sideルイ 出会い
今でも鮮やかに思い出すことができるエリザベスとの出会いは、ルイにとって衝撃であった。
目の覚めるような、と表現できるほどのそれにしばらく動けないほどであった。
エリザベスとの最初の出会いは、父に言われるまま、いつものように貴族の屋敷に出向いたという程度の認識でテレゼア公爵家に訪れた日だった。
誕生日会、お茶会などと称しては、王族と関係を持ちたい貴族の子息令嬢との顔合わせなどの回数は年齢を重ねるごとに増えてきた。
そこで気の合う友人ができたりもするのでいいのだが、今まで心を動かされる令嬢には出会わなかった。
そもそもルイは感情の起伏が少ないほうだったので、ただ言われ必要だから動いているというだけの認識であった。
それに、王族側からすれば貴族の魔力レベルを知り関係図を知ることのできる機会でもあるので、ルイだけに限らずほかの王子たちも公務の一環として動いていた。そこに私情はあまり必要ない。
ただ、今回の氷の外相と呼ばれるテレゼア公爵の屋敷は、招かれたのではなく父が強引に取り付けたようだったので、その経緯と噂に聞く美貌の令嬢というのはどういうものかと少し興味は持った。
それはゼロに等しいいつもよりはという程度であったので、微々たるものだけどルイにとっては珍しいことではあった。
そして訪れた屋敷。美貌のマリア令嬢はそれはそれは美しかったが、それだけであった。
少しばかり気になったのでまた少しばかり残念に思い、ルイは王家に劣らず評判の庭園を散歩することにした。
色とりどりの花壇は美しかったがそれも代わり映えなく見慣れたものであったので、その先にある大きな木を目指して歩く。
強い日差しに疲れたので、木陰で休むことにした。
それからほどなくして、「ワン、ツゥ、ワン、ツッツゥ」と少女の声とともに、パッチン、パッチンとハサミの切る音。
「それそれぇ」と鼻歌交じりの声とともに、ボキッと何かが折れる音がした。
──????
それが何度か繰り返され、あまりに意味不明な声と音にじっと声のする方を見ていたら、突如見慣れないものが視界に現れた。
ビュゥンと空に浮かぶトマトやキュウリ、トウモロコシやナスビといった野菜が、小さな竜巻風に乗ってこちらに向かってくる。ぐるぐる渦を巻きながら飛んでくる野菜たち。
しかも、今度は「とりゃぁぁぁ、とりゃぁぁぁ~」と可愛い声で変な叫び。迫り来る野菜竜巻。それが目前まで迫ってきたかと思えば、それらはルイの休んでいる横にあるカゴに入っていった。
そしてまた、「ほいせぇぇ、ほいせぇぇ」と今度はゆらゆら、ゆらゆらと今にも落ちてしまいそうになりながらスイカが飛んでくる。
「ほいせぇぇぇ~」と気合の入った声を最後に、もうひとつあるカゴにトスッと入っていった。
──何事?
