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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第一章 新たな始まり

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5.話し合い始まります


「これと、これと。あとこれも必要かも」


 ユーグと別れた私はさっそく今日の収穫を棚に並べ、そこから必要のあるものだけ鞄に詰め込んだ。


 開けた窓から春の青い匂いを含んだ風がそよそよと室内に流れ込み、誘われるようにふと外を眺めた。

 学園内なのが信じられないほどの広大な土地が広がり、大きな森から街のような建物も並ぶ。ほとんどの物が学園を出ずとも揃うため、非常に助かっている。


 ここからでもよく利用する店の屋根が見え、そういえば最近行っていなかったことを思い出す。

 そろそろ顔を出さないと後が大変そうだ。


「行くとしたら週末かな。そうするといろいろ準備もしないとね」


 そうひとりごち着替えを済ませた一時間後、私は応接室に来ていた。

 ノックとともに現れた私の姿、特にスカートに目を留めて、先に来ていたユーグが無表情のまま口を開いた。


「先ほどとあまり様子が変わっておりませんが、一時間何をされていたので?」

「ええ、少し事情がありまして」

「事情ですか」

「ええ。事情です……」


 そこでユーグはわずかに眉間を寄せて言葉を繰り返す。

 私は正面から見据えられ、居心地の悪さに語尾が小さくなった。


「是非とも、その事情も教えていただきたいところです」

「……ええ」


 呆れを含んだその声音に詰められて、私は小さく返事をした。

 そもそもユーグと話す場合、こちらに分が悪いことが多くついつい彼の反応を私はうかがってしまう。


 どこまで触れてくるのかとアンテナを立ち上げている私と、いつでもどの方向からでも斬りかかれるユーグとでは、どちらに会話の主導権があるのか一目瞭然だ。

 さて、この先はどうしようかとそっと視線を向けると、「座ってください」と促され腰をかけた。

 その際に、ユーグが紅茶を淹れるために立ち上がる。あらかじめカップを温めて用意してくれていたようだ。


 王子の側近であるユーグは当たり前のようにそれらをこなすので、普段身分ゆえ奉仕される側であるが女子力が気になってしまう。

 そして、彼の淹れた紅茶は洗練されていて、どれもこれも美味しいときた。

 女性が嫌いだという割にそういうことを普通にこなせるところを見ると、出来過ぎな青年だと思う。


 ──愛想以外は完璧なのよね。


 今だって敬愛するシモンがおらず私だけなので、私に合わせてなのか女性好みのフレーバーティを淹れてくれた。

 ピーチなどのフルーツの甘い香りがこちらまで届き、気持ちを和ませふわっと気分も上がっていく。


 この美貌に王子の信頼度、そつなくこなせるできる男。もう少し人当たりがよければすごく人気がでること間違いなしだ。

 だが、その愛想の悪さを前面に押し出し第一印象からずっとそれをキープし続ける徹底ぶりが、ユーグ・ノッジという人物を語っている。


 私は王子たちといることが多くユーグと必然的に関わるのでたまたま知ることができたが、ただのクラスメイトでは知ることはできない。

 きっと気づいていない。気づかせたくない。それがたまにもったいないと思う。それくらい万能な青年である。


「どうぞ」

「ありがとうございます。いい香りですね」


 目の前に置かれありがたく頂戴する。それと同時に、ユーグもカップに口をつけた。

 流れるような所作にカップにかけられた長い指を眺めながら、王子がいない時にこうしてお茶をするのは初めてなのだと意識する。


 三王子の中で一番武術に長けているのがサミュエル。その彼には劣るが、ユーグは剣術に長けているとシモンが話していたのを今思い出す。

 確かに、凛と伸びた背筋と隙のない姿は孤高の獣のようだ。

 仕掛ければ容赦なく切って捨てるのであろう冷たさと気品が、紅茶を飲む所作だけで伝わってくる。


「本当に美味しいです」

「そうですか」


 褒め言葉にも端的な反応で速攻会話は終了だ。

 私も彼に対して多くの言葉は求めていないが、シモンがいる時との態度の差をひしひしと感じる。


 いつもは一歩下がって存在を消す相手なので、改めて注目するのは初めてかもしれない。

 目新しい気持ちでその姿を眺めていると、観察していることがばれたのかじろりと呆れるように睨まれて、私は居住まいを正した。


「あの、ノッジ様。何から話せばいいのでしょうか?」


 誤魔化すように話題を切り出す。

 ぴくりと動作を止めたユーグが、静かにカップを置き思案げに頷く。


「本日は話す気が本当におありなんですね」

「……どういう意味ですか?」

「さて? それはご自身の胸に聞いてください」

「胸?」


 のらりくらりと確信をつくことは避けてきたから、それらについてなのだろう。

 だけど、何度も言うが絶対隠さなければならない行動はしていないつもりなので、相手が本気で知りたがり、それ相応の場が設けられれば話しているようなことばかりだ。

 だから、ユーグの意図がわかるようでわからず、私は首を傾げた。


「わからないです」

「……当然ですね。わかっていたらそのような行動はされないでしょうから」


 両端を薄く引き上げて、皮肉を言われてしまった。

 外面(そとずら)のみの笑顔に、私の背筋が凍る。


 ──わからないなりに思案はしてるんだけど……。


 小さく吐息をこぼし、それを隠すように笑顔を浮かべた。


 一時間前、私の行動に肝を冷やすのは不愉快だから徹底的に暴くと言われたばかりで、暴くとは大袈裟だと思いながらも周囲からはこそこそしているように見えるのかもしれないと気づかされた言葉でもあった。

