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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第一部 第二章 ひっそり目立たずが目標です

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9.三王子が揃いました


 ルイとサミュエルがいることで周囲の視線は集まりつつあったが、一人の青年が教室に入ってくると視線が全てそちらに移動した。

 私自身もそれにつられて見てしまうほどの存在感と周囲の反応に、その人物が第一王子のシモン・ランカスターであるとわかった。

 出入り口付近で囲まれても嫌な顔をせず、それらの視線を難なく受け止めるシモン。その完璧さに、ああ、これ乙女ゲーム、と変なところで実感させられた。


 もちろん、第三王子のルイも柔らかな空気を持つ美形であるし、第二王子のサミュエルは武闘派系の美形で、やはりほかとは一線を画している。第一王子のシモンはなんていうか、隙がない感じだった。

 どの王子にも言えることだけど、まだ成長過程で細身でありながらしなやかな体躯は、これからさらに美しく逞しく成長することを想像させる。


 シモンの場合は金の髪に理知的な澄んだコバルトブルーの瞳、それに加えて神々しいまでの雰囲気を纏っていた。周囲の挨拶に堪える声も、凜と響く。

 ルイが第一王子のことを完璧と告げていたことがあったが、確かに王子として完璧な姿がそこにあった。


 ──とういか、同じ年の王子が出揃っちゃったじゃないっ!


 最高クラスになったことで予想はついてはいたが、はぁっと溜め息をつく。

 もしかして、今生はソフィアの前に王子フラグから? いやいや、深く考えまい。


 何だか王子たちが出揃うと、主人公という言葉がじわじわ迫ってきているようで焦る。そんなの望んでないから深く考えたくない。

 何より、王子たちもだがクラスメイトの癖がありそうな感じがいただけない。


 見るからに反抗的なヤンチャ系、大人びた年上青年、最高クラスに所属しているのだから実力はあるはずなのに気弱そうなお嬢様、高飛車そうな女子軍団、そんななかで我関せずの方が数名。そしてトドメに王子たち。


 これでどうやってクラスがまとまるのだろうか。

 何か起こりそうとういか、私が主人公だったら、その周囲で何も起こらないということはないはず……。


「なんだか、気が重いわ」

「エリーが弱音を吐くなんてどうしたの?」

「どんな令嬢なんだよ」


 何て言い草だと文句を言う前に、ぼそっとそこでサミュエルに突っ込まれた。


「エリーはエリー以外の何者でもないけど?」


 ルイが当たり前のようにそう答えるが、なにもフォローになっていない。

 ルイの微妙な発言に、私は曖昧な笑みを浮かべた。


「そういう時も私にだってあるわ。このクラスでやっていける自信がないなって」

「エリーの自己評価ほど信用ならないものはないと思うけど」

「ちょっと酷すぎない?」


 じとりとルイを見れば、ちょっと申し訳なさそうな困り顔で笑いながらも、言葉を引っ込めるつもりはないようで畳みかけるように告げられる。


「いつも自信満々にこなしていたことを僕は知っているからね。あれだけの能力があるのに、ここで気後れする意味がわからないよ。出会いからなかなか印象的だったしね」

「うっ。それを言われると」


 ルイとの出会いはちょっと特殊であったので、その後のことも含めちょっぴり黒歴史である。

 校門でサミュエルと話している際にルイも合流したのだけど、その時になぜか少し不機嫌そうだと感じたし、まだ何かを引きずっているのかもしれない。


 怒らせるとは違うけど含む感じではあったので、この件に関しては方向性を変えたほうが良さそうだ。

 だけど、諦めきれない。


「この学園に来ることになった原因を忘れたの?」


 やっぱり少し怒ってる?

