24.秘密の庭園と求婚
優美な動きでとんとんと飛び石を渡るジャックの姿を見ながら、私はふふっと笑みを浮かべた。
何より双子王子と距離が近づいたような気がしてとっても嬉しかった。がっつりとその可愛らしさにハートを掴まれ、ずっと気持ちが弾んでいる。
まったく逃げる様子もなく、私の両肩にはキュウとリンリンが乗っている。
懐かれたようで嬉しくて彼らの好きにさせていた。
──まるで、おとぎ話に出てくる妖精のようだわ。
危ないから僕が先に行くね、とジャックが手本を見せるように川を渡る姿は、水面に反射する光に集まり遊ぶ妖精みたいだ。
中身も外見も天使で可愛すぎる。
先ほども両手を自分より小さな手にエスコートするように引っ張られ、可愛い王子に女性として扱われるのはくすぐったい。
私は可愛いものに囲まれて至福の時だと、今日ここに来てから最高潮に気分が高揚していた。
「ジャック様。流れが速いところがあるようなので気をつけてください」
「僕は慣れてるから大丈夫」
「ジャック、よそ見はするなよ!」
「わかってるって~」
私とエドガーが心配して声をかけた時だった。
調子よく渡っていたジャックであったが、六つ目の石、川の中央辺りのところでツルンと足を滑らせる。
「うわっ」
「ジャック!?」
横でエドガーが慌てたように彼の名を呼ぶ。
そこは流れが速く、心配だと声をかけたのが悪かったのか、運悪くそこでジャックは川にバシャンと大きな音を立てて落ちた。
「ジャック様!」
私は慌てて飛びこもうとして、キュウとリンリンのことを思い出し地面に置くと、スカートをぐっと引き上げそれらをお尻の下辺りでくくった。
エドガーがぎょっと目を見開き驚いている間に、ジャックの後を追うように飛び込む。
「エリザベス!」
「すぐに行きますから」
本当は脱いでしまいたかったけど、そんな簡単に脱げるようなドレスではない。少しでも抵抗力をなくすための緊急事態。
格好など気にしている余裕はなく、川は浅いと思っていたら急に深いところがあり油断はできない。
そして今いるところはようやく私が顔を出せるくらいの水の深さで、ジャックが立つならば口まで埋もれてしまう。
「ジャック! エリザベス!」
驚き焦ったような声でエドガーに名を呼ばれ、振り返ると慌てて彼も飛び込もうとしているところだったので大きな声で制す。
「エドガー様はそこで待っていてください」
「でも」
「ところどころ深いので危ないです。それに、すぐに従者たちが来ます。それまでにジャック様がこれ以上流されないようになんとかしますので」
エドガーの後方で慌てたように駆けつける彼らが見える。
そこまで距離は離れていないためここに到達するまでそんなに時間はかからないが、その少しの間に何かあったら困る。
叫びながら流れてきた木を掴み、それをジャックのほうへと向けた。
「ジャック様。手を伸ばしてください」
「うっ、くぅっ。……流れに押されて掴めない」
言葉通り互いに腕を精一杯伸ばしているが、川の流れに押されなかなか届かなかった。
もたもたしていたらいつ深みはまるかわからない。私は周囲を見回し、何も見つけられず気持ちを固める。
「わかりました。ジャック様、踏ん張ってくださいね。何とかしてみます」
「……何を?」
ジャックが戸惑いの疑問に答えることなく、私はすでに思考の中にいた。
何もないなら自分でなんとかするしかない。こういう状況で果たしてうまく作用するのかわからないけれど、こういう時に使わずして何のための魔法か。
「んー、流れを止めるのは難しいかしら。でも、この一帯だけなら穏やかにならできる気がする。そうね。そうしましょう」
「エリザベス?」
心配そうに見るジャックに安心させるようににこっと笑うと、私は大きく息を吸い込んだ。
水の流れを意識する。そして、同時に声を張り上げた。
「よいせぇぇ~、よいせぇぇぇ~、よいせぇぇぇ~」
「…………」
身体ごと持っていかれる勢いのあった水流が、二人の周囲だけわずかにゆっくりになった。
それでも子供の体重では軽々と押される水力があり、ジャックはなかなか棒を掴むことができない。
「もうちょっと。ほいせぇぇぇぇぇ」
その盛大な掛け声を最後に、静かな池を思い描くように川の水を撫でる。
そうすると魔法の効果が出てきたのか、私を中心に不自然にその一帯だけ川の流れが止まった。
──よし、今だっ!
