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23 灯台の乙女ら2

 図書室は、塔ひとつをそっくり、コロセウムのように段状にくりぬいた構造で、天井ばかりが高い。

 うつくしいが、本をおさめておくにはあまりに不効率なホールは、思えば文学をはじめとする芸術分野の書籍をやきはらい、収蔵書籍自体が少なくなっていたからか、と幹也はふと思う。

 必要な本は大階段でいう二段目の、更に奥まったところにあるはずだった。

 クラージュと別れ、幹也とジュノ、そしてシダンワンダと、三人だけとなっても、あたりの空気は重苦しいまま、変わらずに肌にねっとりとまとわりつき、呼吸はだんだんと苦しくなるばかりに思われる。



 さすがの幹也も、ナノテクノロジーの発展上の課題について考えてみたことなど数えるほどしかなかったし、まだ地球に存在しない、あるいは発見されていない考えも多かった。

 重力の影響増に伴って花奈の身の上にふりかかるであろう病と、その治療法に関してもクラージュはリストアップしていて、内容を精査している余裕もないから、目録と目次をざっと眺めて、クラージュから預かっているメダルへ、データをかたっぱしから食わせていくほかない。


 さいきん司書としてのふるまいが板についてきたシダンワンダが、幹也の命令に恍惚として本を積み上げていく。まったくふだん通りの様子であった。

 ――シダンワンダは、このうずまく異様な気配をどう感じているのだろう。彼女が輝神の一部だから、自分のにおいに鈍感なのと同じで何とも思っていないのか、あるいは何もかも気づいていて、なにか意思表明する必要を感じていないのか。

 幹也とちらと一瞬目があったが、シダンワンダは頬を染めるのみだ。足元に張ったテープの内には決して入らない。


 ――今はこうしていられるが、シダンワンダもおそらく今日のうちには殺されてしまうだろう。シダンワンダのみならず、ナルドリンガも。

 倫理観も人間味もなくて、正直気持ち悪かったが、死ぬとなると……それも殺されるとなると、あれほど毛嫌いしていても、後味の悪さがある。

 たとえば、一定の距離を必ず保ち、口をきかずに過ごす一、二年の時間があれば、そのうち嫌悪感も癒えたかもしれなかったのに。

 幹也は気難しいが冷血漢ではなかったので……というか、賢い以外はごく普通の高校生だったので、さすがに気持ちが落ち込んだ。

 ただ乱雑に本を積み上げる音だけが広い図書ホールに響いて、ふだんはそうこたえるほうではないほうの幹也も静寂に耐え切れない。

「あんたはさ……これからどうするの?」

「これからとは?」

「これから……みんないなくなった後……」

 鉱脈たちも従者たちも、クラージュさえもいなくなったあと、ここにたった一人残されたあと。

 そう口に出す覚悟を、幹也は持たない。


「――――……」

 ジュノはしばらく考えるそぶりを見せた。

「この城は離れることになるだろう」

「……そりゃそうだよね……」

 この城は大虐殺の現場となる。ほかの住人がいなくなってのちはよりいっそう薄気味悪いことだろう。

「このあたりからずっと離れたところに地下に作られた町があった。まずはそこを目指す」

「あった?」

「ほろびたそうだ。おそらく圧し潰されたのだろう」

「…………」

 幹也は辟易とした。ジュノは続ける。

「人はいないが、都市整備システムは生きているはずだ。俺ひとり隠れ住むことはできる。

 俺の命が絶えれば鉱脈たちを召喚から押し返す力も絶える。せいぜい長生きをするつもりだ」

「……なにそのつまんない人生……」

「違いない」

 ジュノは認めつつ、ふと、書籍の山と手元から、物思いする方向へ視線をちらと移す。

「――城を離れる前に、もってゆきたいものはある」

「なに?」

 なんでも持っていけばいい。どうせクラージュが焼くとか言ってたし。

「俺のやしない親が残したもので……」


 ジュノが何か話しかけた、そのときだった。


 どがん、となにか爆発でも起こったのかと思うような大きな音がして、図書ホールの扉がやぶられる。

 ふたりがはじかれたように見つめた先、あけ放たれた扉から薄暗い図書室へ、正午前の明るい光が射していて、侵入者のおもては判然としなかったが、輪郭だけでその異類異形は感じ取れる。

