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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第一章 新たな始まり

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3.接触


 二人の前に登場した私は若干腰が引けていた。


 ──うわぁ、めっちゃ視線が痛い。逃げたい。


 これ絶対不審者扱いだしと思いながら、出てしまったものは仕方がないと引きかけた腰を戻して堂々と言い切った。


「入学早々、もめるには早すぎないでしょうか? と聞いているのですが」


 喋るたびに顔の周りがピラピラ揺れる。

 私の顔辺りをじっと見つめながら罵倒令嬢も、一歩前に出てきた。おっ、やっぱりあんな罵倒をするぐらいだから好戦的だ。


「……関係ないです。……というか誰ですか? それ、ふざけてます?」

「いいえ。いたって本気です。これは諸事情あってこうしているだけですのでお気になさらず。私のことよりも、今はあなたたちの現状について聞いているのですが」

「あなたには関係ないっ、で、しょ、う」


 語尾が不自然に足される。相手は私がどのような立場かわからないから、一応敬語にしたみたいだ。

 その反応はとてもわかりやすく、身分上等って感じが伝わってくる。

 まあ、育った環境からそのような思想になることはある意味仕方がないのだが、やっぱり顔を隠しておいてよかった。


 私がほっと息を吐くと、相手はじろじろとこちらを検分する。

 制服のカスタマイズ具合でそれなりの身分であると推測しながら、ちょっとふざけた感じだから態度を決めかねているようだ。

 私の制服はシンプルなのだけど、持ち物など細々と姉やカミラに手をかけられている。


 ソフィアもまだ口を少し開けながら、じっとこちらを見つめていた。なぜか、その瞳が熱っぽいと思うのは気のせいか。

 気のせいにしてしまえないほどその視線の熱さは火傷しそうなほどだが、それだけ乱入者に戸惑っているのだろう。


 うんうん。迷って迷って~。

 それこそが目的なのだから。ここまでしておいて、意味をなさなかったらへこむ。


 なぜ、彼女たちがこんな微妙な反応をするかというと、


 ――これはあれです。葉っぱレディ登場です。イェーイ。


 ちょっとヤケだ。顔を覆いかぶさるくらいの葉っぱをツタを使って繋ぎ留め顔を隠し、ピンクの髪は特徴があるのでアップにして帽子を深々と被っております。

 二人が不審に思うのも仕方がなく、自分でも変質者っぽい出で立ちだと思うけれど、誰かわからなければいいということで割り切った。


 そこで私はにこっと笑みを浮かべた。

 相手には見えていないだろうけれど、雰囲気が伝わればいい。


「感心しないですね。お相手の方すごく困っておられますし、現場を見たわけではないのですが言いがかりっぽいですよ? 彼女に当たる前にその男性に確認すれば確かなのでは?」

「……そんな簡単にできる方ではない、の、で……す」

「へえぇ。できないから彼女にあたるんですか?」


 男性の前では自分のことを良く見せておきたいのだろうけれど、好きな男性に嫌われたくなくて裏でやるって性格が悪い。


「あたっているのではなくて、正当な抗議です」

「ふーん。だとしたら、こんなところでしなくても。それにさっきメスなんとかという言葉も聞こえていましたけれど。あれだけ罵れる方が不審者っぽい私に敬語というのは、やはり身分が、学年がわからないからなんですよね? 彼女があなたの身分より下だからそこまで言えるのではないのですか?」


