sideシモン テレゼア家の次女
クラスを落ち着かせ、エリザベスが帰ってくるのをシモンはルイたちとともに談笑しながら待っていた。
「彼女の魔力量は私たちとあまり変わりなさそうだね」
「シモンもそう思う? 僕も全てを把握しているわけではないのだけど、隠しているというかそういった部分はあると思う」
今は不在の人物の席にちらりと視線をやると、ルイは少し心配そうな、それとは別の感情も入り交じったような顔で苦笑する。
「なるほどね。彼女は大丈夫?」
「あれくらいでへこたれるエリーではないからね」
「確かにあれくらいのことで堪えるタイプには見えないな」
学園ではどこにでもいる貴族のご令嬢のような態度であったが、シモンは幼い頃に一度だけ彼女に出会っている。とても衝撃的であったので、その時の印象は今も薄れてはいない。
あいにく、彼女は忘れてしまったようだけれど。
サミュエルが同意し、ルイは困ったように小さく息をついた。
「そうなんだよね。だけど、ちょっと時間がかかっているから心配かな」
ルイがわずかに表情に憂いを浮かべながら時間を確認する。確かにもうすぐ五時間目の授業が終わる時間だ。
そろそろかなと扉のほうへと視線をやると、誰よりも早くその気配に気づいたルイがドアのほうへと向かった。
先生との間になにがあって髪型がバージョンアップしたのかは謎だが、相手は青い血が流れていると言われるベントソン。
シモンの知るエリザベスも、そして今日の彼女の姿からも簡単にへこたれる人物ではないだろうけれど、あの冷たい眼差しと表情でさすがのエリザベスも堪えたのかもしれない。
シモンの知っている彼女よりかなり学園では取り澄ました顔をしていたが、基本的に気を許した相手には素の表情をよく見せるので、何を考えているのかわかりやすい。
あの家の者にしてはすれていないまっすぐな令嬢で、言動の突飛さは種類は違えどやはり公爵家の者なのだと納得するような人物だ。
エリザベスの姉であるマリアの話に密偵。
マリアは聖女とも言われる完璧なご令嬢。しかし、この物言いではそれを称えるような雰囲気ではない。
そして、些細なことでも二人の親しさが伝わってくる。
やり取りをそばで見ていたシモンは、彼らは昔の知り合いだとわかっているのに疎外感を覚えた。
そのなかで、「エリザベスに近づく男は査定されている」と彼女に聞こえないように告げられたルイの言葉。
「どうやって?」
「それが彼女の怖いところだよねー」
驚くサミュエルに、ルイは困ったように首を傾げながらふふふっと笑うものだから、妙な寒気すら覚える。
学園で聖女と呼ばれる女性が、妹をこんなに憔悴させるほどのシスコン。にわかに信じがたいが、二人の神妙具合から大げさに言っているようではないと思われる。
学園で再会してからエリザベスの様子を観察していたが、表情にいろいろ出るのに知らないことや驚くことが多く、やはり深く知りたいとシモンはエリザベスをじっと見つめ声をかけた。
そして、魔法を改めて見せてほしいと言っったところですげなく断られる。
――ご期待に添えないねぇ。
にっこりと滅相もないとばかりに笑みを浮かべるエリザベスを見ながら、シモンは気づかれないようにくすりと笑う。
シモンの横でユーグがぎろりとエリザベスを睨んでいるけれど、それに対してエリザベスは気づいているのに、何も気づいていない堪えていないとはんなり笑顔を浮かべている。
噂の深窓の令嬢にしてはなかなか肝が据わっているけれど、シモンの知る彼女はこうだったと楽しくなった。
ユーグのことは後で宥めるとして、今はエリザベスとの話を優先させることにする。
「そんなことはないと思いますが。それに、ルイとサミュエルとも合わせていましたよね?」
「私の魔力なんて時間を使って見るものでもないと思いますし、今回は簡単な魔法でしたのでそこまで大げさなものでもないかと思います」
「魔力には相性があるということはご存知ですか?」
「もちろん、知っております。ですので、風属性同士、私をよく知ってくれている能力の高いルイのおかげで相性バッチリです。そのルイとサミュエル殿下の相性が良かったからではないでしょうか」
相性とともに、スムーズにいくのはルイのおかげだとばかりのアピールに、シモンは溜め息をつきたくなたった。
魔力は高いほうがいいが、高ければいいわけでもない。合わせ方、使い方、そして力を合わせる相手によっても出来は変わってくる。
この王立学園は、そういうことを含め学んでいく場所だ。