「なにあれ……!?」


 幹也はポップコーンを思い出していた。


 四肢はある。左右の腕らしきものの長さは不ぞろいだが、二本の足で立っているから、わかる。

 だが、人らしき点はそれだけだった。

 内側からはじけたように、真珠と同じ光沢をもつ石のようなこぶが全身に広がっていて、人としてのシルエットを、かろうじて、というものにしている。

 異形が身動きするたび、ぴしぴしと音を立てながらその固い肌がひびわれ、またそこに新たなこぶが膨らんで再生し、ぬるりとした白い真珠光をはなつ。

 もはや目も耳も、鼻の位置もわからない。

 赤い口だけが顔らしきところにぱかりとあいている。はなたれる咆哮は獣のものだ。


 ジュノが押し殺した声でつぶやく。

「――フラウリンドだ」

「はぁ!?」

真珠鉱脈の従者(フラウリンド)だ。先ほどの。……見目は違うが」

 幹也はあぜんとしてその化け物を見下ろした。

 先ほどのというのは、さっき腕だけ突っ込んできてナイフを投げ込み、刻み卵のような肉片を残していった、あの、彼だろうか。

「見目は違うがって……もうそういうレベルでは……」

 幹也は百銅鉱脈の従者(ラグルリンガ)を知らないし、彼が主人のためにどのような変身をとげたのかもしらない。

 しかし、鉱脈の従者に自らの肉体を完璧に作り変える変身術があることを知っていたとしても、信じることは難しかったかもしれない。


 いったいいかなるわざをフラウリンドは自らの肉体へ施したのか。

 もはや彼に、あのまったき真珠がごとき、謎めいてうるわしい美貌のおもかげはない。

 この世にあるいかなるバロックパールでも、これほど歪んではいないだろう。

 クラージュがつけた、内臓までもに及ぶ熱傷を塗り固めたのだと知るものはここにはいない。


 フラウリンドの面影を残すのはただ一点、ひびわれてこぶだらけの左のかいなにいだかれた、フラウリンドの掌中の珠、気絶した城戸塔子の姿のみ。

「だれ!?」

 幹也は塔子を知らない。



「……帰るか、幹也」

 幹也はまじまじとジュノの顔を見返した。自分の名前をこの男が記憶しているとは思っていなかったからだった。

 幹也のけげんなおももちの意味をとりそこなったか、ジュノは続けて言った。

「フラウリンドが狙っているのは俺の命なのだから。

 鉱脈の従者は御しがたく、お前を庇いながらは戦えない」

 御しがたいのは知っている。幹也も御せずに、どれほど苦しんだことか。

 しかし幹也はかぶりを振った。

「どうせジュノが死んだら、おれ達全員、みんなこっちに戻ってくるんでしょ。それにシダンワンダはどうするの? 御せない従者が一人増えるけど?」

 ジュノもまじまじと幹也の顔を見返した。自分の名をこの少年が記憶しているなどとは、彼も思ってもみなかったからだった。

「…………」

「…………」

 細やかなコミュニケーションをはかるとかいうことに価値を見出してこなかった者同士、そしてその分、自分の名前を記憶されることも期待していなかった者同士、奇妙な連帯の一瞬が過ぎて、ジュノはそのせいでうなずいた。

