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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第二章 学園七不思議

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9.わかりやすくお願いします


 青い空。校舎裏の広々とした空間。風に乗って、美男子たちの汗が舞い散りきらりと光る。どこぞの表紙絵みたいな爽やかさ。

 無事にユーグと協定を結ぶことに成功した週明け。


 ふらりふらりと放課後学園を散歩していると、廊下の隅で女子に囲まれ困っているサミュエルに声をかけたら彼に捕まった。

 それからちょうどいいと、ずんずんと連れてこられ今に至る。


 目の前には体格にも恵まれた運動能力が高い青年たちが鍛錬しており、その脇で私はぽつりと一人座っていた。

 非常に好意的に迎え入れられたため今更去りにくく、名も知らぬ先輩にうやうやしく敷かれたハンカチの上に座り、何よりここを取り仕切るサミュエルに見とけと言われては帰るに帰れない。


 先ほどから、カンッ、シュッと剣がぶつかり合い、退け合い、緊迫した空気が流れる。

 ここにきて一番の緊張感にドキドキしていたら、目の前でサミュエルがすっと後ろに下がり上からかぶりを振ったはずなのに、いつの間にか横から入り相手の喉元にひたりと剣先を突きつけた。


「降参です」


 カシャン、と剣が落ちる音ともに両手を挙げ降伏する相手に、サミュエルは身体をすっと後ろに引いた。


「すごい!」


 思わず、感嘆の声を上げる。

 訓練を見学するのは初めてのことではないし、練習用の剣で切れることはないと聞いていても、迫力がありすぎて何度見てもヒヤヒヤする。


「まだまだ脇が甘い。目が剣を追いすぎだ」

「わかっているのですが、サミュエル様は誘導が上手いので動きにつられてしまいます」


 相手が悔しそうに眉を下げると、サミュエルはにやっと笑う。


「わかってるならいい。頑張ることだな」

「頑張りますよー」


 サミュエルがなめらかに剣を収め、それがお開きの合図になった。

 相手も落とした剣を拾い、同じように鍛錬していた者や彼らの攻防を見ていた者も片付けを始め、今日の感想や腹が減ったと和気藹々とした空気になった。


 そこで私は詰めていた息を吐き出した。

 訓練だとわかっていても、ぶつかる音や(まと)う空気にこちらまでピリピリとして身体が強張っていたようだ。肩を後ろに反り肩甲骨辺りを回して解す。


「……で、いつまでここにいたらいいのかな?」


 周囲は帰宅モードで、見終わった今はその流れに乗って帰ってもいいものかどうか。

 疑問をぽそりと口にすると、こちらを見たサミュエルがまっすぐに向かってくる。

 結構離れた距離にいるはずなのに、聞こえたようなタイミングとその真剣な表情と射抜くように外されない視線にどきっとした。


「エリザベス」


 サミュエルが私の正面に立ち影ができる。

 それにつられるように視線を上げると、サミュエルは一度きょろっと視線を彷徨わせ意を決したように私を見下ろした。

 数秒間見つめ合い、特に何か言うでもなく肩にかかったタオルで汗を拭いていたが、サミュエルはとすとんと私の横に座る。


「お疲れ様です」


 ふぅっと息を吐く相手を(ねぎら)うと、手を止め「ああ」とぼんやりと生返事をしたサミュエルは何やら考えるようにじっと前を見ながら口を開く。


「……どうだった?」

「えっ? っと、何がでしょうか?」


 首を傾げると、さっきと変わらぬままの姿勢でサミュエルがもう一度同じ言葉を繰り返す。


「だから、どうだった?」


 えーと、これは何を聞かれてるのか?

