エピローグ 整う舞台
「ユーグ。そこにいるのだろう? 入ってきなさい」
王子たちが足早にその場を後にするそれに続かず、ユーグ・ノッジはまだ外で待機していた。
呼ばれて室内へと足を踏み入れ深く礼をする。
「陛下。王妃様。ご挨拶申し上げます」
「いつも堅苦しいな。ユーグ、君も私たちにとって息子と変わりないのに」
「恐れ多いお言葉です」
アッシュグレイの瞳がわずかに陰り、瞼を伏せる。
それ以上の言葉はいらないとばかりの控えめで頑ななユーグの拒絶に、ヨーセフ王は小さく苦笑した。
「……まあいい。相変わらず、学園に入ってもシモンのそばにいるそうだな? 自由にしていいと言っているだろう」
「なので、自由にしております。シモン様にもそう言われましたが、私がそうしたいのです」
控えめに苦笑しながらも、ユーグの意思を曲げない強い眼差しに王はわずかに目を細めた。
「わかった。ユーグがそれでいいならいい。シモンのそばにユーグがいることは非常に心強い。その逆もしかりだ。その上で今後、エリザベス・テレゼア令嬢の監視と護衛をしてほしい」
「監視と護衛……。そうなりますか。シモン様の優先は変わりませんが、それでいいとおっしゃっていただけるなら」
「ああ。それで構わない。あの様子だと、今後関わることになるだろうから君に異はないと思ったよ」
何もかもお見通しとばかりの言葉に、あからさまにユーグは苦笑して見せた。瞳と同じくアッシュグレイの髪がさらりと揺れる。
ユーグの苦手なものをわかっていて、そしてその天秤がシモンへと傾くこともわかりきっていてもなお、心配だと王の碧眼の瞳がユーグを見つめる。
その瞳をとても綺麗だと思うと同時に、畏怖を抱く。
恐れ多い。自分なんかに簡単に向けられていい眼差しではない。
「私があえて入るまでもなく、彼女を守ろうとする人は多そうです。それに、彼女自身も守らないといけないほど弱いとも思えませんが、陛下のお言葉とあれば尽力いたします。その監視には何かあれば動けという意図はおありですか?」
「それは君の判断に任せる。彼女、その周囲に何か変わった動きがあれば報告すること」
「わかりました」
「何も聞かないのかい?」
「聞いたとしてもすることは変わりありませんので。では、これで失礼いたします」
入ってきた時同様、ユーグは深々と頭を下げるとその場を退出した。
*
光と緑に包まれ、祝福に包まれた王国ランカスター。この国の王に引き継がれている伝承があった。
光の属性、その中でも比べるまでもなく輝く光の魔力を持つ者を伴侶または親しい友にすると繁栄するとされている。それは王位継承した際に、本人と関わる者のみに伝えられる。
緑の癒やしとは似て非なる癒やしの効力は桁違いであり、条件、物理を超えて物や他人の魔力も増力させる力があるとされていた。
光の魔法については様々なことが噂されているが、本当のところは光の者とその親き者しかわからない。
伝承は大事にされてきたが、固執する必要はないというのが王族の考えであった。
それに捉われるあまり、今あるものを失うことこそ愚行というものだ。だから、光の魔法に頼るために光の者を欲してはいけない。それも同時に伝えられていた。
現王がイレネ王妃を娶ったのは、彼女を愛したからだ。愛する者が光の者であっただけのこと。
ランカスター国の後継者選びからもわかるように、王族の考え方は実力主義。他力本願がどれほどの悲劇を生むのか近隣諸国で十分に理解している。
人に頼り、策略を廻らせ、血で争いを起こし無駄な労力を使うくらいなら、己の、国力を高める。
そうやってランカスター王族は常に最も力のある一族として君臨しているのだ。
そんな王族であるからか、必ず彼らの周囲に光属性の者が表れ、国が安定し続いているとされていた。
現在まで次代の光属性のものは現れておらず、気にはかけるが王族にとってそこまで重要な案件ではなかった。
