8.証明
私が息を吐き出しきると、慇懃無礼に礼をして顔を上げたライルは決然とした表情で静かに語る。
「まだ正式に名乗っておりませんでした。申し遅れましたが、全商連西区支部長、ライル・オードランです」
「西区支部長?」
「はい。全商連当主よりエリザベス様のサポートを仰せつかっております。どなた様でも不利益を被ると判断した場合容赦しませんのでこれからよろしくお願いします」
「それは脅しですか?」
改まった紹介を受けたユーグは淡々とした声だったが、ライルを見る瞳には警戒心が浮かんでいる。
「いえ。当然のことを言ったまでですよ。私たち商人にとっては商いの邪魔をされないのであれば、誰がどのように動こうが構いません。ですが、商人も人ですからね。利益を度外視しても動く時はあります。お気に入りを傷つけられると腹が立つものなんですよ」
「何が言いたいんですか?」
そこでライルは小さく肩を竦め、にこやかな笑みを浮かべる。
「さあ? 我々が扱うものは何も物だけではない。身内とルイ様以外、ここに連れてきたことがないエリザベス様がノッジ様を連れてきた詳しい理由は存じませんが、ここまでされたことの誠意は伝わったのではないのでしょうか?」
「確かに、全商連が関わっているとなるとエリザベス嬢の実力はかなりのものですね」
そこでちらりとユーグが私を見たので、笑みを浮かべゆっくりと頷いた。
険はあるもののライルがどユーグに対して立場を明らかにしたということは、私のことを援護するためだ。
何も言わずとも、そうすることが必要だと判断した上なのだろう。
この国で商売する者は全商連の存在を避けて通れない。現在も加盟者、利用者が増え組織は大きくなる一方で全商連は場合によっては国をもまたぐ組織である。
圧倒的な流通経路。それに加えて信頼は厚く、この国で商売するのに全商連を敵に回すと生きていけないとまで言われている。
その反対に、対価を払うと守ってもらえる。
ただの商売人の集まりではなく、商売するにあたり縄張り争いだとかそういったことの解決まで請け負う。
ただし、さっきも言ったが対価が必要だ。慈善事業ではなくてあくまでそれらも商売。
身分だけでいうと貴族のほうが上であるが、彼の、彼らの持つものを考えると十分な牽制となる。それだけの力がライルたちにはある。
だから、私の成果の証明とともに、全商連と繋がりのある者の信頼を裏切るなと文字通り脅しでもある。
まっすぐに相手を見据え待つユーグに、ライルが空気を変えるようににこっと笑みを浮かべる。
ただ、その瞳は気を抜くことは許さない鋭さを持っていた。
「私たちがここに店を構えたのは我らのエリザベス様とやり取りするためです。利益というよりは、商品の受け渡しや情報交換の場として利用することが主な目的でした。バカ高い相場料と審査はとてもきつかったですが、お嬢様のためなら我々えんやこらです。しっかり今では利益も得ている。さすがリズ嬢の作る物。やっぱり女神。最近はここにいち早く商品が届くとどこかで噂を聞きつけたお客さんも来ますから、いやぁ、本当に審査通って良かったです」
「わかりました。エリザベス嬢の能力は学園に入学する前から秀でていたということですね」
無駄に長いライルの説明。
一言で済むのにいらない情報が多かったけれど、それらはあっさりスルーして関係性や私が証明したかった能力についてユーグは理解してくれたようだ。
ライルのアゲアゲ褒めに苦笑しながら、私自身も説明をと口を開いた。
「お金が絡むことなので周囲にはこれらのことは相談しているので問題ありません。売り上げはテレゼア領土の発展整備へと少しながら貢献させていただいております」
「土台があると商売しやすいですし、整備のおかげで活気づいてきましたよね。我々もありがたいです。リズ嬢の非凡な頭脳と魔法から作られる薬は、安価なものから高価なものまでどれも効き目ばっちりですからね。イース商品は信頼性高く出回っております。信頼度と利益率が高いなんて素晴らしいことです。本当にリズ嬢の視野の広さと柔軟性には驚かされることばかりです」
さっきの違和感なんてなかったかのようにライルはにっこり誇らしげに顎を上げ軽く笑い、そろちゃんを出して顔の横でかちゃかちゃと音を慣らす。
楽しいよと効果的に表現しているつもりなのだろうけれど、それ、たまに武器になるやつだから。
「……そうですか」
「そうですよ。イース商品はリズ嬢がいる限り伸び代しかないです!」
微妙な間はあったがユーグも納得したようだし、第一段階クリアよ、クリア。
そう思わないと、あれこれ突っ込みどころ満載で話が進まない。
薬学の知識を信頼してもらうには、商品化していることで実績を証明することができるためここに連れてくることが一番手っ取り早かった。
──これで多少なりとも見方が変わってくれるといいのだけど……。
自己証明って結構難しいものだとしみじみと思う。
あと、なんだっけ? 普段の行動を知りたいということだったので、それも一つ達成だ。
薬を作ったり、売ったり、利益を領地で活用したりと、公爵家の娘として良い仕事しているはずだ。
普段の行動を呆れられている分、真面目な一面(?)というのも見てもらえたら好感度は少しくらい上がるのではないか。
少なくとも、今までより下がるということはないはずである。
私的にはいろいろこれで済んだと思っているのだけど、さっきからプラス思考に持っていきたいのに冷ややかな空気を漂わせるユーグの真意がわからず、結局、眉尻を下げて愛想笑いを浮かべた。
うーん。この視線はあれですね。
やっぱり女性に対しての不信感からくるものか。もしくは、私個人。王子の友人としての、がつくのか。
