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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第一章 新たな始まり

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6.実みたいなモノ


 私はコロン、コロンと机の上にそれらを転がしたあと、小瓶や袋と順番に並べていった。


「これは何ですか?」


 机の上に視線を投じたユーグが、あからさまに眉をしかめる。ぐっと寄せた眉間は痕がつかないかと心配になるほどだ。

 私は説明すべく再び視線を下ろし、ころころと指で転がして遊ぶ。


「この一年間でこの学園内で見つけた実みたい(・・・)なモノです。どれだけ調べてもこれが何なのかはわかりません」


 始めに転がしたモノは、先ほど告げたように学園で定期的に見つける実みたいなモノ。

 そして机に並べられた小瓶や袋の中身は、正体を知るためにそれらをすりつぶしたり、煮たりしたモノだ。


「それはどういう意味ですか?」


 この説明だけでは意味がわからなかったのだろう。

 急に始まった私の実転がしを(いぶか)しがるユーグに、私はどう伝えようかと考えがまとまらないまま口を開いた。


「そうですね。意味があるのかないのか、それをはっきりさせたいと思いまして」

「曖昧な答えですが、少し理解しました。これが何であるか明確な答えを知りたいと。あなたは草花の知識に自信があり、その上でお手上げだとおっしゃっているのですね?」

「ええ」

「確かにご令嬢にしては詳しいとは思いますが、かといってこの場に出される意図がわかりません」


 一学生である私が断定して調べるほどでもないと言いたいのだろう。

 ユーグの不審がる気持ちと呆れもわかる。

 私も最初はこの実みたいなモノのことを全く気にしていなかった。なんなら目新しいモノをゲットできたことに喜んでいた。


 それが一個や二個ならまだいいのだが、実際定期的に発見しているのだ。その上で結局何かわからないとなれば気になる。

 それを知るには、自分だけではどうにもできないと思いこの機会に話を持ちかけた。


 それでも急すぎることと、自分への信頼のなさで話が進みそうにない。

 やはり、まずは自分への信頼、今は草花の知識について信頼を得ることが手っ取り早いようだ。


「その辺は後ほど。そのことも含め週末にあるところに行く予定なのですが、その時ご都合がよろしければノッジ様も一緒に行かれますか?」


 行動をともにと言っていたので、知ってもらういい機会にもなるだろう。

 用事も済むし相手の意向も汲める。説明よりも実際見てもらうほうが納得してもらえるはずだ。


「それでいろいろわかるとでも?」

「はい。私の行動を知りたいのですよね? あと草花、特に薬学の知識の正誤性もそこで理解していただけるかと思います」


 百聞は一見に如かず。ユーグのようなタイプと自分たちの関係性を考えると一番それが有効的だろう。


「わかりました。でしたら、あなたがその方面に長けていると仮定して話を続けましょう」

「それでいいです。先ほどの話に説明を加えると、この一年でそれを見つけた数は十六個です。ノッジ様にこのお話をしたのは、これは 『実』に似せた何かの可能性もあると思ったからです。偽造した可能性が少しでもあるならば、報告しておくほうが良いと思いました」


 そう。ここは王立学園。この学園に通う者はいずれこの国の中枢を担う者たちばかり。

 いわば国の宝が集まっており、しかも、現在三王子が通う魔法学園。セキュリティも万全なはずであるし、不審なものが混ざってはならない場所である。


 そんな聖域たる場所に、このような不確定なものがいくつも発見されていること事態おかしい。

 ユーグもわからないのなら尚更、精査する必要があるだろう。

 王家に近いユーグがこれの存在を知っているのならそれで良かったが、知らないとなれば問題が生じる可能性も大いにある。


 今後何もなければいい。でも、きっと何も起こらないということはないと思っている。

 中途半端に知るゲームの知識。『イベント目白押し』って言葉は私にとって無視できないものだ。


 ──ホント、中途半端よね。


 ある意味ひどくない? ひどいよね?


 何が起こるかわからないのに、ゲームをする側にとっては刺激的なイベントが待っていると知っているのだ。

 友人の興奮具合を間近で見ていて、しょぼい事件ということはないだろう。

 それが今回のことに関係するかわからないけれど、不安要素を取り除くことは私にとって大事なことであった。


 ――ああ、ホント、こちとら当事者なんですけど?