 向いている視線の先を考えればさっきまで行われていた訓練の感想……、だろうか。


 顔を合わせると感情が瞳や表情からわずかながら読み取れ、三人の王子の中で一番何を考えているのかまだわかりやすい相手だ。

 あくまで三王子の中ではというだけで、あとの二人が完璧なほど笑顔を貼り付け読みにくいので基準とするのも変であるが。

 根は単じゅ、あっ、素直な人なので、流れ的にそういうことなのだろう。


 ──それに、見ていろと言われたし。


 そういうことだよねと頷き、先ほどのピリピリとした緊張感を思い出し感想を述べる。


「みなさんすごかったです!!」


 自分にはできない動き。女性にはない筋肉から繰り出される剣技、しなやかに力強い動きは見ていて気持ちがよく惚れ惚れするものだ。

 素直な気持ちをそのまま伝えると、むっと機嫌が悪そうな低い声が降りてくる。


「ふぅん」


 ふぅんって何? 聞いといてなんなのよ? と心の中で文句を言いながらもう一度サミュエルのほうを向いてエリザベスは後悔した。

 目を見開き瞬間凍結したかのように固まる。


「……っ……」


 ――って、何その顔?


 夕日のオレンジと赤のグラデーションがここまで伸びてうっすらと染まる。

 それと相まって燃えるように赤く見えるサミュエルの瞳が私をひたと見据え、じぃっと私に物言いたげに瞳の奥を見つめてくる。


「サミュエル様?」


 もうこれ以上は本気で穴が開くと思った瞬間、赤の光彩がぎらりと揺れ、サミュエルはふんと鼻を鳴らすとつまらなさそうにそっぽを向いた。

 あれ? らしくないサミュエルの反応に内心で首を傾げた。


 今日はいつにも増してご機嫌斜めのようで、どこか苛立ったような気配を纏うサミュエルの端整な横顔を眺める。

 その視線に気づいたサミュエルがまたこちらに向いた。


「ちっ」


 舌打ちされ、私は眉根を寄せる。


 ──ちょっ、何なの?


 うっわぁ、ガラ悪い。機嫌が悪い。それでも品の良さを感じさせるもので、気分が悪くなるほどのことではないが居心地はよくない。

 いったい何なんだとそのまま視線を向けていると、サミュエルは足を組みはあっと息をつくと、足に肘を乗せ私を覗き込んできた。


「なあ、俺に何か話すことはないか?」

「話すこと?」

「ああ」


 探るようでいてどこか甘えも含む声音に、全く何も思い浮かばずキョトンと見返す。

 すると、サミュエルはまた深々と溜め息をついて黙り込んでしまった。


 うーん、話すことと言われても思いつかない。

 日常的に会話をしているし、改まってするようなことは特にないはずだ。

 いつもはわかりやすいのに何か考え込んでいるような相手の思考なんて読めるはずもなく、どうしようかと眺め困っていると、体格のいい美形集団がぞろぞろと私たちのところにやってきた。