「ほら、ジャック様今のうちに」
「えっ?」
「早く掴んでください」
「う、うん」
ジャックが木を掴み、それをもとに私のそばまでやってきた。
「ジャック様、今集中していますので棒から私自身に捕まってもらえますか? いつまで保つかもわからないので」
「わ、わかった」
膨大な水に影響を与えるのは、かなりの集中力と魔力がいる。ジャックが私の腕を掴むと同時に、徐々に川の流れが元に戻る。
そのころには従者たちが到着し、その中でブルネットの短髪男性が「大丈夫ですか?」と二人を軽々と引き上げてくれる。
時間にして数分のことだ。だけど、王族に何かあってはという思いがとても長い時間のように感じた。
「無事でよかったです」
「……うん」
私がそう告げると、目線を下げてジャックが小さく頷いた。
ドレスに水がふんだんに含まれ動きにくく、ぎゅうっと絞るように水を出す。
ペイズリーに頭を吹かれながら、「無理をしないでください」と怒ったように小言を言われ私は眉尻を下げた。
「ごめんね」
「お嬢様のその突飛な行動に耐性はありますが、心臓のほうは慣れませんので。できる限り控えていただけたら私の寿命も延びると思います」
「そこまで?」
「そこまでのことをされてますので、是非とも私の寿命のためにももう少し考えてください」
「……努力します」
そう告げると、ペイズリーはふっと笑みを浮かべ肩を竦めると着替えを準備してきますと言って、その場を先に去って行った。
それを見送りジャックのほうへと視線をやると、心配したエドガーと従者たちにあれこれ安否確認をされており、困ったように眉が寄っていたがその顔色は悪くなく特に何も問題なさそうだ。
ほっと息を吐くと、そこでジャックが私の腰に体当たりしてきた。
「うわっ」
驚いて身体が後ろに傾いでいくなか、ジャックはぎゅうっと私の細い腰に腕を回すと目を輝かせ笑う。
「エリザベス、ありがとう! すっごくびっくりしたけど、ドキドキして楽しかった~」
「ジャック様」
私が声を上げて咎めるように彼の名を呼ぶと、そこで天使はしょぼんと項垂れた。
「……ごめん」
私の腰から離れないまま、そこで顔を埋めるようにぽつりと言葉を吐き出した。
反省はしているのよねとそっとジャックの肩を触ると、びくっと身体を強張らせたので優しく撫でる。
密着しているせいか、ジャックからはドキドキする胸の鼓動が伝わってきて、彼にとって衝撃的であったことがわかる。
アドレナリンが出て怖さと楽しさが混ざってしまったのかもしれないが、心配かけているのだからそれを楽しいと言っては駄目だ。
私は目尻を下げると、言い聞かせるようにゆったりと告げる。
「いえ。こちらこそ大きな声を出してすみません。ですが、殿下に何かあったら周囲の人たちも困ります。命の価値に身分などは関係ありませんが、ジャック様たちの周りには心配する人がたくさんいるでしょう? その数だけ悲しませることになるのです。できること、できないことの区別をつけることも大事ですよ。なので、今後は無茶する時は大人の側であったり、やはり護衛を遠ざけるのはやめたほうがいいと思います」
双子の可愛い我が儘に苦笑するように見守っていた彼らであるが、互いに今回のことは肝を冷やしただろう。
本人たちの意思をできる限り尊重したいところだけど、何かあっては困る身の上。
絶対的な主従関係は揺るがずバランスは難しいだろうが王族を守る彼らの仕事なので、彼らの仕事にできる限り協力するのも上に立つ者の努めなのだろう。
「……そうだね」