 何度も転生を重ねて培ってきたもの、魔力増幅のことといい、一つひとつが悪いものではないし、努力してきた結果であるが、時として目立つ。

 小出しにして目立たないように動いているだけで、私にやましいことはない。


 だから、聞かれたことには包み隠さず話すし、必要ならば行動をともにしてもいい。

 それがユーグにとって楽しいかどうかは別だが、ついてきたいなら別に構わない。


 自分が思っている以上に、人には不可思議な行動をしているように見えているのか、認識の差というのを感じる。

 もしくは、身分ゆえにそれらは異質なものとして映っている可能性もある。


 私と長い付き合いのあるルイにも、たまに呆れたような諦めたような生ぬるい眼差しを向けられることはいまだにある。

 なので、心当たりが全くないわけではないのだけど、いかんせん自分のこととなると冷静に判断はできない。


 あれこれこの一年で向けられる視線や声を吟味し客観的に考えてはみるけれど、結局のところどれが正解なのかわからなかった。

 うーむと考える私の様子を見ていたユーグがどう思ったのか、沈黙ののち射抜くように目を細めた。


「……とりあえず、先ほどはどこで何をしていたのでしょうか?」

「あれは薬草取りも兼ねて散策をしておりました。私の趣味をノッジ様も知っておられるでしょう?」


 以前、薬草を探しに散策している姿を見られたことがある。しかも、その時は初めて見つけた薬草にすごく興奮していた。

 この世界にしかなく、図鑑でしか見たことのない薬草だ。


 あまりに嬉しすぎて『うっひょ~』と叫び、ぴょんぴょんと跳ねていたため、ユーグに居場所がバレてしまった。

 茂み越しに視線が合ったあの時のユーグの白い目は、今でも忘れられない。


 その時に見つけた薬草の名は、『アンミツ草』。

 美味しそうな名前だが、その花から採れる蜜はどんな怪我でも治してしまう。


 葉は浅い切り傷くらいなら絆創膏のようにペタッと貼っていたら数時間で治り、根っこは鎮静剤の役割を果たす。

 蜜一滴につき、効果は千切れた指はたちまち元通りと図鑑に書いてあった。描写はどうかと思うが、それだけすごいということなのだろう。


 なんて万能な薬草なのかと、なかば伝説ものだと思っていた薬草にまさかこんなところで出会えると誰が想像できようか。

 癒やしの魔力が『アンミツ草』に付与されており、地面から摘み取ってもその効果は使いきるまで持続するというもの。

 なので、それらの成分を調べるために蜜を一滴と、少しずつ花、葉、茎、根を切り取り、あとはそれらが必要な場所へと送っておいたのはその後の話。


 とにかく、その時はとても興奮しており、そんな趣味満開な自分をがっちり見られてしまった。

 だったら仕方がないと開き直り、趣味と実益を兼ねていること、その上でこの薬草との出会いはすごいことだと熱弁しておいた。