「……では、残ってもらおうか。シダンワンダに、幹也を……」

 守らせよう、と言うまでもなく本を探すためにいったんは離れていたシダンワンダは、爆音の時点で幹也のもとに戻っていた。


 二人の視線を受けたシダンワンダはすばやくひざまずき、まだ平和だったころに幹也が床に貼った、ここまでは近づいてよいというしるしの黄色いテープへ口づけた。

 吐けるものがもうなにもないのに、嘔気だけこみあがってくる。幹也はこらえて言った。

「そういうのは無しって、おれ言ったよね?」

「はい。それをおしてもお願いがございます」


 幹也がそれを受けるとも受けないとも、聞くともこたえない間に、シダンワンダはテープに今度は額を押し付けて、床に向かって言った。

「フラウリンドを殺してまいります。

 もしそれが成りましたらば、お名前を呼ぶおゆるしと、お手にふれますおゆるしとをいただけませんか」

「……」


 幹也は絶句した。

 差し出された条件も、求められた対価も、幹也には受け入れがたいことだった。

 しかしもはや猶予はない。

 ジュノはどこかからか銀の笛を取り出して――花奈が見たらきっと状況も忘れて笑ったろう――吹いている。クラージュを呼んでいるのだ。ジュノは唇から笛をはなして言った。

「俺ひとりではおそらくフラウリンドは止まらん。時間稼ぎが必要だ」


 しかし幹也が諾とも否とも言えないでいるうちに、シダンワンダは飛び出した。

 

 すり鉢状に段々になった図書ホールの手すりを乗り越え、最下層へ飛び降りていく。

 だんと強い着地音が響き渡ったときにはもう、シダンワンダの両腕、二の腕から先は戦うためのもの、青く輝く、サファイアの刃に変わっていた。

「なにあれ!?」

 幹也は従者に変身能力があることを知らない。



 ――ざっと見て、戦闘能力ではシダンワンダがフラウリンドの上をいくように見えた。

 フラウリンドは驚くべき怪力でシダンワンダを何度も何度も蹴散らしたが、かいなの塔子をかばうせいで決定打には至らぬのに対し、シダンワンダは真珠の鎧に硬度で勝る蒼玉の刃で何度も斬りつける。

 フラウリンドに勝算があるとすれば、その奇怪な再生速度であろうか。傷を鎧う真珠そのもののごとく、通したと思われた傷は白く艶やかに光る瘤に覆われ、いっそう固く盛り上がる。


