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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第二章 学園七不思議

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10.ざわつくそうです


 ぶすりと告げられ、さらに低くなったサミュエルの声は明らかに不機嫌そうだ。


「えっ、なら何が聞きたいのですか?」


 わかりやすく言ってくれと詰め寄ると、じっと見つめられる。

 思わぬ近い距離で視線と視線が絡まり、一向に離れる様子がないので私はちょいちょいと目の前で手を振った。

 サミュエルは癖のある赤髪をがしがしと掻きながら、わずかに口を尖らせた。


「ああ~、別に気になるとかではないからな。ただ、どうしてユーグと二人きりで週末を過ごしたのかということだ。別に気になるとかではないからな」

「はあ……」


 必死になって否定するサミュエルに呆気にとられながら、拗ねたような物言いに目を見開く。

 汗をかいたせいで張り付いた前髪がいつもと違って艶っぽい。


「聞いているのか?」

「聞いてますよ」


 この一年でサミュエルもかなり男気が上がった。

 身長は伸び、きりっとした男らしい顔立ちはさらに精悍(せいかん)さが増し、今みたいに色気を含むこともあった。


 サミュエルは『サミュエル殿下見守り隊』という名のお姉さまがたに親しまれており、相変わらずモテている。

 その見守り隊のお姉さまに捕まってしまうと大変だ。


『あのいつまで経っても女性に慣れない不器用そうなところが堪らないわぁ。ね、エリザベスちゃんもそう思うでしょ?』

『あと、何よりまっすぐで鈍感そうなところもツボなのよ。嘘をうまくつけない男って誠実でいいと思わない?』


 などなど。必ず最後に『汗をかいたあとはすごいのよ~。カッコイイわよね? そう感じないのは女として終わっているわ』と熱弁される。

 それらを散々聞かされてきた私は、思考を毒されたのかサミュエルの運動後を何気なく見てしまうようになった。


 確かにカッコイイと思えるそれは、異性だな、男だなと見惚れるレベルだ。

 それに、そう感じないと女性としてアウトーッ! と言われているので、さすがにそれは嫌だなとそう感じることが良いことだとほっとしていたりする。

 明らかに洗脳されていた。


 ということで、一年前より男女のなんたるかを考えることも増えた。

 学生生活を送っていくなかで他人事だったのが、姉を含め年上の親しい先輩などにそんな話をされたら現実味を帯びてきたというか。

 確かにさっきのような真剣な取り組みを見た後では、それを認めざるを得ない。


 キャーキャー騒ぐのがわかるなと力説されるたびに初めは首を傾げるばかりであったが、一年彼を見てきて言わんとしていること、友人の格好良さを身近で感じてきた。

 心のどこかで転生者だから、またループするかもと思って距離をとっていたものがなくなり、この場に対等にいる者としてこの世界を見るようになった。

 

