これから先も、ずっと
「ただいま」
「おかえりなさい、フィル」
フィルと結婚して、3ヶ月が経つ。平和で穏やかな、幸せな日々を過ごしているわたしは、今日も仕事を終えて帰宅したフィルを玄関ホールで出迎えた。
わたしの顔を見るなり、それはもう嬉しそうな顔をしたフィルにぎゅうっと抱きしめられる。
「予定より、かなり早いお帰りですね」
「ああ」
お義父様──ローレンソン公爵からは、フィルも今とても忙しい時期だと聞いているけれど、最近の彼にそんな様子はない。
「今日はヴィオラの好きなタルトを買ってきた」
「わあ、ありがとうございます。お茶にしましょうか」
出かけてもすぐに帰ってくるし、帰宅してからもずっとわたしにべったりなのだ。
だからこそ、不思議に思っていたある日の晩。
ふと深夜に目が覚めると、ベッドには一緒に寝ていたはずのフィルの姿がないことに気が付いた。
「…………フィル?」
もしかすると、お手洗いに行ったのかもしれない。
まだまだ眠たかったわたしは、そのまますぐに再び眠りにつく。そして翌朝起きた時にはフィルの姿が隣にあったため、気にせずにいたのだけれど。
「…………?」
それから二日後の晩もたまたま目が覚めたところ、フィルの姿がないことに気が付き、違和感を覚えた。
「あの、フィル。昨晩、起きていましたか?」
「………………そう、なの、かもしれないな」
「…………」
直接尋ねてみても、怪しい反応をされてしまう。
フィルはこれ以上話す気はなさそうだと思ったわたしは、現場を抑えることにした。
◇◇◇
「フィリップ! オキタ!」
三日後、そんな声に目を覚ませば、部屋から出て行こうとするフィルの姿があった。流石にこの短期間で三度目ともなると、故意に起きているに違いない。
ちなみにヴィオちゃんにはフィルが起きたら教えてくれるよう、昼間に練習をして頼んでおいた。
「フィル、どこへ行くんですか?」
「…………」
戸惑い気まずそうなフィルの様子に、明らかに後ろめたいことがあるのだと察する。
そしてその理由もなんとなく分かっていたわたしは、静かに口を開いた。
「もしかして、毎日夜中に仕事をしていたんですか?」
「…………」
もう、言い逃れはできないと思ったのだろう。
フィルはやがてこくりと頷くと、わたしの側へとやってきた。そして、ぽすりと肩に顔を埋める。
「怒った、だろうか」
フィルがなぜ、そんなことをしたのかも分かっているわたしは、彼を責めることなんてできそうにない。
「……ヴィオラと少しでも一緒にいたかったんだ。毎日かわいくて嬉しくて、仕方なかった」
しょんぼりとした子供のような姿と、そんな可愛らしい言葉を聞いて、責めることなんてできるはずもない。
「フィルの気持ちはとても嬉しいですが、やめてください。こんな生活をしていては、早死にしてしまいます」
「……分かった。もうしない」
「絶対に約束ですよ」
「ああ、すまない。嫌いにならないで欲しい」
「もう。なりませんよ」
フィルの頭をそっと撫でると、抱きしめられる腕に力がこもる。可愛い夫に、思わず笑みがこぼれた。
「この先、ずっとずっと一緒なんですから。それにわたしだって、毎日楽しくて嬉しくて、幸せな気持ちです」
「本当に?」
「はい。何より夜に目が覚めてフィルがいないのは、とても寂しいです」
「……すまない」
今後は無理をせず仕事をすると誓ってくれたことで、ほっと胸を撫で下ろした。
そしてそれから、フィルは規則正しい生活をするだけでなく、かなり健康に気を使うようになった。
「俺が先に死んでヴィオラが再婚してしまうことを考えたら、絶対に長生きをしないといけないと思った」
「ふふ、しませんよ。でも、長生きはしてください」
理由を尋ねたところ、そんな答えが返ってきたことで思わず笑ってしまう。
「ヴィオラ、大好きだ」
「はい、わたしもです」
わたし達の新婚生活は、まだまだ始まったばかりだ。