「サミュエル殿下。エリザベス嬢。お先に失礼しま~す!」

「しまーす!」

「こら、その態度」


 てしっと友人に頭を(はた)かれた青年が、慌ててピシッと敬礼する。


「あっ、すみません。失礼します」

「ありがとうございました!」

「エリザベス嬢、また見に来てくださいね」

「うすっ!」

「サミュエル様、次は俺と手合わせお願いします」

「暗くなる前に帰ってくださいね」


 ぞくぞくと片付けが終わった青年たちが、口々に挨拶とともに帰宅していく。

 サミュエルを王子として敬いながらも、親しみを込めた空気も感じ取れ関係性は良好そうだ。


 それに合わせて、サミュエルは軽く顎を引いたり、手を挙げたりしている。

 その横で、エリザベスは微笑み会釈を繰り返した。さすがに全員に一つひとつ返すのは無理だ。


 それもわかってるのか挨拶を終えた彼らはさっさと自分たちの会話に戻り、「今日は三皿お代わりする」「俺は五皿」「甘いな、俺は十皿だ」とどうでもいいことを競っていた。

 とにかく、腹ペコだということがわかる会話だ。なんだか和む。

 くすりと笑みを浮かべて、横にいるサミュエルに聞いてみる。


「十皿はさすがに無理ですよね?」

「あいつらなら食べる」

「……冗談ですよね?」

「じゃないぞ」

「………っうそっ!? 人類の神秘」

「なんだそれ」


 こちらは軽い冗談のつもりであったのに、サミュエルは疑問も持っていないらしい。

 大量の食料が胃袋にしまわれ消えゆくことになんの不思議も感じないなんて。


 自分より大きいといってもスラリとした体躯に、何を食べるかにもよるが十皿もの食事が消えるなんて信じられない。思わずまじまじと彼らの背中を見送る。

 横にも縦にも丸くない。体に穴も空いてない。うん。普通の青年。


「はあ~、まだまだ知らないことってたくさんありますね」


 私がしみじみと告げると、サミュエルは真面目な表情のままかすかに眉を上げた。


「別に他人の胃袋事情を知っていても知らなくても何も問題ないだろう?」

「そうですけど、これって軽くカルチャーショックです」

「全員がそういうわけではないから、カルチャーではないだろう」

「それはわかってるんですけど、でも十杯は…、うえっぷ、考えただけで胃から首元まで何かが這い上がってきそうです」


 どうやって消化するのだろう。

 想像だけで胸焼けする。


「ふっ、なら考えなければいい」

「まあ、そうなんですけど。……あっ!」

「どうした?」


 急に大声を上げた私を訝しむサミュエルを放っておいて、私はおーいと手を振った。


「あっ、あの、ハンカチの人!」

「おい」


 視線の先には、現在私のお尻に敷かれたハンカチを貸してくれた人がいて慌てて呼び止める。

 立ち上ろうとした際ひらりとスカートがはだけそうになって、サミュエルに落ち着けとばかりにぽんっと肩を叩かれた。


「すみません。会話の途中ですが少しだけ待ってください。ハンカチのお礼を先にしておかないと」

「…………わかった」


 説明にしぶしぶ頷き手をしまったサミュエルを眺め、私はもう一度前方に視線をやった。

 名前がわからずハンカチの人って呼んでしまったが相手は気づいてくれたようで、ああと口を開くとこちらにやってくる。


 ──わぁお、やっぱり大きい。百九十センチはあるのではないだろうか。


 初めて会った時も思ったが、身長も高く周囲よりもさらにがっしりとした体躯の相手は大きくて、目の前に来られると反射的におしりがずり下がる。

 だがすぐさま、礼をしたくて私が呼び止めたのだと姿勢を正し相手を見上げた。


「引き止めてしまってすみません。ハンカチをありがとうございました」


 立ち上がりハンカチを取ろうとすると、相手は手を挙げ静止する。


「いえいえ。まだ、サミュエル殿下とお話があるのでしょう? そのままお使いください」

「でも……」

「そのままもらっていただいてもいいのですが扱いに困ると思いますので、後日か、そのまま殿下に返却くだされば」


 そこまで言われてしまえば、固辞するのも悪いと私は小さく会釈をした。


「心遣い感謝致します。えっと」

「ああ、失礼いたしました。私はマーク・ヒューズです。二級上でお姉さんのマリア嬢と一緒のクラスです」

「マリア姉様と?」

「はい。彼女とはたまに話すくらいですが顔見知りですよ」


 高身長にしっかりした骨格、短髪に眉も目もキリッとしていて美丈夫で迫力のあるヒューズ先輩は、そこでにこっと笑みを浮かべる。


 共通の話題とばかりに姉の名前を出したのは、こちらがびびっているのを察したからだろうか。無骨そうな割に意外と話しやすい。

 姉の顔見知りと思えば、私の警戒心は薄くなる。

 全く知らない先輩と、どこかで繋がっているとわかる先輩とでは壁一枚分くらい違うものだ。


「そうなんですか。それは知りませんでした」


 ほっと緊張を解き微笑むと、ヒューズは穏やかな笑みを浮かべた。


