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12 うそつきがうつったみたい

 ある日の学校からの帰り道、スーツを着た男女二人組が声をかけてきたので、私はにこっと会釈を返す。

「多良木花奈さんですか?」

「あなたは?」

「ちょっとお話を聞かせてほしいんです」

「あなたは誰ですか?」

 もう中学生じゃないから、私の制服の胸に名札なんかついていない。聞き返すと、相手は困ったような口調を作る。

「あんまり心配しないで。ただちょっと、あなたのスマートフォンの不正使用のことで」


 女性の方が親しげに微笑んで私の肩へ手を伸ばしたので、私は迷わず防犯ブザーのピンを引き抜いた。

 けたたましい威嚇音が鳴り響く。

 二人組は少し動揺している。防犯ブザー本体は草むらへぶん投げ、私はローファー履きの足で全力疾走を開始した。

 二人組は一人になった。片方はブザーを止めに行ったんだろう。女の方が追いかけてくる。


「なぜ逃げるんです!?」

「なぜ逃げるんです!!」

「なにもやましいことがないなら逃げる必要ないでしょう!」

「なにもやましいことがないなら逃げる必要ないでしょう!」 

 遠ざかるブザー音に負けないようにおうむ返しに叫び返すと、女の方は憤慨したように声を荒らげる。

「止まりなさい!」

「止まりなさい!」


 私も女も止まらない。ちょうど住宅街に入ったあたりだったから人気が少なくて、どうしたものか困ったけど、ちょうど行く手の角から、自転車に乗った大学生っぽい年頃の男の人が現れてくれる。


 振り返ると、女はタイトスカートを履いた足を太もも半ばくらいまでをあらわにして、もう私まで3メートルくらいに迫ったところを走っていた。

 最近体が重いせいで、かなり息が切れだしていたけど、私はおなかの底から叫ぶ。

「助けて! あの人パンツはいてないんです!!」

「えっ」


 大学生っぽい人はひるんだ。

 ひるんだけど、自分が乗っていた自転車を横倒しにして、自分の体も使って通せんぼをしてくれる。

「ちがいます!ちがいます!!」

 女もひるんでいる。自転車と大学生風の人の向こう側で、悲鳴をあげている。

「ちなみにそっちが万引きしたとかではない!?」

「ちがいます!」

 私はお腹の底から否定する。女の方もわめいた。

「ちがいます!!私はただ、聞きたいことが!!」

「よし! わからんけど行きな!」

「すみません! ありがとう!!」



 私は振り返らずに全力疾走で家に帰り、もちろんノーパンの変態に追いかけられた旨お母さんに報告した。あと幹也と葉介にもうさぎのかわいい動画をメッセージアプリで送って、普段通りの返信が返ってくるのを確認する。


 お母さんは警察に電話してくれたけど、地域の防犯ネットワークから流れてくるはずの『事案発生』の記事は夕飯の時間になってもながれて来なかった。


 なるほどなあ。私が高校生で、相手が女だったからかな、とごまかしておきつつ、私はお母さんに聞く。

「――そういえばさ、最近電器屋さんか誰か来た?」

 お母さんはきょとんと首をかしげた。

「昨日、ルーターの点検の人が来たよ。どうして?」

「ううん、なんでもない」

 お母さんはその質問を、不審者がらみの不安のあらわれととったらしい。

「……今日は一緒に寝る?」

 私は思わず笑った。そうか、クラージュもあのときこういう気分だったのかも、と自然に思えた。

 私はお母さんを抱きついて、大丈夫、ありがとうって言った。

 お母さんの背はすでに、中学のときに追い抜いている。






 ――こういうとき、幹也に頼れればなあ。

 でもそういうわけにはいかないので、その晩の召喚のとき、クラージュに今日あったことを伝えた。

 もはや葉介のみならず、幹也も自分の目指すところを目指して、召喚のときに使われる、私たち三人の居室を飛び出していくようになった。


 ナルドリンガ、シダンワンダ、ジュノも無言のまま出ていき、部屋には私とクラージュが取り残される。



「ごめんね、身バレしたみたいで」

 と、こう切り出した瞬間はクラージュも目を丸くしていたけど、顛末を話すとさすがに笑った。

 必要な固有名詞とかは適宜説明しながら話す。クラージュは私の話を聞きながら、のんびりお茶をいれ、日本の文明レベルを探ってるふうだった。


「塔子さんのお母さんとやり取りするときはフリーWi-Fi使ってたんだけど、よく考えたらその前に自分ちのWi-Fiから塔子さんの実家とか職場とかをググッてるんだよね。

 もしかしたらそのどれかがフィッシングサイトになってたのかもしれない。塔子さんが失踪したのは二年も前なのに、すごい短期間で調べてる感じ、する。

 一応警察に通報したのに、不審者情報も流れてこなかったし……塔子さんが売られかけた研究機関って、思ったより大きい組織ぽくない?」

「そのようですね」

 クラージュは白けている。私はくじけず続けた。


「……ルーターの点検って言って、昨日家にだれか知らない人が入ってたみたい。ログを調べて、検索したデバイスが私のスマホだったことも確認ずみで、で、私の通学路を待ち伏せてたってわけだよね。

