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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第四章 忍び寄る影

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18.七不思議の真相と監禁


 まだまだ可愛い盛りの花の十五歳。

 あと数時間で十六歳というところで、事件発生と本来なら焦るところなのだが現状が深刻とはいかないのはいかがなものか。


「本当、あり得ない!」


 私は令嬢にあるまじき格好で、深々と溜め息をついた。

 十六歳目前。ようやくこの世界で自分らしく好きなように生きようと決めたら、姉のマリアと一緒に後ろから襲いかかられ布袋に入れられた。

 どこかに運ばれ目的地に着くなり顔を出すことは許されたが、手足の自由を奪われミノムシ状態でぽいっとゴミを捨てるように転がされて放置中。

 

 そもそもこうなったのは、十五歳の最後に一緒に過ごしたいと駄々をこね出した姉のせいでもある。

 大人しくしておけば十六歳を超えていたというのに、寝るだけのあと数時間で何か起こるとは思いもしなかった。


「はぁぁ~」


 私は再度溜め息をついた。

 この疲れの一端を担っている姉を見るが姉は姉で譲れないことがあるようで、頭上にふよふよと浮き透けている女性に向かって必死に声を上げている。


「そもそも、男というものは上半身と下半身は別の生き物と言いますでしょう。下の欲望にあらがえないものですのよ」

「それでも愛があるならどんな誘惑さえも退けるべきなのよ。彼は私が一番だってずっと言っていたもの。だから、誘惑したあの女のほうが悪いの」

「どっちもどっちでしょう。私から言わせていただければ、それを退けられなかった軟弱な男を好きになったあなたが悪いのです。相手に責任転嫁するのではなく、自分の男を見る目のなさを反省しなさい」

「男を見る目……」


 言われた相手、七不思議の一つである女子トイレの幽霊は思うところがあるのか、じっと姉を見ながら考え出した。


 ──さっきから気になっていたが、その話は今しないといけないこと?


 身体の自由を奪われ監禁された状態で、他人の男の話に熱中している場合ではない。

 現在の緊張感のなさも姉のせいだ。公爵令嬢たる人が、男の下半身問題に大きな声で言及しないでほしい。

 そろそろ現状を見てほしいところだが、熱が入っている彼女たちは話をやめる気はなさそうだ。


「そうです。あなたの男選びは最悪です。この学園に回っている噂はどちらかといえば、三人の中であなたの印象が一番悪いです。なんて不毛なこと。だから、あなたもあんな男をいつまでも引きずってないで次を見つけなさい。役にも立たないむしろ害にしかならない優柔不断な男にいつまでもあなたの時間を与えることは無駄でしかありませんわ」

「そう言われれば、今はあの男の顔を見ても腹が立つだけ……」

「好きというよりは、ムキになっているだけなのでは?」

「……確かに。そうなのですね。目から鱗です! おっ、お姉様とお呼びしても?」

「ダメです。私のことを姉と呼んで良いのは、私のエリーだけですからね。それ以外なら好きにしてかまわないわ」


 そこ断るんだ。ある意味ぶれないマリア。

 あと幽霊に新しい男を見つけろって、幽霊の? 実体の? どっちも問題ありありだ。


「これが巷で流行りのシスコン」

「シスコン? 意味がわからないわね。エリーが妹だからではなくて、エリーがエリーだから私は愛しているのです。エリーが生まれた瞬間から、私のエリーなのよ。ふふっ、私の頭の中にはたくさんのエリーの姿が蓄積されているのよ。赤ん坊のころのえぐえぐと頬を真っ赤にして泣いている姿とか、オムツを替えているときの無防備にさらしたぷりんとしたお尻とか、何度かじりつきたいと思ったことか。それはお母様に止められたので残念ながらできませんでしたけど」

「………………」


 巷で流行りのシスコンって何? そんなもの流行ってないからね。

 そして、姉様。やはりあなたの言っていることが一番わからない。お母様が止めてなかったら、私のお尻に歯型をつける気だったとは驚きだ。


 その姉の意味のわからない愛情の深さに、幽霊はモンスターでも見るような眼差しで絶句している。ドン引きしている。ドン引きさせていることに、私もドン引きだ。

 周囲の様子など関係なく、姉は姉で自分の欲望のままに話すことをやめない。


「もう。あなたは邪魔なのよ。せっかくエリーと二人きりなのにあなたがいたらそうならないじゃない」

「うふふふっ。この世に実態を持たないものを一人として数えてくれるなんて。噂にたがわず聖女なのね」


 くねくねっと腰をくねらせ喜ぶ彼女越しに、石で敷き詰められた壁が見える。

 着ているドレスもひと昔前に流行ったような、シルエットがぼってりした野暮ったいものだ。

 ふよふよっと縛られ身動きできない私たちをよそに、自由気ままに部屋の中をそよいでいる。今は、くねくねっと喜びを表現した変な動きを披露していた。


 やっぱりこの状況はおかしい。

 本当にこの危機感のなさが悲しくなる。布袋に入れられながら、幽霊に説教し普通に文句を言ってるんだよ?


