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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第二部 第一章 新たな始まり

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2.遭遇


 木漏れ日が草花を優しく撫で、さわさわと緩い風に小さく揺れる。

 ここは女子寮敷地内。男子寮との間には共同スペースの大きな庭があり、その周辺もぐるりと緑に囲まれる。

 その女子寮側、女生徒が好んで行くこともないだろう離れた一角で響く声。


「こぉの~雌ブ○が~」


 ぷらぷらと下を向きながら歩いていた私は、思わず顔を上げて声のするほうに目を凝らした。


 ──えっ? ここ乙女ゲームの世界じゃなかったっけ?


 思わず、我が耳を疑う。

 何、その低次元の(ののし)り。

 むしろ罵っている人恥ずかしくない? 恥ずかしいよね? ここほぼほぼ貴族が通う学園ですけど?

 違う女性の声が聞こえる。


「先ほどから申し上げておりますが、バシュ様とは一度お話をしただけです」

「白々しい。あなたが媚びたのはわかっているんですからね」

「媚びていませんし、何もしていません」

「なら、なぜバシュ様からあなたの名前が出るのですか?」

「それはわかりません」

「だから、雌ブ○って言っているよっ!」


 どうやら恋愛がらみのいざこざみたいだ。せめて、調子に乗らないでとかさ、近づかないでとかさ、もっと言い方あるじゃない?

 何? そのワードチョイス。


 その勇気ある罵りに乾ぱーいと引き気味になりながら、その剣幕に相手側が心配になる。

 しかもこうして人通りがない場所を選んでのそれは嫌な予感しかしない。

 私自身も少し一人になりたい気持ちと、変わったものが落ちてない(生えてない)かなぁなんてぷらぷらとあえて人目につかない場所を求めてきたのだ。


 ──タイミング悪いよね。


 互いにまだ姿は見えない位置にいるのだけど、なんとなくこそこそと身をかがめてみる。


「あっ、見っけ」


 その際にアロエを発見し、私は目を輝かせた。

 スカートの下にしまってあるナイフを取り出してアロエを素早く採取すると、袋を数個取り出しまた仕舞い込む。

 アロエは食べても湿布薬としても役立つので使いやすくて重宝する。


 すでに持ってきた袋はもちろんのこと、ポケットもパンパンに膨れ上がっていた。しっかり役に立ちそうな薬草は採取済みだ。

 十薬、いわゆるどくだみは、皮膚炎、鼻炎、便秘に効くとされ重宝するし、ヨモギは大体の者が知っているだろう。


 ヒマワリとか、スイカ、米、麦、大豆など、咲く時期、収穫時期が一般的に広く知られているものは、その季節になったら見られるのだが、クコ、アマチャヅルとかこういった薬草は季節や場所に関係なくあちこちに生えている。

 さすがゲームの世界といったところか。それとも魔法が関係しているのか。


 私自身が本来の生育する季節や場所を知らない植物もあるが、明らかに季節混同しているよねというモノや、この世界独自のモノも多数存在し知らないモノも多い。探究心がくすぐられる。

 この薬草取り放題システム(勝手に命名)は、私にとってありがた面白システムだ。


 その中で、この学園でいまだに使い道がわからない『実みたいなモノ』をいくつか拾っていた。

 植物なのだとは思うのだけど、周囲を探せどそれっぽい木はなく、どこから落ちてきたものかわからない。


 実と言い切るには微妙なそれは、最初は新種かと喜んだけれど何度かお目にかかると喜びは減る。

 結局何かわからないまま、なんとなく拾っている。


 どうしても理解できないところにコロリと落っこちていたりするので、私はこれをこの学園の七不思議の一つとしてカウントしていた。

 刻んだり、煮たり、ごりごりしているがさっぱりそれの正体がわからないので、出処や活用方法を知りたいと密かに思っている。


 まあ、七不思議の真実を! というノリみたいな好奇心である。

 この一年間散策したおかげで、学園でのテリトリーはかなり増えた。

 そして、まだまだ散策したいところはたくさんある。学園自体が一つの街と森をくっつけたみたいになっているので、いくら時間があっても足りないくらいだ。


「何か言ったらどうなのよ」

「ですから、先ほどからバシュ様とは何の関係もないと」

「何よ、偉そうに」

「きゃっ」

「かわい子ぶらないで!」


 あ~、まだ揉めている、と私は小さく嘆息した。


 散策がちょっとした息抜きに隠密行動よろしくあちこちに出向いていると、こういう現場もたまに見かける。

 こそこそする人は案外多いのだ。


 やましいことがあるからこそこそするのであって、やってることも陰湿なことが多かったりする。

 だからといって、公開処刑みたいな、わざと人前で恥をかかせる行為も見ていられないが、争う現場を目の当たりにすると気が重くなる。


 今、ここには自分たちだけ。

 彼女の行動がエスカレートするなら止められるのは自分だけである。さすがにこのままスルーするのはいただけない。


 ──確率を呪うべきか、この学園で行われる頻度を嘆くべきなのか、微妙なとこなのよね。


 そう半ば諦めの溜め息をついて、這いつくばるように身を屈めると音を立てないように私は木々の間からそっと覗き込んだ。


 ──…ん?……げっ!?


 あっ、げっなんて、それだけびっくりしたからなのだが、貴族の娘としてあるまじき言葉だ。

 でも、声に出さなかっただけまだマシ。

 そんなことよりも、まだ叫び足りない。地団駄踏みたい。


 ──ちょおっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~!!!!