 要するにウソついて入ってきてるわけだから法律的にホワイトな調査方法ではないはずだし、まず通学路で待ち伏せてる時点で、私の保護者と話すつもりはないんだろうなって。

 たぶん頭の軽い女子高生と、自分たちに都合のいい感じに交渉できたらそれが一番だなって思ってると思うから、個人特定されてる前提で、頭軽そうな感じで逃げてきた」

「正しい判断だと思います」

「私が軽銀鉱脈やってることまではたぶん知らないと思うけど、じゃあ塔子さんとどこで知り合ったの、って話になると、自然と、塔子さんと同じ理由で召喚されててそっちで知り合ってそうだよね、ぐらいは推理してるよね、たぶん。幹也と葉介のことは心配しなくていいと思う。

 まあ、場所的にF県とK県はわりかし近所だから、適当にカバーストーリーをでっちあげるくらいはできるかも。

 あんまりほったらかしとくと、もしかしたらうちのお母さんになんか言うかもしれなから、とにかくはやめになんとかしときたい。以上」

「花奈さん」

「うん」

 クラージュはほほ笑んでいる。

「こういうの、お得意なんですね」

「……まあ……ストーカーの機嫌をとるのよりかは」


 でもクラージュはほほえんだまま言った。

「花奈さんの努力は尊いものだと思います」

 この口ぶりだと、たぶん不必要な努力なんだろうな……。

「とっさにこれだけのことができる人はなかなかいませんよ。日本ではあなたが幹也さんや葉介さんを守っていたというのが、うそいつわりないことがよく分かりました」

「ああそう」

 私が白けてきたのを感じ取ってか、クラージュは少し黙る。私も目の前の人を見つめ返した。


「……お察しのことと思いますが、暇つぶしのおもちゃにしておくくらいがふさわしいかと」

「そう思う?」


 でも、日本は故郷だ。私にとってグラナアーデはただの遊び場で、旅行先だ。

 少なくとも、日本で得体のしれない人たちを適当におもちゃにしておいて、恨まれるのは避けたい。


「適当に言っておけばいい。花奈さんも困っている、悪党に誘拐されておどされているのに、召喚を阻止する手立てはないんですかこの役立たず、手ごまも無能で頼りにならないことこの上なく、見ているこちらが恥ずかしい」

「そこまでは言えない」

「失礼ですけど言ったも同然ですよ、あなたが昼の間にしたことは」


 クラージュは引き出しから紙とペンを振り出して、何事か書き付け始めた。

 私にはわからない言葉だ。半月状のインク吸い取り器を紙の上に転がすと、端からアルファベットに変わっていくけど、それでも内容は、私にはわからないままだった。


 もう一つ、紙を切って作った何かの模型。

 クラージュが表面をなぞると、紙はすぱすぱ切れて立ち上がり、だんだん複雑な立体を成していったけど、床には紙屑一つ落ちない。

 仕上がったものを掌でつぶすと、また一枚のぺらぺらした紙に戻り、彼はそれと最初の書類を一緒に封筒に入れた。


「これをお見せなさい。で、我々からの伝言を伝えてください。伝言の内容は任せます。あなたの都合のいいように」

「ええー?」

 それって伝言とは言わなくないか……。でも差し出された封筒をとりあえず受け取る。

「こっちはなに?」

「ある構造の立体モデルの一部です。そちらで実用化できるかはわかりませんが、まあ、手みやげにはなるでしょう」

 なにこれの説明になっていない。

「危ないやつじゃない?」

「危ないやつじゃないです」

 信用できるんだろうか……。


「ともかく」

 クラージュは私にやわらかそうなマドレーヌっぽい焼き菓子を進めてくれたけど、私は手ぶりで断った。ダイエット中なのだ。最近体重の増加が著しい。モノローグで具体的な数字を言うのも恐ろしいくらいだ。


「本当におそれるべきなのは、大切なものが傷つき、心に痛手を負うこと。

 その、組織、ですか? 塔子さんにとっても組織じたいは脅威ではありませんでした。脅威だったのは、自分を売った母について、いやおうなく考えさせられ、傷つけられること。だから隠れる必要があった。