 ちょっとした実演と功能も証明してみせたので、私がそれなりに薬草の取り扱いができることをユーグは知っている。


 ちゃんと実益を兼ねているこの趣味に関しては、迷惑よりは役に立っていることなので問題ないはずだ。

 ストレス発散にももってこいで、良いことだらけの趣味は知られて恥ずかしがるようなことではない。


「それはわかっております。薬草のことになると、エリザベス嬢は見境がなくなりますからね。ええ、それはもう十分理解していますよ。私が気になったのは本日()どこかに隠れるように動いていたこと、物がいっぱいの袋の中に何か見慣れないものがあったことです。まさか以前のようにスカートの下にも仕込んでいたんじゃないでしょうね?」

「えっ?」


 まさかの指摘に目を見張り、何でわかったのだろうかという顔をしたのをユーグに見られてしまった。しまったと思ってももう遅い。

 げんなりだと柳眉をひそめたユーグが確信を持って尋ねてくる。


「仕込んでいたんですか?」

「……ナイフとか? 常備薬とか? それくらいです」

「本当ですか?」


 嘘だろうとばかりに睨まれて、この人どれだけ把握しているんだと不安になる。

 下手な嘘は後で自分の首を絞めかねないので、私はごにょごにょと小さな声で認めた。


「持ちきれない薬草とかもくくりつけてました」

「はぁぁー。なんでスカートの下なんかに」


 心底呆れましたよとばかりに溜め息をつかれ、肩身が狭くなりながらもしかしたら共感してもらえるかもしれないと淡い期待を込めて告げてみる。


「レディのスカートの下はいろいろ隠すのにモッテコイなんですよ!」

「そういう話をしているんじゃありません。以前、殿下たちの目の前でスカートをめくろうとしたことをお忘れですか?」

「あれは、だって、緊急事態でしたから……」


 そう緊急事態だったのだ。


「いち早く気づいたルイ殿下が止めてくださったから良かったものの、はしたない行為ですよ」

「……すみません」


 あの後のルイの静かな怒りの説教を受けた。サミュエルの時もそうだったけれど、肌を見せることへのルイの怒りは相当のものだ。

 しかも、二度目とあって、お説教は長めだったしかなり本気で怒っていたので身に染みた。


 あの時のことを思い出しふっと遠い目をしていると、ユーグは淡々と先を促す。


「で、あの人工的に開けられた穴つきの葉っぱは何に使ったのですか?」

「やっぱりあれを見られていたのですね。ちょっと諸事情で顔を隠そうと思いまして」

「先ほどもおっしゃっていましたね。事情とは?」

「ええ。以前に争いごとに巻き込まれてノッジ様にもご迷惑をかけたことがあるじゃないですか? 今日もその薬草取りの散歩中にそういうのに出くわしまして、身晴れするのはやめておこうと動いた結果です」