 まさかのまさか。視界の先にはどう対応すべきか決め切れていないあのソフィアがいるではないか。

 会話からも身分差があるなとは思っていたけど、罵られていたのが彼女だなんて……。


 ――やっぱり絶対、呪縛よ。呪縛っ!


 私は眉間にしわを寄せながら、彼女たちの様子を盗み見た。

 キャラメル色の髪と瞳を持つソフィアは、柔らかな雰囲気を持つ美貌の持ち主だ。

 例えるなら、姉のマリアが白薔薇で近づきがたくそれでいて華がある美貌に対し、彼女は優しいピンクの薔薇で愛らしさと親しみやすさがある。


 だけど、薔薇は薔薇である。

 そこにはしっかり棘があり、その棘に刺されたものは魅了されるか反発する。ソフィアは平民出身だということもあり、人々を惹きつけるとともにその身分に強く当たる者も多い。

 そういった苦労のなかで、彼女に寄り添うヒーロー登場というのがソフィアの設定だ。


 同じくヒロイン枠のマリアにもライバルは出てきていたが、もともと身分と美貌と実力と人望もあったので、結構簡単にそれらをいなす。

 その分、選り取り見取りの令息が登場してくる。選びたい放題設定だ。

 なのに、なぜかその中に私も結構な頻度で巻き込まれていた。


 ──くぅぅ、今、思い出すだけでも苦労の日々よね。


 入れ喰い状態であっても、私との時間を優先しようとする姉の対処に苦戦していた頃は、イジメかと思うほど日々大変であった。

 今となっては懐かしい話である。特に今生はそっち方面では穏やかで何よりだ。そう思う外ない。


 話を戻すが、ソフィアのほうのライバル、つまり悪役令嬢は結構エグいのだ。その分、助けようとする子息も情が厚くなる傾向にあった。

 実際、転生を余儀なくされる私は彼女が誰かと結ばれたところは見ていないけれど、いい感じなのではと思う人は何度かいた。


 ソフィアの表情を見ると決して理不尽な言いがかりに屈している様子ではないが、身分というものは時に無情である。

 立場上、平民出身のソフィアは強く出られないため反撃も弱い。


 ──うーん、本当にどうしよう……。


 怒鳴っている令嬢のスカートをえいってめくっちゃう?

 この一年で風魔法の精度も上がったので、それくらい簡単だ。


 でも、それをして後でやったのが自分だってバレたら困る。一度それで巻き込まれて散々だったから可能な限り避けたい。

 なら、どうすればいいのか。


 明らかに言いがかりであるし、この場で私が出れば当然その場は落ち着く。

 ただし、その場だけであることは予想がつく。


 現在そこそこ有名なエリザベス・テレゼア公爵令嬢が安易に一人の味方をしてはいけない。

 自分の今の立ち位置を考えると、この場合ソフィアの負荷が大きい。


 それに、ソフィアとどう接していいのかわかっていないのが問題だった。私にとってのソフィアはなんとも微妙な人であった。

 だから、現状、彼女と接点を作る気になれない。


 別に彼女自身が私に何かするとかでもない。

 どちらかというと、彼女と対する位置にいる悪役令嬢に問題がある。でも、それらが十七歳を超えられない理由かと言われればわからない。

 だから、彼女に対しては試行錯誤中だ。でも、十七歳を超えられないのは彼女が原因であった。


 だって、マリアの呪縛を超えたのに、頭に物がぶつかってぶっ倒れる時は必ずといっていいほどソフィアがいる。

 そして、どこか何か言いたげな表情だけが記憶に残るのだ。


 ──だから、どうしろって?


 前生までは自分はモブだと信じきっていたから、主人公クラスの人物とはなるべく接点を持たないようにしてきた。

 それでも、何かと目についてしまう。


 それはそうだ。相手は主人公なのだから様々なイベントで注目の的であり、見かけることも情報が入ってくることもある。

 姉のマリアに対しては親近者であるのでそれゆえの対策をしていたのだが、彼女の場合はとんとわからない。

 そして、今みたいなことも多々あった。


 今までは彼女が入学してきて最初の一年間は少し関わる程度、次の一年間は二年生も実地体験があるので見かけることもあったが、大した接触はなかった。

 だけど、今世もそうあるべきなのか、積極的に接点を作って打開策を見つけていくべきか。

 すごく悩む案件だった。そして、悩んだまま今日に至る。


 ──誰かに相談するわけにもいかないし……。


 と思っていての、今である。


 遭遇するの早すぎない?

 しかも、今日は入学式。初日に遭遇ってどういうこと? 一年生は寮に引っ込んでうきうきそわそわしときなよ、と言いたい。


 だから、多少の愚痴は許してほしい。

 そして、態度を決めかねているが、見てしまったものは素通りできない。


 制服のスカートの下に隠した戦利品を思い浮かべ、助けたいがまだ接点を作る勇気もなくて私はごそごそと制作した。


 ──よし、これならいいかな。


 ガサゴソと音を立てて覗いていたところから、あえて大きな音を立てて二人に近づく。

 決して触れられない場所に立つと、私は声を張った。


「何やら物騒な話し合いですね」


 そう告げると、「何よっ」と言おうとした罵倒令嬢が目を見開いた。ソフィアも、えっ? とぽかんと口を開けたままこっちを見ている。

 多少の反応は覚悟の上だったので、私は素知らぬふりして一歩前に出た。




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