない。
「ちっ。なんで、貴族の娘がそんなもの普段から拾ってるんだ」
そんなこと言われても、それは人の勝手というものだ。悪態つかれても困る。そもそも拾われる可能性を考慮しなかったそっちの落ち度だ。
私は胸を張って主張した。
「趣味なので」
「はぁ? 趣味ぃ!?」
「そうです。薬草に興味があり様々な植物を採取しています。その過程で必要なものは当然のこと珍しいものも拾うようにしていますので、そちらがおっしゃるものがそこに混ざっていたと言われればそうかもしれませんね」
「なるほど。そういうことか。ってなるかっ!」
「いやいや。人の趣味は自由ですから」
「まあ、そうだが。……そうじゃなくて!」
黒包帯とかすれた声で相手の怪しさは増しましになっているが、意外とのりがいいようだ。一人ツッコミって。──顔面黒包帯男の一人ツッコミ。
ぷふっ。怪しければ怪しいほど、妙に笑いのツボを押すように感じるのは気のせいだろうか。
同じように感じたニコラが、ぶっと息を吐き出しそれを抑え込もうとぷるぷると身体を震わせている。
マリアは何があっても離れないわよと私にぴとっとくっつき、口を開いた。
「エリーは素晴らしく自慢の妹なのです。だから、あなた方はゆっくり話をしたくて可愛いエリーを拉致したのですか?」
私を愛おしげに見つめたマリアは、澄ました表情で軽く首を傾げ黒包帯男を見た。
美女がそうするだけで、華やかさアップ。これは身内贔屓でもなんでもない事実だ。
見て、髪の先までわかるキューティクルに完璧なパーツの配置。瞬きするだけで光が零れ落ちるような、触れるのもためらうほどの美貌。
案の定、その美しい姿に一瞬見惚れた黒包帯男は瞬きを繰り返し、はっと軽く正気を取り戻すように大きな声を上げた。
「──はあっ!?」
「違いました? そういうお話なのだと思ったのですけど。この扱いは納得いたしかねますが、姉である私と一緒というところは褒めてあげます」
「何を言ってるんだ?」
「ですから、エリーを称えたいってことですよね?」
「どうしてそうなるんだ!」
この女は何を言ってるのだと黒包帯男は救いを求めるように私を見てきたが、私は無表情で見返した。
こうなったら誰も、両親でさえも止められない。姉の独自展開に口を挟むだけ無駄というものだ。
「あなた方の目的は知りませんが、エリーのおかげで思うようにいかなくなったというお話なんでしょう? 顔を隠していやましい気持ちがあるということで、その思惑を聡く可愛いエリーが阻んだと。まあ、なんてエリーは素晴らしいんでしょう。そうしようと意図せず成し遂げてしまうなんて」
「…………はっ?」
徹夜明けみたいに疲れ切った声を出した男は深々と溜め息をついたが、マリアはお構いなしに話を続ける。
「あらあら、なんですか? そんなにエリーを見つめないでくださいね」
「見つめてねー」
「恥ずかしいのですね。私の天使は可愛いですからね。ですが、飛び立つ羽をしまってしまいたい気持ちはわかりますが、天使はこんなことしても捕らえられないですよ」
「ほんと、何を言ってるんだ……」
手が動かせるなら、私は顔を押さえたかった。
この状態でもシスコン発揮。幼少期ならまだしも、そこそこな年齢になってまでも天使なんて本気で口にする姉はシスコン以外の何者でもない。しかも、こんな状況だというのに上から目線。
うわぁーー、姉様、お口にチャックです。
「ふふふっ。愛くるしいエリーを求める気持ちは自由ですが、私の了解なしに勝手なことはやめてほしいですね。二度と手荒な真似をしないよう、仕方がないのでエリーの素晴らしさ深めていただくために少しばかりならエリーとの話にお付き合いしてもいいですわ」
目の前の包帯男の周囲にクエッションマークがたくさん飛んでいる。さすが、マリア。だてにたくさんの取り巻きたちと過ごしていない。
姉のペースに巻き込まれつつある男は、何を言っていいのかわからないとはくはくと口を動かした。
離れたところでニコラが、「マリア嬢はこんな時でもマリア嬢だ」とにやにやと笑っているが、ニコラも大概だ。
さっき蹴られて痛い思いしていたのに、笑える余裕があるからそこまで尾をひくものではなかったと安心はするが、まだ窮地を脱していないのにどんな精神しているのか。
私は小さく溜め息をついた。
二人がいると、どうも場が混沌とする。普通なら怖い思いで震え上がっているところなのに、恐怖心が薄すぎてこれはこれで問題だ。
黒包帯男は目を細めて、疲れた声を出した。
「……………………………………意味わからねえ」
こんなに話が通じないのは初めてだ、いや、これが貴族か。おっかねぇーとぶつぶつ言っている。
まあ、己の精神を守るためにぶつぶつ呟きたい気持ちもわからないでもない。
美人が話すと、どんな内容であれそれを納得しなければいけないと変な圧がある。
こんな美人がおかしなことを話すはずはないと、視覚から入った美しさによって脳は相手が変であることを疑わない。
正当な意見だと理解しようと一生懸命になるのだ。ぶっとんだ思考回路のマリアの言うことを理解できるはずないのに……。
頭が痛くなってきた。
さりげなく部屋を見渡すように確認した壁の男は、組んでいた腕に力を入れている。
ぎゅっと握ったその抑え込むような感じ、ぞくっとするからやめてほしい。
「嫌ですわ。それはこちらのセリフですからね。私の可愛いエリーにこれ以上無体を働こうとしたら許しませんから」
働いたらではなく、働こうとしたらって守ってくれようとする気概は感じるのだけど、それって布袋に包まれている時点で不利だ。
どこまでも好戦的な姉に、さすがに男はイライラと足先を動かす。
「身動きできない立場がよく言うよ」
「あらっ。私はこうしてエリーと一緒にいるだけで幸せですからね。仕方がないので、あなたとエリーの話を聞いていてあげます。はい。どうぞ」
真っ当すぎる指摘に、ふふんと恍惚とした表情で私を見て姉が話題を戻す。
どうしてそんなに上から目線なのか。
これで男が怒って手を出してきたらどうするの? 本当に姉様もうちょっと自分のことも考えてから発言して。お願いだからっ!
