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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第一部 第三章 騒動は唐突に降ってくる

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12.悪役さながら


 嬉しそうに、だけど呆れたような表情で笑みを浮かべるルイに、私は宣言した。


「ですから、口は出さないでくださいね。これは私が売られた喧嘩です」

「なるほど。エリーがそこまで言うなら口は出さないけど、そばからは離れないからね。サミュエルもそれでいい?」

「ああ」


 サミュエルも私を疑っているわけでもなく自然にこちら側にいてくれてはいるが、付き合いも浅いためどこまで踏み込んだらいいか迷っているようだった。

 先ほども協力してくれたので、サミュエルにも何か言うべきかとちらりと王子を見たら、ルイが先に話をまとめてくれた。


 止められないならばそれでいい。

 解決する前の女性同士の争いに、第三者、しかも王族が先に手を差し伸べてしまったら、周囲も公正な判断ができずわだかまりもできそうである。

 何より、これは自分が売られたものだし、クラス編成の不正を疑われているのならここでルイたちを頼るのは賢明でないだろう。


「ええ。それでいいわ。ありがとうございます」


 ふたりの王子に感謝を込めて礼と告げ、私は口元に笑みを刻みにっこりと笑った。それから、ぽかんと口を開けてこちらを見ているドリアーヌを見た。

 クラスの全員から注目を浴びているのがわかる。後ろ暗いところのない私は、堂々とドリアーヌのもとへと向かった。


 先ほどまでざわざわしていたが、教科書を乾かすあたりからシーンと静まり返り、今は誰もが固唾を呑んで事の成り行きを見守っている。

 公爵令嬢同士。口を挟めるとしたら、王子たちしかいない。


 三人いるうちの、王子二人は静観すると宣言した。

 第一王子のシモンは先ほどと変わらずドリアーヌのそばにいるが、その視線は目の前に立った私に向けられ、水色の瞳が何をするのかと、見極めるためだけに注がれている。

 湖面に空を映すような壮大さを感じられるそれに、私はこくりと息を呑み込んだ。


 ──いいじゃない。その公正な目を持って判断してもらいましょう!


 私はシモンに騒動の詫びとして小さく礼をとる形を示すと、ドリアーヌの前に立った。

 媚びることを忘れてしまったのか、彼女はぽか~んと口を開けてこっちを見た。そして、その瞳が徐々に戸惑いをあらわにし視線を彷徨わせる。


「……??」


 さっきまでの泣き落としの威勢はどうしたのだろうか。

 思わず後ろにいるルイ立ちのほうを振り返ると、二人の王子は同時に肩を竦めた。


 ──えっ、どういうこと? 挑んでおいて今更やめたとかこっちは収拾つかないけど?


 勝手すぎる。というか、このままうやむやとか無理でしょう。ここまできて引っ込む私ではない。


「ドリアーヌ様、お待たせいたしました。さあ、話し合いをしましょうか?」


 さあ、勝負とばかりにはんなり微笑むと、ドリアーヌがびくっと身体をびくつかせた。


 ──ちょっと、やめてよね。まるでこちらが悪役で脅してるみたいじゃない。


 もしかして、この笑顔はマリア姉様にだけ有効なのだろうか。

 だから、サラもさっきは怖くて何も言わなかったとか? いやいや、そんな感じではなかったはず。……不安になってきた。


 わからないけれど、出してしまったものは今更引っ込めようがない。

 私としてはこの必殺の微笑をここで使ったのは、内心を押し隠して淑女として少しでも柔らかい印象になればと思ってだ。

 だけど、効果はまったく反対なのかもしれない。


 ──まあ、いいわ。相手が緊張感を持ってくれたのなら、この場合はよし。


 笑顔の怒り。それもいいんじゃないだろうか。ものすごく効果覿面(こうかてきめん)なのは、母でしっかり学んでいる。

 それに公爵令嬢ともあろう者が、公の場で感情的に取り乱してはいけない。


 私はきゅっと口角を上げ、目を爛々(らんらん)と彼女の視線を捕まえるように捉えた。

 それを受けたドリアーヌが怯んだように一歩下がり、もごっと口を動かす。


「その……」

「確か、私が脅してやらせたという話でしたね」

「あの……」


 その、あの、なんて言葉を濁しても、嵌めようとしたのだからもうちょっと気概を見せてほしいのだけど。

 私は努めて貴族令嬢らしくあろうと、姉を手本とした艶かな笑みを深めた。


「まったく私には身に覚えのないことなのですが、いつどこで私が脅したのかしら?」

「それは、その、細かくは覚えておりません……」


 でしょうね。こちらは脅した覚えなんて微塵もないのだから。


「困りましたね。詳細も覚えておられず、証人がいないのであれば水掛け論ですし。何かドリアーヌ様はそういったものをお持ちなのでしょうか?」

「あ、えっ、いえ……」


 立て続けに話かけると、そこでドリアーヌは助けを求めるように周囲へと視線を向け、最後にシモンへと向ける。

 シモンはドリアーヌに一瞥もくれず、ただ私を見ていた。周りも同じように、ドリアーヌではなく私の動向に注目しているようだった。


 ──ほんと、私が悪役みたいな感じよね。嫌になっちゃうわー。


 こちらは嵌められそうになって、大人しくやられるような性格ではないのだ。

 今までの詰まれないための努力、こんなことでケチをつけられるわけにはいかない。きっちり話をつけましょう。

 ふふふふっと、気分はさながら悪役だ。


「ないようでしたら、私とドリアーヌ様の問題になりますね。どちらが正しいかはこれからの態度次第、ということになるかしら。取り敢えず、ドリアーヌ様はサラ嬢には謝ることをお勧めします。自発的にしろ、違うと言い張る(・・・・)にしろ、してしまったことは謝りませんと」

