side双子 いたずらな天使
「楽しいね」
「楽しみだね」
その両脇を挟むように立っていたジャックとエドガーは、視線を合わせるとにやっと笑みを浮かべた。
警戒心もなく、満喫しているエリザベスの様子に何をして遊ぼうかと互いにほくそ笑む。
兄たちが秘密の庭園に部外者を案内し、ましてや女性と聞いては黙っていられない。
事前にこの日のことは知っていたので、今日は絶対邪魔をしてどんな女性か顔を拝んで見極めてやると二人は誓っていた。
王立学園の最高クラスであるということは、そこそこの実力はあるのだろう。
魔力合わせだとも聞いていたが、だからと言って軽々しくここに入っていいものではないのだ。
兄の微笑を受けて勘違いする女性は、ユーグとともに自分たちが片っ端から片付けてきた。
崇拝する兄の横に立つ者は美しく聡明な女性でなければならない。もちろん、従兄弟たちの相手もだ。
身分が見合うだけでは駄目であり、今まで見てきた中で合格点を取れる者はいなかった。
第一印象はとても大人しく、まあ綺麗な部類であったエリザベス・テレゼアは、一緒に時間を過ごせば過ごすほど、どこか違和感を覚えた。
ほかの女性とは違う。でも、何かを隠している感じに双子はますます彼女の行動を監視した。
にこやかに笑いながらであるので、呑気ににこにこと笑顔を返されるたびに、双子は見てないところでへっとしかめ面をしていた。
たまに言動が変であったが、それ以外は結構まとも。そう思ったすぐに何かをしでかすといった印象だ。
最も驚いたのは魔力を出すときの掛け声で、二人は警戒するのも解いて思わず、「ぶほっ」と吹いてしまった。
あれには驚いた。
なんだあれ? と幻聴を疑うレベルであったけれど、あれだけ連発されたら詠唱ありきの魔法発動だということはわかった。。
その上、その魔力が桁違いであった。王族に負けないくらい保有し、しかも使いこなしていた。
なるほど。この魔力で兄さんたちの関心を引いたのだなと、吹いてしまったことはなかったことにしてにこにこと笑みを浮かべながら、双子ならではの意思疎通で見つめ合った。
聞けば、この令嬢がルイを誑かした女性だというではないか。
しかも、いつも女性の相手は面倒だと言って愛想笑いさえしないサミュエルまで穏やかな顔をしていたので、彼も取り込まれてしまったのだろう。
恐るべしテレゼア公爵家。
外相のテレゼア公爵もその奥方も、そして聖女と言われる姉のマリアも、周囲を巻き込み虜にする。その家系だと思えば、やはり警戒を怠ってはいけない。
双子は気を引き締め直し、虎視眈々と化けの皮を剥がしてやろうと狙っていたところで、その機会が訪れた。
よしと気合を入れて庭園の奥へと案内し、呑気に川を覗き込んでいるエリザベスの背中を見ながら、ジャックはきょろきょろと周囲を見回し、あるものを見つけてニンマリと笑った。
「エリザベス、これ見て」
ジャックがひらひらと手を振りエリザベスを呼び、さっき捕まえたカエルをエリザベスの足元に置いた。
ぴょんっと跳ねて、エリザベスの靴の上に乗る。
──ナイスだ。カエル!
さぞ、驚くだろうとジャックとエドガーは楽しくて表情を緩める。やはり、正義は勝つ。自分たちに運が向いている。
これで情けない声だったりとか、ヒステリックに怒るとかしてくれたら儲けものだ。
女性に嫌われ気味の両生類。されど、この秘密の庭園にいる生物はそれぞれ光の恩恵に預かりありがたい生き物ばかりなのだ。
そんな生物に対して、負の感情や行動を示すのは避けるべき行為である。
二人は、ちょこんと乗ったカエルを見たエリザベスの反応を楽しみに待った。
彼女の口がふるっと揺れ、驚くように開かれていく。
よっし、こい! そして、もう二度とここに来たいと思わなくなればいい。
自慢の兄に近づく者は排除。子供らしく無邪気な振りをしてにっこりと笑い、誰にも知られずこなしてきた。
こんな簡単に自分たちに騙され、こんなことですぐ逃げ出す女性なんて兄にはふさわしくないから、早々に退場してもらおう。
二人はここまできた女性を、兄たちがいない間にどうにかしたくて必死だった。
名付けて、『泣いて叫んで、兄たちに近づいたことを後悔させよう作戦』だ。
さあ、泣いて叫んで後悔するがいい、とダブルで天使の笑みを浮かべその時を待った。
「……まあっ! 鮮やかな黄緑のカエルですね。あっちにもいますよ。よく見たらおたまじゃくしもたくさんいますね。やっぱり、生態系をもっと知りたいわ」
──あれっ?
