閑話:鳳仙花のくびかざり
組織に見つかった直後くらいのお話です。後からさりげない位置に差し込もうとして、失敗しました。
なおグラナアーデの機械は地球では使えないというのはクラージュの真っ赤なうそです。
ある晩いつものようにグラナアーデに降り立つと、クラージュは最近あんまり披露されていなかった、胸に左手を、右手を横にゆったり広げる礼をして私を迎える。
「こんばんは、花奈さん」
「こんばんはクラージュ。どうしたの? またなんか企んでるの?」
「いいえ」
クラージュは苦笑する。
クラージュは日ごろの行いのことをちょっとは振り返ってみてほしい。
「よく考えたら、目の前の魅力的な女性に何の贈り物もしないうちに幹也さんに首飾りのたぐいを渡したのはぼくの大きな手落ちだったな、と」
「ああ……」
私はうなずいた。
ご機嫌とりのやつだ……。
「言っておきますけどご機嫌取りじゃないですから」
私はスンッてなった。
私の様子は無視した風に、クラージュは言い募る。
「せっかくですから、一つ贈らせてください。地球でもあなたの身の回りによからぬ輩がうろつきはじめたわけでしょう? 護身用にもなるようなものを選びますから」
「……?」
なにがせっかくなのかは分からない。
「こっちでは危険なことはないようにクラージュがしてくれてるんでしょ?」
「それはもちろん。でもぼくは地球には行けませんから……」
「……?」
なんか話がかみあってないな。私は首をかしげる。
「幹也に装置貸すときに、日本じゃ電源とれないから使えないよって言ってたじゃん」
「…………ああ……。……そうでしたね……」
クラージュは遠い目をした。なぜかは知らない。私はあきれて肩をすくめる。
「そうでしたね、って自分で言ったんじゃん」
「自分の浅はかさがわりといま忌々しいです」
「ちょっとド忘れしたくらいでそこまで自分を責めなくても」
話はそれで終わりかなと思って、さあ今日は猫でも撫でようかな、と私がくるっとクラージュに背を向けると、クラージュは私の手をとって自分の側に引き戻す。
「とにかく贈りたいんです。花奈さんたちが出してくれる宝石のお礼もありますし。受け取るだけはタダだと思いませんか?」
「ええ……」
いらないって言ってるのに……
でもクラージュは私を、いつもお茶するのに使ってるテーブルセットへ連れて行って、テーブルの上にいろいろ宝石類をならべた。
良いともほしいとも言ってないのに、クラージュは私の背後に回り、鳳仙花みたいにじゃらじゃら宝石が下がっている形のネックレスを私の胸にあてる。
こんな、石だらけで重さが1キロくらいありそうなネックレス、ほんとにごめんなので、私はのけぞっていやがった。
背後から回ってかがみこんでいたクラージュのおなかに私の頭のてっぺんがぺたんとくっつく段になってようやく、クラージュは手を止めた。
「だめだって……ほんとに! 普段づかいできないし!」
クラージュがあんまりにも強引だから、私はちょっと怒った顔をしてみせる。
「ていうかゲルダガンドのデザインがさあ……! ちょっと重々しすぎるっていうかこう……ハイブランドのファッションショーって感じがさあ……!!」
クラージュはわずかに眉間にしわをよせる。
「肩がこる?」
「まあそう」
「似合うと思うんですけど」
爪ぐらいもありそうな石がいくつもいくつも並んでるネックレスとか、小鹿が飛び跳ねてるのそのままをデザインした大きな大きなイヤリングとか、とてもじゃないけど私には重たい。
クラージュがつけてるアクセサリーは全部大きくて、派手だ。
どれも例外なく『魔法』に使う装置なのは分かっていて、それでも、明らかにクラージュ本人の趣味も、めっちゃ派手だと言わざるを得ない。明らかにジュノがつけてるのよりもずっと派手だ。
クラージュは本人が美人で大人だから着こなせるだけであって、ただの女子高生がつけたんでは間違いなく埋もれる。一個でも無理。
「花奈さんの好みではない?」
「すてきだなとは思うけど……演歌歌手かエジプトの副葬品にみたいになっちゃうし……」
私が、300円均一のネックレスぐらいが相応の年頃なのだということをクラージュは明らかに理解していない。
クラージュは私の耳たぶをつまんできゅってひっぱる。
「重たい?」
「たぶんうっとうしい」
今度は手をとって、太さをたしかめるように手首をぎゅっぎゅってにぎる。
「バングルみたいなのは?」
「腕時計ですら『華美でないもの』って生徒手帳に断りがついてるのに」
「指輪は……」
クラージュは手首から指をすべらせて、こんどは指の一本一本を包むみたいに握る。
人差し指、中指、薬指……薬指が気に入ったようだった。根本から指先までぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、と太さを確かめるように滑らせながらにぎられる。
さすがにちょっと照れて、私はその手をやんわり振り払った。
「一番だめでしょ……結婚指輪とかないの?」
「けっこんゆびわ?」
クラージュはきょとんとした。
「こっちじゃないんだね。結婚すると左手の薬指につけるんだよ……学校でも薬指に指輪してたら彼氏がいるよの合図だから」
きょとんとした表情のまま、クラージュは私をじっと見つめる。私も見つめ返す。いったいなにがクラージュをそんなに驚かせたのかわかんないけど……
ふと、視界の下でちりちり、となにかがスパークするみたいな音がして、ふと見下ろすとクラージュが指いっぱいにつけてる太い指輪が、静電気みたいな青い火花を放ちあってパチパチ言っている。
「あっ怒った」
なんでかしらないけど。
クラージュの感情が高ぶるとこの指輪がパチパチしちゃうのを私は知っている。
私の視線をたどって、クラージュはぎょっとしたみたいに、自分の指を袖口に隠す。
「怒ってはないです」
「それ怒ってる人の反応だと思うけど……」
いや、好意を無にして悪いなとは思うけど……やっぱり重たいと疲れるし……。
それにしてもクラージュっておとなげないな……。
視線も合わせてくれなくなったクラージュに、私はいつ、猫を撫でに行きたいとリクエストするか、考えている。
鳳仙花の首飾りは、鳳仙花みたいに銃弾などの金属由来の攻撃を跳ね返す装置です。(護身用)




