招待状をいただきました
ハンドクリームを売り切ると、継母の連れ子の下の義姉カーラがアリエッタを待っていた。
「ふふふ。なかなかやるわね、アリエッタ。次は、この美しい宝石を売ってきなさい」
カーラが差し出したのは、大きな大きなダイヤモンドのついた指輪だった。
アリエッタは、さすがに途方にくれた。ひとつでいいとはいえ、勝手が違う品物だ。
宝石のような高価な品物を、街頭で売るわけにもいかない。
大貴族を回るつてなど、アリエッタにはなく、また、貴金属の店を構えているわけでもない。
間違いなく本物のダイヤモンドであるがゆえに、高価すぎて、アリエッタには売るあてはなかった。
さすがに家を出るしかないと思いながら、街を歩いていると、アリエッタはまた、あの青年に会った。
「やあ、ハンドクリームは評判がいいよ。今日は何を売っているんだい?」
「すみません。今日は現物を持ってきてはいないのです」
アリエッタは頭を振った。
「それに、いま私が売らなければならないのは、そんなに簡単にお売りできるものではありません。でも、それを売らなければ、もう私はここで商いをすることはないでしょう」
「それはどういうこと?」
アリエッタは、苦笑して、今自分が売らねばならないのは宝石であることと、売り切らねば、商売人として認めてもらえないことを話した。
「商売人になりたいの?」
「わかりません。でも、商売人として失格と言われるのは、嫌なのです」
アリエッタは貴族の娘ではあるが、淑女として社交界に立てるほど裕福ではない。
形だけの爵位だ。
それにひきかえ、継母は、グルミア商会を切り盛りする腕利きだ。継母や義姉に認められれば、アリエッタも自力で商売人として、自立できるかもしれない。
「ふうん。じゃあ、僕が買ってあげようか?」
「え? 本当ですか?」
アリエッタは驚いた。
むろん、青年がかなり裕福なのは、わかっているが、マッチやハンドクリームのように簡単に買ってもらえる品ではない。
「あの、でも、高価なものです。品物をご確認いただいて、お気に召してからでお願いします」
だから一度、考え直してくださいとアリエッタは言ったのだが。
「そうだねー。じゃあ、今から見に行こうか」
青年は、パンでも買いに行くかのような気軽さで微笑んだ。
「へ? あ、はい」
アリエッタは、青年を伴って、自宅に戻り、金庫にしまってあった宝石を青年に見せる。
「うん。すごいね。君の言い値もよくわかる。これはいいものだ」
青年はしげしげと宝石を眺めた。
「じゃあ、お金は後で持ってこさせる」
宝石はその後でいいから、と、青年は署名だけ残して帰って行った。
「ちょっと、待て。アリエッタ、舞踏会の招待状がきているぞ?」
「ジェイムズさまというと、第三王子じゃないかしら」
数日して、大金とともに招待状がアリエッタの家に送られてきた。
アリエッタを囲み、父、継母、義姉らが招待状をみつめ、険しい顔をしている。
街頭で出会った軽薄そうな青年の正体は、第三王子だったのだ。
「宝石の代金は間違いなく入っているわ」
「ふむ。つまり、招待状があるということは、そこに持ってきてくれということなのだろうなあ」
「でもなんで、舞踏会?」
カーラが眉根を寄せたまま苦い顔をする。
「お渡ししたい方がいらっしゃるとか?」
アリエッタは首をかしげた。
少しだけ、胸が痛い気がするのは気のせいだろう。
軽薄そうではあったが、なんといっても、いままでアリエッタを支えてくれたお得意さまである。
その場に持ってきてほしいというならば、希望に沿わなければいけない。
「でも、それならあらかじめ、城にもっていけばいいと思うわ。何か意図があるはずよ」
ユリアの疑念ももっともだとは思う。
「理由はよくわからないけれど、顧客の希望に沿って、舞踏会に行ってきますわ」
代金を受け取った以上は、商品を届けなければいけない。そこに、来てほしいというならば、行かなければならない。
