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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第一部 第四章 ひっそりとうっかりは紙一重

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sideシモン 気になる令嬢


 マリアの密偵であったニコラ・メーストレとの話が終わり、エリザベスがすごくやりきった顔をしているところで、カップにひと口つけるとシモンは瞳を凝らすように細めながら話を切り出した。

 それと同時にユーグが顔をしかめる。


 シモンがご令嬢に興味を示すのが気にくわないようであるが、彼の生い立ちを思うとその態度を簡単には諫めることはできない。

 あまり酷いようならフォローすればいいと、ひとまず話を進めることにする。


「密偵問題もひとまず落ち着いたようだし、教室の件について話をしましょうか?」

「教室です、か」


 あれだけ魔法を見せることを渋っていたのに忘れてしまったのか、すっかり気が抜けているエリザベスはこてりと首を傾げた。


 エリザベスが教師に呼ばれて教室を出ている間に、エリザベスの魔力や使える魔法のことなどを話したが、その時にルイがうっかりが過ぎると彼女のことを評していた。

 あれだけおかしなことを仕出かしたのに、今はもうっかり忘れてしまっているのだろうとわかる気の抜けっぷりである。


 もしかしなくても、密偵を引っ張り出す前に魔法を見たいといった話も忘れているのではないだろうか。

 普通ならば不敬であるが、シモンはエリザベスの変わった詠唱の衝撃も思い出し、思わずふよっと口端が綻びそうになるのを引き締めた。


「魔法を見せていただくお約束です」

「……ええっと、本気だったんですね」


 エリザベスはぱちぱちと瞬きを繰り返し、力なく肩を落とす。

 冗談であってくれとばかりのその様子に、シモンはくすりと笑みをこぼした。


 一般的なご令嬢ならば、自分たちと一緒に魔法の練習の提案をされれば、その貴重さに感激し喜ぶだとか、恐れ多いとか大きな反応が返ってくるところだ。

 だけど、彼女のそれは可能な限り遠慮したいというのが見てとれて、とても新鮮でますます興味深い。

 シモンは一挙手一投足、その表情に何を考えているのかを逃さないようにじっと見つめた。


「冗談だと思っていたのですか?」

「いえ、そういうわけではないのですが。こう、何度も話を戻すようなものではないかと。そんなに大したものではないので、改めて話されるのも落ち着かないというか……」


 すっかり忘れていた、本気にしていなかったであろう、またはないことにしたかったであろうエリザベスの反応に、シモンが小さく肩を竦めた。

 往生際が悪いけれど、素直な反応はうっかりも多くて憎めない。

 もう少しどうにかならないかなと思う反面、御しやすくもあって多少の不敬ともとれる言動も怒る気にもなれないし、反応を見るのも一興である。


「彼との話も解決したことですし。そもそもこの話をしていてのそれでしたしね」

「そうなんですが……」

「ルイに話を聞いてから、一度じっくり話をしてみたいと思っていたんです」


 そう。シモンはずっと話がしたかった。

 彼女が自分のことを忘れていること、あの時と様子が違うことにがっかりして、それでも気になって学園に入ってからそっと様子をうかがっていた。


「興味を持ってもらうほどのものではないのですが」


 エリザベスは先ほどニコラに意気込んでいた勢いはどこへやら、気合いの入らない声でぼそぼそと告げた。

 魔法も授業を通して見る機会があるだろうし、現段階で改めて時間を割いてまでするようなことではないとはわかっている。魔法を見たいというのも本音であるが、エリザベスのことをもっと知ってみたいと思う。


