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19 やめるはひるのつき

 追い返された日本では、心が折れてしまった私は肉体的にも精神的にももうほとんど動けなくなっていて、だいたいの出来事から蚊帳の外におかれた。


 まず……葉介と幹也は、私の帰宅後三十分くらいで帰ってきて、去り際のクラージュとほとんど同じ顔をして私を見た。

 幹也のほうはクラージュから、一通はお母さん、もう一通は組織あての手紙と、入浴剤みたいなのを山ほど預かっていた。

 私はこれから、それを使ってお風呂に入ることになっている。体の表面に膜をつくって、筋肉が動くのをサポートするというもので、私の体の重さに対症療法的に効くらしい。一個はサンプルで女装の人にあげた。

 二人はこれからもグラナアーデに通うそうだ。詳しいことは教えてもらえてない。

 

 お母さんに対しては、私の口からはとても事情を説明できないでいて、二人が帰ってくるまで混乱してたけど、クラージュからの手紙を読むほど、私を抱きしめてくれて、ぽろぽろ泣いた。多分お父さんに電話すると思う。


 もう夜中だったけど、女装の変態は連絡するとすぐに来た。ノーパン扱いしちゃった女性の部下のひとも。

 変態はごくふつうのシャツとパンツの格好で、女装をといてみると、かわいい系の顔立ちをした、ごく普通のお兄さんだった。『たとえばスーツの大人が出入りしたら君たちのだれかが非行を働いたと思うだろ』っていう冗談は、私をわりと真剣に憂鬱にさせた。


 性質上、何度も説明できないから一度で聞いて覚えて、録音もしないで、ってお願いしてから、もう一回、輝神の話をする。


 ――グラナアーデは大いなる神様の箱庭。

 ――創造に飽きはてた神様は、些々なるものたちの観察を楽しむことにしていて、でもたぶん、グラナアーデにも神様は飽きてきていて、いわばクロスオーバーで、味のないガムを噛み続けるために呼び出されたのが、異世界の鉱脈たち。


 ――鉱脈たち自身に特別な力は、ほんとうはない。

 ――宇宙というキャンディボックスに、むぞうさに手を入れて一粒つまみだすみたいに、物語を作れるていどに賢い生き物を一人えらぶ。

 ――でも、砂漠でちょっと色の違う気がする砂つぶを見つけたような気がしても、まばたきひとつで見失ってしまうみたいに、輝神は小さな星つぶ、そしてそこに住むもっと小さい生き物を見失ってしまう。

 

 ――だからその、お気に入りにすると決めた些々なるひとつぶへしるしをつける。

 ――お気に入りには特別な力と特別なパートナーが必要だから、力と従者をあたえて、それをしるしにする。

 ――それだけ。たったそれだけ。


 ――輝神は、鉱脈の苦しみを理解できない。

 ――クラージュが人間なのに従者にされてしまっているのには遠因にこのことがあって、クラージュの感情がたかぶったり、『物語に自分が登場する』だとか、輝神がワクワクすることがあると、輝神のごくごくわずかな一部分が顕れて、特等席で見物をはじめる。


 ――世界を今までのままにしておきたいなら、物語に輝神を登場させてはいけない。名前を呼んではいけないし、物語ってもいけない。


 ――輝神は命あるものをざわめかせ、また静寂にみちびくもの。動物から草花まで、息をひそめ、重たくこうべをたれ、不可視の嵐を過ぎ去るのを待つようになる。



 お母さんの同席はもちろんのこと、幹也も葉介も知ってたほうがいいかと思って、聞いてもらった。

 話が終わったのは3時くらい。あと3時間で朝練の準備じゃん、って言ったら、葉介は泣いてた。学校自体を休むって言ってた。

 ということは、私も今日くらいは学校、休みかな……と思ってたら、私は即、組織の施設に入ることになった。


 グラナアーデ用のジャージから着替えて、携帯ゲーム機とか教科書とか必要なものを荷造りしてもらって、夜明け前に出発。

 お母さんと幹也が付き添ってくれた。外の見えない車に乗って、途中、幹也が黒いもやもやと魔法陣に包まれて消えたときはお母さんも取り乱したけど、1分くらいで帰ってきた。


 車を降りたときには朝日が射していた。


 ……いつだったか、クラージュは夜のお城も美しいけれど、夕焼け、朝焼けのお城もすてきですよって言っていた。

 朝焼けはいつでもきれいだけど、もしかしたら二度と帰れないかもしれない。家にも、お城にも。



 唖然とするような急展開の末、私はその、確保・収容・保護の組織に病室をひとつもらって、しばらくねむった。





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