 シダンワンダにはまだ余裕があった。

 しかし、らちは明かぬと見たシダンワンダは二度、三度ほど後方へ飛びすさり、背をぐんにゃりと丸め、手を床について四つ足となり、がたがた震え始めた。

 彼女の衣を真っ青の透き通るとげが一本、突き破る。二本、三本と続き、またたくまに増えてゆき、やがて数え切れなくなったころ、シダンワンダは顔を上げた。

 青い針をあまた持つ獣、大きなはりねずみとなって、シダンワンダはフラウリンドへとびかかる。


 体当たりのたびにシダンワンダの針は痛々しく折れたが、突き刺さった針はそれ以上にフラウリンドをむしばんだ。

 刺さって抜けない棘を、真珠層が覆う。瘤は肥大化し、フラウリンドの動きをにぶらせた。

 おたがい、この戦いのはてに、自らの身体がいかになろうとも相手を殺そうといわんばかりの、以後の生命も惜しんでいるとはとても思えない、凄惨な戦いであった。



 幹也は見入った。サファイアと真珠の命がけの戦いに。

 あの戦いの末にシダンワンダが求めるのが、自分の手に触れること、名を呼ぶことだけというのが、あまりに信じがたかった。


 だから、気づかなかった。

 幹也は三きょうだいの中でもひときわおっとりとしていて、プレッシャーに弱く、またかしこく、あらゆることを勘定に入れるせいでとっさの判断が遅れるのだ。


 従者はみな、ああなのか。

 然あらば、やはり自分は、シダンワンダから何か受け取るのにふさわしくないし、彼女が自分に思いを寄せるのも、何かの間違いだ。

「ねえジュノ……」

 問おうとして、幹也はようやく、そばにいたはずのジュノが黙りこくって返事がないことに気づいた。


 つづけて、幹也は振り返って……ジュノが、悲鳴もあげないまま、その場に崩れ落ちているのにも、やっと、やっと気付いた。


 その腹の下からは、赤い血が流れだしている。



 いつの間にか。


 真っ赤なルビー色のふわふわ柔らかい髪、同じ色の瞳を持つたおやかな乙女が、鮮血したたるルビーのナイフを手に、立っている。



「逃げろ、幹也……」

 ジュノのうめきは、幹也の耳にやっと届いた。

 襲撃者は……ナルドリンガは、人間そっくりにほほえんだ。

「怯えないで。あなたのことは傷つけません。きっと葉介は許さないでしょうから」


 これが狙いと、幹也はようやく気付いた。

 フラウリンドは囮だった。従者同士共闘し、フラウリンドがわが身を捨ててシダンワンダを引き付けている間に、ナルドリンガがジュノの息の根を止めに来たのだ。


 ただ、ただ、鉱脈たちを、このグラナアーデの地にとどめるために。



 ナルドリンガは這いつくばったジュノへ歩み寄っていって、とどめの一撃をくわえんとしているようだった。

「ジュノ!!」

 ジュノは肘をつき、身を起こし、歯を食いしばって何事かとなえる。

 彼の衣の袖からは、金色のからから音のするものが転がり落ち……それはまるで魔人のランプそっくりな胴の平たいランプで、ランプはこするまでもなく、たちまち炎とけむりをあげて、とぐろを巻く尾の長い(りゅう)となった。

 咆哮した虹はナルドリンガの首となく胴となくからみつき、締め上げる。


 しかし――。

 ジュノの体からは血とともに、精神力と命とが流れ出ているかのようだった。

 開け放たれたままの扉から、城中からかき集めてきたように、三々五々、自動人形が飛び込んでくる。おそらくクラージュの指図だろう。自分が戻るのが遅いとみて、まず近場の自動人形を集めて乗り込ませたに違いない。

 自動人形たちはあられが降り注ぐように、ジュノとナルドリンガの間に自らの体を割り込ませたり、手を伸ばしてナルドリンガの顔をつかんだりしたが、わが身の一切惜しくない従者に、武器を持たない自動人形たちがかなうはずがない。

 つかみかかる自動人形の髪や腕や耳をむしりとり、ばらばらに引き裂きながら、一切ひるまぬナルドリンガはジュノへそのまま歩み寄る。


 ただの高校生の幹也に、一体何ができようか。

 身を盾にするような覚悟はむろん無い。

 仕方ないから、叫んだ。

「ジュノ! 葉介を戻せ!」


 ジュノの口からうめきが漏れる。

 しかし他に手立てはなかった。

 ジュノの肌に巣食う黒の魔法陣がするするほどけ、血と共に床に広がった。

 魔法陣がまたしりぞいて、現れた人影は、ふたつ。 


 そのうちのひとつ、引き戻された葉介は、反応が早かった。

 地球で悔いていたのだろう。もしグラナアーデに戻れたなら、何をしようかとも考えていたはずだ。

 葉介はは魔法陣から解き放たれるやいなや、あたりをぐるりと見渡して、ついでに自分の足元も見て、2秒ほど絶句したが、すぐに叫んだ。

「花奈は戻すな! 絶対に戻すなよ!!」


 そしてすぐ、ナルドリンガを、まずは案じた。

 自動人形につかまれたとき傷ついて、ナルドリンガは血の涙を流している。

「ナルドリンガ」

 血染めのナイフを手にしているのはナルドリンガで、ぐったりとなって起き上がるのもやっとのジュノのことも見つけている。無事か、とはとても呼びかけられない。

「はい、葉介」

 ナルドリンガはうっとりとなって、運命の恋人の名を呼び返す。

 葉介は言った。

「武器を捨てろ。こんなことはやめろ、ナルドリンガ」

 答えは早かった。

「すみません、葉介。それは聞けません」


  大気はますますねっとりと重たく、また煙はとりまいた。

 炎とけむりをあげる蛇のような虹に締め上げられながら、ナルドリンガの紅色の髪と瞳は、いっそう赤く、甘くとろけたように透けて、うすぐらい図書ホールの中にあっては燦爛きらめいている。