 私はしどろもどろになりながらも、子どもの言い訳のようなことを告げた。


「まあ、それはそれというか。……何やら癖、いえ、能力がある方ばかりだからちょっと不安に……。あっ、わかった。これはきっとあの水晶玉の故障です。今から直談判してもうひとつ下のクラスとかどうかしら? 私にはそれくらいがいい気がするし」


 妙案を思いついたと、私は最後にパッと顔を輝かせる。

 すると、ルイが生ぬるい視線を私に向けるとふっと息を吐き、また何か言い出したぞと疲れたように肩を竦めた。


「なんでエリーの時にだけ壊れるということになるの? 直談判しても変わらないと思うけど。もし、エリーが下のクラスになるなら僕も一緒に行く」


 ルイが嫌というわけじゃないけど、ルイも一緒にクラスを下げたら余計に目立ちそうである。

 それはやめてほしい。


「なら、俺も」


 私はぎょっと目を見開いた。

 ルイは昔からの付き合いだからまだわかるが、第二王子まで参戦してくると話がさらに変わってくる。


「サミュエルは関係ないでしょう?」

「別にいいだろ。どこにいようがやることは変わらない。なら、ルイがいる教室のほうが楽しそうだ」

「はあ。サミュエルはそういうところあるよね」


 ルイが代弁するように声を上げたが、最後は溜め息をつき諦めたような声を出した。


 ――ルイさんや、しょうがないねとばかりだけど、そもそも同行決定してませんからね?


 思いつきもことごとく潰されていくような現状に、こっちが溜め息をつきたい気分だ。

 もし、クラスを変わることができたとしてもこの二人がくっついてきたら、あまり変わらない気がする。


 ルイは優しげな雰囲気ではあるが、決めたことには有言実行の人なのでやると言ったらやる。

 実行されてしまった日には、王子二人を最高クラスから下げた我が儘令嬢のレッテルが貼られることになるだろう。

 だろうではなくて、絶対、貼られる。


 だって、ルイの父親はこの王立学園の最高責任者である。

 王族という立場で魔法省のトップである彼の息子が、実力があるのに最高クラスではないなんて。

 それこそ、将来ある王子を誑かしたと言って王族が怒ってくるかもしれない。誑かし罪でそれこそ悪役令嬢のできあがりだ。


 主役から悪役令嬢に路線変更なんて、何もいいことがなさすぎる。

 ぶるぶると首を振る。そんな自ら王家に絡むようなことは回避だ。そんな想像をして冷や汗たらたら、私は思いつきを断念することにした。


「ああ~、やっぱりここで頑張ることにします」

「それがいいと思うよ。上のクラスのほうが魔法の上達も早いと思うし」


 ――なら、なんで一緒に行こうとしたのよ!?


 何だか(もてあそ)ばれている感じがしてもやもやする。

 柔らかな空気につい騙され流されてしまうが、ルイは頭がいい。きっとどう言えば私が撤回するのかわかっていたのだ。


「俺はお前らがいればどっちでもいい」


 そして、こちらは素直というか、単純だ。

 むしろ、そのわかりやすさはナイスである。そう思って内心でぐぅと親指を立てていたら、言葉に引っかかりを覚え、あれっと首を傾げた。


 ──んっ? お前ら?


 いつのまにか私もカウントされていた。

 驚きだ。なんてハイペース。


 出会いは鬼ごっこから始まり、いつの間に懐に?

 やっぱり、あれかな? 武道派だから汗を流した分だけ気持ちが繋がる的な?


 よくわからないが、私が従兄弟のルイの友人ということと、謝罪する事態になってそれも水に流したことから、サミュエルの壁が取り払われたのかもしれない。

 第二王子、やっぱり単純。……げふん。根はいい人そうだ。


 いまいちサミュエルの基準が理解しにくいし、彼に忘れろとは言ったけれど、ちょっと魔法のこととか、生足とか、マズイところ見られているので友好的なのはありがたいと思っておく。

