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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第三章 記憶と夢と過去

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side王子ズ 異変と密談


 バサ、バサバサと森の奥へと羽ばたく音。

 広げた羽が美しく月の光に照らされ、小さくなり次第に闇へと消えていった。

 その姿が完全に見えなくなると、まるで息を殺していたかのように静かだった夜行性の動物たちが動き出し、いつもと変わらぬ夜の森の静けさに戻った。


 カサ、と地面を歩く音とともに、暗闇に光る動物の瞳。

 小さな小動物が、急ぐように走り棲み家の穴へと入り込む。

 静かに、安全を確保しながら生活する動物たちは、常に死と隣り合わせであり油断が命取りになりかねず、動く時はピンッと気配が張り詰めるものだ。


 それでも、先ほどの異様な静けさには敵わない。

 肉食獣は、力が強ければ強いほど序列がはっきりしている。鋭い牙もなく噛み砕ける強い顎を持っているわけでもないのに、ホクロウは動物たちの中でも上に位置する動物だった。


 森が通常を取り戻し、エリザベスが腕を上げてやる気を見せている頃の男子寮特別室。


 ランカスター王国第一王子シモン、第二王子サミュエル、第三王子ルイの三人が顔を合わせていた。

 そこにシモンの側近であるユーグ・ノッジは当然のこと、サミュエル、ルイの側近もいる。

 彼らの側近は同学年ではないため常に一緒にいることはないが、それ以外の時は常につかず離れずで今はそれぞれ後ろに控えていた。


「そろったね」


 時間を指定し先に来ていたシモンが声を発すると、やってきたサミュエルとルイは席に着いた。


「ああ」

「僕も話したいことがあったからちょうど良かったよ」


 ルイは浅く腰掛けると背筋を伸ばし、宝石のように輝くエメラルドの瞳を、シモン、サミュエル、そしてユーグへと順に意味ありげに視線を止めてふわりと微笑んだ。

 サミュエルは深く腰掛けると腕を組む。


 シモンが軽く手を上げると、控えていたメイドが即座にお茶をセットするとしずしずと下がっていった。

 それを見届けると、シモンはサミュエル、ルイへと真剣な眼差しを向けた。


「時間もないし早速本題に入る。この学園の魔力の揺れを感知したと王城から連絡があった。秘密裏に調べてはいるようだが、具体的なことはまだわかっていない」

「揺れに関しては確かか? 俺たちは気づかなかったよな」

 

 サミュエルの質問に対して、ルイが持ってきていた書類を机の上に置いた。


「うん。僕もさっき知ったばかりでこれが具体的な資料だよ。シモンの伝達と同じ頃に僕のほうにも資料が送られてきたから持ってきた」


 トン、と数値の並ぶ箇所を指で差し話を続ける。


「内容を見ると人に感知できないくらい微弱なものだけど、結界魔道具が異変を数度示している。父も捜査にあたっているが原因はまだわからないと言っていた。だけど、魔道具の故障ではないから揺れに関して間違いはないようだよ」


 ルイの父親はこの王立学園の最高責任者であり、魔法省のトップである。それだけ魔力量と操作が優れた人物でもわからないとなれば、捜査は難航しているということだ。

 サミュエルは赤みを帯びた瞳を訝しげに陰らせ、組んでいた腕を解いた。


 何か起こればすぐに動けるようにしておくことが自分の役目。きな臭い話は簡単に捨て置けないことだった。

 サミュエルは部屋に置いている愛剣を脳裏に浮かべ、気を引き締めた。


「それはいつからかわかるのか?」

「観測できたもので、最初の異変は春になってからだそうだ。徐々にその違和感は大きくなったり、小さくなったりしていて結界を壊すような強いものではないようだが、王城に次ぐ最高傑作である結界内での魔力の揺れは見過ごすことはできない」


 ルイと顔を見合わせ言い切ったシモンの後ろに控えたユーグが、考えるように顎に手を置いた。

 サミュエルはそれを視界に入れながら、目を眇めた。


 この学園内に魔力の多い王族が三人もいて気づかないことが問題だ。

 学園は自分たちにとって学び舎であるとともに、守らなくてはならない場所である。


「そうだな」

「正攻法での捜索は父たちに任せて置いていいと思うよ。ただ、僕たちは僕たちで情報を集め必要があれば動けるようにしておきたい。だから、そろそろユーグがエリーとしていることを教えてほしいと思ってる」


