side王族 庭園の秘密と光
エリザベスの手によって二匹と双子がゴロゴロと甘えるように懐かされている頃。シモン、サミュエル、ルイは国王と王妃がいる部屋に集まっていた。
「このタイミングで急に呼び立てたのは、各々理解しているかと思う」
シモンの父、ヨーセフ陛下の言葉にそこで三人は顔を見合わせた。
一緒に庭園を離れたユーグは部屋の外で待機しており、現在この場にいるのは王族血縁者のみとなっている。
代表してシモンが口を開く。
「エリザベス・テレゼア嬢のことですね」
「そうだ」
「彼女の魔力のことで何かあったのですか?」
ルイが耐えきれず尋ねた。
客人を招いていての呼び出し。このタイミングで呼ばれたということは何かあったのだ。
ただ、有事ではないことはわかったので必然的に思い当たるものといえばひとつであった。
シモンが秘密の庭園へ招待すると言ったとき、ルイは異を唱えなかった。
メリットとデメリットを考えたとき、それはきっとプラスになるだろうと思ってだったが、今になって後悔の念が押し寄せる。
硬くなった表情のルイを見て、ヨーセフ陛下の横に座るイレネ王妃が柔らかに微笑む。
「大丈夫ですよ。問題はありません」
「そうですか。急な呼び出しであったのでいろいろ考えてしまいました」
少し肩の力を抜き不安を吐露すると、サミュエルが少し不機嫌そうに顔をむすっとして告げた。
「ルイの言う通りです。タイミング的にエリザベス嬢のことで何かあったのかと思いました」
「彼女が心配なのですね。可愛いですか?」
「……かっ、あ、か、面白い令嬢だと思います」
サミュエルが嫌そうに顔をしかめ口早に告げたが、その頬はわずかに赤い。
鈍ちんサミュエルの反応にルイは嘆息すると、王妃を見つめゆっくりと笑みを刻む。
「エリザベスはとても素晴らしい令嬢です。僕は心から慕っておりますので、彼女のことならば包み隠さず教えていただけたらと思います」
そこでシモンが静かに頷いた。
「そうですね。彼女との時間は有意義であったと思います。そんな彼女を放っておいてまで話す内容というのは気になるところです」
「ふふっ。そう思うのはもっともですが、単純に時間の問題なだけですよ。あなたたちは今日で学園に帰ってしまうことと陛下の時間が取れたのが今というだけです」
「慌てることではないが、大事なことだから私も同席したくてな」
ルイに続き、サミュエルとシモンがそれぞれ心情を吐露し同時にイレネ王妃を見ると、王妃は穏やかに告げた。
その後言葉を続けた陛下は、面白そうに王子たちを眺めた。つまりは、これから告げることの反応を見たくてということだ。
悪いことではないが、何かあると含む言い方にルイは静かに二人を見返した。
エリザベスが絡むとなると、平静でいるつもりでも感情が乱れてしまう。
「むしろ、喜ばしいことですよ」
イレネ王妃はそんなルイに気づき、安心させるよう柔らかな声音で告げた。
王妃の言葉は周囲の者を癒す。王妃の周囲はいつも柔らかな光がまとっているような優しい空気がまとう。
それに押されるように、三人の王子はほっと息をついた。
イレネ王妃は公には緑の魔法属性としていたが、本当はその上の光属性だ。
王子たちの中に光属性がいるとの噂は、彼女が光保持者であることもひとつの理由である。
大きすぎる力はいらぬ争いを招く。そのことから、公には公表せずこのことを知る者は少ない。
火のないところに煙は立たぬであり、実際の保持者は王子ではなくてもやはり見事に王家の魔力保有率がダントツであった。
「それではさっそく本題をお願いします」
息子であるシモンがそう告げると、そこに便乗してルイとサミュエルは続けた。
「ぜひ手短にお願いします」
「簡潔にしていただけるとありがたいです」
その様子に、ヨーセフ陛下は王子たちを凝視した。仲は良いが慣れ合わずであった三人にしては、息の合ったやり取りだ。
学園に入学し同じクラスで過ごすことで、王子たちに何かしら王族意識とは違う共通意識が生まれたのではと親心で嬉しく思う。
それは王妃も同じようで、目尻を和らげ愛おしそうに王子たちを見つめた。
「息がぴったりですね。三人ともどうしたのですか? 悪いことではないとわかった途端、そんなに急くなんて」
「エリザベス嬢を待たせているということもありますが、ジャックとエドガーが何かしないか心配です。彼らは少しばかりいたずらがすぎるので」
