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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第三章 記憶と夢と過去

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17.この世界で


 ホォー、ホォーと、フクロウに似た鳥、この世界で平和の象徴であるホクロウが鳴く。

 日本人だったことを思い出した時、ひねりのない安直なネーミングだと思ったが、わかりやすく齟齬を感じずにすんで助かっている。


 名前はそのままだったり、ちょっと変えただけだったり、西洋風なのにそれでいいのって思うところも多々あるがさすが微ファンタジー乙女ゲーム。

 剣と魔法がある世界といっても、学園もので恋愛メインだからかその辺の設定も緩い。


 その恋愛も修道院行きだとかなかなか進まず購入者泣かせだということは、友人の熱弁という嘆きで知っている。

 ゲームをしてこなかった私にとっては持っている記憶と違いが少ないことは助かり設定ではあるけど、隠れ主人公(残念なことに自分)設定するあたり、斜めなこだわりも感じて気を緩めることはできない。


 静かな暗闇から聴こえる鳴き声はどこか哀愁さえ漂うが、ホクロウは私にとってトラウマだ。

 幼かった頃、次第に騒がしくホォーホォーホォーホォーと鳴きだしたことに驚いて、私はいったい何匹いるのだと窓から顔を出して後悔した。


 合唱とも呼べる盛大な鳴き声に驚く前に、ギラギラと闇の中から光る目が視界に入り、うぎゃぁー、と可愛げもなく叫んだのもご愛嬌。

 ジロ、ジロ、ジロジロジロジロジロジロ、と順にロウソクの火でも灯しているかのように二つの目が並んでいく。


 いったい今までどこに隠れていたのか、一通り鳴き終わるとさっきまでが嘘のようにまた一匹が静かに鳴くのだ。

 もうホラーだ。


 腰を抜かしてシクシクと泣いて、その夜は姉のベッドにお邪魔することになった。

 距離感を大事にと思っていたことも忘れて、不覚にも泣き縋った。


 なのでいまだに、『あの時のエリーは私のナイトドレスをきゅっと離さないで可愛いかったわぁ。少しでも動こうものなら、目を覚まして姉さま行かないでってオネダリするの。ああ、今はたまにツンとしてるエリザベスも可愛いわよ。私限定なんて、ふふ。でも、やっぱり物足りない。そうね、また一緒に寝ましょう』と、何度あの時のことを引き合いに一緒に寝ることを誘われたか。

 私は当時を思い出し遠い目をした。


 そこでホクロウのことを教えてもらった。

 ホクロウは滅多に鳴くことがなく、鳴き声は貴重でたくさん鳴き声を聞くと守護がつくと言われている貴重でありがたい鳥。

 そして、合唱を聞くことはごくごく一部の人間のみしか聞くことができず、同じ空間にいても、他人には聞こえないし見えないらしい。


 もう、その変な設定、今考えると何かのフラグだよね?……ああ、うん。考えたくない。

 『見れて聞けて良かったね』と言われて、ちっとも気持ちは晴れなかった。

 滅多にないことだからと言っていたけど、いまだに夜に違う鳥でも鳴き声を聞くとびくぅっとなる。


 やっぱり、このゲームの世界の製作者は変わっている。こだわるところが違う。

 そして何度も転生していて今世初めての経験に、嫌な予感しかしない。絶対、何かあるって言ってるよね?


