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15 彼は君のひみつに気づいてるの?

 ばかにして終わり、ではさすがに気の毒だったので、そのあとはわりとちゃんと話した。

 召喚の目的は宗教儀式で、我々鉱の姫は従者という魔法生物と巫の役目をはたすよう求められつつ、命の危険はないもよう……とか、クラージュから召喚当初に説明されていたようなことをあらためて説明する。


 輝神関連のことは伏せておく。どう漏れていくかわからないからだ。

 いまのところ地球に干渉しない……たぶんできないでいる輝神だけども、こちらでも認識しない、名前を出さないのを徹底したほうがいいに決まっている。


 そのほかのことはどうでもいいから、全部はなした。グラナアーデでどう過ごしているかとか……。要するに、社会不安を抱えているとか戦争状態にあるとかで、難民が押し寄せるような事態にないかとか。

 とはいえグラナアーデの社会情勢とか聞かれても一切わからない。

 思えば城周辺から一切離れず、のんびり過ごすだけの異世界召喚だ。勢い込んで脅したりいろいろしたのに、これでは多分きっと張り合いがないだろう。



 変態はいろいろ聞いたあと、私に注文をつけた。こっちでの服は召喚された直後すぐに向こうの服に着替えて、戻るときには着替えてから戻ること。とくに靴は履き替えて消毒すること、とか。


 未知の病原体とかが怖いからだそうだ。あとは、植物の種とか動物とかを持ち込んでないかをさんざん聞かれた。これも、未知の病原体と、生態系への影響とかが怖いからだそうだ。

 なるほど、また一理ある、と思った。

 ていうか最初からこういうことが心配だからお話聞かせて、って盗聴器とかつけなければすなおに応じてたのに。

 そういうと、変態は苦笑いした。

「最初はそのつもりだったんだよ。うちの部下を露出魔の変態扱いするまでは」


 女子高生の体に触れようとする大人は例外なく変態だ、と言ったら、まあ、そのとおりだけど、と変態はつぶやいた。苦労しているようだ。余裕がでてきて、少しだけ思いやれる。



 私から話せることはあらかた話して、変態はいつしか自分のことも少し話す気になったようだった。

 あやしい組織所属の、うちの高校のブレザーをきた変態は、学生鞄から今度はファイルを取り出してよこした。ファイルには写真が一枚だけ入っている。


 写真には金色のメダルが写っていた。灰色のデスクの上で、目盛りを引き出したメジャーがそばにおかれていて、いかにも管理用の写真といったかんじ。


 この金色のメダルは……幹也が持っているのと同じ。グラナアーデの装置だ。言葉を翻訳したりノイズキャンセリングしたりするのに使うやつ。

 どうしてこれが。


「見覚えは?」

「ない」

「本当に?」

「ないよ。ただ、グラナアーデのなにかっぽいなとは思う。金ぴかだから」

 私はファイルを閉じて変態に返した。


 ――今までこの変態たちが接触したグラナアーデ関連の人は、塔子さんのみ。

 ってことはこれは、塔子さんが日本に持ち込んで、たぶん、取り上げられたもののはずだ。

 確か地球では電源がないから使えないってクラージュは言ってたはずだけど……。

 これはたぶんうそだったんだろうな。

 そもそもグラナアーデで使われてる装置を充電してるところ、見たことないし、コンセントらしきものも部屋に一切ないし。電源云々は、幹也にこの装置をグラナアーデから持ち出させないようにするただの口実だったんだろう。