 でも、花奈さんにはその必要はないでしょう? あなたのお母さんは、あなたを売らない。まだ17歳にしかならないあなたを守ってくれる。

 どこの誰に、何を知らされようとも」


「………………」


「繰り返しますが、組織じたいは脅威ではありません。あなたにとっても。

 だから、花奈さん」

 ここでクラージュは一度息を継いだ。


「その手紙は、あなたの手で、先にあなたのお母さんに見せなさい。ぼく達のこともぜひ紹介してほしいですね」

「………………」



 ……話のとちゅうから、そういう話になるんじゃないかと、いやな予感を感じながら聞いてたから、びっくりはしなかった。

 ただ、いやな顔……というか、困り顔はしたらしい。クラージュはじっと私の目を見つめる。


「花奈さんはぼくのことを、友達だと思っていると言ってくれましたね」

「うん……まあ……」

 どう答えていいかわからなくて、私はとりあえずうなずいた。

「ありがとう。ぼくも花奈さんを、大切なお友達だと思っています」


 うそだな……。


 私の内心を察したのか、クラージュは少し首をかしげた。

「……ぼくが言いたいのはね。花奈さん。

 ぼくという友達がいれば、地球程度の文明レベルの星でのことならば、邪悪な秘密組織ひとつを秘密裏に滅ぼすこともまったく簡単だということ。

 仮に社会的な締め付けをくわえようとしたとしても、物理的な攻撃に打って出たとしても、家族にもご友人にも、その他ご近所の方々にもご迷惑をおかけしないまま未然に防ぐ方法は百も千もご用意できるということ、地球そのものを滅ぼしてしまうことも簡単にできるということ。

 そして、しかし、ぼくにできるのはただそれだけだということです。


 ぼくにできるのはあなたの敵への攻撃だけ。……ぼくには、あなたを守ることはできない。

 ぼくは地球には行けませんし……なにより、数多くの失敗で自分の無力を思い知りました」


 クラージュが目を伏せると、長いまつ毛が頬へ影を落とす。

「その、あなたを脅した組織なんか、ここからぼくがちょっと手を打つだけでいつでもつぶせます。おそるるに足りません。

 でも、あなたのお母さんは、あなたに関することをあなた以外の口から聞けば、傷つくでしょうね」


 そう思う。

 それはほんとにそう思う。


「大切な人に隠し事をしているとろくなことにならないと、教えてくださったのは花奈さんですよ」


 それも、そう思う。 



 でも、私一人で決めることはできない。


 お母さんっていうのはお母さんであると同時に監督者であって、きょうだいっていうのはきょうだいであると同時に共犯者でもあるから、こういうとき……。


 例えば昔だったら、じゅうたんに墨汁をこぼしたとか洗ってほしい体操服を出し忘れたとか、やましいことを報告するときには必ずきょうだいへ話を通してからだった。そのルールを外れることはできな……あれ。


 私ははたと気づく。


 できなくはないな。

 できなくはない。やりたくないだけで。できなくは。


 むしろ、二人を通さずに、これは内緒なんだけどね、って娘の口から伝えるほうがいいような気がする。今まで三分割していた責任を、私一人で負うほうが……。



 きょうだいばなれしなくちゃ。


 二人を守ってあげなくちゃ。



 両方とも矛盾しない気持ちなんだけど、矛盾させずに両立させるのは、なんだかずっしり荷が重い。


 つい深いため息が出そうになって、でもいっしょうけんめいこらえて、ためいきのために吸った深い息をゆっくりゆっくり吐く。

 クラージュはしょうがないな、っていう風に苦笑した。

「……どうしてもぼくの誠意が伝わらないみたいですね。

 ぼくは、地球であなたが破滅するほうが都合がいいんですよ。知ってるでしょう? 従者は鉱脈と離れると、身が切られるみたいにつらいんですから」


 また、うそだな……。



「それをおしても、あなたが地球で安心して暮らせるようにと、心をこめて助言しているつもりですよ。たまにはぼくを思いやってほしいな」

「………………」

 突っ込む元気もなくなって、私はじっとクラージュを見つめた。

 クラージュもその金茶の目で見つめ返す。


「……気乗りしませんか」

「まあ……」


 でも、クラージュがいうことはすごくわかる。あとは私の覚悟ひとつで……。

 頭では分かった、ということを、私の表情から察したらしく、クラージュはにっこりした。

「よかった。……これで十度にひとつのぼくの善行は今使ってしまったってこと、忘れないでくださいね。花奈さんには九つ言うことを聞いてもらおうかな」

「意味がわからん」

 意味がわからん。

「いうことを聞くか聞かないかは内容によるけど、まずその理屈が意味がわからないよ」

 クラージュは笑顔でスルーだった。

 

「今日は案内したいところがあるんですが、お付き合いねがえませんか。

 花奈さんが見ても面白くないかもしれないけど」


 私は目をぱちぱちさせた。


「……いく。行くよ」

 そういうことなら、行く。


 あんまりぶっきらぼうだと、やっぱりやめときましょうか、たぶんつまんないですし、なんて言われるんじゃないかって気がちょっとして、つい二度も言った。


 思えばクラージュはいままで、あなたにいいものをお見せしますよとか、遊びにいらっしゃいとか、いつも私をもてなしてくれていて、クラージュの希望とかほとんど聞いてない。

「そう言ってくれると思ってました」

 一方クラージュは、私が断るなんて想像もしてなかったふうににこっとした。すぐ歩き出す。

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