 王子たちのそばにいる限り、巻き込まれない可能性はゼロとはいかない。

 だから、これも早めのフラグ対策の一環になる。

 大事になる前に手折ってしまえば、こちらにくる被害は少ないはずであるし、何より王子たちが大変な目に遭う可能性を放置できるほど私は図太くない。


 ひっそりしたいし、のんびりしたいし、自分の呪縛の行方も気になるが、王子たちと友人となってしまった今、しっかり彼らに情も湧いていて野放しにはできない。

 だから、気づいた時に動く。対策する。

 これはマリアやソフィアに対してしていることとある意味一緒であるが、ことが自分だけで済まないという点ではやり方も変わる。


 なら、お手上げ状態である今、信頼のおける王子以外の誰かを引き入れるほうが得策だと思った。

 それは誰にと考えるまでもなくユーグしかおらず、どうやって切り出そうかと思っていたところでのこの話し合い。私としても使わない手はなかった。


 つらつらとそんなことを考えていると、今度こそ事の次第を理解したらしいユーグがうっすらと形の良い唇を上げ、冷たく机の上のモノを射抜いた。

 やはり頭の回転が早い。

 だからこそ、私も順序を間違えないようにと言葉を選ぶ必要があった。


「詳しく聞かせてください」

「はい。中が空洞で草花のように成長があっただろう痕跡はあるのです。ですが、これをそうだと断定できません。どんな図鑑や資料にも載っていませんし、その方面に詳しい方にも尋ねた結果、先日にそういったものはないと断言されました」

「その方が知らなかったとかでは?」

「いえ、それはありえないと思います」


 私はぶんぶんと首を横に振り否定する。


「なぜ、言い切れるのですか?」

「…………」

「エリザベス嬢?」


 言わないとダメかな? ダメなんだろうな~。

 ちょっと賢く聞こえるように、痕跡とか言ってみて納得してくれないかなと思ったのだけど無理そうだ。


 やっぱり王子の側近は手強い。

 あまり言いたくない。口に出したらこの先嫌な予感しかしないので、自然と口をきゅっと引き結んでしまう。


「そこで黙ってしまうと、説得力にかけてこの話は終わってしまいますが?」


 そうなんだけどと、ちらっ、とユーグを見る。

 眉一つ動かさず私を観察している。吟味している。


 こちらが困っているとわかっていて、人が濁したいことがあることに容赦なく踏み込んでくる。

 王子たちに関わる可能性があることだからこそ追求の手は緩めないのだろうけれど、ここにはシモンがいないのでたまに垣間見える友情の柔らかさもなく、ただただ厳しい人が目の前にいるだけだ。


「はぁ~~~」

「溜め息とは何ですか?」


 話さないと話が進まないのはわかるのだけど、溜め息をつかずにいられない。

 思わず出たそれに、ユーグがさらに冷たい視線を向けてくる。

 話を振っておきながら今更ごまかしですかと告げるその眼差しは正論すぎて、私はそっと瞼を伏せた。


「すみません。ノッジ様に対してではなくてですね。……これから口にすることに対してというか、できるだけ小さな声で言うのでしっかり聞いてもらえますか?」

「何を意味不明なことを」

「お約束してくださらないと、私のこれからに関わってくるのでこちらもこれ以上は譲れません」


 これは死活問題だ。万が一、あっ、考えるだけでもなしだ。

 ぶるぶると頭を振り思考を遮り、この真剣な眼差しを見てとばかりに顔をずいっと前に出しユーグと視線を合わせる。


 うっ、とわずかにユーグが肩を強張らせ身を引いた。

 それに構わずお願いしますと見つめていると、はぁっと諦めるように今度はユーグが溜め息をつき、彼にしては珍しく乱暴に髪をかきあげた。


「それは計算ではないのですね?」

「計算?」


 首を傾げると、ユーグが珍しく言い淀む。


「その……」

「その?」

「詰め寄ったり、じっと見つめてくることですよ」

「……あっ、すみません。馴れ馴れしすぎましたよね。この件に関しては余裕なくて必死なので。すみません」


 女性嫌いのユーグに対してしていい態度ではなかったかもしれない。

 相手は一定の距離を必要とする人だ。あまりにも焦ってしまって、その線を越えてしまったか。


 申し訳なさにちらりと様子をうかがうと、疲れたように眉間を寄せて奇異な眼差しを向けてきた。

 珍獣やゲテモノを見るようなそれにショックを受けるが、怒ってはいないようなのでセーフ。


「本当にエリザベス嬢は意味がわからないですね。まあ、それだけあなたにとって大事なことというのはわかりました。でしたら、あなたがこれから告げることに対して耳を澄ましていたらいいということですね?」