「ええ。私も甘かったと反省しております。大人しくするか、駆け回るならそれなりに周囲の配慮を受け止めることも大事です。今回のことでおわかりになったでしょう?」
「うん。僕たちが甘かったよ」
「エドガー様もですよ?」
「うん。わかった」
小さく頷いたエドガーは甘えるように私の服を掴み、ぎゅっと腰を掴んだままのジャックは神妙に頷いた。
それにほっと息を吐く。
王子相手に偉そうなことを言ってしまったけど、心配してくれる者のことと、これからを思うと言ったことに後悔はない。
彼らの反応を見てもその言葉は響いているようで、そのことがとても嬉しかった。
「といっても、私も人のことを言えないのですけど。私自身ももうちょっと考えないといけないことですから、三人で反省しましょうね」
そう締めくくると、ジャックとエドガーがさらにきゅっとくっついてくる。
『キュウ』
『リンリン』
それに合わせるように、キュウとリンリンが私の肩に乗り直す。二匹はすっかりそこがお気に召したようだ。
「濡れさせてごめんね。そして、助けてくれてありがとう」
「いいえ。濡れたぐらいどうってことないです。ジャック様が無事でよかったです」
「僕からもすみませんでした」
エドガーまでもがしょんぼりと項垂れる。
「どうしてエドガー様まで? よくわからないですが、どちらも無事で何よりです。従者の方もすぐに駆けつけてくださったので、きっと私がいなくても大丈夫だったと思いますのでお気になさらず」
「そうだとしても、躊躇わず川に飛び込んでくれたことが僕たちは嬉しいんだ」
エドガーが甘えるように鼻を私のお腹につけて、上目遣いでうるうるとを見つめてくる。
まるで愛おしいと言われているようなそれに、年下王子なのにとくんと胸が跳ねた。
「エリザベス。好き」
「はい。私も好きですよ」
瞳の奥が妙に真剣で変にドギマギするなと思いながら、可愛い天使の言葉に私も返す。
「僕も好きですよ」
こっちに向けとばかりにくいっと袖を引っ張り告げるエドガーの眼差しも、コバルトブルーの瞳の奥がとろりと甘く私を見つめている。
「エドガー様も好きですよ」
そう答えながら、私は落ち着かずほわっと頬を緩めた。
──なんて、可愛いのかしら。
そして、王子オソルベシ。
双子のやり取りに、ルイとのやり取りを思い出した。
ちょとさ、自分たちの顔の威力わかっていないのではないだろうか。
そんな美貌で可愛く『好き』なんて言われたら、危うく脳内ピンクだらけになるところである。
こんな時分から変な色気あるってどうなのよと思いながらも、やはり可愛さには負けてしまって私は口元をふわっと綻ばせた。
「エリザベス。僕は求婚を申し込む」
「僕もです」
真剣な眼差しで告げられ、そんな話をしていたっけと首を傾げる。
「……球根? 何の球根が欲しいのですか?」
いきなり、きゅうこんと言われすぐさま家にある花の球根を思い浮かべた。
どうしてそんな話になったのかはわからないが、王子たちも花が好きなのねっとにこにこと笑みを返す。
すると、同時に大きな瞳に私だけを映しきゅるきゅると可愛さが増した表情で見つめられる。
なんだか落ち着かずぱちっと瞬きを繰り返していたら、二人の顔が近づいてきたので目を見張る。
ふわっと両頬に柔らかい感触が落とされ固まる私に、双子は真剣な表情で告げた。
「違う。僕はエリザベスに惚れたって意味」
「僕も」
「えっ?」
双子の真剣な眼差しと言葉についていけず、意味を理解するのが遅くなる。
「結婚してください」
「結婚して」
「…………えっ??? ええ~~!?」
結婚って……。ということはさっきのは求婚されたってこと?