シモンが弟たちの様子が気になると告げると、ルイとサミュエルは元気に駆け回るエリザベスの姿を頭に思い浮かべ、うーんと眉を寄せた。
「僕はエリーが何かしでかさないか気になります」
「俺もだ」
「あら。もう何もわからない子供ではないのですから、そんなに心配しなくてもいのでは? それに、従者たちもいるので大丈夫でしょう」
「だといいんですが……」
そこで三人は顔を見合わせ、小さく息を吐く。
それぞれ具体的に思っていることは違うが安心した途端、護衛たちがいてもやはり放っている現状が気がかりであった。
「まあ! まあぁぁ~。そんなに気になるのですね。それはお邪魔してしまっては悪かったかしら。お客人を放っておくのはよくありませんものね。では、さっそく言わせていただきます」
「「「はい」」」
「息ぴったりね。では、こうして呼び出したのは、エリザベス・テレゼア公爵令嬢は光属性の可能性が高いことをお伝えするためです」
ふふっと少女のように王妃は微笑む。
子供を三人も産んだ女性とは思えない無垢な笑み。そして、急かしておいてなんだがとっても大事なことをさらっと言ってのけられ王子たちはもう一度顔を見合わせ、王妃と陛下が穏やかに笑いながらも眼差しは真剣であることを確認し声を上げた。
「エリーが?」
「なぜ、そのような?」
「どうしてわかるのですか?」
各々、戸惑いながらその言葉を吟味する。
秘密の庭園。そこは魔力を精査することができる場所。代々光り輝く魔力を持つ者が力を込めて守ってきた場所である。
引き継がれる魔力で守られたそこは、魔具は壊れにくく常に正確に魔力を汲み取り測ることができる。 そのお陰で王族たちは正確に己の魔力と方向性を掴み磨いていくことができるのだ。
それゆえ、エリザベスの高い魔力を見た三王子は彼女の魔力を測ること、必要ならば方向性を定めるほうがいいだろうと判断したのだった。
大きな力が制御できず暴走することは避けなければならなかったので、言わばエリザベスのためでもあった。
エリザベスのレベルを知り、それを使いこなせているか知る必要があり、何より王族との相性を知るにはここはうってつけの場所であったのだ。
王族と許された者、王家に認められた者しかは入れない場所。
それが秘密の庭園であり、ここに招待されたということはある一部の者にとって大きな意味をなす。
当然、王家の情報も含め避けていたエリザベスが知っているわけもなく、避けたいと願っていた彼女はしっかり大事なフラグを踏んでいた。
むしろ、ぐいぐいと踏みしめている。
「光属性の者は同じ光属性の者を感知することができます。それゆえ、光の魔法があふれた秘密の庭園でのことは、離れたところにいてもわかるのですよ」
当たり前のように告げられたそれは、王子たちも初めて知ることであった。
「それは知りませんでした」
「ええ、そうですね。陛下は私の時のことがあるので知っておられますが、本当にごくごく一部しか知らないことです」
「……それだけ重要ということですね」
「ええ。当事者である光の者と、ごくたまに近親者のみ知られてきたことです。知っての通り、真の光はとても稀であるとともに膨大な魔力を有しています。そのため、魔力の全てを明かすことは己のためにも周囲のためにも禁じられています」
ゆったりと告げられるそれはまるで神託のように鋭く刺さり、同時に優しく響いた。
ルイは小さく息をついた。
ルイの願いはずっと変わらない。
エリザベスとともにいること。光の魔力があろうがなかろうが気にはしないけれど、規模が大きくなりややこしいことになりそうなのは困ったことであった。
エリザベスが望む通りに魔力も弱くただ守られるだけのか弱い女性なら心配もしないのだが、その逆を本人は気づかないまま突き進んでいる。
その上、真の光の魔力保持者の可能性を示唆され、その見立てが正しければますます彼女が望む反対の道へと進むのだろう。
──エリーのそばは本当に飽きないね。
光魔法保持者だとわかっただけでライバルが増えるわけではないけど、意識はされる。さて、どうしていこうかとルイは遠くを眺めた。
ルイに続くように、サミュエル、シモンもエリザベスがいるほうへとそれぞれ思案げに視線を向けた。
◇
一方、秘密の庭園では、ついうっかり甘えてしまった双子はこれではいけないと、作戦遂行すべく試行錯誤していた。
──なんで、よしよししてもらっているんだ~。
──怖っ、テレゼア家、怖っ!!
