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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第一部 第四章 ひっそりとうっかりは紙一重

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15.姉降臨


 十数分後、ベントソン先生の部屋に訪れた私は肩を落としてちょこんとソファに座っていた。


「エリザベス嬢。豪快なスタートを切りましたね」


 ソファに座ると開口一番そう言われ、半ばやけっぱちで「あれっぽっちで豪快だなんて」と、私はほほほほっと笑みを浮かべた。


「それはそれは。今回のことを聞けばさぞかしテレゼア公爵もお喜びになることでしょう」

「えっ…?」

「私には生徒に問題があった場合、ご両親に報告する義務がありますからね」


 少し冷たい印象を持つ担任教師のベントソンは、そこで薄い唇をふっと上げた。

 それを見た私は、一瞬にしてさぁっと血の気が引く。


「ええっ!? ちょっと待ってください」

「今さら焦っても遅いですよ」

「そんな、殺生な」

「あれっぽっち、なのでしょう。報告しても問題ないでしょう。それに……」


 ベントソンがそこで不自然に言葉をきると、すっと視線をドアのほうへとやる。

 ぱたぱたと足音とともに近づいてくる気配。軽やかにものすごいスピードで向かっているのだろうこの音は、ものすごく聞き覚えのあるものだ。


 ――嫌な予感しかしないのだけど。


 頭を抱えたくなる不安をよそに、バタンと勢いよく開いたそこから今にも泣きそうな姉のマリアが叫びながら現れた。


「エリー。いじめにあったと聞いたのだけど大丈夫なの?」


 私はふっと遠い目をした。

 周囲がきらきら光っているのではと思うくらい眩しさを持って、マリアがうるっと瞳を潤ませながら私のところまでやってくる。


 ──ああ~、これはもしかしなくてもやらかしてしまったのかも……。


 ちょっとやらかしたかなくらいが、かなりやらかしたかもと思わせる存在。

 姉の登場とともに、私は自分の仕出かした重さをひしひしと受け止めた。


「……報告も何も、マリア嬢には伝わってしまったようですからね」


 そう続けたベントソン先生の無情な言葉に、マリアにぎゅむぅっと抱きつかれながら私ははぁっと大きく息を吐き出した。


 ――いじめってどこからどう聞いて? さっきの今だけど?


 訳がわからないし、姉の圧が強すぎて、落ち込んでばかりはいられない。

 マリアはすりすりと私の頬に頬ずりしながら、「エリー、エリー」と名前を連呼してくるしで考えがまとまらない。


 もう一度溜め息をつき、仕方なく姉と視線を合わせる。

 すると、ぱぁっと表情を輝かせるものだから、私は小さく笑った。


「マリア姉様、離してください」

「嫌よ」

「嫌って……。ですが、私がここにいるのはベントソン先生とお話があるからであって、姉様は関係ありませんよね?」


 どうして姉が来ることになったのかわからないが、こうなってしまってはどうすることもできない。

 教室の一件のこともあるので姉に構われている場合ではないのだけど、マリアはにっこりと微笑を浮かべるだけで一向に離れる気はなさそうだった。

 その細腕のどこにそんな力が隠されているのかと思うほど、ぎゅっとくっついてくる。


「エリーの一大事は私の一大事と一緒なのよ。関係あるに決まっているじゃないの」

「ですが、ここは学園ですよ?」


 大怪我をしたとかならわかるが、クラスで少々言い合い? をしただけである。

 どうやって知って姉がここいるのかはわからないし、知ったにしても早すぎるし、姉が飛んでくること事態だったと考えると落ち込む。


 ──えっ、これは自分が悪い? それとも不可抗力?


 もう、何がどうなっているのか、ここにはどうして来たんだっけと根本から忘れそうになる。

 ほわほわと崩壊しかける思考の最中も安定のシスコンであるマリアに、ぎゅむぅっと抱きつかれ、すりすり、すりすり頬ずりされっぱなしで、ベントソン先生がいるのに緊張感がまったくなくなってしまった。


「私もわかっているのよ。エリーがそんな簡単に負かされるタイプではないって。むしろ、エリーの魅力を知って、余計な虫がくっつかないか心配で心配で」

「なんですかそれ?」


 虫とは言わないけれど、取り巻きの多い姉に言われるとは心外である。


「エリーはエリーだもの。大人しくできるはずがないと思っていたけれど、このような報告は心臓に悪いわ」

「……報告?」


 だから、その報告とはどこから?


「ええ、報告よ。クラスを巻き込んだって聞いて、いてもたってもいられなくって。さすが私のエリー」


 いや、さっぱりわからないのだけど、クラスを巻き込んだと言われれば思い当たるところがありすぎて、私は顔を引きつらせた。


 ――やっぱり、やってしまった?