「ええ。エリザベス嬢と話したと知れたら怒られてしまいそうですがね」


 そう言ってウインクをしてみせる相手は、姉の度を超えたシスコンも知っているようだ。

 一部では有名なので仕方がない。

 同じクラスだということで、あれやこれやと迷惑をかけているのだろう。ほんと申し訳ない。


「すみません」

「なぜ謝るのです? こうして話すとマリア嬢があなたを可愛がりたい気持ちはわかりますよ? 堂々としていればいいのです」

「ありがとうございます。先輩の先ほどの剣技、力強くてとても格好良かったです」

「嬉しいですね」


 守ってもらえそうな包容力のある安心感とでもいおうか、お兄さんという感じだ。

 今も威圧感を与えないようにか、程よい距離感で話してくれている。空気の読める人っていいよね。


「あのっ」


 ヒューズ先輩の株を私の中で上げ、姉の様子でも聞いてみようかと話しかけようとしたら、それまで沈黙していたサミュエルが会話を遮る。


「ヒューズ先輩、そろそろ」

「ああ、すみませんでした。では、失礼します。エリザベス嬢もまた」

「えっ、あ、はい。ありがとうございました」


 もう一度礼を告げると、にこりと笑みを浮かべてヒューズ先輩は去っていった。

 そのたくましい背中をじっと見つめ見送る。夕日を背負ってカッコイイ!!


「気に入ったのか?」


 背景も魅力に入れるなんて絵になるよねとぼんやりと眺めていたら、静かに問いかける声にはっとしてサミュエルを見た。

 くいっと視線でヒューズ先輩を指し、誰のことを言っているのか理解する。


「ああ、ヒューズ先輩? 頼りになる人ですね。優しいし、理解あるし」


 あの姉のことをなんの気負いもなく話題に乗せたこと。

 マリアの美貌は男を狂わせ、姉のシスコンは周囲の調和を破壊するとまで言わしめる。

 そんな姉と同じクラスで関わりのある相手が、ただの姉妹として自分たちを見ているような発言はとても新鮮だった。


 そう考えると、ますます素敵な先輩だ。

 うんうんと頷いていたのだが、途中でサミュエルの反応がないことに気づく。様子をうかがうと、面白くなさそうにそっぽを向いていた。


 なぜに????


 いやいや。今日のサミュエルは何かおかしい。話題を振ってくる割に反応が少なすぎる。

 ちらっとこちらを見て、視線が合ったことに目を細めると一言。


「で?」

「で、って?」


 もう少し言葉を多めにお願いしますぅぅぅ。

 今日はすれ違い気味で、このままでは会話の終わりが見えない。こんなことしていたら、夕日も地平線に落っこちて夜が来てしまいそうだ。


「さっきの話だ」

「……話って、ああ、話すことっていうやつですか。もう少し具体的にお願いします」


 身長差のせいで自然と上目遣いになりながら頼むと、サミュエルはじっと静かにエリザベスを見つめはぁっと溜め息を吐き出した。

 なんか釈然としない。


 こっちの理解力が足りないとばかりの態度だが、そっちの説明不足ですからっ!

 私がむっと眉間にしわを寄せると、長い沈黙の後、サミュエルはようやく口を開いた。


「──……週末。ユーグと二人で出かけたらしいな」


 淡々と問われ、そのことかと納得。

 というか、始めからこう切り出してくれていたらよかったのに、随分遠回りした気がする。


 で、週末だけど、あれだけ人がいたのだから、誰かに見られていてもおかしくない。

 ルイもいないのに、ユーグと行動したというのが気になったというところだろうか。


 サミュエルは堅気気質で、従兄弟とは王座を競う良きライバルであり、血縁としてその存在と関係を大事している。

 なにせ、ルイのことを私が誑かしていると怒って屋敷までやってきたほどだ。情に厚い。


 今では誤解は解けたものの、それのおかげか私のいるところにはルイありきと思っている節があった。

 実際、サミュエルと話すときは大抵ルイがいるので当たらずとも遠からずである。


「はい。野暮用にお付き合いくださいました。ルイには出かけることは話していましたよ?」


 だから、ルイを差し置いてという話なのだろうと、従兄弟思いのサミュエルにそれを付け足した。


 ユーグとの話し合いで、『実みたいなモノ』のことは王子たちにははっきりするまで黙っていようということになった。

 不確定要素で多忙な王子を煩わせるべきではないとの意見の一致である。


 ただし、大事であった場合はもちろんのこと、ただの杞憂であった場合にも話すこと。それを約束させられた。

 別に意味のないものであったのなら話す必要はないと思ったのだが、そこは話さないと後で大変なことになるとユーグがやけに真剣な顔で告げるので了承した。


 いろいろあっての今。

 私なりに頭を働かせ一人納得して正解を出した気分でいたのだが、「……そうじゃないっ」とサミュエルはもどかし気に眉を寄せた。




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