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詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~【第二部完結】   作者: 橋本彩里
第一部 第二章 ひっそり目立たずが目標です

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8.出端をくじかれる


 初心を忘れることなかれ。

 その言葉の重みを身をもって体験してきた私は、学園生活は気を引き締めて取り組むつもりであった。

 習ったことでも丁寧に。そこから何か見出せることがあるかもしれないし、うっかりでヘマをするのはこれ以上避けたい。


 だけど、これは予想外。

 教室に入り席に着き私がふっと息をつくと、隣にいたルイが顔を覗き込んでくる。

 その際に緑青の髪がふわりと揺れ、それは見ているだけでほわっとした優しい雰囲気に包まれた。


「どうしたの?」

「ルイ殿下、これはどうやって決められたのでしょうか?」


 思わず校門のところでは呼び捨てにしてしまったが、今ならまだ間に合うと取り繕う。

 学園という学び舎は、自由に見えて王国の貴族社会の縮小版であった。

 家名を背負い、能力を競い、時にこんな時分から権力闘争さえある。誰につくか、誰に媚びるか、水面下で動いている者もいる。


 私自身は日本で生まれ育った記憶もあるせいか、そういう階級意識というのは低かった。

 ただ、それらは簡単に捨て切れない事実と実際に背負うものも知っているため、学生の身ではあるが、どうしても家名はついてくることを理解している。


 テレゼア公爵家次女の立場は、そういった者にとって媚び入りたいか妬む対象にも成り得るので、まったくの他人事では済ませられない。

 そして、そういった誰もの階級意識の頂点にいるのが王子たち。

 そんな相手を気安く呼び捨てるのはよくないだろうと思ってそう呼んだら、速攻で却下された。


「何、かしこまってるの? エリーらしくなくて寒くなるから止めて」

「らしくないって……」

「何を思ってなのかは想像がつくけど、エリーはすぐにうっかりボロが出るからやるだけ無駄だと思うよ」


 にっこり笑って微妙に貶されながら告げられてむっとしたが、自分のあれこれを知る友人が言うと説得力があった。

 面白くはないけれど、魔力の件もあったのでそれもそうかと私は納得した。それでも、ちくりと刺すことはやめない。


「ルイが私をどう見ているかよくわかったわ」

「そう? 僕はちゃんとエリーを見てるでしょ」


 面白くないわと言ったのに、極上の笑みを持って返された。

 ふわっと微笑むルイは相変わらずの美形っぷりは素晴らしく、穏やかな春風のような空気を持つ彼といると心が和む。拗ねた気持ちも持続しなかった。


「……そうね。ちゃんと見てくれて嬉しいわ。それでこの教室、すごいことになっていると思うのだけど?」

「魔力検査で五段階にわけてクラス分けをした結果だね。エリーと僕が一緒になるのは当然だし、ほかのメンバーも予想通りだね」

「魔力検査?」


 いつ、そんな試されるようなことがあったのか。

 思い当たる節もなく目を見開いて尋ねると、ルイもわずかに目を見開いて、ああ、と苦笑した。


「引っかかるのがそこなの? さっき水晶玉みたいなもの触ったでしょ? 昨年できた試作品だと聞いているけど、あれで現在の魔力量を推し量り組み分けの基準になるようだよ」

「なに、そのアイテム……」


 ──そんなアイテム知らないのだけど。


 これまでの転生でそんなものは出てきてなかった。またここでも、どの前世とも変わったことが起きている。

 まったく何も考えていないところで、いつの間にかやらかしていたようだ。

 不可抗力だし多分無理だとは思うけれど、先にわかっていたら対処できたのではないかと少しばかり悔やまれる。


 今までの生では事前調査と自己申告でクラス分けされていたのに、今回は魔力測定で玉を触るだけで決められた。不正しようがない。

 そして、今生で最大値の魔力をたたき出した私は、王子たちと同じクラスになってしまったようだ。なんと、今まで縁のなかった最高クラス。


「魔道課が張り切っているからね。これからもいろいろ出てくるんじゃないかな」

「そうなんだ。……それは、いいことね」


 魔道課は魔法研究所のひとつで、魔道具の研究を主とする集団が属している場所である。

 開発されたものは仕方がない。


 これで当初のそこそこできる、イコール、無難な淑女計画が崩れてしまった。

 学園の方針、つまり、クラスごとにある程度魔力を同じにし、教え方や進み方も変えて人材を育みましょうとする考え方はすごく合理的で賛成ではある。

 だけど、それなりにこなそうのレベルが上から数えたほうが早いなんて予想外すぎた。


 何度も転生していると言っても毎度少しずつ違う人生。そして、今生も違う。

 違ってくれないと詰んでしまうのでありがたいのだけれど、予想の域を超えているよぉぉっと、にっこり笑うルイにつられて同じように笑みを浮かべながら、私は意気消沈していた。


「最高クラスになってなぜそんなに落ち込むんだ?」


 淑女笑顔をキープしながら嘆く私の横で嬉しそうに笑うルイとの会話に入ってきたのは、現王兄の子であり継承権第二位のサミュエル王子。

 そして、私を追い回した人物であり、彼だけのせいにするつもりはないが、王都学園に入学することになった元凶。


 燃えるような赤髪の癖のある短い髪に、赤みを帯びた瞳は非常に目立つ。

 切れ長の瞳だけ見るとキツいイメージだけど、全体が整っているので上品な顔立ちにまとまっている。

 端的な言葉とともにこちらを見る双眸には何も含むことがないのは、門扉のところで待ち構えられた上で謝罪を受けたので理解している。


 父親が軍事部トップということもあり、サミュエルも武道派の直情型という印象を受けた。

 あの日も悪気はなく、従兄弟のルイを思っての行動だというのも先ほどのでよく理解した。


 どうやらずっと気にかけていたらしく、悪かったとまっすぐに謝られては私も受け入れるしかない。

 その潔さは気持ちいいものであったが、サミュエルのせいで初っ端から学園で目立ってしまったのは否めない。

 和は小さく息を吐き出し、何度も己にも言い聞かせてきた言葉を告げる。


「ひっそりが目標なので」

「ひっそり? 目立ちたくないということか。だが、ルイと仲が良い時点で無理だろう?」


 ごもっともな意見に、私は言ってくれるなと非難を込めてサミュエルを見上げた。

 さすがにあまり面識のない王族を睨むとかはできなので、じと、くらいは許してほしいところだ。


「そこはそこ。ほかの部分でと言う話です」

「そうだよ。サミュエル。僕とエリーの仲は揺るがないから、ほかでのひっそりだから」

「お、おう。……頑張れ」


 本人である私が主張するならまだしも、ルイに余計なことを言うなとばかりにきっぱりと言い切られ、サミュエルはぽりぽりと頬をかいた。

 勢いに押されて意見を引っ込めると、応援までしてくれる。追いかけ回された時は融通が効かないと思っていたが、案外いい王子様である。


 そもそも、なぜサミュエルが自分たちのところにいるかというと、異性と話すのが面倒くさいのか、話しかけようと虎視眈々(こしたんたん)と狙っている女性陣を全無視して席に荷物を置くと、すぐにルイと私のもとにやって来たからだ。

 避難場所ではないんだけどなと思いながらも、話してみるとまっすぐなところとか好ましい人物だ。


 ただ、二人が揃うと圧巻だ。

 彼らの人格は好ましいと思っていても、最高クラスに配属され、二人の王子がそばにいる事実に出端をくじかれた感は否めなかった。




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