 だが、当の本人は色気を出していることには無頓着。相も変わらずであった。

 ふっと息をつくと誤魔化すと思われたのか、至近距離で見つめられついと目を細めて責められる。


「本当か?」

「はい。サミュエル様が気になるわけではないけど、週末ノッジ様と出かけた理由を知っておきたいということですね」


 言葉にすると変だった。

 結局、気になるから知りたいのではないのだろうとは思うが、本人は認めない。


「だから、違うからな」

「はいはい」


 二度も言われて強調されると、気になっていると言われているのと一緒だろう。

 また必死に否定するので、もうどっちでもいいとついつい返事もおざなりになってしまう。


「違っ、まあいい。どうして二人で出かけた?」


 あっ、妥協したんだと軽く口を尖らせたサミュエルを見ると、それに気づいた彼は今度はきゅっと唇をきつく結んだ。

 それから、どうなんだとばかりの視線を向けてくる。


 うーん。やっぱり本人が気になっているからなんじゃ、と思わず笑いそうになってぐっと堪える。

 じゃないと、それこそすごい勢いで否定してきそうだ。


「従者もいましたが?」

「そんなことはわかってる」


 思わず笑いを含んでしまった私の言葉にぶっきらぼうに答えるサミュエルは、しかめっ面をしているが心なしか照れているように見えた。

 自覚があるのだろう。


 だが、夕日のせいではっきりとその顔色はわからない。

 それでも、こちらに向ける眼差しは和らぎ、不機嫌さはどこかにいったようなのでほっとする。


 この一年で、サミュエルとはそれなりに良い関係を築けているはずだ。

 不器用でまっすぐで、一度認めた相手は心を砕く人。

 ルイの友人としてだけでなく、何かしら認めてくれて私のことも親しい側にいれてくれていると思っている。


「なら、行った場所ですか?」

「ああ~、だから、そいうことではなくてな。俺は、……頼りにならないか?」

「頼り?」


 何を考えての質問かはわからないが、ちょこちょことサミュエルにも活動的な場面を見せてしまっているので、今も純粋に心配してくれているのだろう。


「ああ、さっきはヒューズ先輩に見惚れていただろう? カッコイイって言っていたし」

「確かに背も高くて力強くて頼りがいのあるお兄さんみたいな感じですよね」

「なら、俺は? その、さっきの見ていてどうだった?」


 燃えるような癖のある短い赤髪を苛立つようにぐしゃぐしゃとかき交ぜながら、サミュエルがじっと見つめてくる。

 繰り返される言葉を吟味し、そこでやっと最初の質問に繋がるのだと気づいた。


 みんなではなくて、個人としてどうだと聞いていたのか。

 本当いろいろわかりにくい。


「頑張っていらっしゃる皆さんは格好良かったですが、サミュエル様が一番でしたよ。特に最後の動きなんて目で追いかけられないくらい圧倒的ですごく素敵でした」

「そっ、そうか」

「はい」


 そこで目元を緩めたサミュエルに、私は大きく頷く。

 あれは誰が見ても惚れ惚れする動きだった。剣技だけでそれなのだから、そこに魔力が加わると威力と美しさは比ではないだろう。

 そんな人が友人であるのだから、誇らしく一番だと言いたくなる。


「なら、俺の実力はわかったな?」

「……? すごいことはわかります」

「なら、頼れるな?」

「…………」


 どういう意味ですかって聞いていいのかな? 今日はこんなやり取りばかりでさすがに気が引けてきた。

 何が言いたいのだろうか。

 頼れるかと聞いてきて、それが先ほどの剣技を見てどうかとか、ヒューズ先輩のことだとか、ユーグと出かけたことだとか。


 困って言葉を濁す私を見てサミュエルは苦笑し、そのままぽつぽつと語り出す。

 伝わらないことにちょっぴり肩を落とす姿はショボンとして見える。


「俺はエリザベスに頼ってほしいと思っている。付き合いの長いルイならまだわかるが、ユーグに先に頼ったと思うと胸がざわつく」

「えっと、それは、……えっ?」


 言葉がカタツムリの歩みのようにゆっくりと脳に浸透し、また同じ速度でゆっくりと目を見開いた。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、サミュエルをガン見する。


 ──胸がざわつくって言った? ざわつく? えっ? ざわつくって何?


 軽くパニックだ。

 ありありと困惑が私の顔に出ていたのだろう。サミュエルが肩を竦め、もどかしげに髪をかきあげた。そして、はぁぁと大きく息を吐き出す。


「俺もよくわからない」

「…………」


 そうですか。わからないんですか。

 そう言われてどうしたらいいのかと言葉を発せないでいると、サミュエルは身体ごと私のほうに向け、膝と膝がくっつきそうなほど距離を詰めた。


「ただ、もっと頼ってほしいと思っている。ユーグと二人で出かけたことには何か理由があるのだろう? それを話したくないのなら強引に聞き出したりはしないが……」


 そこでちらりと私を見る姿は、不安とも懇願とも取れる表情をしていた。

 それが自分でも不満なんだとばかりに皮肉げに口端を引くと、その表情のままに躊躇うようにサミュエルは口を開いた。


「……理由が、あるのだろう?」

「まあ、はい。そうですね」


 それとは反対に軽く私が肯定すると、サミュエルはほっと安堵の息を吐き出し、またぐっと眉間にしわを寄せた。

 何をそんなに言葉にすることを躊躇うのか。二人の温度差が半端ないなと当事者ながらに思う。

 私はただひたすら説明を待った。


「相手はユーグだからな。それはわかっているんだが……」


 もどかしげにそう呟くと、一歩詰めてくる。膝と膝がくっつきその体温に意識を奪われていると、クイッと顎を持ち上げられた。


「エリザベス」

「ちょっ」


 吐息がかかるほどの近さに戸惑いの声を上げるが、「シィィー」と小さな声で制され押し黙る。


 ──って、何なの?


 普段の竹を割ったような潔い声は、少し低めて口元を微妙に歪めるだけで魅惑的な声音へと変化した。

 真意を問うようにサミュエルを見つめると、意志の強さを表すきりっとした双眸にほんのりとした緊張感がまとっているのが見て取れた。


 サミュエルの雰囲気に押し当てられ、ごくりと喉を鳴らす。

 固まったままで、あまりの展開についていけなくて反応できない。

 

 ──いったい、何がどうなってこんな状況に?


 まるでキスをするかのような空気と、実際鼻先まで触れ合うような近さまでぐっと寄ってきたサミュエルの吐息がかかる。

 ぞわぞわっと得体の知れない感覚。固定された顎は逃げることもできず、ただただ相手のすることを見守るだけになった。


 見つめる先、サミュエルからは揶揄う雰囲気もなくいたって真面目だ。でも、真意がわからない。

 だから、どうしていいのかわからない。

 どれほどそうしていただろうか。耐えきれずいつの間にか息を止めていた私がはっと息を吐き出すと、瞬きをしたサミュエルがゆっくりと口を開いた。


「俺もエリーと呼んでもいいか?」

「えっ?」

「それと俺のことは、サミュエルと呼べ。敬称はいらない」


 この体勢で言うことがそれ?