 これってやっぱりフラグ……。

 見た目ホラーだけど、赤目の集まりが守護。守護が必要なことがあるって啓示……、いやいやいや。


「なんで、こんな日にそれを思い出させるかなぁ」


 あの日以来、実際ホクロウの鳴き声は聞いてなかったのですっかり油断していた。

 私は開けていた窓を閉めて、気持ちを切り替えさあ寝ようとベッドに寝ころんだ。


 侍女のペイズリーのおかげで、いつもふっかふかの寝具は気持ちが良い。

 良いのだが、爽やかな太陽の下で干された自然な匂いが昼間のことを思い出させ、私の頬はじわじわと熱くなった。

 たまらず身体を起こし、顔を覆う。


「うっわぁ、改めて考えると濃い一日だった」


 はっきり言って、王子(ヒーロー)舐めてたよ。

 王子たちそれぞれ魅力的なのはよぉ~く知っている。

 知っていて、距離を持って接していた相手にぐっと来られたのは不意打ちすぎて、心の準備もないままの私にはたまったものではなかった。


 そんな相手に、髪を絡め取られ見せつけるように髪にキスされて妙に意識してしまう。主役級の美貌と立場の人のやることは破壊力がある。

 ましてや、『力になる』とありがたくも好意的で頼りになる言葉をもらい、鼓動が跳ねてしまうのは仕方がない。


 これまで思い出せる前世も含め、色恋ごととは無縁だった。

 姉の取り巻きはさておき、大事な友人としてしかも女性として扱われると、ちょっとしたことでもむずむずしてしまう。


 長年付き合いのあるルイもふとした瞬間にどきりとすることが増えたし、サミュエルも先日顎くいからの頼ってくれ発言だ。

 そして、シモンと同じように王子の対応の違いを責められ名を呼ぶことを請われた。


 三人ともタイミングや若干詰め寄り方に違いがあるだけで、言ってることとやってることは変わらない。

 すごく血の繋がりを感じる。そして、まんまと流されている私。


「とにかく、王子たちは半端ないってことはわかったわ」


 関わらないように奮闘してきたことは、かなり無駄なことだとこれではっきりした。

 なんてたって、乙女が躍起となって主人公とくっつけようとする攻略対象者たちである。

 これからは関わっていきながら、どうやってこの先を乗り越えるかを考えるしかない。


 どう行動すれば、無事過ごしていけるのか?

 どうすれば、今世を満喫できるのか?

 ゲームの強制力とは別に、大事なものを気持ちに正直に大事に過ごしていくにはどうすればいいのか?


 とにかく、王子たちにはゲームがとか考えるのはよそう。

 そして、こうなったらソフィアを避けるのも無理なのだろうなと思うので自ら避けることは止めようと決める。なるようになれ、だ。


 あれこれ思考しても、避けていても関わるのなら、好きなように行動して前向きにいこう。

 そのほうが、何かあったときに後悔は少ないはずだ。


 まず目前の十六歳超え。マリア対策である。

 このまま何ごともなく誕生日を迎えられるように、あと一か月ちょっと気を抜かず定期的に姉の様子を見定めつつ、ニコラにも姉の動向をもう少し詳しく報告してもらうことが最優先。


 そこで私は室内を見回した。

 シミ一つない絨毯がひかれ、高級木材を使用し美しい柄が彫られた家具類。

 寝る以外で主によくいる机の周囲には、私が持ち込んだ薬剤関係のものや書物が並び実用的に配置され、お年頃の貴族子女らしくない。


 ペイズリーに嘆かれるが、それでも姉を筆頭に持ち込まれる装飾類はきらきらしいし、可愛い小物も勝手に増えていくので十分だ。

 興味がないわけではないが、必要とは思わない。一生懸命可愛くしてくれようとするペイズリーには申し訳ないけれどお任せしっぱなしである。


 逆に言うと、そういったことを含め周囲のサポートがあるから、今世は薬草関係や全商連との繋がりで商品開発に集中もできて充実している。

 貴族子女としての当たり前を周囲が整えてくれることで日常が回り、それにかかる時間で費やした労力、自分で作ったものが欲され、納得してもらえるという承認欲求が満たされる。


 それは訳のわからない転生を繰り返し、記憶を持ち、そしてゲームの世界と酷似していることに気づいた私にとって非常に大事なことであった。

 変わった人も多いが、いろんな人と知り合えているし、暇をすることがない。なので、今日みたいにいろいろあるけれど今世は日常を満喫している。


「頑張ってきたことすべてが台無しではないよね」


 築いてきたものが、繋がっているという事実。

 さっきまでのそわそわと落ち着きのない熱は引き、小さな小さなそれがこの室内を、学園を、この国を、世界を回りゆるやかに自分の中へと戻って来る。


 ぐるりと回り質量が増え、己で導き出した「嬉しい」という気持ちが今、ストンと落ちた。

 何度も何度も考え、何度も何度も(あらが)った。


 時に悩み、落ち込み、奮闘し、そのすべてが結局同じように流されていくことに虚しさを覚えもした。

 そのたびに気持ちを立て直してはきたけれど、頑張ってはきたけれど、疲れてもいた。


 前向きにと思わなければ、やってられない。

 絶対乗り越えてやるのだと気持ちを奮い立たせていないと、自分の存在というものがわからなくなる。


 エリザベス・テレゼアがこの世界にとって何者であるのか、何度も転生させられているということは何かの役目があるのかもしれない。

 それはエリザベス・テレゼアに与えられたものか、私に与えられたものかわからない。


 けれど、今まで歩んできたのはゲームの個性ではなく自分だと胸を張って言える。

 ここに存在するのは、私、エリザベス・テレゼア。

 これから感じることも、すべて自分のもの。


「私はエリザベス・テレゼア。公爵家の次女。姉に溺愛されて転生を繰り返し、乙女ゲームの主人公らしいとわかったけれど関係ない。私は私としての気持ちを大事にする。大事にしたい人、ものや繋がりを転生なんかで途絶えさえない。だから、もう逃げないわ」


 自分に言い聞かせるように声を上げる。

 宣言した後で、フラグはやっぱり嫌だとちらりと思うが、メインキャラだからとか関係なく、この世界を、今世を自由に生きていきたい。


 この世界の主軸だろう王子たちに出会い、それぞれと仲が深まることでこの世界で生きるということを実感した。

 遠い周り道をしてようやく逃げる奮闘ではなく戦う奮闘、そして自らの人生を歩むことを心から望み、私はえいえいおーと腕を上げた。




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