 もちろん嫌味だ。

 身分が高いからといって、すべてが上だと思うべき行動は愚昧だ。話にならない。それありきの、その先というのを知っていかねばならない。

 案の定、図星を指された罵倒令嬢はかっと顔を赤くして否定する。


「違います」

「でしたら、私にもそういった言葉使いでどうぞ。ただし、その後はどうなるかは知りませんけど」


 私()何もする気はないけれど、正直その後は知らない。

 正体をバラすつもりはないけれど、バレた時に私よりも周囲を見て震え上がるのはこの令嬢だ。


 なんか、悪いことしていないのに、身分や交友関係を使って脅しているようでこっちが悪役みたいだと苦笑する。

 このような場面でその辺のお嬢様のようにふわふわしたり、物怖じしないのが問題なのか。


 でも、気になったら、そして自分でできることならちゃっちゃと動くほうが早い。誰かが手を差し伸べるのを待ったり、変わりを探していたら不効率だ。

 そんなことを考えていたら、罵倒令嬢がキッと睨みつけてくる。つり上がった目がさらに上がり、毛を逆立てた猫のようだ。


「っ、…そもそもあなたはいったい誰なのですか?」

「誰って、見たまんまですけど」


 私は仕方がないなと相手をする。

 分が悪いと感じたようで、論点をこちらの正体に持ってくることにしたようだ。


「……えっ、そんなおかしな格好で誰かなんてわかりません」

「いえいえ。そのまんま。葉っぱレディです」

「葉っぱ、レディ……」


 言い切ると、罵倒令嬢は戸惑いながらまじまじと私を見た。そして、その横ではふよっと口元を動かすソフィア。

 笑いかけたそれを見てしまい、思ったほどソファイが緊迫していないことに安堵し、そのまま相手をする。


「そうです。先ほど命名しました。なので、そう呼んでくださって結構ですよ」

「呼びません」

「それは残念です。一日限定ですのに」

「……限定…。顔を隠しておいて卑怯です」

「何が卑怯なのですか?」

「だから、顔を隠して誰かわからないのは卑怯じゃないですか?」


 いちいち威嚇しながら言われ、私は嘆息する。

 それが伝わったのか、相手が明らかに怯えた。


 もしかしたら、私の身分が自分より上だと感づいているのかもしれない。

 だけど、そこは明かす気は全くない。むしろ、さっきのあなたの行動は何だったのと問いたい。それこそ身分を盾に卑怯である。


「そうですか? でも、ここでは私はただの第三者。身分とか顔とかどうでもいいですよね? あなたより身分が上でも下でも、やましいことがないのでしたら正々堂々言ったらいいじゃないですか? それともあれですか、やっぱり怖いんですね。わからないですもんね。なら、あなたも彼女が言い返せないのがわかっていてこのようなところで理不尽に当たり散らしているんですね」


 我が身を振り返らずの言動に、私は少し怒っていた。

 そして、こういったことが普通であるこの場所に、ソフィアがこれから過ごしていかなければならないことを不憫に思う。


「っ、ちが」

「違いません」

「……だって、彼女が……」


 大抵熱くなっているときは自分が正義だと思い込んでいるのよね。

 彼女の場合は『身分』という正義だけど。


「ああ、確か相手の男性がお名前を言ったとか。その方は恋人か何かですか?」

「……っ違います」

「えっ、違うの?」


 思わず、普通に問いかけてしまった。それと同時に、私の視線は呆れたものを見る感じになったと思う。

 というか、自分のものみたいな言い方だったからてっきりそういう関係なのだと、それゆえの嫉妬なのかと推測していたのだけど……。


「では、婚約者か何かですか?」

「恐れ多いです」


 そこで、てれっと顔を赤くしてもじっとする罵倒令嬢。

 私はすごく冷めた眼差しで相手を見た。


 ちらりとソフィアを見ると、いまだにずっとこちらを見ていたようで視線が合った。

 罵倒令嬢よりも、興味はこちらに完全に移ったようだ。


 いちいち罵倒令嬢みたいな人を相手にして、重く受け止めても仕方がないといったところだろうか。

 先ほどのやり取りも落ち着いていたようだし、彼女も覚悟をもってこの学園に入ってきているようだ。

 大変ですね、とわずかに目を細め、また罵倒令嬢を見る。


 ぽぽっぽっぽっぽっと、その男性と想像しているのか顔がますます赤くなっているがこっちに戻ってきてほしい。随分と妄想が激しいご令嬢だ。


 ──おーい。そこのお嬢さん。恋人でも婚約者でもないのに、なぜそこまで突っかかったの?