「ルイだけではなく、エリザベス嬢とも相性良かったと思うが?」
「そうですね。火と風ですが馴染みました。きっと、サミュエル様のまっすぐな気質のおかげでやりやすかったのだと思います。加減が上手でさすがでした」
そう褒められて、「ふん」と鼻を鳴らしてサミュエルがわずかにそっぽを向く。わずかに耳が赤い。
それに対してエリザベスがにまにましだし、ルイがものすごく含みのある爽やかな笑顔を彼女に向けられた。
何かを感じ取ってはいるが明確な理由がわからないとエリザベスが首を傾げると、小さく肩を落としたルイはシモンを見た。
ここの関係もわかりやすい。そして、その様子を見てどこか安堵している自分を意識する。
「シモンがエリーを気にするのは僕のせいかな?」
「それもあるかもしれないね」
その気持ちはおくびも出さずに淡々と答えると、ルイがふうっと息をつくと話を進めた。
「そう。……わかった。僕だってそこまでエリーの能力を見せてもらってないから、何かするにも見るにも全員でってことでいいかな?」
「ちょっ、ルイ。なんで勝手に決めるの?」
先ほどからそういう話をしていたのに、急に慌てだすエリザベスの様子をじっと観察する。
ここは自分が何かを言うよりも、友人であるルイのほうが彼女を説得できるだろう。
「こうなると仕方がないから。もう少し魔力の解放してみようか?」
「仕方がないって何? ええー、嫌です。魔法は見せびらかすものではないもの」
むっと頬を膨らませるエリザベスの考えていることはわかりやすい。ルイは私の味方のはずなのにと思っていそうだ。
「でも、今日ド派手に打ち上げたよね」
「ド派手って言わないで。あれは仕方がなくだし、不可抗力。ルイもわかってるでしょう?」
「うん。ちゃんとわかってるよ。だから、僕たちの前だけでね。今後、何かあったときに知っていたほうが僕も助けに入れると思うし」
なるほど。エリザベスを説得するには搦め手がいいのかと、やっぱり変わらず根が素直な彼女に嬉しくなった。
「何かある前提って……」
「密偵が誰か知りたくない?」
そこで目を見開き、口を引き結んで考え出した様子に、気持ちはぐらりと傾いているのを感じた。
それにしても姉妹間で密偵とは、なかなか面白い姉妹である。
エリザベスはうーんうーんと迷ったすえ、おずおずと期待を込めた眼差しでルイを見た。
「……調べてくれるの?」
「うん。エリーはそういうのは絶対向いてないからね。この話を聞いてくれるなら、僕も手を貸すけど?」
「わかったわ。お願いします。でも、魔法は殿下たちに時間割いてもらうほどのものではないと思うけど……」
エリザベスが困ったように首を傾げ、諦めの溜め息をついた。
この後に及んでごにょごにょと言っているけれど、魔力があることを自覚しながらもそこまでではないと本気でそう思って言っているところがエリザベスの面白いところである。
サミュエルが、くっと吹き出す。
「密偵の正体と魔法を見せることを天秤にかけるって、出し惜しむ意味がわからないな」
「世間一般の密偵とは違うようだけどその言葉だけでもおかしいよね」
仲が良いことは有名なので悪いほうの密偵ではないのだろうけれど、やはり世間一般の常識とかけ離れている現状にシモンも小さく笑う。
「エリーのそれは僕、──僕らが知りたいことだからそれに対して内容や結果は気にしなくていいよ。密偵は少し時間もらったらわかると思うよ。それに、僕もその人物と話はしておきたいから」
「それだけど、その密偵とやら誰だかわかるかもしれないよ」
そこでシモンは、軽く手を上げた。
「そうなの?」
「そうなんですか?」
ルイとエリザベスのセリフが重なる。
密偵が聞き耳を立てているかもしれないので、シモンは声を小さくしてユーグに視線を向けた。
「タイミング的に彼しかいないと思う。ねえ、ユーグ」
「そうですね。一度確認してみましょう」
ユーグがゆっくりと頷くと、サミュエルがへぇっと眉を跳ね上げた。
「よく見てるな」
「不審というほどでもないけれど、あの場で変わった行動していた人物がいたからね。話を聞いてそうじゃないかと。そういうことで、放課後にでもこの件を改めてということでいいかな?」
「さすがシモン。エリーもそれでいい?」
「え、ええ。展開が早いですが、できれば、その方とは姉にコンタクトを取られる前に話をしたいので是非よろしくお願いします」
気持ちを切り替えたのかエリザベスががばりと頭を下げたのを、シモンは笑みを浮かべこれからどう彼女と関わっていこうかと思案した。