ヨーセフ王とイレネ王妃は先ほどの王子たちの様子を思い出ししばらく彼らが去った扉を眺めていた。息子たちの成長を嬉しく思うと同時に憂う。
「陛下。彼女が真の光の保持者であった場合、闇の魔力を持った者もじきに現れる可能性が高くなります」
「……わかっている。それが理なのだろう? だが、それは天災のようなものだからな。それこそその時にならないとわからない」
「はい。わかっております」
「自分たちの時は無茶をしたが、いざ息子たちが対峙すると考えると簡単ではないな」
「ええ、そうですね。時代は必ず変わるものですから彼らの世界は彼らが作るべきです。私たちは見守ることしかできません」
「ああ。彼らの力を信じるとしよう」
「はい」
心配そうに眉を寄せるイレネ王妃の手を、ヨーセフ王は安心させるようにそっと握ったのだった。
◇ ◆ ◇
テレゼア公爵領土のとある街。
都ほどきらびやかで潤ってはないが、路面は整備され廃屋も少ない。活気に満ちたこの街の住人は日々に満足して暮らしていた。
領主が商業の発展に繋がるようにと設備に力を入れるおかげで、様々な物が行き交い、様々な人種が移動する。
そうすると経済が回り、就職率が安定し、生活のメリハリもつき、人が生き生きとしさらなる発展が期待される土地。ここ数年で生活水準が一気に高まった。
そこから少し南に下りたところ小さな農村があった。
広大な土地で麦や米、トウモロコシなどの穀物を育て、収穫の時期には村人総出で畑に出る。そのため、ほとんどが顔なじみ。
山や川などの自然と付き合いながら、ゆったりとした時間が流れる。放牧された羊や牛がのんびりと草を食べながら移動する。
そこへ見慣れない豪華な馬車が一軒の家に止まっていた。
皆、興味津々とばかりに、彼女の家の様子をうかがう。
「わあ、すっごく立派な馬車」
「さすが王族御用達だね。さぞかし乗り心地も良いんだろうね」
「やっぱり、ソフィアのことかな?」
「そうじゃない? あれだけの魔法が使えるのだから、きっと王立学園に入学するのよ」
「うわっ。すごいよね。平民からはなかなか行けない場所だから、ソフィアが遠くに感じちゃう」
「でも彼女の魔力は特別だもの。彼女はこの村の英雄だね」
「ソフィアお姉ちゃん、遠くに行っちゃうの?」
「きっとそうなるだろうね。でも、また帰ってくるよ」
村人が興奮気味に噂をしているなか、ソフィアは王家の紋章が入った手紙を受け取り、その紋章をそっと撫でた。
「では、お待ちしております」
「はい。ありがとうございます」
深々と礼をして、使いの者を見送った。喜ぶ両親と数度会話を交わしたのち、自分の部屋へと引きこもる。
手にあるそれをもう一度見つめ、ソフィアはふっと笑みを浮かべた。
「やっとだわ」
そっと手紙を机の上に置いて窓の外を眺める。
晴れ渡る空。雲が綿菓子のようにもわもわと美味しそうに浮かんでいる。
平民の者が貴族の集まる王立学園で過ごすことは、そう簡単ではないだろう。厳しい現実が待っている。
だけど、その中にあるどうしてもそのふわふわとした甘いものに触れたくて、触れることを夢見て、血の滲むような努力をしてきた。
この先も、きっとそうなのだろう。
夢だけ、理想だけではない世界。差別ややっかみ、そういったものは十分に理解している。それでも待ち望んだこの日。
──必ず、あの方のもとへ……。
ソフィアはふふっと笑みを浮かべた。
少しずつ舞台は整い、動き出す……。
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20××年販売 乙女ゲームソフト ランカスター王立学園
現段階の主な登場人物
*主人公1 マリア・テレゼア
(魔法属性緑 公爵令嬢 才色兼備 シスコン)
*主人公2 ソフィア
(魔法属性? 平民出身)
*シモン・ランカスター
(現王の子第一王子 魔法属性水 隙がない)