 そう言って、ルイがふんわりと警戒心を起こさせない柔らかな笑みを浮かべたが、ユーグへと向ける眼差しは射抜くような鋭さが含まれる。

 シモンは自分を通りこして側近に話しかけるルイに、わずかに柳眉を寄せたが小さく息を吐き出した。


 学業と公務で多忙を極める自分たちは、自由になる時間が少なく、ルイは学園に入ってから精力的に魔力強化に取り組み、その関連での勉学に忙しくなっていた。

 そのため、父の仕事関連の仕事も回されることもあるとぼやいていたが、それも仕方なしだと励んでいる。


 サミュエルは身体強化、剣術と、このまま騎士コースに向かう勢いで、そちらの掌握にかかっていた。

 シモンも政治的な人間関係を精査中であり、煩わしいことが増えてはいるが、今後のために忙しい合間を縫って人脈を広げているところである。


「私も聞けるものなら聞いておきたい。どんな情報であっても構わない。無駄か無駄ではないかは聞かないとわからないからね。今は少しでも多くの情報を知りたい」


 昼にその話をしていずれと言っていたのに、その夜に再燃した話題に苦笑しながら、シモンは斜め後ろに立つユーグを見た。

 彼は無表情に近い顔で佇んでいたが、シモンの視線に気づくとわずかに苦笑し頷いた。


「はい。話すのは構わないのですが……」

「どうしたの?」

「いえ。別段内緒にしているわけでもないのですが、皆様の視線があまりにも突き刺さるようで」


 静かに周囲に視線を走らせ、ユーグは眉間に皺を寄せ息をつくと続けた。

  

「隠しているわけではなかったのですが、もともとは忙しい王子たちを煩わせるのは申し訳ないけど気になると私のところへ話が回ってきたので」

「そうなんだ?」

「はい。それもたまたま話の流れでそうなっただけですので。それで中身なのですがは、エリザベス嬢が学園でときおり拾っていた『実みたいなモノ』についてです」

「実みたいな?」


 ルイは曖昧な表現に首を傾げる。みたいな、とは?


「そうです。実際、実ではないということです。草花のように成長があっただろう痕跡はある『実』に似せた何かの可能性をエリザベス嬢は気にしておられました。はっきりしないモノがこの学園にあること自体が問題であり、何もなければいいと独自に調べたけれどわからないので王子に近しい私にとのことでした。つまり、王族を守るべき私側で調べてほしいということです。問題があればもちろんのことなくても私の判断で殿下たちへの報告は任せるとおっしゃってました」


 人が絡むと思慮深くなるエリザベスらしい考えだ。

 そして、ユーグの回りくどい話は個別で仲良くしていたわけではないので安心してくださいと言うためだろう。

 自分を含め、エリザベスは自分たちにとって多少の違いはあれど大事な存在であることは共通の認識である。


 ルイは自分だけのレディとして隠しておくことができなかったことを残念に思うと同時に、どうしても隠れようとしてしまうエリザベスの輝く魂に賛同するものが増えて嬉しいという複雑な感情を持て余していた。