 私はふるふると小さく首を振った。いまだに顎を掴まれたままなので、大きなアクションがとれない。


「王族の方に、それは無理です」

「ルイのことはそう呼んでいるのに?」

「それは付き合いが長いからと、ルイがそう言うので」


 身分を知らない時期があったこと。知った後でも、可愛くおねだりされ、こちらも負い目があったので逆らえなかった。

 あの時のルイの可愛さは殺人級だった。そんな可愛い友人に逆らえるすべを当時の私は持ち得ていない。


 だから、それとこれはまた違うだろうと告げると、納得できないとばかりにサミュエルはしみじみ呟いた。

 しみじみ、なんだかしみじみ胸に沁みてくる。これは距離が近いせいか。


「俺たちも一年は一緒にいる。人によって贔屓(ひいき)はよくないと思うが?」

「贔屓ってほどのことでもないと思いますが」

「贔屓じゃなければ差別だろ? 俺もルイと同じ王族でありながら友人だと思っているんだが? 王子も友人もルイとは同じ条件だ。なら同じように接してほしい」


 瞳の赤が増し、獲物を狩るかのように私を捉えてくる。


「なんか、強引ですね」

「……ああ、そうかもな。それくらいしないとエリーは聞かないだろう?」


 意地悪そうにサミュエルがにやっと笑い、豪胆に認める。

 しかも、しゃべるたびにかかる吐息。なぜこのような体勢で話す必要があるのか。


「なあ。そろそろ俺もルイと同じ位置に置いてもいい頃だろ? それとも俺のことが嫌いか?」

「嫌いじゃありません」

「なら、いいだろ? 女子でこんなに話せるのはエリザ、……エリーだけだし、エリーだってもう俺には慣れただろ? 来年になったら本格的に実地演習も入る。信頼関係を深めるためにも良いと思わないか?」


 確かに、このままいくと王子たちと組まされることは増えそうだ。

 彼らとの魔力の相性も良く、互いに邪魔をせず力を使えるのはとても貴重だ。


「そうですね」

「なら。決まりだ。これからよろしくな」


 決まったようだ。

 丸め込まれてしまったけれど、本人が望んでいるのならそれでいいとしよう。


「よろしくお願いします」

「何かあったら頼れよ。ユーグやルイが頼りにならないと言っているわけではないが、力は一番俺が強い。そして頼れと俺が言っていたことはしっかり覚えておけ」

「はい。ありがとうございます」


 矢継ぎ早に告げられ、私はその勢いに圧倒されながらこくりと頷いた。

 口元が緩んでいくのを止められなかった。

 嬉しい。そんな感情が胸を支配する。


 結局、サミュエルは『頼ってほしい』と言いたかったようだ。

 していることを『やめろ』ではなくて、やる前提で何かあれば頼っていい。何かを知らなくてもそれでいいと言われ、随分と信用されていることを教えられる。


 ルイもそうであったが、いろいろ察しながらも深く聞かないでいてくれるようだ。

 ユーグと私のコンビは不自然であるとともに、それだけで彼らには思うことがあるようだ。それで今回のこの話なのだろう。

 王族だけど、気取ってなくて頼りになって、こうして心を砕いてくれる友人を持てたことが本当に嬉しくて、もう一度言いたくなって口を開く。


「サミュエル。本当にありがとう」

 

 思えば、転生を繰り返したこれまでの生で、ルイを含めここまで親しくしてきた学友はいなかった。

 運命に抗おうと必死で、気持ちを砕く友人関係を学園内で築いてこなかった。


 だから、嬉しい。

 心がほこほことする。


「お、おう。何かあれば必ず教えろよ。ルイにも言ってないんだろ?」

「ええ。はっきりすればお話しします。その時にサミュエルの力を貸してほしければお願いしますね」


 私がにっこり笑って彼が望む言葉を口にすると、ぱちくりと目を大きく見開き続いてくしゃりとサミュエルは笑みを浮かべた。


「ああ」


 サミュエルは納得したのか笑みを深くすると、やっと顎から手を離した。

 通常通りの距離で視線を合わせ、そこで互いに我に返る。


「ちょっと、やっぱり近すぎましたね。そろそろ帰りましょうか」

「……そうだな」


 美しい夕日を背に私たちは寮へと戻った。



 その夜、私は超がつくほど機嫌がよかった。心強い味方が増え満足だ。


「いい人たちばかり……」


 王子ってだけで苦手意識を持っていたのが、かなり昔のことのようだ。


「きらきらはいいきらきら~。ネバネバはネバネバ~。サラサラは、サッラサラ~。はいよっ!! よいせぇ~!!」


 気分のまま歌を歌い、慣れた手つきで葉をこして意気揚々と新薬開発に勤しんだ。




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