 学園では取り澄ました様子なのと、シモンの立場上のこともあり距離ができたままだ。

 プライベートで、まずルイと一緒にいる時ならば、彼女らしい姿を見れるのではないだろうか。

 引く気はないので、シモンは断れないように話を進める。


「なので、この機会にゆっくり時間を設けてみてもいいと思いました。そうだ。魔力を見るなら王城に来てもらえばいいかな」

「……は? あ、いえ、うっ、えっ、遠慮したいです」


 王城との言葉にわかりやすく顔を青くさせ、最後は断固拒否とばかりにはっきりと言い切った。

 は? とは王族に対して失礼であるが、公の場でもないので彼女が少しずつでも自分との距離を近く思ってくれている証拠と思えばそれも気にならない。

 教室で顔を合わせた最初は、とてもかしこまって近寄りたくないオーラをびしばしと感じていたので、威嚇していた猫が少し寄ってきた感さえある。


 ユーグが冷ややかな視線で彼女を睨んでいるが、シモンはエリザベスと距離を縮めたいので彼女に関しては諦めてもらうしかないだろう。

 エリザベス・テレゼアはこういう人物なのだ。それをユーグもそう遠くない日にわかる日が来るだろう。


「聞いていた通り謙虚ですね」

「けっ、謙虚? いえいえ、違います」


 滅相もないと菫色の瞳を大きく見開き、口をひょおぉっの形に開けた。


 引きこもりと聞いていたから学園に入る前までは大人しい性格になったのかと思っていたが、表情はくるくる変わるしそれどころか反応が変わっている。

 シモンは懐かしむように目を細めた。


「違わないと思うけど」


 シモンが淡々と返すと、ぶんぶんと首を振る。

 大人しいよりはどちらかというと明るいタイプ。公爵家の屋敷内に引きこもっていたので周囲には知られなかったのだろう。

 シスコンの姉といい、テレゼア家が彼女の意思に沿うように動いていたのだろうと想像がつく。


「違います。分相応というのを知っているだけです。なので、そんなさくっと誘われてお城になんて恐れ多いです」


 それからエリザベスは困り果てたようにふにょりと眉尻を下げて、ルイに助けを求めた。


「ルイったら、一体何の話をしたの? シモン殿下の私の認識おかしくない? ルイ、それにサミュエル様も何とか言ってください」

「エリー、往生際が悪いよ」

「だって……」

「だってじゃないよ」


 だけど、やんわりと窘められて、仲の良いルイ相手だとつい素が出てしまうのかぷくりと頬を膨ませた。

 ちょこちょこ素は出ていたが、あの詠唱を聞いてしまった後では誰もが印象を改めたはずだ。


「俺もそう思う」

「サミュエル様までっ」


 がびーんとショックを隠せず落ち込んだエリザベスは、今度はむすぅっと膨れ出した。

 それを見たルイはくすりと笑い、サミュエルは眩しそうに目を細め口の端を上げた。


「実際、エリーは自分が他者に与えるものの認識がずれてるんだよ」

「そうだな」


 二人に断言され、分が悪いと思ったのか今度は必死に訴え出す。

 身長差のせいで上目遣いになるが、表情がくるくる変わるせいで媚びているというよりはなんだか小動物のような愛らしさを感じる。


「だって、私にとって当たり前にあったものに変な注目されても……」

「僕も知りたいって言ったよね?」


 ルイにふわりと優しく微笑まれると弱いのか、膨れていた頬をすっと引っ込めて、エリザベスは膝の上でのの字を書き出た。


「うん。言ってたことは覚えてるけど、……一度合わせたこともあるよね? それで十分じゃない?」

「どうしてそこまで隠したがるんだか。今日で公に披露してしまったから一緒だと思うのだけど。……うーん、そうだね。こう考えたらどうかな? 例えば、僕が風魔法でほかにどのようなことができるか気にならない? いろんなこと知れたら、もっといろいろエリーのしたいことができるかもしれないよ?」

「確かに、それぞれ使い方は違うので気にはなるところだけど……」


 ルイが言葉巧みに誘導していく。

 学園入学を一年延ばそうと思えるほど相手のことを理解しているとわかる会話の流れは、なかなか興味深い。


「それと一緒だよ。お互い見せ合ったら向上すると思わない?」

「ええ、まあ、合わせ技とか興味はあるけれど。でも、お城に呼んでいただいてまですることでもないような……」


 往生際が悪く考えるそぶりを見せるエリザベスに、ルイは畳みかけるように続けた。


「大丈夫。僕はエリーと一緒に過ごせるだけで楽しいから」

「うーん、それでいいの? まあ、ルイがいいならいいけど。なら、公平にルイのも見せてね」


 むむぅっと口を引き結んで思案していたが、考えを改めたのか今度はわくわくと楽しげに目を輝かせた。


「公平って。もちろんだよ。シモンもサミュエルも公平に見せ合う。それでいいよね?」

「そうだね」

「ああ」


 ルイはくすりと笑うと、愛おしそうにエリザベスを見つめ頷く。

 そして、シモンやサミュエルの賛同にげっと溢れんばかりに瞳孔を広げ、諦めたように溜め息をついた。

 

 彼女は王族相手にも気後れせずとても自然体だ。

 むしろ、たまに距離を取ろうとしているのではと思わせる素振りがあるが、話しかけられると普通に楽しそうに話している。行動に一貫性がないが、悪気はないのがわかる。

 王族であることは認識しているが、ひとたび友と認識すれば先に友人フィルターが入るのか、王子の肩書きがついでのようであった。


 ノヴァック公爵令嬢に罪をなすりつけられそうになった時も、ルイたちを頼ることをしなかった。

 それどころか自分で解決するから手を出すなと置いてけぼりを食らわせて、ルイたちは手持ち無沙汰であった。


 しかも、自分たちにも助けも媚びることもせず、ジャッジしてくれとばかりにノヴァック令嬢を押し付けた。

 そのことで、位置取りは三対三であったし周囲には対等にやりあっているように見えただろう。そこで、自分たちに助けを求めていたら、周囲に与える見方も変わっていたはずだ。


 自分が悪者にされたことよりも、クラスメイトにしたこと、そしてルイを貶める発言に怒り、ルイとサミュエルと連携して魔法を人のために使い、不正発言に対して正そうと桁違いの魔力を見せつけた。

 クラスの中心でまるで断罪させるかのような大事になったが、どこか方向性が違い、最後は担任と水をかぶってよくわからない幕引きで終わった。


 すっかりドリアーヌも意気消沈し、サラが謝罪を受け入れ、教科書も元通りになったこともあって、誰もが嫌がらせの件よりも彼女の魔法とあの変な掛け声が気になった。

 もしかしてそれを狙ったと一瞬思ったが、そのためにあの詠唱はさすがに令嬢として犠牲になるものが多いと思うし、ルイから聞く彼女の性格を考えると偶然なのだろう。


 それでも、ドリアーヌの立場はそこまで悪いものにならなかった。その上、彼女もとても反省していることは誰が見ても明らかだった。

 王族としてドリアーヌには咎について声をかけたが、彼女は言われるまでもなくサラに深く謝罪と、改めてエリザベスへと謝罪をすると言っていた。


 むしろ、彼女の名前を出すときには憑きものが落ちたようなすっきりした瞳の中に、憧れを抱くような陶酔したような熱を見て取れた。

 さすがこの学園で聖女化しているマリアの妹だなと、妙なところで姉妹だと感心せざるを得ない。


 そして驚くべきは、そんな魔力を持ってして本気で魔力レベルが高くないと思っている点であった。

 節々の言動にそれを知らされ、見せられる魔法と言動と似つかわしくない掛け声に意識が捕らわれていく。

 シモンは、くすりと小さな笑声をこぼした。




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