「…………」

「謝りますよね?」


 理詰めで責める私にドリアーヌは返す言葉もないのか、(すが)るようにシモンを上目遣いでうるうると見つめた。

 十四歳にしては出るところが出ているボディを持つドリアーヌ嬢は自分の姿が、男性に有効だと思っているのか、ぽってりした口を少し開けてシモンにアピールする。

 そんな彼女を遠ざけるようにさりげなく距離を取りながら、第一王子はただその視線を受け止めただけで何も言わなかった。


 そもそも、そこで縋るなら現場を見たというシモンの側近であるユーグのほうが有効だろう。

 弁明するのも先にそちらにと思うのだけど、とことん王子しか目に入っていないようだ。


 呆れ返っていると、ドリアーヌは誰も味方をしてくれないと悟ったのか、私をそろそろと見ると、「ごめんなさい」と小さな声で謝った。

 私は溜め息をつく。なんだか、自分より年下を相手にしているようだ。


 転生を繰り返す私は、無駄に度胸というか多少のことで揺らがない精神が作られている自覚はあった。そもそも念願があるのだ。

 なので、腹は立ったがこの辺でしっかり教育をしなくてはと、彼女の未来、そして自分の学園生活に支障がきたしてしまうリスクを考える。


「それは違います。謝る相手はサラ嬢にですよ。悪いことをしたら謝る。これ基本です」

「……はい。モンタルティ嬢、ごめんなさい」


 ここで悪くはないと言い張る度胸はなかったようで、ドリアーヌはきゅっと顔をしかめながらも謝罪の言葉を口にした。

 その姿をじっと見つめてはっと息を吐き出すと、私はゆっくりとサラのほうへと身体ごと向けた。


「サラ嬢、私の名前が出ているのですが、今はこのような形でしか幕引きできないことを申し訳なく思います」

「……いえ。もう、教科書も元通りですので、今後こういうことが起こらないのであれば私としては」


 事を大きくしたくない、ということなのだろう。

 私もこの件はあまり引っ張りたくないので、サラがいいのならこの辺で終わりにしておきたい。


 ああだこうだとやりあっても、ドリアーヌが認めない限りは平行線。

 なら、穏便に流してしまってこのことが抑止力になるほうが健全だ。幸いにもシモンが下手に口を挟まないので、引っ掻き回そうという外野もいない。


「優しいですね」


 本当に可愛いなぁと思わずほわっと微笑むと、サラは俯き加減で顔を赤らめる。

 その謙虚さ。やっぱり可愛い。癒されるわ~と力をもらった私は、よしっとまたドリアーヌに向き直った。


「今件は不透明ですし、お優しいサラが許してくださったのでこのような形で収束したいと思うのですがよろしいでしょうか? シモン殿下、ノッジ様」

「まあ、それがいいのでしょうね」


 ずっと軽蔑するようにドリアーヌに視線を向けていたユーグが、冷めた目で私を見ると肩を竦めた。

 とことんどうでもいいといった感じであるし、実際ユーグにはどうでもいいのだろう。

 王子がいるから仕方なくこの茶番に付き合っているというのがありありと見えて、意外とわかりやすいタイプかもしれない。


「本人が謝り、された者が許したのなら、これから(・・・・)というのが大事だろうね」


 コバルトブルーの瞳でドリアーヌを見ると、シモンは静かに頷いた。

 そんなに大きな声ではないのに、明瞭に通る声にドリアーヌは力なく項垂れた。


 その顔色は青白く、その心中はいかにという感じであるが自業自得である。

 現場を見ていた本人と、そのユーグが仕える私の味方でもないシモンがそう言うと誰も異議を唱えられない。


 やっぱり、完璧王子だ。関心する。ありがたい。


「ありがとうございます」

「…………」

「…………」


 王子たちに感謝の意を伝え礼をするが沈黙を持って返ってくる。彼らからすれば、私のこともよく知らないので要検討といったところだろうか。

 まあ、立場が悪くならなければそれでいい。私は、意気消沈するドリアーヌにまだ終わりではないと話を続けた。


「ドリアーヌ様。もうひとつこの場ではっきりさせたいことがあります。私はルイ殿下の友人として、先ほど王子である彼を侮辱した言葉を撤回していただきたいです」

「そんなっ。そのようなことはしていません」


 王子という言葉に、慌てるように首を振る。

 自覚していないのか、していないのだろうな。だけど、こちらは友人を侮辱されて黙っていられない。


「いいえ。言いましたよ。魔力が並の私がこのクラスにいるのは、彼のおかげだと。それはルイ殿下、そして王立学園に喧嘩を売っているようなものではないでしょうか。そんな簡単に不正や融通を効かせるような甘い場所ではないことを、何よりこのクラスにいるあなたがわからなければならないのに」


 そう告げると、ドリアーヌははっとしたように目を見張り、私、ルイ、その横にいるサミュエル、そしてシモンへと視線を移し、「そんなつもりは」と首を振る。

 さっきの話では痛み分け(こっちは本当にいい迷惑)であったが、この問題はしっかりケジメをつけるつもりだ。

 教科書問題が有耶無耶であったからこそ、この件は肝に銘じさせたいという気持ちが大きい。何事も最初が肝心。


 今更、故意ではなくぽろっと出たものだったとしても、放たれた言葉は取り消せない。

 皆がいる場所で告げたその言葉、この場で私が払拭するっ!


 さあ、魔力レベルの証明をしようではないかと、私は息を吸い込んで声を上げた。




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