だけど、返ってきたのは想像していたものと違った。しかも、なぜか生態系まで話が大きくなっているではないか。
カエルから、どう考えたら生態系の話になるのだ。
双子が思惑違いに戸惑っている間に、エリザベスはにこにこと目尻を下げると、えいっとそのカエルを掴んでみせる。
しかも、その動作が速くて手慣れた感じに、二人はまじまじとエリザベスを見つめた。
カエルを摘まみあげ、エリザベスはふ~んとばかりにじろじろと観察する。
グエッと鳴いたので、「オスかしら~」なんて呑気にあらゆる角度から見ようと動かすたびに、ぶらんぶらんとカエルの足が情けなく揺れる。
「あら、足は少し透明なんですね~。領地にいるのは赤みがかっていましたが、また違う種類なのかしら。……どうしたのですか?」
「ううん。エリザベスはカエルは平気なんだ?」
「?? 大丈夫だと思ったから見せてくれたのでは?」
信じきった顔で見つめ返され、ジャックとエドガーは慌てて頷く。
ぼんやりしているかと思えば、敏い。自分たちを信じた上での発言であるが、胸がそわそわそわする。
確かに、苦手だと思ってカエルを見せる行為は自分たちのキャラが崩壊しかねないのでありがたい解釈なのだけど、なんだかすっきりしない。
しないけど、イタズラしようとしているとバレるよりはいいと、ジャックはふわっと笑って軽く首を傾げてみせた。
「そうだよ。さっき蝶が寄っても驚いてなかったから」
「まあ、よく見てくださっているのですね。嬉しいです」
「もちろんだよ。エリザベスと仲良くしたくて」
エドガーも同じように弁護しながら、ふわふわっと多めに笑顔を振りまいて首を傾げる。
そうすると、大抵の人が深く考えるまでもなく双子の言葉を鵜呑みにしてくれるのだ。
「まあっ! とっても光栄なお言葉です」
「僕たちはまだ学園に行けないから、こうして会えるのもなかなかないでしょう? だから、ここでたくさん仲良くなりたいな」
「仲良くなりたいな~」
「エドガー様。ジャック様……」
二人がせぇのぉとにっこり笑みを合わせて告げると、それはそれは嬉しそうにエリザベスは笑った。
しかもなぜか打ち震えハンカチをさっと出して口元を押さえているが、明らかに喜んだ様子だった。
──ちょっとは警戒したり、疑ったりしなよ。
その様子を見て、ジャックは今度は違った意味でイライラしてきた。さっきのそわそわも胸に残っているしで落ち着かない。
エドガーを見ると、すごく目をまん丸にしてエリザベスを凝視していた。
「普段、お二人はここによく来られるのですか?」
「うん。魔法演習の合間にね。この川は綺麗だから、行き詰まった時とか休息するにはとてもいいんだ」
「確かに綺麗ですから、気持ちも新たにして頑張ろうと思えますね」
「そうだね。ところで、そのカエル全然逃げないね」
「あら、本当ですね。敵意がないのがわかるのかしら?」
こてんと首を傾げ、そこで愛おしそうに先ほど手の平に乗せそのまま居座るカエルを見た。
カエルの黒々とした瞳もエリザベスを見つめているようで、そんなことはないと思うのにしばらく一人と一匹は見つめ合った。
「……そろそろ逃がしては?」
理解できない。意味がわからない。思っていたのと違う!
こちらが仕掛けたことなのに邪魔になったカエルにジャックがそう告げると、そうですねと微笑むとそっと地面に手を持っていくと逃がした。
ぴょんぴょんと跳ねていくのを、エリザベスは実に楽しそうに見送り目を細めている。
ひとしきりその様子を眺めていたエドガーが、わずかに不満そうに唇を尖らせた。
「楽しそうだね」
そう告げる声もちょっと不服そうで、それに気づかないエリザベスは何かを思い出したようにくすりと笑った。
「はい。動きがぺったんぺったんと面白いので楽しいです。母様は跳ねるごとに飛び上がらんばかりに叫んで逃げますが、私はわりと平気です。小さな頃ですけど、七色のカエルを見つけて持って帰ったらものすごく叱られました」
「持って帰ったの?」
外でカエルを見つけて持ち帰るなんて、そんなことをする令嬢など聞いたことがない。
最初のおしとやかな印象からどんどん離れていく。
「ええ。珍しかったので見てもらおうと思ったのですが、それがいけなかったようで。喜んでもらえるどころか、元のところに戻してきなさいとそれはもう静かに地を這うがごとく怒られました。だけど、さすがにそれは面倒くさくて今でも屋敷の庭の池のどこかにいると思います」
「へえ」
内緒ですよ、と指に手を当てて笑うエリザベスに、ジャックとエドガーは顔を見合わせた。
七色のカエル。本当にいるなら見てみたいが、さすがに掴む勇気は二人にはない。カエルに関しては相手のほうが上手なようなので諦めることにする。
この初っ端のやり取りから、もしかしたら無駄になるかもと思いながらも双子は頑張った。
あれこれ虫や爬虫類を捕まえては見せてみたが、どれもこれも嫌がるどころかことごとく喜ばれる始末。
──一体、何に驚くんだ?