 姉と同じように横に転がされている妹の虚しさったらないわ。しかも、その妹の前で妹への愛情を語っている。そして、ドン引きさせている。

 何度も言うけど、相手は幽霊です。そして、現在監禁状態です!


 この幽霊、七不思議の話で出てきた別棟の女子トイレと男子トイレの間で逢い引きする幽霊の中に出てくる睨み付けてくる登場人物。

 その実態は、噂通り一階の女子トイレの主と男子幽霊を取り合いしている二階の女子トイレの幽霊だった。


 先ほどのやり取りからもわかるように、痴情のもつれ。浮気され揉めている間に、三人まとめて事故にあったらしい。

 そして、思い出のある学校の別棟トイレの一階と二階を住処とし、男子幽霊にどっちに住むかとここ数年選択を迫っているらしい。

 その揉めているところを、人間に何度か見られて七不思議の一つとカウントされているようだ。


 この幽霊さん。

 今日も今日とて揉めて一階の幽霊に負けていたところ、拉致られている私たちを見て、むしゃくしゃしていたし面白そうだとついてきたとのことだった。


「聖女と名乗ったことはありませんよ。そもそも聖女とは癒やしの存在なのよ。ならば、我が愛しのエリーこそが聖女です。見て、袋にくるまれても可愛らしい。あら、可愛い。エリーったらぷるぷる震えて。赤ちゃんのころを思い出すわね。ほっぺも心なしか色づいて食べごろかしら? 本当に食べちゃいたいくらい可愛いわぁ」

「マリア姉様。そろそろその口閉じましょう」


 どこまでも変わらない姉に私はげんなりと告げると、一本一本均等に並べられた長い睫毛をぱちぱちとさせ、ふふりとマリアは笑う。


「まあ、エリーったら。目の前にエリーがいるのにどうして閉じないといけないの? 口はお話をするためにあるのです。私はエリーと貴重な体験ができて喜んでいるのですよ」

「貴重ですか? これが? 監禁されているのですよ?」


 メンタル強すぎない?


「ええ。ですが、ここは学園内ですからね。テレゼア公爵家の娘を拉致していいことありませんから、そのうち解放されるか、助けが来るでしょう。だったら、それまでエリーと楽しまなくては」

「………………っ、私はときどきお姉さまのその変な自信についていけません」

「あらっ。本当のことしか言っていませんからね。私たちには動いてくれる家臣や殿方がたくさんいますからね。その方々を信頼して待つだけです。ふふっ、誰が一番早いかしら? それに、運ばれているときに漏れ聞いた犯人の目的は私ではなくてエリーだそうじゃない。それならばなおさら放っておけないし、理由を聞かなければいけません」

「もしかして、あえて捕まったと?」


 だとすると、この落ち着きの理由は頷けるけれど、理解はできません。……マリアってこんなにしたたかだったかな? 

 んんっ? と内心首を傾げていると、姉は優美ににっこり笑みを浮かべた。

 顔だけひょっこりミノムシ状態というのがシュールであるが、こんな時でも美しさは損なわれない。


「もちろんですよ。今逃げてもまたエリーを狙ってくる可能性があるならば、一緒に捕まったほうがマシでしょう? エリーが一人でこのような状況に陥ることにならなくてすむし、何より私はエリーと十六歳を一緒に超えると決めているんですもの」

「そこにこだわる必要がありますか? そもそも、どうして七不思議の確認をしにいこうと?」

「それは周囲の方々に教えていただいたからです。その上で、エリーの十五歳の最後に思い出として廻るのは良い思い出になると考えたの。なので、詳しい者にオススメスポットをご提示いただきましたからね」


 誰だ、そんな案を出した人は!?