「わかったわ。では、一番良い馬車を用意しましょう。そして、一番良いドレスを着なさい。失礼があってはいけませんから」
継母のリンダが頷き、アリエッタは、舞踏会へ行くこととなった。
アリエッタは、貴族とは名ばかりの家なので、城に入るのは当然初めてだった。不思議だったのは、仕立てたばかりの真新しいドレスが、家に用意されていたこと。リンダ曰く、備えあれば憂いなしということらしいが、いつの間にそんなものを作ってくれたのだろう。
グルミア商会で一番の馬車は、城でも恥ずかしくない贅沢なつくりで、継母の商売人としての周到さをアリエッタは感じずにはいられない。
門兵に追い返されることも覚悟していたのだが、アリエッタの乗った馬車はすんなりと中に入る事を許された。
招待状は本物らしい。
玄関ホールに入っただけで、異世界のような調度品の数々。
商会ではかなりの高級品を扱うこともあるから余計にその『価値』がわかってしまう。
今日はかなり大きい舞踏会らしく、たくさんの紳士淑女が訪れているようだ。
アリエッタは、受付で招待状を見せ、ジェイムズに取り次ぎを乞う。
アリエッタはあくまでも、商品を届けに来ただけで、舞踏会に出る気は毛頭なかった。ところが、そのまま会場の奥まで案内されてしまった。
賑やかな楽の音に、きらびやかな服をまとった人々。
あまりの別世界に、場違い感を感じてしまう。アリエッタは宝石の入った箱を手にしずしずと会場を歩いた。
「よくきたね」
案内された先に待っていたのは、いつもの青年だった。
いや、いつもよりかっちりした礼服のせいか、落ち着いた感じだ。
「わざわざ持ってきてくれてありがとう、アリエッタ」
「は、はい」
アリエッタは、慌てて頭を下げる。
「このたびは、お買い上げいただき、誠にありがとうございます。こちらが、その宝石にございます」
アリエッタは箱から、丁寧に、宝石の入ったケースを取り出す。
「どうぞ、ご確認ください」
「ふむ」
ジェイムズは頷いて、ケースのふたを開いた。
「間違いない」
ジェイムズが確認するのを見て、アリエッタはもう一度深く頭を下げる。
「じつはね、アリエッタ。今日、ここにわざわざ来てもらったのには訳がある」
「はい」
ジェイムズは、アリエッタから宝石のケースを受けとると、中に入っていた指輪を取り出した。
「今日はね、僕の婚活パーティなんだ」
「……そうなのですか」
それで指輪を渡したいから、ということだったのかと、アリエッタは得心する。
ほんの少しだけ胸が苦いが、気のせいだろう。
「私のご用意いたしました指輪が、お役に立てることをお祈りいたします」
アリエッタは、一歩下がる。
「うん、そうだね」
ジェイムズは、アリエッタのそばへと歩いてきて、そっとその手を取った。
そして、そのまま指輪を指に差し込む。
「僕と、結婚してくれないか? アリエッタ」
「へ?」
予想だにしていない展開に、アリエッタは呆然となった。
「一目ぼれだったんだ。ぜひ、妻になってほしい」
「あ、あの、私は男爵家の人間ですし」
ジェイムズとは知らない仲ではない。最初の印象はともかく、今では感謝もしているし、好きか嫌いかと言えば、好きかもしれないけれど。
「もちろん、僕もそのことは考えた。だが、君の他の女性は考えられない」
「で、殿下」
「その指輪、返品は受け付けないよ」
「……はい」
アリエッタは、戸惑いながらも頷く。
いつの間にか、周囲から祝福の拍手がおこった。
「よかったわね、アリエッタ」
「本当に良かったわ」
振り返ると、義姉たちと継母、そして父が手を叩いている。
聞けば、ハンドクリームが城で大評判になり、それがきっかけでグリミア商会は王室ご用達の看板を手に入れていたのだとか。
そして、ジェイムズはアリエッタを嫁にするためにかなり前から、周囲に働きかけていたのだそうだ。
指輪は、義姉のちょっとしたイタズラだったらしい。
そして。
アリエッタは、王子とめでたく結婚することとなった。
グリミア商会は、王国の支援を受け、さらに大きなものへと発展したという。
了