えっ、でもまだ子供だ。でも、貴族社会では婚約者が小さい頃から決まっている者もいる。
だけど、十七歳を超えられない私は、そういったものをまったく意識したことがなかった。結婚以前にその先が生きられるかの問題だ。
うーん。好意は嬉しい。けど、考えられない。
って、今覚えばさっき頬に触れたのはキス?
いやいや、違う。天使がそんなマセたことするはずないと、きっとキュウやリンリンだと思いスルーする。
「ジャック。僕のほうが先に惚れた」
「僕だよ」
「僕のほうが好きだよ」
「そんなのわからないでしょ」
「お二人とも……」
私があれこれ思考をやっている間に、双子たちが言い争う。
ちょっと落ち着こうか。というか、こっちもまだ混乱中だから落ち着かせてと二人を呼ぶと、間近で可愛い天使が顔を覗き込んできて、究極な選択を迫ってくる。
「エリザベスはどっちがいい?」
「僕とジャック」
「どっちとかそういう問題でも」
そう告げると、ダブルの愛らしい顔が真剣な眼差しで私を見ながら、ぷっとふてたように唇を尖らせる。
──ああ、ダメだ。ハンカチ、ハンカチがいる~。
ダブル攻撃はやっぱり破壊力半端ないっ!
助けたことで、彼らの好感度が上がったのだろう。さっきの今だから彼らも興奮しているのかもしれないなと、私はこの件を流すことに決めた。
「お二方ともすごく素敵です。なので、どちらとも選べません」
比べるものではないと告げると、ちっと彼らは舌を打った。
えっ? 天使が舌打ち。気のせい、気のせい。こんな可愛い天使たちがそんなことするはずないと、これまた気のせいにした。
「僕たちは本気なのに」
「そうだよ」
「でも」
「だね」
「なんですか?」
そこで含むように笑みを浮かべる双子に私が気になって問いかけると、彼らは純真無垢な眼差しで私の両頬にそれぞれ手を当てる。
「今すぐが無理なら、時間をかけてわからせたらいいよね?」
「うん。僕たちもルイや兄さんたちに遅れをとらないようにアピールをしないとね」
「……ジャック様? エドガー様?」
憧れのお姉さん的な立ち位置と、年下特有の甘え方にふふふっと微笑んでしまう
ぷくぅっと頬を膨らませながら、うんうんと頷き合う姿が可愛すぎる。
「今日はありがとう。僕たちはエリザベスに出会えてとても嬉しい」
「なので、また会いに来てくださいね。僕たちからも会いに行きます」
「ええ。是非。仲良くなれてとても嬉しいです」
後半の流れはよくわからなかったけれど懐いてくれたのはわかるので、癒やし確保に成功したようだと私ほくほくした。
お姉さまなんて言って慕ってくれたらもうこの先ルンルンものよねと、今日の成果に大満足だ。
そこで騒ぎを聞きつけたルイたちが戻ってきてあれこれ質問攻めに合うけれど、最終的にはルイがふっと息を吐き私に寄るとそっと腕を差し出した。
「そのままでは風邪を引くよ。着替えに行こうね」
「ええ」
いつものようにルイの手を掴み立ち上がる。その側では、なぜか双子は気に食わなくてむっと頬を膨らませた。
それを見たルイが柔らかに微笑む。
「ほら。二人も立って移動しますよ」
「はーい。やっぱり、まずルイだね」
「そうだね。でも、負けない」
ぶつぶつ二人が言っているのを聞きながら、苦笑しながらも楽しそうな周囲の様子に私は心から笑ったのだった。