しかも、次はどんな? とばかりに期待のこもった眼差しで待たれる。
最後のほうは本来の目的も忘れて、どちらがエリザベスが驚くような生き物を見つけられるかの勝負になっていた。
生き物だ。もう、種類に限らずいくべきだと二人は駆けずり回った。
「はあ、はあっ」
「……疲れた」
ジャックとエドガーは息も切れ切れになり、ぐったりとそれぞれ捕まえてきたものをエリザベスに差し出した。
これならどうだとばかりに選んだ生き物は、この辺りにしか生息しないと言われる、キュウと呼ばれるやたらもふもふしたボールみたいなキュウと鳴くと生物と、リンリンと呼ばれるその名の通り、リンリンと鳴く羽がある生物である。
キュウはハムスターみたいで、リンリンは小鳥のようだけど、実際は何の生き物かは成長しないとわからない。
とにかく、その生物たちはすばしっこく、どちらも手の上に乗るくらいの小ささで捕まえるのに苦労した。その分、レアものだ。
これなら驚くだろうと、二人は期待のこもった眼差しを向けた。
すると、予想通りというか、それ以上の反応。
目の前でエリザベスの顔が見る見る蕩けていき、ぐいっと顔を近づけてふわふわっと微笑んだ。
その近さに、思わずぼっと二人同時に顔が赤くなる。
自分たちから仕掛けて近づくことはあっても、相手からは近づけさせたことがないため免疫がない。
自分たちが意図的に出す笑顔ではなく、心からのものだとわかるその蕩けた笑顔にすごく満足する。
あれっ、目的が変わってやしないかと思いながらも満たされた。
「「驚いた?」」
「うん。すっごくびっくりしました。とっても可愛いです。初めて見ました!」
触るかどうかを聞く前に、キュウはコロコロ転がり、リンリンはパタパタとエリザベスのもとへとまるで引き寄せられるように彼女の手の平と肩の上に乗った。
「くぅぅぅっ、可愛い~。どうしよう。可愛いですぅ。なんて可愛すぎる生き物なの!?」
興奮したように手と肩に乗ってきたキュウとリンリンを、エリザベスは指で優しく撫でまくる。
二匹は満足したように、キュウ、リンリンと甘えた声で鳴いた。
──面白くない。
その様子を二人は唖然としながら長め、同時にむっと眉間を寄せた。
捕獲するのにすごく苦労したのにとか、王族にしか懐かないと言われているのにとか、僕らでさえ面倒くさいなとばかりに捕まえられてやったんだぞと偉そうな態度をしていたのにとか、そういうのもあるが……。
ここで出会ってからずっと、エリザベスの瞳は自分たちをきらきらとした目で見ていたのに、今はその双眸は二匹に向かっている。
可愛いものが好きそうだから、嫌がるものではなくて気づかぬうちに可愛いものを見せて驚かせたいと思って捕まえたものを、興奮するように愛でているのが気に食わない。
その瞳は自分たちを見ていないとつまらない。そう思ってしまった。
ジャックとエドガーは視線を合わせると、小動物を愛でて自分達の様子に気づかないエリザベスの名前を同時に呼んでいた。
「「エリザベス」」
「丸っこいのがキュウ」
「小鳥のようなのはリンリン」
「「ここでしか生息していないとされる動物で、滅多に見れないものだよ」」
同時ににこっと笑って告げると、すぐにこちらに向けられ戻ってきた菫色の双眸に自分たちが映し出され満足する。
「まあ、そうなんですか!? そんな貴重な動物を捕まえることができるなんてさすがです。すごいですね! 私は今すごーく幸せです」
「エリザベスは可愛いものが好き?」
「はい。大好きです」
うんうん、と頷くエリザベス。
確かにカエルも愛でてはいたが、キュウとリンリンとの出会いは段違いで喜んでいるのがわかる。
「そう。なら良かった」
「頑張って捕まえた甲斐がありました」
双子はほくほくと顔を綻ばせた。
「二人ともありがとうございます。見せていただけてとっても嬉しいです」
「だって、エリザベスの喜ぶ顔が見たかったんだもの」
「そうだね。嬉しそうで良かったです。でも、二匹ばかり見るのではなくて僕たちも頑張ったと褒めてほしいな」
必殺、甘え光線を放ちながら同時にエリザベスを見ると、彼女は「はうっ」とわずかに後ろに仰け反り、続いてはんなりと花が咲き乱れるような笑顔を浮かべる。
白く細い腕が伸びて、柔らかな指が二人の頭の上に乗る。すっと髪をすくように優しく撫でられ、二人はこそばゆい思いで目を細めた。
だけど、二三回往復したところで止まる。
エリザベスが「すみません。失礼なことを」と慌てて手を引っ込めたので、二人して「「もっと」」とねだっていた。