 明らかにクラスの中心で騒動を起こしたというか、起こされたというか、喧嘩を買ったというか……。

 しかも、最後はずぶ濡れ。よく考えても、いやよく考えなくても目立っていた。


 私は自分のその思考に撃沈する。

 ひっそり目立たずのスローガンの旗が、ふりふりとバイバイするように虚しく揺れる。


「さすがと言われても……」


 しょんぼりと落ち込んでいる間、マリアの細い指で髪を遊ばれ美しい髪飾りがつけられるが、私には意識の外だった。

 たまにきゅっと髪を引っ張られながら、あれくらいのことで身分や友人関係以上のことで注目されるはずがないだろうと、まだ大丈夫だと自分を鼓舞する。


 まだ学園生活も序盤。豪快なスタートなんて先生も大袈裟に言っただけだと思いながらも、天を仰いで盛大な溜め息を漏らす。

 本当は、もう自分でもわかってる。


「エリー。やっぱりいじめられたのはとても辛かったわよね? 大丈夫、私がしっかり仕返ししますからね」


 その溜め息にすかさず反応した姉のその言葉に、私ははっと我に返った。

 同じピンクゴールドの髪であるが、瞳の色は父親譲りの菫色の瞳を持つ私と違い、マリアは母親譲りの琥珀色の瞳だ。光の加減で金色にも輝く双眸は、きらきらを通り越してぎらぎらと光を放つ。


  意識をやっている間に髪は姉の満足いく仕上がりになったようで、満足そうに私の髪に視線をやりながら目が合うとふんすと意気込みを見せてくる。

 せっかくなんとか騒動と偏見を落ち着かせたのに、マリアがこの件に出張ってきたら余計にややこしくなるのは困ると気持ちを震い立たせる。


 気づけば、いつの間に淹れたのか、目の前ではのんびり紅茶を飲みながら自分たちを眺めるベントソン先生。


 ――いやいや、先生もこの状況に何か言うことない?


 むしろ、姉が暴走しても困るので口を挟んでほしい。

 そう思ってちらちらと視線をやるが、先生は素知らぬ顔でくつろいでいた。


 フィリップ・ベントソンとは以前から親交があった。父のレックス・テレゼアの古くからの友人であり、家族ぐるみの仲である。


 小さな頃から交流のあるベントソンの人柄は知っているが、今は先生と生徒という立場でもある。

 どのような態度を取ればいいのか迷っていたが、彼はここに呼び出したことよりも姉を落ち着かせることのほうが先だと判断したようで、しばらくは傍観者に徹するつもりのようだ。

 周囲にマイペースな人が多いよね、と私はふっと息を吐いた。


「虐められていませんから、仕返しもいりません。自分でしっかり片をつけたので大丈夫です」

「そうなの? エリーのためならなんでもするわよ」

「その心遣いはありがたいですが、本当に大丈夫ですから」


 なんでもなんて気安く言わないでほしい。姉のなんでもは、私にとって歓迎できない斜め上のことをしてきそうなので本当に脅しだ。

 マリアは明らかに不服そうな表情で、私の頬をつんつんと突いてくる。


「エリーはちっともちぃーっとも私を頼ってくれないから寂しいわ。せっかくやっとエリーが学園に来たのになかなか会えないし」

「それは校舎も違いますから。それよりもマリア姉様がどうしてここに?」

「エリーが心配だからに決まってます」


 心配してくれるのはありがたいが、そこは決まっていないと思う。

 本当にどうやってこの広い敷地の中で姉は情報を掴み、こんなに早く登場したのか。


 私の頬を両手でそっと掴み、「ああ、可愛いわ」とうっとりと陶酔するマリア。

 少し会わない間に、また美しさに磨きがかかった姉を見ながら、私は淡く苦笑した。


 相変わらずのシスコン。

 この一か月、週末に帰省することはなかったので、こうして話すのは久しぶりであった。


 少し前、学園で遠くからぞろぞろと人を従えるがごとく歩いている姉の姿を見かけたことがあった。

 まるであれは信者と教祖だと、姉の堂々とした美しい姿は妹の自分が見ても神々しく感じたのだけど、あれは幻だったのだろうか。


 目の前にいる、少しでもくっついていたいとあちこち妹を触りまくり、そのたびにでれぇっと甘えるこの姿は、私の知るマリアそのものすぎて頭が混乱しそうだ。

 べたべた触られながら、ちょっと落ち着つこうと深呼吸をする。混乱も収まってくると、私はゆっくりと話しかけた。

 

「授業はどうしたのですか?」

「エリーの一大事と聞かされて、おちおち授業を受けてられませんから」


 つまり、サボったと。

 まあ、そうだろうなとは思っていたが、まさか姉が絡んでくる大事になろうとは思ってもみない。


「そうですか。それはご心配をおかけました。まさかマリア姉様のところにまで話がいくとは思いませんでしたが、姉様はどのようにお知りになったのでしょうか?」


 さっきから微妙にはぐらかされているのか、そろそろその答えがほしい。


「あら、それは簡単なことです。エリーに何かあったら、馬よりも早く連絡するように言ってあります」

「……誰に?」


 馬よりも早くって、早いのだろうけどなんか微妙だと思いから続きを促す。

 何より、それを仰せつかっている者、つまり姉の信者が身近に居るかもしれないことが問題だ。


「それは秘密です。だって言ってしまったら、エリーは口止めするでしょう?」

「当たり前です」


 常に見張られているようなのは嫌に決まっている。


「ほら。でしたら、私は言うわけにはいきませんね」

「マリア姉様」


 相変わらずシスコンが突き抜けている姉をそこできっと睨んでみたが、それさえも反応があったとばかりに、うふふふっと喜ばれる。

 私は一抹の不安を覚えつつ、疑わしげな双眸を隠さず見つめた。




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