「葉介は教えてくれました。ナルドリンガが俺のためにしてくれるように、俺もナルドリンガのためにできることする、と。

 葉介は、ナルドリンガが人に礼儀正しく、正しいおこないがとれるのなら、葉介もまた、ナルドリンガのお願いをかなえよう、と」


 妖しく、飢えたような美貌が、いとおしそうに微笑んだ。


「お願いはいま、聞いてください。これからなにひとつ、ほかに望みはありません。ナルドリンガは葉介、あなたといたい」

 葉介はあえぐように答える。

「だめだ、ナルドリンガ……誰も殺すな」

「聞けません、葉介」


 ナルドリンガはジュノに向き直り、手のナイフを振り上げる。

 転がるように葉介は駆け出して、ジュノとナルドリンガの間に立ちはだかる。

「やめろ! してはいけないことをするな!」


 この期に及んでまだそれだけ言えるなら立派だ。

 幹也は掛け値なしにそう思った。わが弟ながら。このまま死んでも弟は悔いに思わないのだろう。



 幹也が葉介との今生の別れをひそかに覚悟したそのときふと、幼い少女の声がする。

「……それで、けっきょくソワレに依頼をするやつはいないのか?」

「……!!」


 ――今このとき、ジュノが異世界からグラナアーデに引き戻した鉱の姫は、一人ではない。

 葉介と同じときに呼び戻されて以来、ずっと忘れられて……いや、気配を消していたもうひとりの鉱脈の姫君が、腰の双剣をすらりと抜いて、立ち上がった。


 すなわち九十八番目の百銅鉱脈、巨狼となった従者ラグルリンガを、それとは知らずに従える、寝ぐせのとびはねたようなショートカットに、マントとアイテム袋という旅装の幼い子ども。


 軽戦士(ライトフェンサー)のソワレであった。

「誰!?」

 幹也はソワレを知らない。



 戦いは混迷をきわめはじめている。

 離れたところに幹也がいて、ナルドリンガとジュノの間に葉介が立ちふさがり、ジュノのそばにソワレ。

 この階下にはフラウリンドとシダンワンダがいる。

 幹也からはソワレがよく見えないが、小柄の、少女らしい、異質な人影だけはわかった。

「ジュノ。……ラグルはどこに行った?」

 食事の時間には遅いようだが、という冗談めかした言葉を付け足しつつ、ソワレはジュノを見下ろす。

 彼女は今まで、……こっそりと止血の処置をしていたようだった。自分の切り裂いた上着をジュノの傷跡に押し当てさせていたらしく、片袖のない、二の腕をあらわにした妙な恰好だった。


 ジュノは苦しげに、しぼりだすように言う。

「……ソワレ。その目の前の……黒髪の少年ふたりを守れ。報酬はいかようにも」

「待て! 俺たちじゃない、そいつを守ってくれ! ケガしてるから!!」

 さえぎったのは葉介の悲鳴だった。


「お前の手当は、ソワレでは難しい……」

 ソワレは目玉だけをきょろきょろ動かして、葉介と幹也、ジュノとを見比べた。

 ほんの少しの間があって、何か硬くて小さなもの、賽子(さいころ)のようなものが転がるような音が聞こえて、それを合図にソワレはにこりと笑う。

「二人とも花奈に似てるな」

「花奈を知ってるのか!? ……お前誰だ!?」

 葉介もソワレを知らない。

「……いいぞ。引き受けた」


 引き受けたのはどちらの依頼だったのか。

 ソワレはやにわに葉介を突き飛ばし、ナルドリンガに切りかかる。

 暗殺のための急造の紅玉のナイフはあまりに小さく短く、ソワレの双剣にナルドリンガはなすすべがない。

「殺さないでくれ!」

 葉介が叫んでも、ソワレは表情ひとつ変えなかった。ナルドリンガのナイフを避けて、足元を切りつける。

 ナルドリンガは転んだみたいに崩れ落ちたが、ナイフは手放さない。彼女の目は煌々と輝いたまま。

 ナルドリンガがナイフをぎゅうと握りしめると、ナイフはみしみしとひきつったような音を立てながら、太く、大きく、重い両手剣ひとふりに育ってゆく。


「お前たち三人を守りながら生かしておくのはソワレにはむりだ。悪いな」

「やめてくれ!!」


 おねがいだから。

 おねがいだから。


 葉介の悲痛な叫びは、誰の耳にも届かない。

 


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