 そして、いったい取り巻きたちと普段どんな話をしているのか……。

 そのための部屋への侵入する鍵だとか、確保済みの用意周到さ。きっと、取り巻きたちがいろいろ力を使ったのだろう。


 姉に一緒に誕生日を迎えたいと誘われ、姉のそばなら十六歳まで残り数時間とはいえ何かあれば対処できて、姉の心を満たせるし一番の安全策なのではないかと了承した。

 その内容が、まさか肝試し込みの七不思議巡りだとは考えもしなかった。


 ただ、七不思議の話を聞いたばかりで関心があった。

 最近この世界の魔法について思うことがあったので、どういった仕組みなのか現物を見るのは参考になるし最終的に面白そうだと思ったので、姉ばかり責められない。


「……妹思いの姉様で私はとても幸せです。マリア姉様、巻き込んでごめんなさい」


 しかも、今回の監禁は私が目当てのようなので、私が巻き込んだ。

 あまりにも姉が姉らしくそばにいたので、姉たちの様子に気持ちが緩んでしまったがそこのところを失念していた。


「違うわよ。私たちは被害者なのですからね。エリーが謝ることはないわ。それよりも心当たりはない?」

「……大きな原因は特に何も。個人的にだと殿下たちと仲が良いからとか、お家騒動があったりなかったりするのかなくらい? それでも、我が家は公爵家。手を出したらどうなるかわかっていて、ここまでするには弱い理由だと思いますし中途半端ですね」


 知らない間にというのはままあることだ。

 だけど、拉致してまでの恨みを買った記憶はない。


「そうなのよね。幽霊さんはここがどこかわかって? 感覚的には下に降りた気がするのですが」

「幽霊さんなんて他人行儀はやめて。私はアントワネット。アンって呼んで。ここは地下だよ」

「では、アン、とそう呼ばせてもらいます。学園の地図上には地下なんて存在しないはずですが、やはり隠された学園の地下があるということですね」

「やっぱりそうなるんだ。なら、ここは七不思議では人体実験されているといった噂がつきまとっていた曰くありの場所ってこと?」


 姉の言葉を引き継ぎ、私は可能な範囲で首を回し周囲をうかがった。

 冷たい石造りの室内には机も椅子も何もない。上部に小さな窓があるが鉄格子が嵌められ、今は夜だから光は届かない。

 地面に置かれたライトの役割を果たす魔道具の光が自分たちを照らしてくれるので、相手の顔や部屋の中がわかるがそれ以上の情報はなかった。


 もしここが例の場所だったら、地下に繋がる通路を見つけると戻ってこれないという話だよね?

 人体実験道具は置かれてないけどやばくない?

 七不思議の真相探りに来て、まさか曰くありの場所に拉致られるとかどんなブラックジョークだ。


「あっ、それねー。情報が混ざってるんだよ。この地下は確かに滅多に人が出入りしないけれど、秘密でもないよ。そして、人体実験と言われている地下はまた別のところ。そっちは学園公認だからね」

「公認?」


 恐怖していいのか微妙な気持ちで室内を眺めていると、アンがふわふわと部屋を一周して空中で逆さまになった。

 逆さまになっても幽霊だから髪は乱れないんだなとどうでもいいことを感心しながら、アンの言葉に首を傾げる。


「そうそう。だって、ここの教師が使ってるんだもの。名前はなんだったかなー、あの、もさぁっとした夜は白光りをして私たち幽霊でさえも近づきたくないようなオーラを放っている……」


 幽霊さえも逃げるような……。


「もしかして、白光りって白衣のことかしら? それなら絞られるわね。外見的にもさっていったら魔獣研究家の名前はいかつい感じの……」


 姉の言葉に、アンはぽんと手を打つまねをした。


「そうそう、思い出したわ! デスドラゴ先生」

「やはりそうですか。普段から変わった御仁ですから」


 姉に変わったと言わせるとはよほどの人物だ。


「あの人が実験に使ってるんだよね。そのため動物の死骸だとか、骨や肉片を廃棄する際、特に気にもせずまとめてゴミ処理場に捨てるからそういう噂がでたんじゃないかなー。なぜか、代々あんな感じなんだよね、あそこの一族。私も生きている時にその付近で血が落ちているのを見たことあるし怖かったけど、霊体になって確認しにいったら研究のためってわかったし。それでも怖いけど」


 何かを思い出したように、ぶるりとアンが腕に手を回して震えた。

 幽霊を怖がらせるとは……、授業以外ではなるべく接点を作らないようにしておこう。

 でも、魔獣かぁ。それもちょっと興味はあるなと思い馳せていると、マリアがじとりと睨んできた。


「エリー。決して一人で行動してはダメよ。このように学園には秘密がいっぱいなんですから。好奇心旺盛なエリーが無茶をしないか本当に心配だわ。七不思議に興味を持ったようだと聞いた時はどうしようかと……」

「もしかして、今日の七不思議も私が勝手に行動しないために一緒に?」

「ええ。だって、エリーはこういうの嫌いじゃないわよね? 特に応接室の天使の唾なんてエリーが気にしないほうがおかしいもの」

「った、しかに、気にはなりましたけど……」


 ──……完璧にばれてる。しっかり趣味嗜好を把握されている!