 で、その理由は、塔子さんがこれを取り上げられてしまったから。

 たぶん、そういうことだ。


 変態は私が返したファイルを閉じたまま、じっと見つめている。で、つぶやく。

「城戸塔子さんは当時、これを吃音の治療に使っていた」


 ……そうか、これは吃音の治療に使っていたんだ。

 胸の中で言われた言葉をそのまま反芻する。

 つまりこれは、塔子さんが宝石の原石とか黄金とかのついでに盗み出したものじゃなくて、彼女に貸し与えられたものってことだ。


 そうか。最初はクラージュもフラウリンドも、吃音を直してあげようって気があったんだ。

 ちょっとだけほっとする。塔子さんをかわいそうな女の子のままにしておこうって、最初からそうしようと思ってたわけじゃないんだなと。


 ……でもじゃあ、一つ取り上げられたからって、じゃあもう代わりのはあげません、でずっと放置はやっぱり、人としてどうかと思う……。

 ううん、一度希望を持っただけに、むしろ残酷とすら。


 ……クラージュの悪事がまたちょっとずつあきらかになっていくな……。

 ……意味のないほっ、だったな……。



 内心いろいろ考えて黙ったままの私へ、変態は促すように言う。

「グラナアーデの機械だ。本当に見覚えはない? 君が会った城戸塔子さんはグラナアーデで、これと同じものを使っていなかった?」

「ないなあ」

 少なくとも塔子さんは。


「……つまり、城戸塔子さんは、これをうしなったことで、吃音の治療を受けられなくなった」

 おっと。私と同じ結論にたどり着こうとしている。たまたまだけど……。


 変態は自分の手の中に残していた、クラージュの封筒へ目を落とし、つぶやくように言う。


「城戸塔子さんから、この治療器を取り上げたのは我々だ。

 彼女と信頼関係を築けなかったのもそれが理由でね」

「…………」

 今となっては、たぶんそれだけが理由なわけじゃないって気はしている。でも黙っていた。話がややこしくなるので。


「君の彼氏がこれを君に託した意図は、なんとなく理解している」

 彼氏じゃないし、手紙書いた人の性別とかすらなにも話してないけど……。

「我々が異世界の宝より、技術のほうを欲してると踏んでいるんだろう、きっと」

 私はその手紙の内容、一切理解してないからわかんないけど……。

「……城戸塔子さんは無事でいるんだね?」

「……………………」


 なんていって答えていいものか、とっさにわからなかった。

 これだけは、できるだけ正直に答える。


「……無事かどうかは正直言ってわかんないけど、地球で暮らすよりは幸せにやってると思う。コンタクトをとりたいなら取り次ぐ」

「――そうしてほしい。彼女が嫌がりそうなら、ぼくらはもう彼女についてはあきらめる」

 変態はかぶりをふった。

「君の彼氏は、なんていうか……ずいぶん冷笑的な人物みたいで……。

 僕たちのことを……うーんと、集団の利益のみを目的とした組織だと思ってるみたいで」


 ちがうのか……?


 変態は封筒から手紙をとりだした。

 二枚の用紙。一枚の化学式と、一枚の折り紙。

 折り紙のほうは、私とお母さんではちゃんとできなかった折り目を、ちゃんとしたところで折り曲げていて、きれいなぺたんこの状態に戻してある。

 化学式のほうを視線でなぞりながら、変態はゆっくりした口調で言った。


「これは、我々が……全地球人が今必要としている技術の断片だ。きげんを損ねれば、この続きは永久に伝えられることはない、というメッセージだと我々は受け取っている」

 が、……と、変態は言葉を継ぐ。

「が、我々はテロリズムには屈し……たくない」

「願望だ」

 くすっと笑い声がでた。

「まあ……邦人を誘拐されてへらへらしてるのは、正義の秘密組織としてはちょっとねっていうのと、全然講じられる手立てがないというのは事実だよねっていうのと……あって、苦しいところではある」

 変態はため息をついた。

「まあ、続きをくれとは伝えといて」



 もうずいぶん時間がたっていて、そろそろ幹也の七時間目が終わるころだ。

 そのことを伝えると、変態はうなずいた。

「最後にこれだけ……あやしい『組織』のぼくらから、君へ忠告が一つある」

 私は首をかしげるだけのしぐさで先をうながした。

 変態のほうは、ベンチからじっと私の横顔を見ている。


「君も、自分の身体の明らかな異変を察してるだろうけど……」


 ひえっ。


 動揺は顔に出なかったろうか。ざっと背中に一気に冷や汗をかいた。

 こぶしを作るしぐささえなにかの手がかりにしてしまいそうで、ただただ無表情を装いつつ、耐えるしかない。


「さっき君がふざけたふりをして、保健室で体重計に乗ったときの数字を……ごめん、盗み見ている」

「へ、変態……」

 罵倒することばにも力がこもらない。

 変態は封筒に二枚の用紙をしまいながら、勝手に続ける。


「……これを書いたクラージュという人物は、グラナアーデは電磁気力を掌握した世界だって言っていたんだね」

「まあ……」

 動揺させておいて、なにか情報を引き出そうとしてるんだろうか。私はうなずいた。

 どうしよう、今はちゃんとやれる気がいっさいしない。

「彼は君のことに気づいてるの?」

「なんのことだか、さっぱり……」

 ていうか彼氏じゃないけど……。


 あーだめだ。まるでだめだ。

 ちゃんとできなくなってきちゃっている。動揺が出ちゃっている。


「君の彼氏へ、早めに相談することを強くお勧めする」

 変態は内心パニクりまくっている私の弱みに付け込もうとかそういうそぶりは見せなかった。ただ、強い口調で、強くおすすめした。

「さもなければ、俺たちが君を保護する。このままだと君は、一年後高校を卒業できるかもあやしいんじゃないかと俺は思うが、少なくともこれから、学校に通えなくなったしても、俺たちのところで単位がとれるようにも取り計ろう」

「ご親切に、どうも……」

 こたえる私の声は、ふるえていた。



「――どうも、そのきみの彼氏は、放射性崩壊を食い止めることができるらしい」

「そんなことできるの……?」

 あとそれ関係ある……?


 女装の変態は立ち上がった。封筒を入れた鞄をちらと見る。

「できる、と、この構造物は言っている。

 放射性物質の崩壊を食い止める、いわば、ささえのような役割を果たせると。これはすごく興味深い。


 二つの思惑の話をさせてもらうと……我々の『組織』は君を、我々の手で保護したいと考えている。君自身が世界にとって危険な存在になりつつあるからだ。

 ただし、未知の方法で報復措置を講じられるのが恐ろしいので、無理強いはしない、というのが今のスタンスになる。

 ……俺個人は組織より君の彼氏を頼ったほうがいいと思うね。

 グラナアーデのひとびとは明らかに、我々より四、五百年はすすんだ科学技術をもっていると認めざるをえない。……という中で、君の彼氏になんとかできないことが俺たちにできるかっていうとまあ……試してみないとわからないけど、一応、グラナアーデと違う方法での解決策と、そういう保護の用意が、組織のほうでしてある。


 ――既に。

 常に。

 いつでも」


「……それは、どうも……」

 私がふるえる声で言うと、あやしい組織の変態はうなずいた。

「まあ、心の隅においといて」

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