 口に出すのもバカらしくて、呆れて心の中で問いかける。

 やはり、ソフィアが平民だからなのだろう。

 叶わない恋をしているのか、ただの意気地なしなのかどうかは知らないけれど、ソフィアは持って行き場のない憤懣(ふんまん)をぶつけるスケープゴートに選ばれたのだ。


「その様子だと、相手の男性と少し話したとかそんなことだったりします?」


 ソフィアがこくりと頷いたので、やっぱりと嘆息し冷ややかなに罵倒令嬢に視線をやる。


「学園に在籍しているのですから、接点が出来れば誰かしらと話します。それなのに、その一つひとつに文句を言われたらたまったものじゃないですよね」


 悔しそうに唇を噛み締める令嬢に、私は「ねっ」と問いかける。


「それは……」

「気になるのですが、あなたがお慕いしている男性が、あなたより身分が上でとてつもなく美人と話していたら諦めるのですか?」

「……」

「もしくは、今日のようにこうやってその方にも突っかかるのですか?」

「……」


 本当、家族や周囲に可愛がられ甘やかされて育ってきたのだろう。考えも行動もすべてが浅い。

 貴族でも教育をしっかり施している家もあるけれど、彼女のようにただただ上から目線で身内贔屓の家もあるので、そういった家の者にはお灸を据えたくなる。


「自分は何も努力せずして?」

「……っ」

「自分で何もせずして、相手に当たり散らすだけって楽ですよね。でも、何も変わりませんよ。むしろ、自分を貶める行為に疲れるだけでは?」


 家族から離れた今が成長の時。

 自分の至らなさを気づけることができればいいのだけど、現場を見て腹が立ち口を挟んでしまったが、面倒を見るつもりはないので思ったことだけ伝える。


「……あなたにっ、何がわかるのですか?」

「何もわからないですよ。ただ、虚しいでしょうって聞いているだけです。本当はあなたもわかっているのでしょう? 今一度、自分の行動を振り返ることをお勧めします。まだ初日。これからですよ」