「はい。それでいいです。えっと、あ~、おほんっ。あ~、では言いますね。私の薬学の師匠なのですが、……、です」


 こしょこしょと口の中でその名を口にして、そろそろと周囲に視線をやる。


「……はっ? えっ? もう一度言っていただけますか?」

「だから、しっかり聞いてくださいと言いましたのに」

「いえ。聞いていました。あまりにありえない名前が出たので。あなたがぺ、ブべッ!!」


 そこで私は身体を乗り出し、思いっ切りユーグの口元を押さえた。

 容赦なく塞がれたユーグはブべッと変な声を出し、驚き目を見開いた状態であったが、そんなことよりと私はきょろきょろと周囲の様子をうかがう。


 よし。何も変わったことはない。

 ほっとしたら、ごもごもと手の向こうで口を動かし文句を言っているだろうユーグに気づく。


「あっ、すいません」

「くっ、はぁー。急に何をするんですか!?」


 手を離すと同時にキッと睨みつけられながら文句を言われた。

 さっき距離の近さに気をつけようと反省をしたばかりなのだけど、こちらも先に注意喚起を行った上だったので私ばかりが悪いわけじゃないのにとむっと眉を寄せる。


「だって、ノッジ様がその名を呼ぼうとしたので」

「呼んだところで何も変わらないでしょう。ぺ」

「ああ"あ"あ~~~。聞こえない~。テステス~。妨害電波発生~。き~こ~え~な~い~」


 大きな声で名前の部分を遮る。なりふり構わっていられない。

 バカですかと冷え込んだ池の氷のような視線を向けられるが、あなたこそバカですかって言いたい。

 こっちは初めから忠告していたのだ。ちゃんと聞いてくださいねって。そこで何かあるとはわかっているだろうに。


 じとっと睨むと、相手もアッシュグレーの瞳で睨んでくる。

 しばらく互いに譲らなかったが、いつもは折れる私が折れないことを悟ったユーグのほうが先に諦めたように視線の険をとった。


「何がしたいのですか?」

「だから、ここで名を呼ばないでください」

「意味がわかりません」


 意味が分からなくて結構。

 今はこっちの状態を察してくれるだけでいいのだ。


「世の中、わからないほうがいいこともあるのですよ。とにかく、その名を呼ぶのは禁止です。日に二度も口にすることも耳に入れることも禁止です」

「なぜですか? その名は、かの人を指しているということで合ってますよね? 先ほどの話の流れから、ぺ、あー、その方ですよね。彼に確認を取ったと?」


 言いかけたところをじとっと恨みを込めて睨むと、仕方がないとばかりにユーグは肩を竦める。

 理解してくれたというよりは、私の必死さに不承不承合わせたと言う感じだが、名を呼ばないならそれでいい。


「ええ。あの方が絶対だとおっしゃるならそうです。あの方がその分野で知らないことがあると考えるほうがこの世界の理に反します」

「なるほど。どうしてその方と知り合ったとか、師弟関係があるかとかいろいろ気になるところですが、彼の判断まで得ての結果というのは非常に気にしなければならないということは理解しました」


 ようやく事の重大さを理解してもらえたようでよかった。

 危険な冒険をした甲斐があるというものだ。


「はい。師匠は草食物ではないと判定だけしていただきました。ではない、というのが引っかかっていたのでノッジ様にお話をと」

「わかりました。これらを預かってもいいですか?」

「はい。まだありますので。あと、拾った場所の記録もあるのでそちらもお渡しします」


 そそくさと差し出すと、手に取り確認したユーグが冷ややかな視線を向けてくる。

 呆れも含んだそれは毎度のことであるけれど、ここでのその双眸に納得いかずにむっと眉間にしわを寄せると、ユーグはひらひらと紙を振った。


「用意周到ですね」

「いえ。これも薬草採取の一環です。どんな場所にどの種類、どれだけのものが生息しているのか知るのに、記録は常にしていますので」

「それは頼もしいです。こちらもできる範囲で調べてみます」

「よろしくお願いします」


 意欲的な言葉にほっとする。

 安堵で微笑みを浮かべると、ユーグが不思議なものを見るかのように私を見た。

 そこには嫌悪もなく、冷たさもなく、どちらかというと単純に私という人物に対して興味を抱いているようなそれに戸惑う。


 冷たく一線を引いた視線が常であった相手からのそれは歯痒い。

 先ほどはユーグに対して口を押さえてしまい距離を間違えてしまったが、意外にもその辺りは許されたようだ。

 もしくは、そのあとの私の言動に呆れたのか。それなら作戦(?)成功だ。


「それにしても、知れば知るほどエリザベス嬢の行動はおかしいですね」


 ──んんっ? おかしいって言った? おかしいって。


「せめて行動的と言ってほしいです」

「その範囲を超えていますよ。今日だけでも驚くことがありましたし、週末は心してかからなければならないのでしょう。それまでに私のほうもこれについて対策をとれるように致します」

「何もなくただのモノであったらと思いますが、場所が場所なので念入りにお願いします」

「ええ。わかっています」


 何とか話がまとまり、私はほっと息を吐き出した。




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