「はっ?」
「何をとぼけてらっしゃるの? エリーに聞きたいことがあってこのようなことをしているのではなかったのですか? 私も話の内容が気になりますから続きをお話になって」
「まあ、……あぁ?」
「もう、はっきりしませんわね。何の話がしたかったのですか?」
うわっ、すごいな姉様。この状態で相手を翻弄するとか、脳裏にちらりと両親の姿が浮かぶのはなんでだろう。
違う意味で背筋がピンとなるのをごまかすように、一度目を伏せた。
絶対、これは楽しんでいる。
ちらりとうかがい見ると、マリアはうふっと笑いながら、「エリーと同じ格好で、普段のエリーが何をしているのか聞けるなんて嬉しいわ」と横でうっとりささやかれた。
余裕ありすぎな態度に、身体の力が抜ける。
すっかりマリアのペースに巻き込まれ妙な感心さえしていると、さらにぴっとりくっついてきて姉はふふふっとご機嫌に笑った。
「エリー、可愛い」
「姉様……」
「さっさと話し合って、お祝いしましょうねー」
「…………」
そうできたらいいけれど、下手に刺激するのもと私はは苦笑を漏らした。
案の定、男はギリッと奥歯を噛み締め苛立ったように声を上げた。
「なんで、あんたが仕切るんだっ!」
そうですよねー。ごもっともだけど、流されるあなたも悪い。
私としては、壁の男の機嫌悪くなる前に、マリアがさらに暴走する前に話を早く進めてほしい。
「お話したかったのでは?」
「……っそうだが」
姉も姉で、あら不思議とばかりにぱちぱちと瞬きをする。
きょとりとばかりの表情は高貴な美しさと汚してはならない純真さを伴う。簡単に手を出してはいけない気分になる美貌。
うーん。これはわかっていての表情なのか。
それを間近で見せられた男は口をぽかりと開けた。きっと、包帯の下は姉の美貌を前に顔を赤くしているのだろう。
「ですから、どうぞと」
「…………っ」
おおー、男が黙った。
黒包帯男たちが登場したことで緊迫したはずの空気が、また緩む。いまいち緊張感がないのも問題だなと、目の前の黒包帯男を見た。
実際のところ表情は見えないが、意味がわからないぎゅぅっと眉が寄っているように見える。
しばらく固まっていたが、男ははっと息を吐き出した。
「よし。分かった。姉さんのほうはちょっと黙っておこうか?」
「なぜですか?」
「ややこしくなるからだよっ!」
げんなりと男が言う。
「まあ。まるでこちらが悪いみたいな言い方ですね。親切でお話しているのに。それにエリーと話すなら先ほどどうぞと言いましたよ」
「言ったけどよ。そもそもなんであんたに言われないといけないんだ」
「私がエリーの姉だからです」
そこで胸を張るマリアに、男はがりがりと頭を掻いた。
「いや、違うだろう。というか、なんで俺はこんなに必死にこんなやり取りをしてるんだ」
「それはあなたがエリーの良さをわかろうとしないからよ」
「絶対、そんなんじゃねー」
「まあ、物分かりが悪い方ですね」
姉の最後の言葉に、本当に話が通じねーと男は肩を落とした。
完全に姉のペースにはまっている。まるで漫才を見ているようだなともう勝手にしてくれと嘆息すると、そこでずっと見守っていた壁の男が壁から背を離した。
靴の音が、コツッと響く。それは小さな音であったが、それはひどくこの部屋を占めた。
たったそれだけの動作であったが、びくぅっと目の前の話していた男は身体を硬直させた。
「す、すまない。おい、話の続きだ」
後ろを振り向かなかったが、謝罪は背後に向けてだ。
体格からして、目の前の男のほうががっしりしていて力は強そうだが、後ろにいる男は背も低く細身なのに男にとって相当怖い相手のようで力関係が如実にわかる。
男はマリアの相手は無理だと判断したのか、絶対姉を視界に入れずにペースを乱されないぞとの強い気概とともに私をじろりと睨み付けた。