 自分だけでは、エリザベスを留めておくことができない焦りがあった。

 ふと目を離した瞬間にどこかへ去っていきそうだと、手を伸ばして掴んでおきたいと衝動に駆られたことは数え切れないほどだ。


 遠くを見つめる彼女が、本当のところ何をどう思っているのかわからない。

 教えてほしい。だけど、知るだけでは解決しないのだろうこともわかっていた。

 簡単に話せるなら、話せることで解決していることなら、エリザベスは自分に話してくれていただろう。それだけの時間を過ごしてきた自負はある。


 だけど、結局学園に入る前も、入っても教えてもらえなかった。

 無理に聞くことはいつでもできた。だけど、それはしたくなかった。

 自分の欲求を優先させて、エリザベスのあり方を歪めたくなかった。彼女が彼女らしいこと、それがルイにとって絶対なのだ。


 教えてもらえない。不安をわけてもらえない

 それがたとえエリザベスだけの問題で自分のあり方に何も関係していなくても、寂しいことは寂しくて、いつかそれらにエリザベスがさらわれてしまうような不安は付きまとう。


 そう感じるたびに、今の自分では力不足だと痛感する。

 彼女を繋ぎ止めておくには、憂いを払うにはと何度も自問自答した結果、だったらここから逃げたくなくなるようにすればいい、そうすると決意した。


 彼女にとって居心地いいものを。

 すぐそこにある先よりも、遠い未来を穏やかにと告げる彼女に、今も、一日先も、一か月先も、一年先も、十年先も等しく平等にあると気づいてほしい。


 消えてしまいそうな表情をさせないように、できることをしてそばにいたい。それは自分だけでは足りない。

 だから、たくさんの人にエリザベスを知ってもらい、彼女を大事に思う人が増え、それを彼女自身が実感すればいい。そうやってエリザベスをここに繋ぎ止めておけばいい。


 独占したい欲求とは反するそれは、エリザベスを思えば今は些細なことだ。

 行動力がある彼女を守る者が増え、彼女が彼女らしく、そしてずっと自分の手の届くそばにいてもらうために、できうる限りのことをするとルイは決めている。

 突拍子もない彼女に関する小さなことを見逃してはならない。


「エリーらしい考えだね。それで、ユーグの見解は?」

「思いつく限りのところに調査を出していますが、今をもってしてもわかりません。その件を含め、先ほどの話で話すべきだと思っておりました。関係がなければそれでいいですが、何もわからないものをそのまましておくのもまずいと思います。そもそも、ルイ様はどうして今この話を?」


 ユーグがじっとこちらを見ると、シモンとサミュエルからも探るような視線が向けられルイは軽く肩をすくめた。


「怪異あるところにエリザベス・テレゼアあり、だからかな。知り合ってから今まで彼女には驚かされることがたくさんあったし、無関係だと思っていたことに実は噛んでいたってことも多々あったから。商会のこともしかりね」

「なるほど」

「よくわからないが、納得してしまう理由だな」


 商会を例えに出して告げると、シモンとサミュエルが反応し頷いた。

 納得させるものが今までのエリザベスの行動にありすぎて、一年間彼女とともに学園生活を送ってきた彼らにはそれで十分だったようだ。


「それがエリーだからね。納得されるのもどうかと思うけど、理解してくれたようで話が早い。奇しくもこの状況の時にエリーがそれらを拾い調べていたということはこの先無関係ではなくなると経験上思う。だから、詳しく知りたい。その実らしきものについてエリーはなんて言っていた?」

「どんな図鑑や資料にも載っておらず、エリザベス嬢の薬学の師匠とやらが断定したから、それは絶対なのだと言い切っていました。彼女が出した名前は驚くような方でしたが……、名前を言うことにすごく怯えていたのですけど、ルイ様はそのお方とエリザベス嬢の関係についてご存知ですか?」

「あ、ああぁ~。それね」


 話をしている間にルイの表情が驚きから苦虫を潰したような表情に変わっていったことで、ユーグは改めてエリザベス・テレゼアの底知れない人脈が恐ろしくなった。


 ユーグは彼女の口からその名前が出たあの時は、あまりにも無関係だと思われる現実味のない名前に遠いことのように感じていた。

 だけど、今のルイの反応で急に現実なのだと思い知らされる。


 ──テレゼア家の令嬢は珍獣じゃないだろうか?


 なぜ大人しくしているはずの身分の高い令嬢が、そこと繋がるのかわからない。

 考えれば考えるほど意味がわからず、やっぱり珍獣だと思う。


 もう彼女のことを女性だからとは思わない。ユーグの知る女とは違う生き物だと理解している。

 だけど、ほかの女性とは絶対同じものではない。


 エリザベスに関しては珍獣認定でいいだろう。よくわからない人脈も行動的すぎる活動も、ユーグの範疇外である。

 全商連相手にも釘を刺されたし、相対する相手が巨大すぎる。


 あまりにも異次元すぎてユーグでは手綱を握れないし、握りたいものはここに三人もいるようなので自分はお呼びではないだろう。

 ルイはもともとエリザベスに懸想していたようであったが、サミュエルやシモンまで彼女を明らかに気にかけているし、ブラコンの双子に至ってはプロポーズまでしていた……。


 そう考えるとさすが珍獣。

 簡単に人を寄せ付けない王子たちのハードルをいつの間にか取り払っている。


 光属性であるだろう彼女の安全確保は、この国のため、そして王子たちの心の平穏のために必要なことであるが、ユーグは自分ではエリザベスを御しきれないと判断した。

 珍獣は珍獣としての行動や性質は受け入れて、これから何が起きてもあくまで王命でもある監視と警護を優先するとユーグは改めて誓った。




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