*サミュエル・ランカスター
(現王弟の子第二王子 魔法属性火 武闘派で単純)
*ルイ・ランカスター
(現王兄の子第三王子 魔法属性風 柔らかな雰囲気)
*ジャック・ランカスター
(現王の子第四王子(双子兄)魔法属性土 いたずら天使)
*エドガー・ランカスター
(現王の子第五王子(双子弟)魔法属性緑 いたずら天使)
国王 ヨーセフ・ランカスター(魔法属性水、土)
王妃 イレネ・ランカスター (魔法属性光)
ユーグ・ノッジ(魔法属性火 シモン第一主義 女性嫌い)
ニコラ・メーストレ(魔法属性? 明るい密偵)
フィリップ・ベントソン(魔法属性火 教師 テレゼア外相と友人)
サラ・モンタルティ男爵令嬢(魔法属性土)
ドリアーヌ・ノヴァック公爵令嬢(魔法属性水)
レックス・テレゼア公爵(マリア、エリザベスの父 魔法属性水)
クロエ・テレゼア(マリア、エリザベスの母 魔法属性緑)
ペイズリー(エリザベスつきメイド)
乙女ゲームとは、多くの乙女たちが夢のようなゲームの世界で、美形ばかりの男たちに囲まれ思慕を向けられ楽しむものだ。
だけど、ランカスター王立学園という乙女ゲームはすんなり乙女を喜ばせてくれなかった。
まず、主人公1、2がなぜか絶対狙うだろう王子たちと結ばれない。くっつかない。
そこそこ美形男子ならまだいい。まだ、であるが。それよりも、たまに修道院にまで行くってどういうことっとクレームが入ることも多々あった。
恋愛シュミレーションゲームどころかストレスゲームだっ!
癒やしが欲しい! よこせ~! 金返せ~!
しかし、思慮深い者、根気がある者、乙女ゲームを愛する者は、ストレスを溜めながらもさらなる高みがあるはずだと考える。
これって裏設定あるでしょう? 商業発売しておいてこれはないわ、とその会社の今までの実績を思い、あれこれ試し、あら不思議。
最初に選択した主人公マリア、もしくは主人公ソフィアをしっかりある人物に絡ませることが大事であった。
そして開く新たな扉。
本命主人公 エリザベス・テレゼア(魔法属性水風緑 公爵令嬢でマリアの妹)のご登場。
彼女は姉に溺愛されながら自分は平凡だと思い込む。ひっそり、こっそりが信条ながらうっかり者。
彼女が出てきてからというもの、王子がほいほいと釣れるではないかっ!
「「「「「おお~っ」」」」」
と、興奮する乙女たち。
頬を染め、同じ乙ゲー仲間と高速スピードでチャットを交わし、それは瞬く間に広がった。
くわっと目を見開き、ギラギラとゲームと対峙する飢えた乙女と書いて獣と読む人たちの意識はひとつ。
──ここまで長かったのよ~。キラキラ王子はちらちらするだけで、そこそこ美形男子だけではもの足りなさすぎて、引くに引けずにめっちゃ煮えたぎってるからね。
──見てなさ~い。エリザベス・テレゼア~。しっかり動いてもらうわよ。
乙女たちは鼻息荒く、エリザベスにロックオン。王子ではなく、もうエリザベスにロックオン。
何度もいうが、エリザベスに……。
逃げ回るエリザベス・テレゼアを王子たち全員に面識を持たせると、本格的にステージが動きだす。
さあ、エリザベス。おいでませ。
「フラグは立ちましたよ~」
「あなたのためですよ」
「楽しませてね~」
「癒やしを回収させていただきまっすっ!」
「どの王子ルートでいこうかなっ」
「レアキャラとか出てこないかな~。出てくるでしょ~」
「「「「「取り敢えず」」」」」
エリザベス、頑張ってらっしゃ~い!!!!
乙女たちはにやにやと意気込み、今日も夜な夜なゲームに勤しむのであった。
第一部 彼女のひっそり行動は乙女たちによってこっそりフラグを立てられる 完
見つけていただきお付き合いありがとうございます(*・ω・)*_ _)ペコリ
ブクマ、評価、いいね、本当に嬉しいです!
第二部は改稿でき次第更新開始する予定です。
よろしければまたお付き合いいただけたら幸いです♪