 ちゃんと忠告は聞いて動いてますよとアピールを忘れない。

 私はにっこり笑みを浮かべた。


「それであれですか?」

「はい。葉っぱレディです」

「…………」


 怪しいけれど、即席にしてはよい発想だったし上手く作れたのでちょっと胸を張ると、ユーグは無言になったので私は説明を続けた。


「あっ、わからないですか? ちょうど手元に大きな葉っぱとツタがあったので、顔を隠してしまったらいいだろうと。我ながらナイスアイディです」

「そういう話ではないのですが……」

「??? なら、どういう話ですか?」

「……はぁぁぁ」


 すんと表情を消したユーグは、腹の中のものを思いっきり押し出すように溜め息をつくと、再度私を見てにっこりと裏のありそうな笑顔を浮かべた。

 明け透けに呆れていると伝えられ、私はおずおずと様子をうかがう。


「ノッジ様?」

「あなたにはそういったことに関わらないという選択肢はないのですか?」

「……その場に私しかいないのにですか?」


 お説教モードに、思わず肩を竦める。


「ええ。当事者同士の問題に他人が首を突っ込まなくても良いのではと聞いているのですが」

「確かにノッジ様がおっしゃることもわかるのですが……」


 私も迷わなかったわけではない。

 私なりに考え、心に従って動いたので後悔はない。


「が?」

「私が介入することで、少し状況が良くなるならいいかなと思いまして」


 そう告げると、とん、と人差し指でユーグが机を叩いた。


「状況がねぇ。聞きますが、葉っぱレディというあなたが出たことであなたに不利益はないということですか?」

「……多分」

「多分?」

「正体がばれない限りは」

「ばれない限りは?」


 私の言いたいことはわかっているだろうに、揚げ足を取られる。

 こんなやり取りは今までしたことがない。


 いつもはすぐさま話を終わらせようと、現状把握し用件を伝えるのみであった。

 だが、今回は納得いくまで突き詰めますよとばかりの会話だ。


「意地悪ですね」


 思わず、私はむっと口を尖らせた。

 これがルイとかだったらきっと心配しながらも、優しいルイは結局私がすることを受け入れてくれていると思う。


 だが、今は相手がユーグだ。

 そう簡単にほだされてくれない。明確な理由や今後の方針を打ち出さないと納得してくれないだろう。


「こちらも好んで聞いているわけではないのですよ。人助けも結構ですが、あなたの立場を考えてほしいと言っているのです。そこで正体がバレたときに巻き込まれるのはあなたなのですよ?」

「わかってます。だから、顔を隠して」

「葉っぱでね」

「……はい」


 そこでユーグは硬い表情(かお)で告げた。


「エリザベス嬢。あなたはあなたが思っている以上に周囲に影響力を持つ人なのです。そこを重々理解して行動してくださらないと、殿下たちが心配します。ただでさえ、あなたを慕う人たちは……」

「私を慕う人たち?」


 ルイやマリアのことなのだろうけれど、ただでさえと言われると姉はいいとしてと一括りにされるルイに申し訳ない。

 少し引っかかったので問いかけてみるが、ユーグは私を一瞥すると話を進めた。


「いえ。とにかく、以前から申していますがもう少し行動を改める必要があります。なので、一度エリザベス嬢の学業外の活動を一緒させていただきたい」

「それは構わないのですけど、何も楽しいことはないですよ? ノッジ様がそこまでしなくても口頭でも十分かと……」


 ユーグに隠すつもりはないが、シモンの側近の時間を割いてもらってまでという気持ちは拭いされない。


「それでは足りないでしょうね? そろそろ私もあなたのことを理解する必要がでてきたと感じましたので。それともなんですか? 私が行動をともにすることで不都合になることがあるのでしょうか?」

「いえいえ。不都合なんてありません。ここまできたら一蓮托生だとも思っています」

「一蓮托生?」


 そこで私は神妙に頷いた。

 そこまで言うのならば行動をともにするのは構わない。だけど、ともにするなら一人ではできないことをしたい。

 この機に本格的に調べてみても悪くはないだろう。


「ええ。ノッジ様は殿下たちのことも踏まえて私の行動を把握されたいのでしょう? 私としてはおかしな行動をしているつもりはありませんが、最近少し気になることがありますのでこの辺でノッジ様と一緒に考えてみてもいいと思いまして」

「……言いたいことはいろいろありますが、まず気になることというのを聞きましょう」

「ありがとうございます。ではさっそくこれなのですが……」


 そこで私は持っていた鞄から、コロン、コロン、とあるモノを取り出した。




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