「………っ戻ります」


 謝罪はない。プライドが高そうだから平民に謝るなんてって思っていそうだ。

 なので、またいじめたらわかってるよねっと牽制しておく。


「ええ。そうしてください。しっかり考えてくださいね。ふふっ。あと、顔、覚えましたからね」


 それでも十分ではないが、ちょっと控えようと思ってくれたらいいことだ。

 何せ、学年も違うし、こういったことにすべて関われるわけではない。


 そこまで責任を持てないので、多少なりとも抑止力的なればいい。

 あとはソフィア自身が頑張るだろうし、彼女を慕う者が守っていくだろう。


「…………っ」

「さようなら」


 言葉もなくびくっと肩を揺らしこちらを見る罵倒令嬢に、さらに不安を煽るように葉っぱ仮面の下で笑う。

 すると、罵倒令嬢が顔を赤くしたり青くしたりして、その場を去っていった。

 まだまだお尻が青いようで、あの感じだとあれ以上のことはできなさそうだ。


 ──なんだかな……。


 親元を離れて、勘違いする者は多い。親の力をそのまま自分の力だと思う者。今までのような監視者がいないと羽目を外す者。

 むしろ、親から離れたからこそ、自分のしたことがそのまま己に返ってくることを考えなければならない。

 今までと同じように守ってもらえないことをわかっていないのだろうか。


 高い身分は強い盾となることは認めよう。だけど、ここはうじゃうじゃと同じような身分、はたまたさらに上の身分や権力がある者もいるのだ。

 それと同時に、魔力の高い者もそれ相応の位置にくることになる。


 少し考えれば、自分がどうたち振る舞うべきかわかると思うのに、わからない者のほうが多い。

 だから、あっちこっちで罵倒令嬢のような者が出てきて、そのうち頭角を現わす悪役令嬢というものが出てくるのだろうけど。


 ──ちょっと、やらかしちゃったかなぁ……。


 不安を胸に、私はちらっとソフィアに視線をやる。

 キャラメル色の瞳は、何か言いたそうにじぃぃ~とこちらを見ている。


 性格上無視はできなかったから後悔はしていないけれど、顔を隠しているとはいえソフィアに関わってしまった。

 私がここに姿を現してからこの含むような視線は私から外されることはなく、罵倒令嬢なんてもうどうでもいいとばかりのその態度はある意味度胸がある。


 ――う~ん、気まずい。


 その瞳は明らかに不審な出で立ちの私に対して、憧れるような好意のようなものを感じる。

 これ以上、接点は作りたくないので、私は彼女にも帰るように促すことにした。


「災難でしたね。言い返すことは難しいとは思いますが、人目につかないところに行くことはお勧めしません。気をつけてくださいね」

「ありがとうございます」

「いいえ。では、これから頑張ってください」

「はい」


 そう伝えると、元気よく返事したソフィアが周囲にふわふわと花が舞うかのよう嬉しそうに笑う。

 その瞬間、風が吹くかのように二人だけの空間ができあがった。


 実際、二人なのだが、この空間の密度が増す。

 葉っぱレディにはもったいないほどの笑顔。やっぱり、主人公なだけあって可愛らしい。男性たちが守りたいと思うのも頷ける。


「では。お気をつけてお戻りください」

「あの、あなたはどうされるのでしょうか?」


 おずおずと尋ねられ、私はゆっくりと瞬きをしてソフィアを見た。

 ぽわっと花が咲くような可愛らしい表情にまっすぐな眼差し。

 崇高のようなものすごい好意を惜しげもなく注がれているように感じて、たったこれだけの接触でのそれは過剰にも思え落ち着かない。


「そ、うですね……」

「…………」


 ──……何か、言いたそう……、だよね。


 私と話がしたいのだろうなという雰囲気は伝わってくる。

 この学園では一番下の身分である彼女から、気軽に貴族に話しかけることはできない。だから、それらは言葉にせず雄弁な瞳で語られている。

 でも、私は正体がばれたくないので、しっかり帰ったところを見送ってから戻りたい。


 向けられる眼差しはくすぐったい。そして可愛いと思う。

 立場をわきまえた上での行動は好ましく映り、こちらから手を差し伸べたくなる魅力。さすがソフィア。やっぱりヒロインは違う。

 でも、それは私じゃなくて、どこぞの貴公子がやったらいいことだ。


 自分の運命に彼女が関わっている以上、どう接するべきか気持ちが決まっていないので今日はこのまま退散だ。

 相手が帰らないなら、こちらから動くのみ。


「私はまだ用事があるので先に失礼しますね。くれぐれも気をつけてください」

「……はい。ありがとうございます」


 残念そうに視線が揺れたが、特に引き止めることもなくソフィアは大きく礼をした。私はそれに小さく頷いて、その場をさっさと退散する。

 植え込みから戻るからガサゴソと格好がつかないが、今日の収穫を放置はできない。


 しっかりそれらを手に取り、もう散策する気分でもなくなって寮に帰ることにする。振り返ることはしない。

 ニアミスもいいところだったが、ピンチは脱しただろう。後悔もない。

 一応、遠回りをして周囲に気を遣い、もう少し時間を置いて寮に戻ろうと中庭へと向かい、後悔はないと思ったばかりで後悔した。


「また、何かしてきたのですか?」


 その声とともにすっと現れた人影。嫌な予感に視線を上げ、ぴくりと頬が引きつった。


「…………先ほどぶりですね。ノッジ様」

「ええ。そうですね。エリザベス嬢」


 一難去って、また一難。


 私はおもむろに視線を泳がせた。




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