──わかってます。わかってますよー。
私はひっそりと項垂れる。
当初より嫌われていないとは思うけれど、完全に信頼されていないのだろうことはその冷めた視線が物語っている。
人より行動的すぎるということは、学園に来て同じ年頃の令嬢を身近で見てきてさすがに理解していた。
いつかのルイが言っていた、『ひっそり』ができていないというのもなんとなくだが前よりはわかっている。
そういったところが、王子の友人として好ましくないとユーグに思われていることもわかる。
完璧を求めるユーグだからこそ、敬愛する王子の近くにいる女性は完璧であってほしい。少なくとも屋根に登ったり、足を出したりする令嬢は範疇外なのだろう。
でも、薬草の知識について信頼してくれないと話が進まない。
というか、これ以上にどう説明したらいいのかわからない。手札は見せた。
とにかく、突破口が欲しい。何を考えているのか知らなければ攻め方もわからない。
とりあえず、喋ってほしいなとじっと待っていると、ふぅっと息を吐いたユーグが口を開いた。
「エリザベス嬢に対する私の認識は甘かったようです」
「認識?」
「ええ。行動範囲が随分広いようなので驚きました」
「…………」
まるで朗読するように淡々と告げられるそれは、どう受け止めたらいいのだろうか。
いつもだったら嫌そうに顔をしかめられるのに、今は極力顔に出さないでおこうと思ってのそれか、本当に特に何も思っていないのか、どことなく違和感を覚えるが表面上は普通であった。
反応に困り首を傾げると、ユーグがわずかにぴくりと眉が動いたがどこか諦めたようにふっと息をつき、静かに私が持ってきた箱へと視線をやった。
「なぜこのようなことを始めたのですか?」
「趣味も兼ねて商売と貢献ですね」
その質問は考えるまでもなく口からするりと出た。
趣味ありきのそれらは、今ではこのよくわからない世界で自分が自分たるものの証のような気がしていた。
そういった実績があって、この世界で異端ではないとの証明。存在してもいいという、必要だと言えるもの。
まあ、大袈裟に言ってみたけれど、記憶を持っていることの不安は潜在意識の奥のそのまた奥底にあり、それがほんのたまに、たま~にちらっと顔を出す。
詰みたくないからもあるけれど、それに繋がるかどうかわからない活動はそういった意識に起因しているような気もする。
それともこれはただの性格なのか。自分でもよくわからない。
「それが薬草だったと? そもそもなぜ薬草だったのでしょうか?」
「えっ? それはストレス発散みたいなものです。ノッジ様もたまにありません? ふといろいろ忘れて集中したいこと」
「まあ、なくなはないですね」
「それです。私の場合あまりうろうろすると心配されるので、こもってできることをと探していたら薬草に出会いました」
主に姉のマリアだ。過保護な姉は少しでも傷を作ろうものなら、文字通り飛んでくる。
ユーグも頭に浮かんだのか、微妙な笑みを浮かべた。
「ああ……、なるほど」
「薬草を見つけて、ごりごり擦って、ぶくぶくと煮ると余計なことを考えずにすみますし、仕上げる工程が好きなんです。その上、現在はライルたちのおかげで効果を実感できてるのですから素晴らしいと思いません? 人の役に立つのですからこの趣味は誰にもケチをつけさせません」
熱弁すると、ユーグは眉間をもんだ。
そして、気難しそうに口を引き結んだかと思うとすぐ緩め、溜め息をついた。
「誰もケチをつけようなんて思っていません。そういうことを言いたいのではなくてですね」
「なら、何をおっしゃりたいのですか?」
「まあ。あなたの行動に意味があることはわかりました。それらに筋も通していることもわかったので、薬草知識の件、そして前回の話を信頼した上で進めます」
「ありがとうございます」
よくわからないけれど認めてもらえたようで良かった。
気の緩みで口元が緩みそうになったけれど、まだまだこれからだと慌てて表情を引き締めながら頭を下げる。
「……いえ」
「よろしくお願いしますね」
「むしろ、こちらがお願いしないといけないことですから」
「では、協力していくということですね」
「そうですね」
「よ…っ」
「よ?」
互いに『よ』の口で見つめ合う。
グレーの瞳が私を射抜がすぐさま視線を逸らされたので、私は慌てて頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「何度も言わなくても大丈夫です」
「はい」
ふうぅぅ~、と返事をしながら安堵の息をついた。
途中、よしっと言いそうになってしまった。危ない。危ない。そんなことしたら、また出だしに戻ってしまうところだった。
――ユーグも少し含みがあるような感じではあるが、言質を取ったぞぉぉぉ。やったー!
よろしくって言った。言ったからね~。
忘れないからね~。ライルという証人もいるからね。
私は内心ガッツポーズしながら、淑女よろしく令嬢スマイルを浮かべた。
好感度アゲアゲ作戦ってわけではないけれど、ここは貴族子女らしく淑やかに。
──ああ~、一気に肩の力が抜けた気分。
これで王子関係でフラグイベントが起きたとき、必要ならば情報やら助けてくれる人を確保できたと思うと、それはもう気分は違ってくる。
ユーグは現王の息子であるシモンに近しい存在なので、もしもの時は心強い存在だ。
わずかに顔をしかめたユーグを、笑みを湛えたライルの赤茶の瞳が獲物を前にした猛禽類のような迫力に光り捉えた。
静かに視線だけでやり取りがあったが、ここでの私の仕事は終わった。もうその辺は気にしないことにする。
私は気持ちが軽くなって、にこにこと笑みを浮かべ弛緩した。