「来年、私は卒業するのよ。この学園にいないの。だから少しでもエリーの好奇心に付き合うことと満たすことを私がすべきだと思ったのよ。思い出も作りたかったし」

「マリア姉様」


 姉様、やっぱり今生グレードアップしすぎじゃないだろうか。

 ただただ溺愛されているものとばかり思っていたが、こちらが考えている以上にしっかり私というものを把握した上で心配され愛されているようだ。

 嬉しいけど、わかられた上の愛情表現を思うとちょっと背筋がぶるっとする。


「引き続き学園に残ることも考えたけど、私の場合は学園から出るほうが活躍の場が多いのは事実なので出ることにしました。それに、公爵家の者として働かなければなりません。エリーがしたいようにしたい時に困らないように、ね」

「困らないようにって」

「当然でしょう? エリーはすると決めたらどれだけ頼んでも、危ないといってもやってしまうんですもの。なら、止めるよりはそれを受け止められる度量を作るしかないからですからね。本当に私のエリーは可愛くて無茶をするからいつも心配なんですよ」


 にこりと微笑み、全力で追い詰めてやるとばかりの気概にたらりの袋の中で汗をかく。


「えっと、マリア姉様にできるだけ心配をかけさせないように行動します」

「当たり前です。ほかには?」

「ほか?」

「ええ、私、ずっと待っているんですよ?」


 じっと見つめられる双眸は今までになく真剣で、すごく圧を感じた。

 ずっと待っていたって何なんだろうか。しかも、十五歳目前で言われたということは、今までの転生に関係していることだったりする?


 いつもと同じようで微妙に違う姉の様子に、あれこれ今までの姉とのやり取りを思い出そうとしたその時。


「ほら、入れ」


 自分たちをここに連れてくると閉まったままだった扉ががちゃりと開き、それと同時に大きな塊がこちらに向かって放り込まれた。


「痛っぅ、乱暴だなぁ」


 聞きなれた声に目を凝らすように視線をやると、見慣れたクラスメイトの姿。

 相手は自分たちの姿を見つけると、ほっと息を吐きウインクをよこした。


「やあ。麗しのご令嬢方。マリア嬢に七不思議体験をお勧めした者として心配で確認しにきたら姿が見当たらないし、探していたらうっかり捕まってしまったよ」


 ──ニコラ・メーストレ!?


 似つかわしくない挨拶に、目以外を黒い包帯でぐるぐる巻き仁王立ちしている面々がぎろりとニコラを睨みつける。

 あはははっと全く危機感のない笑いを漏らすニコラの登場で、さらに場が混沌としてきた。


 というか、姉に案を出した人物が身近過ぎた件!?

 思うことはあるのだが、実際はそこを言及している場合でもなく目の前で暴力が振るわれる。


「黙れ」

「ごほっ」


 そのうちの一人に思いっきり腹をけられたニコラは、ごほごほっと咳を繰り返し「ひどいなぁ」と文句を言いながら、ざっと足を蹴りあげようとした相手を目にして後ろ手で縛られた肩をわずかに竦めて口を閉じた。

 一気に空気が変わり張り詰める。

 声変わりの薬でも飲んでいるのか、黒包帯男の一人がかすれた声を発し、忌々しげに私を見た。


「さて、テレゼア嬢。ああ、妹のエリザベスのほうな。これに身に覚えは?」


 そういって男が放り投げたものが、目の前でコロコロと転がり止まる。


「………………っ!?!?!?」


 勘弁して。めっちゃ、見覚えある。


「その反応はやはり知っているということだな」


 ニコラを蹴りつけた男がぎりっとイラついたように歯をくいしばり、私たちと距離を保ったまま睨みつけてきた。

 ギリギリと、本当にギリギリと苛立ちを隠さぬまま、だけどこちらに近づこうともせず相手は怒りを向けてくる。


「どういった経緯で知ったのか、詳しく話してもらいましょうか? その答えによってはここから出ることができないので慎重にお答えいただきたいですね」


 どうやら本当のピンチの時間がきたようだ。




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