14.水球の行方
私は、態度が急変したドリアーヌに驚いた。
この先をどうしようかと悩んでいたらこれでいいと言われ、魔力証明が無事済んでいることにほっとしたと同時に、文字じゃなくて絵にしてみようと思いついていたので少し残念に思った。
光を取り入れた水の塊が愛おしくなってきていたので、やっぱりこのまま片付けてしまうのももったいないわとドリアーヌを見ながら首を捻っていたら、急に泣き出したのだ。
「……えっと、ドリアーヌ様。急にどうされたのですか?」
「うぅ、えぇー、ひっく、ひっく」
もう言葉にならないようだった。作り泣きをしていた相手とは思えない、取り繕うこともなく泣きじゃくる彼女に私は毒気が抜けた。
私が水の行方について考えている間に、ドリアーヌは罪の意識に耐えられなくなったのだろうか。
やっぱり、お嬢様。悪人ではなくただの我が儘。その出し方が不味すぎたが、自分の過ちを認めることができたのは良い前進ではないかと思う。
このまま反省もせずに内側で性格をこじらせてしまったら、それこそ彼女も悪役令嬢のキャラを確立してしまう。
早めに気づける機会があったことは、彼女にとって良かったのかもしれない。
「泣かないでください。自分の罪をこの場で認めることは勇気がいったことと思います。これからが大事ですよ。したことは多いに反省して、態度で証明してくださることを期待しています」
「……うぅ、エリザベス様~。許してくださいますか?」
ずびずびと鼻をすすりながら、ドリアーヌはぼろぼろと涙を流す。
あれだけ美しさを崩さず王子たちにこびを売っていたのに、その姿が思い浮かべることができないくらいの号泣だ。
「ええ。私は反省していただけるのなら気にしません」
「うえぇ、ひっく、いいんですか?」
「心を入れ替えるならサラ嬢も許してくださるようですし、私の魔力のことに関しても不正がないと認めていただいたらそれで」
「モンタルティ嬢には申し訳ないことをしました。魔力の件についても、ルイ殿下やエリザベス様を侮辱するような言動になってしまったことを申し訳なく思っております」
サラもルイもこの件に関して問題を大きくしたくないようだから、反省するならそれでいいのだろう。
それにしても、常に上から目線だったお嬢様がとても素直になった。
「ええ。悪いことを悪いと思える心がおありになって良かったです。私自身もこのクラスの一員であることの証明ができたので、これでどこかで不正を疑っていた人がいたとしてもわかっていただけたと思うとスッキリしました」
よくわからない流れであったが両方の話がまとまったと私は満足して頷くと、球体水を「よいせっ」と自分のほうへと移動させた。
よくやったわ。そう思うと、愛おしい水の塊である。
今回の騒動に王子たちは静観してくれているので、采配は私が決めていいみたいだし?
王子たちにとってもこれくらいのことでいちいち目くじらを立てるようなことでもなく、学生の間は学生間で問題に解決すべしとの学園の方針が行き渡っているためであろう。
上に立つ者として、個々の性質を見極めてもいるのだと思う。
特に、シモンとユーグはこの一か月間満遍なくクラスの者と話していたので、今回の騒動でもそのような視点を持って見ていたような気がする。
やっぱり隙のない人たちではあるが、私としてもせっかく学園に通うのなら、ひっそり目立たずは前提として、楽しくは過ごしたい。
ちょっと今回のことでやってしまった感はあるが、難癖つけられ続けるのも、クラスがぎすぎすするのも嫌なのでこれで良かったと思うことにする。
――後は、この水の塊をどうするかなのだけど……。
私はくるりと指とともに水の塊を動かし水球を見つめ、そして教室の窓の外を眺めた。
「エリザベス・テレゼア」
無難に外に放出かなと考えていると、そこで、ぽん、と不意打ちで肩を叩かれ低い声で名を呼ばれた。心臓が飛び出るかと思うほどの衝撃を受ける。
「ひぇっ」
私は幽霊にでも出会ったかのように小さく悲鳴を上げた。
静かに耳元で告げられた男の声とともに肩を掴まれた驚きで、魔法への注意力が解けて球体水が私と私の肩を掴んだ男に降り注いだ。
ザバアァァーン
それは盛大に遠慮なく落ちてきた。とっさに途中で止めたが、半分は重力に逆らえずずぶ濡れになるには十分だ。
私はぎこちなく背後を振り返り、えへっと笑みを浮かべるも鋭い眼差しは外されない。
「……ベントソン先生?」
「テレゼア嬢。やってくれましたね」
「あの、これは……。はい、すみません」
「事情は後で聞きます。この後、着替えをして私の部屋に来るように」
「……はい」
しょんぼりと項垂れると、ピンクの髪から雫がぽとりと落ちた。
濡れた髪が邪魔であったのでかきあげ、取り敢えずと残りは外に降らせることにする。
太陽の光に溶け込むように散りばめられ、芝生の上をしっとりと濡らした。それと同時に、私の頭も冷えていく。ついでに、気持ちも冷え冷えだ。
すっかり気落ちした私にハンカチを差し出しながら、ルイが先生にフォローを入れてくれる。
「ベントソン先生。こうなる正当な理由はあるので公正に意見を聞いた上で判断をお願いします」
それに対し、周囲のみんなも頷いてくれた。
クラスの雰囲気は悪くない。それが救いだ。
「もちろんですよ。ただ、このままでは風邪をひいてしまいますのでね。これから彼女の話を聞きますので、一時間は自習とします。この騒動を起こした者は後でしっかりと反省してもらいますからそのつもりで」
ベントソンがちらりとドリアーヌを見る。状況を把握した上での、処置のようだ。
淡々とした口調に鋭い眼差しを向けられても臆せず、ドリアーヌは神妙に頷いた。
「ルイ、サミュエル様、行ってきますね」
「しっかり乾かしてから行きなよ」
「ああ。行ってこい」
終始自分の味方でいてくれた友人に声をかけて、私は教室を後にした。