 ただ、少しばかり心配になった。


「自分の進路は自分で決めないといけないんですよ?」


 思わず、相手が高貴な方だというのも忘れて二人に告げてみる。

 私は私の考えであれこれ発言しているのであって、それに付き合う義理は彼らにない。

 むしろ、振り返らず輝かし意未来へ突っ走ってほしい。そう思って告げたが、返ってきた言葉は明快だ。


「当たり前じゃない」

「何を当然のことを」


 いつもの爽やかな笑顔を向けるルイと、ふんと鼻をならしながらも真顔で頷くサミュエル。

 本当に大丈夫かな? 迷いのない答えに返って彼らが心配だ。


「わかっているのならいいのですが」


 釈然としないが、なんだかそのやり取りが生身というか、同年代なのだと思うと親しみが沸わいてくる。

 王子ということに気を取られていたけれど、王子だって一人の人間。

 彼らだって、王子だからと決めつけられた視線ばかりは嫌だろう。身分がどうとか窮屈すぎる。


 私自身もひっそりしたいからと、何も知らない王子たちのことを嫌厭していたが、王子という肩書きを本人が喜んでいるかどうかは別の話だ。

 少なくとも二人は、私が多少無礼を働いて変な行動を取っても、驚きはするが嫌な顔はしなかった。


 ルイなんかはあれこれと付き合ってくれており、王子という身分をひけらかすことはなかった。

 むしろ、すごく寛容であり、王族としての務めと、個人はできることなら別にしたいと思って名を使い分けていたこともあり、その考え方は私に通じるものがあった。同士意識が芽生えてくる。

 

 なら、少なくともこれも縁なので私は友人として彼らと接しようと思った。

 これが真の友情かしら? と頬が緩んでしまう。

 ほくほくする気持ちで二人を見ていると、ルイが怪訝な眼差しでそっと私の手を握ってきた。


「エリー。僕は男だよ」

「? ……わかってるけど?」


 ついでに王子で、良き友人だ。それはあの日に倒れてから何度も確認したフレーズだ。

 握られた手は男のもので、長い指にすべすべな肌は自分のものより少し大きく手のひらは硬い。何を当たり前のことを今更言い出すのかと、大きく目を見開いて彼を見る。


「頭が痛くなってきた。道のりは遠いな」

「熱でもあるの?」


 掴まれていない手でルイのおでこの熱を計ろうとすると、なぜかその手はサミュエルに掴まれる。


「おい」

「えっ? 何?」

「……ああ、えっと、そのだな。二人が仲がいいのはわかっているが、あまり気軽に触れるものでもないかと思ってだな」


 ぼそぼそと告げられ、意味を理解しようと眉根を寄せてはっとした。

 初心を忘れるなかれ、ここがどこかを忘れるなかれ。


 親しいルイがいることで少し気が緩んでしまったが、ここは王立学園。

 ほとんどの有力貴族たちが通う学園であり、最高クラスはその中でも将来有望な者たちということになる。そんな中でこの状況は抜け駆けだと妬みを買う案件である。


 ──危なっ! そして、おっそろしぃぃ。


 そして、ナイスなサミュエル。

 ルイと二人きりだったら、ついつい気づかぬ間に親しい空気を出していたかもしれないと思うと、彼がいてくれて今回ばかりは助かった。

 

 ほっと息を吐く私とは反対に、盛大な溜め息をつき手を離すルイ。

 幸せ逃げちゃうよってほど何度も溜め息をついて、やっぱり今日のルイは調子が悪いのかもしれない。

 心配だと見つめると、「わかっていたけど、やっぱり先は長そうだ」とまたもや溜め息。そして、やや厳しい面持ちでサミュエルを見た。


「サミュエルも手を離そうか?」

「あ? ああ」


 サミュエルはぼんやりとその言葉に返事をしたあと、私と視線が合うとばっと手を離した。その頬はわずかに赤い。

 うーむ。女性の手を握っていることにびっくりという感じかな。

 武道派という感じだから、女性と話すのは慣れていないのかもしれない。実際、女生徒に捕まり目的もなくだらだらと話すというのを面倒くさそうにしていたし、私たちのところに逃げてきたことから、おべっかとか社交辞令など苦手そうだ。


 初対面は怖かったが、そんなところを見ると親しみが沸いて好ましい。

 そう思ってくふふっと内心で笑っていると、ルイがこれでもかと言うほどふわふわと美しくほんわかするような笑顔を私に向けた。


「エリー。週末楽しみだね」

「? ええ。そうね」


 学園は寮生活。初めての週末は一緒に王都でショッピングしようと約束をしている。

 けれども、今なぜそれを言ったのか?

 はて、と首を傾げると、ねっと念を押され、楽しみは楽しみだったので私はにこっと笑った。




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