野菜が飛んできた。まあ、原理はわかる。
ルイと同じ魔力の風使いが野菜を飛ばしたのだろうけれど、ここは公爵家の敷地の庭園で花々があるはず。間違っても野菜畑があるような場所ではない。
なのに、なぜこんなにも豊富な野菜たちが魔法に乗って、しかも変な掛け声とともに飛んでくるのか。
あまりのことにぽかんと野菜が飛んできた方向を眺めていると、手前のトウモロコシ畑の一角からガサゴソとかき分けて少女が顔を出した。
「やった。成功~!!」と叫んだ彼女の視線はカゴに向けられていて、それからルイへと視線が移動した。
「あら、ごめんなさい。人がいるとは気づかずに」
「いえ」
「…………」
「…………」
無言で見つめ合うこと数秒。
その間、エリザベスはものすごく混乱していたようだが、ルイはそのくるくると動く菫色の瞳に釘付けだった。
「ええぇっと、今、来られたところでしょうか?」
「? そうです」
よくわからず肯定すると、エリザベスはあからさまにほっと息をついた。
そして、太ももまで捲し上げたスカートを縛っていた紐を慌てて解き、改めて令嬢が取るような礼をとった。
「初めまして。エリザベス・テレゼアと申します」
「ルイ・ボナパルトです」
「…………」
「…………」
自己紹介をしてはみたが、その後の会話が続かない。
互いに見つめ合っていたら、そこで慌てたようにやってきた公爵夫人が、ぽんっとエリザベスの肩を叩いた。
「エリーったら、何をしているのかしら?」
「母様……。えっと、これは」
「言い訳は無用。ルイ様、後ほど改めてお話を。一度、失礼いたします。エリーはこちらへいらっしゃい」
びくぅっと面白いほど反応したエリザベスに、満面の笑顔でほほほっと笑いながら公爵夫人はぐいぐいっと背を押して連行していく。
それはあっという間のことであった。
ルイは夫人の言葉に頷きながら、ただ連行されていくエリザベスを見送るしかできない。
その後、護衛に付き添われ案内された部屋に通されて待っていたら、ドレスに着替えたエリザベスと改めて顔を合わせることになった。
借りてきた人形のように大人しくなっていたが、わずかにぷうっと頬を膨らませており、その顔には、この状況にというよりは怒られたことに納得がいっていないと書いてあった。
どうやら来客があることは知っていたが、自分には関係ないと勝手に外で畑いじりをしていたらしい。
夫人は笑顔で娘の令嬢らしからぬ行動に怒り、はははっと娘が持ってきた野菜を眺め笑う氷の外相と周辺諸国に恐れられているはずのテレゼア公爵。
そして美貌の姉のマリアは、それはそれは愛おしそうに、怒られて縮こまったエリザベスを見ていた。
思わぬテレゼア家の内情を見せられ、夫人には何度も謝られ、ルイはいつものように笑顔で受け答えをしていたが心ここにあらずだった。
それらは外部には伝えられないものであったので興味深く、何よりエリザベスの存在がルイの中で大きくなった。
どんな会話をしていても、どうしてもエリザベスのほうを見てしまう。
野菜竜巻とあの掛け声が忘れられず、あまり日が経たず自発的に公爵家に訪れた。会えば会うほど興味深く、ルイは自主的にエリザベスのもとに通うようになった。
出会いの最初に魔法を使っていたことをバレていないと思っているエリザベスに合わせ、彼女の姿をたくさん見てきた。
どれも興味深く、ルイの内側が満たされるような日々に自然と笑うことが増えた。
ルイにとってはエリザベスと出会って、やっと人としての感情を実感できるようになったといってもいい。
エリザベスと過ごす日々は飽きることがない。エリザベスのよく言う、ひっそり行動。
それを本気で本人大真面目に実行しようとしているのは伝わってくるのだけど、それはいつもルイを驚かせるものだった。
ある日、遊びに行ったら(エリザベスはよくうっかり約束を忘れるのだ)森のキノコ狩りに行っていると言われ、待ちくたびれたので迎えに行ったらそこには以前なかった小屋が建っていた。
彼女曰く、「拠点があったほうが便利だから、作っちゃった」であっても、そう簡単に作れるものではない。というか、どうやって作った?
だけど、そんなことどうでもいいと思えるほど、その秘密基地を誇らしげに自分に見せてくれるその表情だけでルイには十分であったので、二人とその時にいた使用人だけの秘密にしておいた。
ルイのような心境で、エリザベスのひっそり行動は身内だけに浸透し守られ外部に漏れることがないのだなと身を持って実感しながら、充実した日々。
今更、彼女のいない時間など考えられない。
これからは学園で一緒に学べること、そして彼女を守れる位置にいることに 『今』 はよしとしておこうとルイは微笑んだ。