ジャックとエドガーはぷちパニック中だ。
よくわからない間に、嫌がらせよりも喜ばせようと動いていたこと、二匹に嫉妬みたいなことをして甘えてしまっていたことは思い返すと赤面ものである。
王子として恥ずかしい。兄たちよりも四歳下だとしても、立派なのだと本人たちは思っている。
英才教育を受け本人たちもそうあるべきと努力が身についてきていてもまだ十歳。完璧な兄への過剰な憧れもあり、兄が絡むそれらのイタズラは本人たちに自覚はないが幼いものばかり。
自分たちの魅力をしっかり有効活用するあたりはさすがであるが、やっていることは可愛いレベルであり、だからこそ彼らのそれに何となく気づいている者も目をつぶっている。
もちろん、兄であるシモンも知っている。知っていて可愛らしい弟の行動を黙認していた。
大きな被害もなく、ついでに彼らの気持ちを尊重しこのまま寄ってくる女性を排除してもらっておいても悪くないだろうと密かに思っている。
次期王になることは決まっていないが、第一王子、そして現王の長子という立場は、ほかの王子たちよりも周囲の期待が大きかった。
その分、シモンは常に王子としての振る舞いを意識し密かな努力を積んできたが、それを邪魔する者も多かった。
それら全てを自分が相手していたらキリがないので、弟たちの善意なる行為はそのまま受けておいても問題ないだろうと思っていたためだ。
これまた冷静なシモンであった。
そんな彼の弟であるから、可愛いだけではなくよく頭が回る。
それが双子となれば、連携プレイもお手の物でそんな彼らに敗れ絆された者のは数知れず。
今まで面白いほど騙される大人や、同じ年頃の子息や令嬢を相手にしてきた。
これまで自分たちの思うようにいかないことはなく、ここにきて負けるわけにはいかないと闘争心を燃やす。
ジャックとエドガーはぎゅっと手を握り合って、対岸の森を見つめた。
あそこなら、さすがにびっくりドッキリするものが山ほどあるだろうとニンマリ。
「エリザベス。もっと変わった生物を見たくないですか?」
「ええ。見れるものなら見てみたいです」
予想通りの返事に、このままでは王子としての沽券に関わると、双子はぐっと拳を握り合う。
「なら、川を渡ってあちら側に行きましょう」
「それは楽しそうですが、従者たちはどうされるのですか?」
「もちろん、彼らも後でついてくるので大丈夫です」
「そうですか。なら、行ってみたいです」
エリザベスが快諾すると二人は視線を合わせ、決意したように大きく頷くとエリザベスの手を取った。
とにかく、驚く声を上げさせたい。
名付けて『ふんぎゃあ、と声を上げさせるぞ作戦』開始とばかりに、双子は意気揚々と歩みを進めた。




